↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
束の間の常しえ  作者: 武井一仁


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/15

第三章 河岸の隣組・・・②

食事を終えたあと、勇元と友也は菊枝の家の玄関にいた。 

小道を挟んだ隣の家で、町道沿いに並んでいた。


「いやー菊枝さん、助かったよ」

「なーに、困った時はお互い様さね。しばらくは一緒にご飯作ろうか。その方が経済的だもんね」

「すまんな」

「あの、勇元さん、どうか気を落とさないでおくれね」

「……」


思わぬ菊枝の言葉に、目を伏せながら、勇元は小さく頷いた。


「それはそうと、涼花は大丈夫かね」

「和ちゃんとはひとつ違い、ずっと一緒に育ってきたからね。それに、多少なりとも憎からず思ってたんだろうし」

「……そうだな」

「ま、あの子も看護婦を目指すからには、その辺の覚悟も決めとかないとね」


と、家の奥に目をやった。

菊枝に別れを告げると、勇元と友也は目の前の町道に出た。

この道を右に行けば、直ぐに焼け焦げた母屋の跡が見える。


「菊枝さんが言ってましたけど、涼花さんは看護師……看護婦なんですか?」

「今その勉強中だ」

「学校に?」

「ああ、広尾にある赤十字の養成所に通ってる。菊枝さんが産婆だから、同じ道に進んだって訳だ」

「へえ」

「来年の秋には卒業って言ってたな」

「秋って、半端ですね」

「もともとは三年制だったらしい。なんでも戦争で人材不足になったから、補充を急いで二年半に短縮されたんだとか」

「そこかしこに戦争が影響してますね」

「ひでえもんさ」


程なく焼け跡が見えてきた。

重い足取りで、手前の小道を右に折れる。

ふと勇元が、さりげない口調で問いかけた。


「さっきから気になってたんだが、足は相当悪いのか」

「いえ、右足をちょっと」

「で、その足で農作業は大丈夫なのか?」

「向こうでやってたから大丈夫です。若干びっこ引きますけど、あとは正座が出来ないくらいで」

「そうか。やってみて、出来ないことがあったら言ってくれ」

「ありがとうございます」


勇元は小道を登り、上の畑から養鶏場へと順に案内した。

友也に出来そうな仕事を説明していく。

まずは自分が初めてやらされた仕事を任せればいい。

だが問題は、和正がやっていた仕事が自分に出来るのか、である。

これまでは和正の指導のもとだったが、今後は自分が主導である。

果たして自分に出来るのだろうか——そんな不安がよぎった時だった。


「勇元さーん!」


小道の下の方から声がした。


「親父がね、きっと困ってるだろうから手伝って来いってさ」

「おお恭平、助かるよ」


亡くなった和正の幼馴染——恭平だった。傍らに亮太もいる。


「こっちは関口家の親戚の友也だ。昨夜、弘明寺から和正を訪ねて来たんだが、あんなことになっちまってな」


紹介され、恭平は軽く頭を下げた。


「どうも、恭平っす」


頭に巻かれた包帯も、胸元から覗かせる包帯も、勇元のものよりは痛々しく見える。


「怪我、もう大丈夫っすか?」


友也は小さく頷いた。

友也も長身だが、恭平もそれに劣らず背が高かった。

この時代では大男であろう。

無精髭のちょっとヤンチャな風貌が、逆に頼もしさを醸し出している。


「こいつは亮太っていいます」

「へへへ、どうも」


それに比べて亮太の方はずんぐりむっくりである。

恭平の後ろからひょっこり出した丸顔が、妙に子供じみて憎めないキャラだ。

二人合わせて、いい意味での兄弟分というコントラストだった。


「恭平さんに、亮太さん——ですね。関口、友也です」

「あー、さん付けは無しで! 恭平、亮太でいいっすよ。俺らも友也さん——友さんでいいかな?」


恭平の屈託なく笑う様が、実に爽やかだった。


「二人ともな、隣組の仲間だ」

「隣組?」

「ああ、うちと菊枝さんとこ、恭平んちと亮太んち、あと佐藤さんと林さんの六所帯だ。ここらの田んぼも畑も、この養鶏場だってみんなで協力してやってる」

「河岸の隣組っていうんすよ。あの川の上流に河岸があって、元々うちが舟運やってたんす。だから河岸の隣組ってね」

「へえー」

「大抵のことは協力して暮らしてるんだ」

「あ、昨夜の消火も?」

「……そうだ」


一瞬、沈黙が流れた。

口にすべき言葉ではなかったと友也は後悔した。

誰しもが向き合いたくない辛い記憶だ。

片隅に追いやるには時間が無さ過ぎた。

それ程、五感に染み込んだ、生々しい記憶だった。


「あの、勇元さん……和正、残念だったな」

「ああ……お前らも辛いだろう。幼馴染だもんな」

「和兄……」


項垂れた亮太が、消え入りそうな声で呟いた。

恭平は、そんな亮太の頭をポンとはたくと、ことさらあっけらかんと言い放つ。


「戦争だから、しょーがねえよ。俺の兄貴だって、生きてるのやら死んでるのやら」


恭平の兄は、昨年二十歳になり召集された。

広島の宇品港より出征するという葉書が来たのを最後に、音信は途絶えた。

この時代、出征するということは——お国のために死ぬ——ということなのだ。

重く沈んだ空気を、恭平が打ち消すように指示をした。


「おい亮太、友さんにいろいろ説明してやれ。俺は勇元さんと、これからの段取りを決めるから」

「はいよ!」

「友さん、こいつ馬鹿だけど仕事は出来るから」

「もう恭兄、馬鹿は余計!」


そのやり取りに救われたように、皆の間に笑顔が広がった。


「じゃあ友さん、養鶏から始めようか」


亮太は柵の中に友也を招き入れると、あれこれと熱心に説明し始める。

鶏舎に向かって行く二人を目で追いながら、恭平がぼそっとつぶやた。


「なんか友さんってさ、和正に雰囲気が似てるよね」

「そりゃそうだ、親戚だからな」


そう言って目を細める勇元の視線は、友也の向こうの和正に向けられているようだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。