↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新作連載小説】記憶寿命30日の世界で、はじめましてから始める異世界攻略  作者: 新井 はじめ
第一章 『白紙の記録』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/17

第一章3 お金は崩せても、筋力は崩せません

 何事もなかったかのように、次の日の朝を迎えた。

俺はスマホを開いて今の日時を確認する。


──今の時間は……?4月2日08時01分……。


 俺は気づいてしまった……。

そう、今日は──。


「アリアに街を案内してもらう約束なのに寝坊したああぁぁぁ!?!?おいおいおいなんでこんな大事な日に寝坊するんだよ!?」


 大慌てでベッドから跳ね起き、ホン・キホーテの袋から掴み取ったのは──昨日、宿の主人に無理を言って銀貨と交換してもらった、この世界の現地通貨の入った革袋。

そして、俺の命綱である『黒い手帳』と『フリクションペン』だ。


 それらを大急ぎでポケットに突っ込み、靴を引っかけながら宿屋の階段を二段飛ばしで駆け下りる。


「おい、兄ちゃん!朝飯は……。」


「いらない!食べてる暇ないから!!」


 親父さんの声を背中で聞きながら、宿の木製の重い扉を勢いよく押し開けた。


 目指すは、アリアと約束した街の正門前。

 本人は普通に走っているつもりなのだが、一歩を踏み出した瞬間、体が弾丸のように加速する。

周囲の景色がビュンビュンと後ろへ流れていく。


──お、おいおい……なんだこのスピード!?走るっていうか、これ、体が勝手に前に飛んでるレベルじゃねえか!?


 さすがはオール『941』の最強ステータス、寝坊の焦りで無意識に『素早さ』が暴発しているらしい。

これなら今からでも間に合うんじゃ──。

そう思った矢先だった。


 正門へと続く薄暗い路地裏の角を曲がった瞬間、目の前に三つの人影が立ち塞がった。


「おいおいおい、待ちくたびれたぜ、白金貨の兄ちゃんよぉ。」


 ニヤニヤと下品な笑みを浮かべた、ガラの悪い男たち。昨日、大商人のエルフとポテチの取引をした時に、後ろからギラギラした視線を送ってきたチンピラどもだ。


「ちょっとツラ貸しな。昨日のお宝、ここに置いていって──。」


 男の一人が凄みながら、俺の胸ぐらをつかもうと手を伸ばしてくる。

 だが、今の俺の脳内にあるのは、金貨の心配でも、悪党への恐怖でもない。


──やべえええええ!!アリアとの約束の時間まであと3分しかないんだよ!!怒ったエルフの美少女に後ろから刺されるより怖いもんがこの世にあるかァァァ!!!


「そこ、どいてくれええええええええ!!!」


 焦り狂った俺は、目の前の男の腕を、文字通り「邪魔だ」と言わんばかりに軽く手で払いのけた。


──バキィィィィィンッッッ!!!


 路地裏に、およそ人間同士の接触とは思えない凄まじい破壊音が響き渡った。


「ぶべっ!?」


 胸ぐらを掴もうとした男の体が、まるで大型トラックに正面から撥ね飛ばされたかのように真横へと消し飛んだ。

男はレンガ造りの壁に激突し、そのままピクリとも動かなくなる。


「ひっ……え……!?」


 残された二人のチンピラが、顎が外れそうなほど口を開けて硬直した。

 だが、俺には彼らの驚愕に付き合っている暇は1秒もない。


「すまん!急いでるんだ!!」


 風を切り裂きながら、俺は再び正門へと向かって猛ダッシュを開始する。

 背後で、跳ね返った路地裏の木箱が、残りのチンピラたちの頭に綺麗にジャストミートして気絶する音が聞こえた気がしたが……気のせいだろう。

神すら超える『幸運:941』の自動防衛システムが働いたなんて、今の俺は知る由もなかった。


 息を切りながら、俺はついに街の正門前へと滑り込んだ。

 時計の針は、約束の時間をわずかに過ぎている。


「ハァ、ハァ……!ごめん、アリア!待たせた……っ!」


 膝に手をついて激しく肩で息をする俺の前に、すっと綺麗な靴影が近づいてきた。

 恐る恐る顔を上げると、そこには空色の髪を揺らしたアリアが立っていた。


 怒られる──。

そう身構えた俺の手を、アリアは驚いたように両手でそっと包み込んだ。


「ちょっとカナタ、大丈夫!?凄い息が上がってるじゃない……!」


 その水色の瞳には、怒りなんて一ミリもなくて、ただただ俺を純粋に心配する色が浮かんでいた。


「あ、いや……ただの寝坊で、急いで走ってきただけだから大丈夫……。」


「本当に?よかった……。カナタ、昨日この世界に来たばかりだし、ステータスもすごいから変な悪党に気づかれたうえに絡まれて怪我でもしたんじゃないかって、私、生きた心地がしなかったんだから……。」


