第一章2 お会計は、最強ステータスで
俺は、アリアと一緒に魔獣を倒した森を出て、街へ戻ってきた。
どういうわけか、俺はアリアと一言も言葉をかわさずに森を抜けた。
「あ、あの……。」
俺が言いかけた瞬間──。
「さっきの飲み物はなに?」
アリアが食い気味に話し始めた。
この世界にはエナジードリンクなんて存在しないのか、とても驚いている様子で見つめてきた。
「あー、あれね。あれはエナジードリンクっていって、飲むとエネルギーを補給できたり、集中力をアップさせることができる代物なんだ。」
理解してもらえるかはわからないが、一応説明してみた。
この世界の人達にはどう思われるのだろうか……。
「なるほど……。ていうことは“魔力奔流”みたいな感じなんだね。」
「魔力奔流?」
「あれ、知らないの?ここで暮らす人はみんな知ってる常識みたいなものなんだけど……。」
「いや、実はちょっとしたわけがあってさ。俺、自分が何者なのか、ここがどこなのかもよく分かってないんだよね……。」
嘘はついていない。
だって俺はさっきまで日本にいたから。
俺が困ったように笑うと、アリアは真剣な顔で俺の顔を覗き込んできた。
「何かあったの?」
話していいのかはわからない。
けど、話したらアリアは何か知っているかもしれない。
「アリア、実は俺……。異世界から……来たんだ……。」
アリアは、驚いた表情で俺の顔をじっと見てきた。
──あちゃー、やっぱり引かれたか?
いきなり「異世界から来た」って言われて頭がおかしい奴だと不審がられるのがオチだ。
ファンタジー漫画の読みすぎで脳みそがバグったのかと、自分でも言った後に少し後悔した。
「……カナタって、もしかして──。『異界の迷い人』なの?おとぎ話の中にしかいない存在だと思ってた……。」
「あの、その……。イカイノマヨイビトって?」
「文字通り、別世界から迷い込んできてしまった人のことを『異界の迷い人』っていうの。なんでも、その人はこの世界の神様から特別な『祝福』を授かって、ありえない力を手にするって言われてるの。……信じられない。今、目の前にいるカナタが、そんな伝説の存在だったなんて……。」
何やらこの世界では、俺がすごい特別な存在らしい。
俺には神様からの祝福があるとは思えないけど。
「信じてくれるんだな。正直、頭がおかしいやつだって引かれると思ったよ。」
「信じるも何も、カナタのその格好よ。会ったときから思ってたけど、この世界にはカナタが着ているような服は存在しないわ。それに、さっきのエナジードリンクっていう飲み物が魔力奔流を起こしたことも、納得できる。」
アリアは興奮を隠しきれない様子で、目をキラキラと輝かせながら俺の顔を覗き込んできた。
「ねえ、カナタ!もし本当にアンタが異界の迷い人なら、神様からどんな『祝福』をもらっているのか、今すぐ確かめさせて!」
「え?確かめるって、どうやって……」
「これよ!開示!」
アリアが俺の胸元にすっと手をかざして小さく呟いた瞬間、俺たちの間の空間に、半透明の淡い光の画面が浮かび上がった。
──うお、これ漫画で見た本物のステータス画面だ!
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【ステータス】
名前: カナタ
クラス: 異界の迷い人
・体力(HP): 941
・魔力(MP): 941
・攻撃力(ATK): 941
・防御力(DEF): 941
・素早さ(SPD): 941
・幸運(LUK): 941
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「……へ?」
俺の口から、間の抜けた声が漏れた。
何だこれは。
全てのステータスが綺麗に『941』という数字で統一されている。
──どこかで見たことある数字……だな……。
「……あっ!」
記憶の糸が一本、するすると繋がった。
この『941』っていう数字、さっきホン・キホーテのレジで支払った合計金額そのまんまじゃねえか!!
