苛立ち~彼女の視点
津島君は最初、とりとめのない話を始めた。
最近の部活はどうだとか、学校生活での出来事だとか…
でも正直、私にとってはどうでもいい話。
特に今は。
「ねぇ、聞きたかったことって何?」
話と話の間を縫うようにタイミングを計って尋ねた。
「え、ああ…そうだった!今度の役について、いろいろ悩んでるところがあったから聞きたくて…」
と、彼はちょっと慌てた様子で後ろポケットに差していた台本を取り出し質問を始める。
役作り、演出面、演技についてなどなど。
そして、質問に対して私が話をしている最中に
「あ、すいません!時間…ですよね…」
と、申し訳なさそうな素振りを見せて口を挟んだ。
それほど時間が経っていなかったのと、私の話してる内容が中途半端な状態で終わってしまうのこともあり
「ううん」
と答え、これを話し終わったら切り上げようと考えて続きを話した。
最初はこれ、ごく普通のやりとりだと思っていたのだけれど、どうやら彼の策略だったようで。
再開した話が終わると、間髪入れず次の話を振ってくる。
そしていわゆる『私のターン』になったときに、時間がかかってることの詫びを挟んでくる。
相手の話の腰を折り中断させようとするのとは違い、自分が話をしているときには中断しづらい。
それは、自分の意思を中断されることに繋がり、普通はそれを不快に思い最後まで話し伝えようとするから。
つまり、私に最後まで話をさせるための策略。
そうすることで、このやり取りのイニシアティブは津島君が握っていた。
話をしながら時折私はちらちらと腕時計を見て、その仕草をわざと彼に見せつける。
どれだけ前田君を待たせてしまっているのかを確認するためではあるけれど、その仕草で私が時間を気にしているということをアピールする意味もあった。
しかし、それに対して彼がリアクションすることはなく、状況は変わらないまま無情に時が流れていく。
5分…10分…15分と刻んでいく時間に苛立ちは募っていく。
そして、こんな状況を招いた自分自身にも腹が立つ。
あの時…津島君に呼び止められた時、どうすればよかったのか正解は判らないものの、少なくとも事ここに至る判断は正解ではなかったと思う。
(前田君をこんなに待たせるなんて、ありえない!もう…こんなのほっぽって行っちゃおうか…)
私の苛立ちが頂点に達した時。
ふっ…と、私の中を風が吹き抜けた…気がした。
苛立ちが半減した…気がした。
それによって落ち着きを取り戻した私は、瞼を落として息を吐くと、強い視線で津島君を見据えた…というか睨んだ。
(うん、ちゃんと言わなきゃ!)
先ほどまでとは違う私の様子に気づいた彼は、一瞬戸惑うような隙を見せる。
その隙を突くように私は告げた。
「津島君、悪いけどもう大分彼を待たしてるから。私行くね」
「え…あ…っ、ヒナ先輩」
「それと、私はもう引退してるようなものだから、演劇の質問は今の部長を始め現役組で話し合うのがいいと思うよ」
正直、ちょっと胸が痛んだ。
(でもしょうがないじゃない、本当のことなんだもん)
津島君は、私からこう言われることは予想していなかったみたいで、まさにハトが豆鉄砲喰らったような顔をした。
こんなふうに突き放すようなセリフって、言うのに勇気がいる。
でも、言わないと伝わらないなら、言わなきゃいけない。
何よりも、そうしないことで最終的に前田君に不快な思いをさせるのが嫌だった。
「じゃあね」
と告げて彼の横を通り過ぎ階段へ向かおうとすると、腕が後ろから掴まれ引っ張られた反動でよろめく。
「きゃ……っ!?」
ぐゎん!と、アトラクションで味わうような視界がまわる感覚に襲われる。
襲ってくるであろう転倒の衝撃に耐えるようにギュっと目を閉じたが、訪れたのは背中に感じる柔らかな衝撃。
(あれ…?)
ゆっくりと目を開いて顔を上げると、すぐそこに津島君の顔。
腕を引かれ、彼の胸に倒れ込むように支えられていた。
(…顔、近っ!)
体勢を立て直そうと掴まれた手を振り払おうとする…が、思ったより強い力で抑えられて抗えない。
「……っ、津島君?」
「ヒナ先輩…!しばらく会わない間に…ずるいよ」
「……は…?」
茫然とした私の腕を掴む手は前に交差され、後ろから抱きしめられる格好になっていた。
「ずるいって、何が!」
「俺、ずっとヒナ先輩のこと好きだったんだよ。でもずっと言えなかった…」
「………っ」
「そしたらさ、しばらく会わない間に前田先輩と付き合いだしてるし…どういうこと?」
「どういうこと…って?」
聞き返す私の頭の中は、思ったよりも冷静だった。
おそらく、ある程度感じてはいたのだと思う。彼が私に好意を持ってる、ということに。
でも、私にとってはその感情は関心のないものであって、特別に意識することもなかった。
(それで、この流れですか…)
先刻呼び止められてから今に至るまでの流れが、ここでようやく理解出来た。
でも、それは『理解』ではあっても『納得』ではない。
津島君の身勝手さに次第に腹立たしさを感じる。
そして------
私の怒りを頂点に至らせる言葉を彼は口にした。
「俺…前田先輩より年下だし、頼りないガキだと思われるかもしれない…けど、ヒナ先輩のこと好きだって気持ちは誰にも負けない!」
その瞬間、聞こえた。私の中で何かがプツンと弾ける音。
近づいてくる津島君の顔に、私は力いっぱい拳を突き上げ……
「----っ!!」
バキッ!と何とも言えない音を立て、津島君の身体は少し宙に浮いたた。
拘束を解かれた私が体勢を整えて立つと、その前に顔を覆うようにして蹲っている。
相当痛かったのと、私に殴られたショックのせいか、言葉も出ない様子。
殴った拳を撫でながら見下ろし、きっぱりと彼に告げる。
「冗談じゃない!あなた…私が前田君を好きだって気持ちに、勝てるとでも思ってるの?!」
もう、彼に申し訳ないと思う気持ちなんて、これっぱかりもなかった。
というより、もう何も考えられなかった。
(前田君!!)
こんなに待たせて、もう待ってはいないかもしれない。
でも、待ってくれていると微かに期待している。
私はキュッと音を鳴らして踵を返すと、その場所を目指して駆けだした。