 ホッとしたように胸をなでおろすアリア。

 その言葉に、俺は背中に冷や汗が流れるのを感じた。


──……絡まれた。ガチで絡まれて、さっき物理的に壁にめり込ませてきたわ)。


 まさか「攻撃力941」で一瞬でゴミのように片付けてきたとは言えず、俺は引き攣った笑みを浮かべることしかできない。


「心配かけて悪かったよ。お詫びって言っちゃなんだけど、今日案内してもらうお礼に、美味しい朝ご飯でも奢らせてくれないか?なんてったって、俺は白金貨持ちだからね。」


 俺が昨日のお返しのつもりで胸を張ると、アリアは一瞬呆気にとられたような顔をした。

 それから、ふふっ、と鈴が転がるような優しい笑顔を見せた。


「もう、本当に緊張感のない迷い人ね。でも、ありがたく奢ってもらおうかな。お腹ペコペコで待ってたんだから!」


 アリアに連れられてやってきたのは、正門近くにある『跳ねウサギ亭』という食堂だった。

 朝から冒険者や商人たちでごった返しており、香ばしい焼き肉の匂いと、焼き立てのパンの甘い香りが店内に満ちている。


「ここ、朝早くからやってて、安くて美味しいのよ!」


 アリアが慣れた様子で席を確保し、運ばれてきたのは、肉厚の魔獣肉を挟んだサンドイッチと、湯気が立つ謎の果実のスープ。


「うまっ……!なんだこれ、肉がめちゃくちゃジューシーだな!」


「でしょ?迷い人の口に合うか心配だったけど、気に入ってくれてよかった。」


 美味そうに頬張る俺を見て、アリアは自分のサンドイッチを小さく口に運びながら、嬉しそうに目を細めた。

本当に、どこまでも心優しい女の子だ。


──だが、問題は食い終わった後の『お会計』でやってきた。


「ごちそうさま!じゃあ約束通り、俺が払うよ」


 俺は昨日、宿に入るときに白金貨を崩してもらったお釣りから、適当に大きめの銀貨を数枚つまんでテーブルに置いた。


「店員さん、お会計!これで足りる?」


「はーい、毎度……って、ええええええええええ!?!?」


 注文を取りに来た看板娘が、銀貨を見るなり、今度は俺の『手』を見てひっくり返ったような悲鳴を上げた。


 一瞬で食堂中の冒険者たちの視線が、俺の手元──ではなく、俺自身へと突き刺さる。


「ちょ、ちょっとカナタァァァ!?何やってるの!!」


「え!?いや、ちゃんと銀貨で払おうとしたんだけど……!」


 アリアが慌てて俺の腕を掴み、テーブルの下へと引っ込めさせた。


その顔は完全に引き攣《つ》っている。


「お金の問題じゃないわよ! カナタ、お金を置くときに、テーブルの木目を指先で軽くトントンって叩いたでしょ!?」


「あ、ああ。小銭を揃えようと思って……。」


「その『トントン』の風圧と指の力だけで、厚さ3センチの無垢材のテーブルに、カナタの指の形に綺麗に穴が4つ空いてるわよ!?」


「えっ。」


 見ると、頑丈なはずの木製テーブルに、まるでストローで突き刺したかのように綺麗な丸い穴が貫通していた。

 そうだった。俺のステータスはオール941。会計は崩したもので正しく払えたのに、筋肉と筋力のほうが全く崩せていなかったのだ。


「ひ、ひえぇ……指先ひとつでテーブルを消滅させる凄腕の暗殺者か……!?」


 周囲の冒険者たちがガタガタと椅子を鳴らして怯え始める。


「……はぁ。本当にカナタは、目が離せない人ね。」