「な……ななな、何よこれえぇぇぇぇッ!!!?」
突如、アリアがひっくり返ったような悲鳴を上げた。
さっき森で魔狼を前に絶望していた時よりも、遥かにその顔は引き攣り、美しい水色の瞳がこれ以上ないほど丸くなっている。
「ちょ、ちょっとアリア!?どうしたんだよ急に」
「どうしたんだよじゃないわよ!何よこの数字!!オール941って、意味がわからないわ!!」
「え?いや、均等でキリが良いし、別にいいじゃん」
「いいわけないでしょ馬鹿言わないで!!」
アリアは俺の肩をガシガシと揺さぶりながら、狂ったようにステータス画面を指差した。
「いい?この街の一流の戦士だって、攻撃力はせいぜい『150』よ!?宮廷魔導師の魔力だって『300』あれば伝説級って言われてるの!それなのにアンタ、戦う気配すら皆無のくせに、なんで全ての能力が神話の怪物並みの数値を叩き出してるのよ!?」
「え、これ、そんなにヤバいの……?」
「ヤバいなんてもんじゃないわよ!特にこの『幸運: 941』って何!?この世界の神様でも幸運は100を超えないって言われてるのよ!?カナタ、存在自体が世界の法則をバグらせてるわ!!」
アリアの必死すぎる形相に、俺はただ「はあ」と圧倒されるしかなかった。
どうやら俺がこの世界にやってきた時、あのホン・キホーテのレジで支払った『941円』という数字が、そのまま俺の能力値として世界のシステムに誤変換されて刻まれてしまったらしい。
「はぁ……はぁ……。もう、驚きすぎて寿命が縮んだわよ……」
ようやく肩の力を抜いたアリアは、大きくため息をついた。
そして、どこか真剣な、少しだけ寂しそうな目を俺に向けた。
「でも、そっか……。カナタは別の世界から来たばかりなのね。……じゃあ、『異界の迷い人』の代償も知らないの?」
「代償?」
「ええ。迷い人はここに転移してしまう代償として、30日ごとにここでの記憶をすべて消されてしまうらしいの。」
「……え?」
アリアが静かに告げたその言葉の意味を、俺の脳はすぐには理解できなかった。
「30日経つとね、頭の中の記憶だけが綺麗さっぱり消えて、またこの世界に来た最初の瞬間に巻き戻っちゃうらしいの。周りのみんなの記憶はそのまま残るのに、その人だけが、世界から取り残されるみたいにすべてを忘れちゃう……。おとぎ話に書かれていた、神様が迷い人に課した絶対に逆らえない決まりごとなんだって」
「30日、記憶が消える……」
アリアの言葉を聞きながら、俺はふと、異世界にワープしてくる直前の、自分のあの淡い願いを思い出していた。
『今日は一日おかしなことばかりあったが明日には忘れているだろう……。というか忘れたいけど……。』
──明日には忘れたい。
俺が自室の布団の中でそう願ったから、この世界は俺にこんな代償を与えたのだろうか。
いや、明日どころか30日後に本当に全部消えるなんて、そんなの、ただの絶望じゃねえか。
「……あ!ごめん、変な話しちゃったね!」
俺の顔が急に青ざめたのを見て、アリアは慌てて笑顔を作ると、俺の背中をバシッと叩いた。
「所詮はおとぎ話よ!実際はそんなことあるわけないって!それに、もし本当にそんな呪いがあったとしても、さっきのカナタの無茶苦茶なステータスを見たでしょ?オール941なんて世界の法則をバグらせるくらいの祝福があるんだもん、そんな代償なんてカナタの幸運値で弾き飛ばしちゃうわよ!」
「あ……ああ、まあ、そうだな……」
アリアは、俺が特別な存在だからこそ、そんな怖い呪いとは無縁のはずだと信じて笑いかけてくれている。
彼女の記憶は消えない。
だからこそ、俺が彼女を忘れるはずがないと信じているんだ。
「とりあえず、ここは危険だから私の家に来ない?」
「危険?どういうこと?」
「カナタがその異常な数値を持っていることが“ギルド”に知られたら、絶対に怪しまれて国家レベルで監禁されるか、危険思想の持ち主として狙われるわよ!」
「そう……なのか……。逆にこれから世界を救う英雄として扱われたりはしないのか……?」
英雄として扱われてくれればここでもいい暮らしができるはずだ。
でも──。
「そんなに都合の良いことは起こらないと思う。だって、私自身がその“ギルド”の冒険者で、おとぎ話の迷い人について調べている関係者だから。」
ギルドの冒険者がこう言うんだ。
事実であることは間違いないだろう。
でも疑問に思うのは──。
