第三章 河岸の隣組・・・②
食事を終えたあと、勇元と友也は菊枝の家の玄関にいた。
小道を挟んだ隣の家で、町道沿いに並んでいた。
「いやー菊枝さん、助かったよ」
「なーに、困った時はお互い様さね。しばらくは一緒にご飯作ろうか。その方が経済的だもんね」
「すまんな」
「あの、勇元さん、どうか気を落とさないでおくれね」
「……」
思わぬ菊枝の言葉に、目を伏せながら、勇元は小さく頷いた。
「それはそうと、涼花は大丈夫かね」
「和ちゃんとはひとつ違い、ずっと一緒に育ってきたからね。それに、多少なりとも憎からず思ってたんだろうし」
「……そうだな」
「ま、あの子も看護婦を目指すからには、その辺の覚悟も決めとかないとね」
と、家の奥に目をやった。
菊枝に別れを告げると、勇元と友也は目の前の町道に出た。
この道を右に行けば、直ぐに焼け焦げた母屋の跡が見える。
「菊枝さんが言ってましたけど、涼花さんは看護師……看護婦なんですか?」
「今その勉強中だ」
「学校に?」
「ああ、広尾にある赤十字の養成所に通ってる。菊枝さんが産婆だから、同じ道に進んだって訳だ」
「へえ」
「来年の秋には卒業って言ってたな」
「秋って、半端ですね」
「もともとは三年制だったらしい。なんでも戦争で人材不足になったから、補充を急いで二年半に短縮されたんだとか」
「そこかしこに戦争が影響してますね」
「ひでえもんさ」
程なく焼け跡が見えてきた。
重い足取りで、手前の小道を右に折れる。
ふと勇元が、さりげない口調で問いかけた。
「さっきから気になってたんだが、足は相当悪いのか」
「いえ、右足をちょっと」
「で、その足で農作業は大丈夫なのか?」
「向こうでやってたから大丈夫です。若干びっこ引きますけど、あとは正座が出来ないくらいで」
「そうか。やってみて、出来ないことがあったら言ってくれ」
「ありがとうございます」
勇元は小道を登り、上の畑から養鶏場へと順に案内した。
友也に出来そうな仕事を説明していく。
まずは自分が初めてやらされた仕事を任せればいい。
だが問題は、和正がやっていた仕事が自分に出来るのか、である。
これまでは和正の指導のもとだったが、今後は自分が主導である。
果たして自分に出来るのだろうか——そんな不安がよぎった時だった。
「勇元さーん!」
小道の下の方から声がした。
「親父がね、きっと困ってるだろうから手伝って来いってさ」
「おお恭平、助かるよ」
亡くなった和正の幼馴染——恭平だった。傍らに亮太もいる。
「こっちは関口家の親戚の友也だ。昨夜、弘明寺から和正を訪ねて来たんだが、あんなことになっちまってな」
紹介され、恭平は軽く頭を下げた。
「どうも、恭平っす」
頭に巻かれた包帯も、胸元から覗かせる包帯も、勇元のものよりは痛々しく見える。
「怪我、もう大丈夫っすか?」
友也は小さく頷いた。
友也も長身だが、恭平もそれに劣らず背が高かった。
この時代では大男であろう。
無精髭のちょっとヤンチャな風貌が、逆に頼もしさを醸し出している。
「こいつは亮太っていいます」
「へへへ、どうも」
それに比べて亮太の方はずんぐりむっくりである。
恭平の後ろからひょっこり出した丸顔が、妙に子供じみて憎めないキャラだ。
二人合わせて、いい意味での兄弟分というコントラストだった。
「恭平さんに、亮太さん——ですね。関口、友也です」
「あー、さん付けは無しで! 恭平、亮太でいいっすよ。俺らも友也さん——友さんでいいかな?」
恭平の屈託なく笑う様が、実に爽やかだった。
「二人ともな、隣組の仲間だ」
「隣組?」
「ああ、うちと菊枝さんとこ、恭平んちと亮太んち、あと佐藤さんと林さんの六所帯だ。ここらの田んぼも畑も、この養鶏場だってみんなで協力してやってる」
「河岸の隣組っていうんすよ。あの川の上流に河岸があって、元々うちが舟運やってたんす。だから河岸の隣組ってね」
「へえー」
「大抵のことは協力して暮らしてるんだ」
「あ、昨夜の消火も?」
「……そうだ」
一瞬、沈黙が流れた。
口にすべき言葉ではなかったと友也は後悔した。
誰しもが向き合いたくない辛い記憶だ。
片隅に追いやるには時間が無さ過ぎた。
それ程、五感に染み込んだ、生々しい記憶だった。
「あの、勇元さん……和正、残念だったな」
「ああ……お前らも辛いだろう。幼馴染だもんな」
「和兄……」
項垂れた亮太が、消え入りそうな声で呟いた。
恭平は、そんな亮太の頭をポンとはたくと、ことさらあっけらかんと言い放つ。
「戦争だから、しょーがねえよ。俺の兄貴だって、生きてるのやら死んでるのやら」
恭平の兄は、昨年二十歳になり召集された。
広島の宇品港より出征するという葉書が来たのを最後に、音信は途絶えた。
この時代、出征するということは——お国のために死ぬ——ということなのだ。
重く沈んだ空気を、恭平が打ち消すように指示をした。
「おい亮太、友さんにいろいろ説明してやれ。俺は勇元さんと、これからの段取りを決めるから」
「はいよ!」
「友さん、こいつ馬鹿だけど仕事は出来るから」
「もう恭兄、馬鹿は余計!」
そのやり取りに救われたように、皆の間に笑顔が広がった。
「じゃあ友さん、養鶏から始めようか」
亮太は柵の中に友也を招き入れると、あれこれと熱心に説明し始める。
鶏舎に向かって行く二人を目で追いながら、恭平がぼそっとつぶやた。
「なんか友さんってさ、和正に雰囲気が似てるよね」
「そりゃそうだ、親戚だからな」
そう言って目を細める勇元の視線は、友也の向こうの和正に向けられているようだった。