 アリアは困ったように眉を下げてため息をついた。


「ごめんなさい、この人ちょっと手が滑っちゃったみたいで。テーブルの弁償代も引いておいて。」


 アリアは俺の代わりに銀貨を綺麗に並べ直し、看板娘に手渡した。


「うう、すまんアリア……。最強ステータスが物理的に暴発してお会計を破壊するなんて……。」


「いやいいのよ。それよりカナタ、その力の使い方、早くなんとかしないとね。」


 アリアは周囲の冒険者たちがこちらを怯えた目で見ているのを確認すると、俺の耳元に顔を近づけ、小さな声で囁いた。


「いい?カナタは『迷い人』で、しかもそのステータスでしょ。普通ならギルドに連れていって登録すれば、力の制御方法のスクロールとかを貰えることがあるんだけど、それ以上に体中を調べられるから……カナタをギルドの建物に入らせるわけにはいかないの。」


「あ……そっか。アリアたちのギルドは、迷い人を調査対象として追ってるんだっけ。」


 昨日、アリアが言ってくれた言葉を思い出し、俺は喉を鳴らした。

 もし不用意にギルドに行けば、その場で国家レベルの重要参考人として捕まってしまうかもしれない。

アリアはギルドの所属でありながら、命の恩人である俺を守るために、規則を破って匿ってくれているのだ。

改めて、その心の優しさが身に染みる。


「だから、ギルドを通さずに、カナタのその力を隠しながら制御できる方法を探さなきゃいけないの。……幸い、白金貨を崩したお金はたっぷりあるんでしょ?」


「ああ、宿の親父さんに大金に換えてもらったから、しばらく遊んで暮らせるくらいはある。」


「なら決まりね。ギルドの目の届かない、表通りから外れた闇市場か、あるいは訳ありのアイテムを扱う風変わりな道具屋へ行きましょ。そこに魔力を抑える指輪とかが売っていればいいんだけど……。」


 アリアはそう言うと、俺の手を引いて食堂の席を立った。

 指先一つでテーブルに穴を空ける危険すぎる迷い人と、彼を捕まえる側の組織にいながら、必死に守ろうとしてくれる心優しいエルフの女の子。


 俺はポケットの中の『黒い手帳』に触れた。


──寝坊でパニックになるような頼りない俺だけど……30日後にここでの記憶を失う俺のために、アリアのこの優しさと、ここから始まる隠密攻略の全てを、一文字も漏らさずに書き残してやる。


 食堂を出て、俺たちはギルドの監視の目を掻い潜るように、賑やかな大通りの裏路地へと足を踏み入れた。


 大通りの喧騒が、薄暗いレンガの壁に遮られて遠ざかっていく。

 一歩奥へ入っただけで、湿った空気とどこか怪しげな静けさが肌を刺した。

ファンタジー漫画の「裏路地」といえば、高確率で暗殺者や怪しい組織が潜んでいる定番の危険地帯だ。


「なぁアリア……。ギルドから隠れるためとはいえ、こういう裏通りって、いかにもヤバそうな闇市とかに繋がってたりするんじゃ……。」


「まさか。犯罪者だらけの物騒な場所に、カナタを連れていけるわけないでしょ?」


 アリアは振り返り、呆れたようにクスリと笑った。

本当に、どこまでも俺の身の安全を第一に考えてくれる心優しい女の子だ。


「私が考えてるのは、もっと安全な場所よ。この先を抜けたところにある『お騒がせ精霊の古着屋』。表向きは古い仕立て屋なんだけど、実はギルドの許可証を持ってない『訳ありの職人』たちが、こっそり魔導具を委託販売してる隠れ家なの。」