「ギルドの冒険者なのに、俺を捕まえないのか?」
ギルドに関係しているなら、アリアが迷い人を追う任務を帯びていてもおかしくはない。
逆に、まだその存在を確認できていないなら手がかりを調べるのも当たり前だろう。
「確かにおとぎ話の存在だと思ってたけど、ギルドの任務として私たちは迷い人について色々調べているの。でも、命の恩人を連れて行くわけにはいかないでしょ。それに、借りは返さないとね。」
アリアは思った以上に義理堅く、心優しい性格のようだ。
俺は迷い人になったけど、幸先がいいスタートができた気がする。
「気遣ってくれてありがとう。でも大丈夫だ。俺には宿がある。それに、ギルドに見つからないような隠れた生活じゃ、ここに来た意味も、誰かがここに来させた意味もないしな。俺は俺でうまくやっていくから心配しなくて大丈夫だ。」
──はぁ……。なんでこんなかっこつけたようなセリフを……。
「本当に大丈夫なの?あんまりギルドを舐めないほうがいいと思うけど……。」
「大丈夫!なんてったって俺はレベル941の迷い人だからね。ギルドに追われたって、この力で逃げ回りながら、呑気に異世界ライフを満喫してやるよ。」
俺が胸を張って言い放つと、アリアは一瞬だけ呆気に取られたような顔をした。
それから、はぁ……と深いため息をつき、肩の力を抜いてくすりと笑った。
「……本当に緊張感のない迷い人ね。絶対にそのステータス、他人の前で開示しちゃダメだからね!?ついて来ないならそれだけ条件として守って!まぁ、カナタがそれだけ元気なら心配して損したわ。本当に困った時はすぐに言いなさいよね。」
「ああ、ありがとう。アリア。」
「じゃあ、私はギルドへの報告もあるから、今日はここで。あ、カナタのことは私がうまく隠すから安心して!もしよかったら明日、この街の案内をしてあげるから、朝にまた門の近くで待ち合わせね。」
「助かるよ。それじゃ、また明日。」
アリアは小さく手を振ると、夕暮れに染まり始めた街の人混みの中へと消えていった。
一人になった俺は、商店街を歩いて白金貨1枚で確保した宿へと戻った。
重厚な木製のドアを開け、部屋の鍵を閉める。
ふかふかの大きなベッドにどさりと横たわると、静まり返った室内で、今日一日の怒涛の出来事が一気に頭に押し寄せてきた。
ホン・キホーテの自動ドアをくぐったら、異世界の森だった。
200円のポテチが白金貨1枚に化けた。
エナジードリンクを飲ませたら、空色の髪の美少女が電撃をまとって魔物を一刀両断した。
そして、俺のステータスは支払った金額と同じ『オール941』のバグ値。
「……はは、信じられないことばかりだな」
天井を見つめながら呟く。
アリアの前では「呑気に満喫してやる」と強がってみせたものの、静寂の中で一人になると、さっき彼女が言っていた言葉がどうしても胸の奥に冷たく突き刺さって離れなかった。
『迷い人はここに転移してしまう代償として、30日ごとにここでの記憶をすべて消されてしまうらしいの』
──明日には忘れたい。
あの時、布団の中でそう願った自分の声が耳の奥で蘇る。
もしもおとぎ話の代償が本当なら、俺は30日後にアリアのことも、この街のことも、今日起きた奇跡のことも、全部忘れてしまうのだろうか。
せっかく幸先がいいスタートが切れたのに、そんなの、あんまりじゃないか。
「……いや、座って待つなんて性分じゃないな。」
俺はベッドから身体を起こすと、机の上に置いておいた、あの黄色いホンペンが描かれたホン・キホーテのポリ袋を引き寄せた。
ポテチもエナドリも、現代日本のアイテムはこの世界でとんでもないバグを引き起こした。
なら、袋の底に残された、この『黒い手帳の5冊束』と『フリクションペン』にだって、俺を助ける何かが秘められているはずだ。
束から黒い手帳を1冊抜き取り、机の上に広げる。
ページは何も書かれていない、ただの真っ白なノートだ。
俺はフリクションペンをカチリとノックし、その白い紙を強く見つめた。
──もし本当に30日後に記憶が消えるのなら。
その時の自分のために、今の俺が、ここでの歩みをすべて書き残しておけばいい。
迫り来る絶望のカウントダウンに抗うため、俺は真っ白な1ページ目の1行目に、力強くペンを走らせ始めた。
俺の本当の異世界攻略が、今、静かに幕を開けた。
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