第一章 時空を超えて・・・③
翌朝、暑くて目が覚めた。
カーテンを開くと、すでにさんさんと陽が照りつけている。
中庭に面したサッシを開ける。
蝉の声と熱風が、部屋の中にどどっと乱入してきた。
途端に体温が上昇し、額からたらりと汗が滴り落ちる。
今日もまた猛暑になるのかと、思わずため息が漏れた。
ふと足元に気配を感じた。
目をやると、縁台にちょこんと座った猫が、つぶらな瞳で友也を見上げていた。
まだ子供の、茶トラ猫だった。
「あ、お前か、昨夜鳴いてたのは」
友也はしゃがんで頭を撫でる。
子猫は逃げるどころか尻尾をピンと立てて、何度も頭をこすりつけ甘えてきた。
まだ成猫には至らないので、生後3~4か月といったところだろうか。
健康状態もそう悪くは見えず、瘦せ細ってもいないので、母猫と一緒なのだろうかと探してみた。
中庭の反対にある離れや、畑、里山の周辺まで探してみたが母猫はいなかった。
縁台に腰掛けてしばらく待ってみるも、一向に気配がしない。
「お前も独りぼっちなのか……あ、腹減ってるんだよな」
爺っちゃんが出汁に煮干しを使っていたのを思い出し、台所へと行ってみる。
確かキッチンワゴンにあったはずだ。
水と煮干しを器に入れて戻ってみると、子猫は大人しく待っていた。
「あとで缶詰買ってきてやるから、今はこれで凌げな」
よほど飢えていたのだろう。
一気に煮干しを平らげると、水をぺちゃぺちゃと飲み続けている。
その健気な姿は、友也の虚ろな心にいつしか温もりをもたらしていた。
「行くとこないんなら、ここで暮らすか?」
思わず声を掛けていたが、動物を飼った経験はない。
だが「独りぼっち同士だし、それもいいだろう」と素直に思えた。
子猫の方はというと、ここにいる気満々らしく、大あくびのあと気持ちよさそうに伸びをしていた。
可愛い——と、思わず声が零れてしまう。
この降って湧いた同居者の出現に、友也の胸は高鳴った。
同時に、ひょっとして爺っちゃんの生まれ変わりかもしれないという思いが頭をよぎった。
「ふっ、まさか……」
友也は、子猫の屈託のない仕草をじっと見つめていた。
この可憐な小動物は、いつまでたっても見飽きることはなかった。
「そうだ、名前をつけないとな」
一日中あれこれ考えた挙句、『チャト』と名付けた。
茶トラ猫だからチャト——さすがにベタ過ぎかと思ったが、他にいい名前が浮かばなかったのだ。
自分のネーミングセンスの無さに呆れてしまう。
夕食を終え、居間でまったりとした時を過ごしている。
チャトは食後の毛繕いに夢中だ。
それにしてもチャトはよく食べる。
まだ成長期なので少量ずつ回数を分けて与えるようにと、ペットショップの店員から指示を受けた。
あるだけ食べてしまうので、あげ過ぎには注意しろとも言われた。
まさしくその通りだ。
与える先からペロッと平らげ、物欲しそうに見上げて来る。
その可愛いこと!
朝、昼、夕方、そして今しがたと、友也はチャトのつぶらな瞳と戦い続けた。
挙句に、「うーん、しょうがないなあ、ちょっとだけだぞ」と言いながらお代わりを上げてしまう。
結局は友也の連敗に終わったのだった。
友也にテレビを見る習慣はなかった。
〈やらせ〉に満ちたバラエティー番組は興味なかったし、報道番組を見ても気が滅入るニュースばかりだ。
こういう時は、思いを馳せながらハーモニカを吹くに限る。
今夜はチャトも一緒だ。
お気に入りの『埴生の宿』のメロディーが、線香の残り香の中をゆったりと揺蕩う。
チャトは友也の膝の上で丸まり、気持ちよさそうにくつろいでいる。
まるで生まれた時からここに住んでいるような、そんな二人だった。
と、その時、チャトがいきなり頭をもたげると、両耳を部屋の片隅の方へ向けた。
「ん、どうした?」
友也の膝から抜け出し、トコトコと歩いていく。
何か見つけたのだろうか。
不意に立ち止まり、宙を見つめている。
だが友也には何も見えない。
一体なんなんだ——と思った刹那、チャトがブルルッと震え、全身を硬直させた。
「チャト!」驚いて立ち上がろうとした時だった。
どこからか声が聞こえたような気がした。
『ねえ、友也……』
だが誰もいない。
(ん、空耳か?)
チャトが何事もなかったように振り返る。
その物言いたげな瞳が、友也を捉えた。
『時間がないんや』
今度は、はっきりと聞こえて来た。
耳を疑った。
「……チャト? ま、まさかな」
ぶんぶんと首を振り、目をつぶって深呼吸をする。
(きっと空耳だ。まいったな。たまには憂さ晴らししないと不味いかも……)