「なるほど、非公認のセレクトショップってわけか。」


「そう。ギルドの監査が入らないから、カナタのステータスを見られる心配もないし、掘り出し物の魔力制御アイテムも見つかるはずよ。」


 アリアの頼もしさにホッと胸をなでおろし、俺たちはさらに路地の奥へと進む。


 だがその時、前方の曲がり角から「おい、いたぞ!」という荒々しい声が響いた。


「ひっ……!?」


 アリアが短く息を呑む。

 現れたのは、鉄の胸当てを着込んだ、見るからに強そうなガタイのいい男たち──。

さっき食堂に来る前に、俺が「どいてくれ」と軽く手で払いのけて壁にめり込ませた、あのチンピラどものボスとその仲間たちだった。


「お前だな、うちの若い奴らを一瞬で聖院《せいいん》送りにしたっていう、ふざけた格好のガキは……!」


──あ、やっぱりさっきの、聖院《せいいん》って病院のことか?ガチで病院送りになってたんだ……。


 肉厚な大剣を肩に担いだボスが、ギラギラとした目を俺たちに向けて歩み寄ってくる。


「カナタ、下がって……!」


 アリアが瞬時に俺の前に立ち、腰の細身の剣に手をかけた。

まだエナドリのバフが少し残っているのか、その全身から微かに青白い魔力がパチパチと音を立てる。


 だが、アリアの瞳には、明らかに緊張の色が混じっていた。

相手は路地裏の修羅場を潜り抜けてきた本物の荒くれ者だ。

ギルドに知られずに、この狭い路地裏で立ち回るのは簡単じゃない。


 アリアは自分だって怖いかもしれないのに、昨日来たばかりの俺を守るために、迷わず盾になろうとしてくれている。


「大丈夫よ、カナタ。私がなんとかするから、カナタは隙を見て走って……。」


「いや……。」


 俺はアリアの華奢《きゃしゃ》な肩を、後ろからそっと引き戻した。


 これ以上、この心優しい女の子にばかり無理をさせるわけにはいかない。


「アリア、心配してくれてありがとう。でも、ここは俺に任せてよ。」


「え……?でも、カナタは武器も持ってないし……!」


 驚くアリアを背中に隠すようにして、俺は一歩前へ出た。

 お金は崩せても、最強ステータスは崩せない。なら、この理不尽なオール941のバグ値を、目の前の悪党どもに叩き込んでやるまでだ。


「おいおい、武器も持たずに素手で俺たちに挑む気か?ナメられたもんだなァ!」


 ボスが鼻で笑い、肩に担いだ大剣を容赦なく振り下ろしてくる。


 その刃が俺の頭を叩き割る──。

直前、俺の素早さ941が静かに発動した。


──ゴゥンッ!!!


 空気を切り裂く大剣の軌道が、俺の目にはまるでスローモーションのように見えていた。

 俺はただ「おっと」と軽く上体を反らして避けたつもりだったのだが、周囲から見れば、俺の姿が一瞬でブレて、大剣の刃が虚空を切り裂いたように見えたはずだ。


「なっ……消え──!?」


 ボスが驚愕に目を見開いた瞬間、俺は焦っていた。


──やべえ、アリアを待たせた上に、裏路地でこれ以上時間を食ったら、お目当ての古着屋が閉まっちまうかもしれない!


「そこを、通らせてくれっ!!」


 俺は早くここを切り抜けたい一心で、ボスの分厚い鉄の胸当てに向けて、右の拳を思いっきり突き出した。


──ドゴォォォォォンッッッ!!!


 路地裏に、大砲でもぶっ放したかのような爆音が炸裂した。


「ぶふぉっ!?!?!??」


 ボスの着ていた頑丈な鉄の胸当てが、俺の拳の形にひしゃげ、中央から真っ二つにパキィィンと砕け散る。

 そのままボスは、まるでゴム毬のように路地裏の地面を数回バウンドしながら遥か彼方へと吹き飛び、ゴミ溜めに頭から突っ込んでピクリとも動かなくなった。


「……え?」


 残された仲間たちが、あまりの光景に思考停止して石のように固まる。

 背後にいるアリアにいたっては、「あ……あ……。」と口を金魚のように開け閉めして、完全にフリーズしていた。


「すまん!本当に急いでるんだ!」


 俺は気まずくなって、残りのチンピラたちの横をすり抜けながら、アリアの手を引いて再び猛ダッシュを開始する。

 背後で、ボスの大剣が上空から落ちてきて、残りのチンピラたちの足元に突き刺さり、腰を抜かした彼らが「ヒィィィ!」と悲鳴を上げる音が聞こえたが──。


──……まぁ、それも幸運941のおかげだろう。


 俺とアリアは狭い裏路地を走り抜け、目的である『お騒がせ精霊の古着屋』の目の前に着いた。

気に入っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。