第一章1 はじめましてから始める異世界攻略
街へ向かって歩みを進めながらも、俺のテンポは完全に狂っていた。
「うおおお!何だあの光るキノコ!!あっちの木、紫色の実がなってるぞ!?」
一歩進むごとに、ファンタジー漫画でしか見たことがない光景が次々と目に飛び込んでくる。
木の陰からチラッと顔をのぞかせたのは、羽の生えたウサギのような未知の動物だ。
俺はここに来たいと思ったことはないのに、実際に来てみたら──。
「すげぇ……。めっちゃ楽しいぞ!!」
ホン・キホーテの袋をぶんぶんと振り回しながら、俺は興奮のあまり小走りで森を駆け抜けた。
そうしてテンション最高潮のまま森を抜けると、目の前にどっしりとした石造りの大きな正門が現れた。
さっきまで遠くに見えていた、あの西洋風の街の入り口だ。
「この街はどんなものがあるんだあぁ!?」
好奇心のままに門をくぐった瞬間、俺の視界はさらにありえない光景で埋め尽くされる。
「うおおおおぉぉぉぉぉ!!」
周りを見渡せば犬や猫みたいな耳が生えた獣人らしき人たちや強そうな格好してるドワーフ、それに尖った耳が特徴のエルフまで。
エルフに関しては超絶美人しかいない。
──夢のようだあぁ!!俺はついにこんな所まで来てしまったのかあぁ!!
──あっ、そうだ!
俺のポケットには運よくスマホが入っていた。
この夢のような世界を写真で残しておけることがとても幸せだ。
異世界を満喫したところで一つ、問題点もあった。
それは、どうやってここで暮らしていくかということだ。
正直、今あるものだけじゃとても暮らしていけるとは思えない。
さっきホンキで買った手帳とペン、エナドリにポテチだけじゃ、流石に腹ももたないだろう。
──どこか泊まれる宿があればいいんだが……。
そんなこと言っても今は金がないからどうしようもない。
それに、金があったとしてもここではおそらく使えないだろう。
──状況は最初から詰んでいたってわけだ!アハハハハハハ……。
「ハァ……。」
俺は深いため息をついた。
「腹減ったな……。ポテチでも食べようかな……。」
そう決めて、俺はヤケクソでポテチの袋をパァン!と開けて食べ始めた。
そのとき──。
「おいおい、兄ちゃん。美味そうなの食ってるじゃねえか。」
商人にもチンピラにも見えるよくわからない男が話しかけてきた。
言葉が通じることがわかったから一安心──。
と言いたいところだったが、この世界にはポテチが存在しないのか、どんどん周りから人が寄ってきた。
「おい兄ちゃん。その美味そうなの、俺に一つくれよ。」
どうすればわからなくなった俺は、とりあえず一枚だけあげることにした。
その男は、ポテチを口にした瞬間、眉間にシワが寄った。
「これは……。」
──……。
「な、なんだこれは……ッ!?パリィィィンッ!と口の中でガラス細工が弾けたかと思ったぞ!」
「ガラス細工!?いや、ただのジャガイモを揚げたやつですけど……!?」
「ただの薄っぺらい食べ物のくせに、噛んだ瞬間の『ザクゥッ!』と『パリィィィンッ!』が同時に鼓膜をぶち抜いてきやがった。この破壊の快感、小気味良すぎる……!」
──鼓膜ぶち抜かれたの!? どんな咀嚼音させてんだよこのおっさん……!
「しかも、その破片から尋常じゃねえ量の『旨味の爆弾』が溢れ出してきやがった!絶妙な塩加減と油のコクが舌に吸い付いて離れねえ。喉の奥が『もっとだ!』って悲鳴を上げてるぞ。」
「ちょ、落ち着いてください!たかがコンソメパンチですよ!?」
「おい、手が震えてるだろ?早く次を食いたくて脳のブレーキが壊れてるんだ。あかん、一つずつなんてやってられるか!三つ一気にいかせてくれ、もう理性が残ってねえッ!!」
ポテチを食べて興奮する男につられてさらに人が集まってきた。
気づけば、街の人達でポテチを賭けたオークションが始まっていた。
「俺はこれに金貨5枚を出すぞ!」
──き、金貨5枚いぃぃ!?
「それなら、おいらは金貨10枚だ!」
──き、金貨10枚いぃぃ!?!?
今まで読んできたファンタジー漫画によれば、金貨1枚は日本円に換算すると10万~50万円ほどだ。
普段、このポテチを200円ほどで当たり前のように買っているのに、日本ではありえない値段がどんどんと付いていって俺は気絶寸前だった。
ポテチを賭けたオークションは30分ほどかかった末に、白金貨1枚という日本円換算で1000万円以上の大金で決着がついた。
──は、はっきんか、いちまいいいぃぃぃぃ!?!?
俺の叫びは、もはや声になっていなかった。
「よし。決まりだな。異国のアロマが漂うその『コンソメ・バァンチ』とやらは、この俺が白金貨1枚で買い取ろう!」
そう言って胸を張ったのは、仕立てのいい絹のローブを着た、いかにも金持ちそうなエルフの大商人だった。
「ちょ、ちょっと待ってください!これ、もう俺が何枚か食べちゃってますし、袋も開いてるんですよ!?」
「問題ない!その『破壊の快感』と『旨味の爆弾』、何としても我が一族の料理人どもに研究させねばならん!ほら、これが白金貨だ。受け取れ!」
そう言って白金貨を手渡し、俺がぼーっとしている間にその大商人は商店街の人混みの中に消えていった。
手元に残されたのは、手帳、ペン、エナドリ──。
そして、怪しく光る白金貨1枚。
俺の周りには、ポテチを逃して悔しがる獣人やドワーフたちの熱気がまだ残っている。
それと同時に、白金貨を手にした俺を「何だあいつは……」と値踏みするような、ギラギラとした視線も集まり始めていた。
──やばい。一瞬で宿代どころか一生遊んで暮らせそうなお金が手に入ったけど、今度は別の意味で命の危険を感じるぞ……!
これ以上ここにいたら、絶対に後ろから刺される。
俺は慌てて白金貨をポケットの奥深くにねじ込むと、ホン・キホーテのビニール袋を抱きかかえ、逃げるようにその場を後にした。
異世界にきて、わずか数時間。
俺の退屈だった日常は、たった一袋のポテチによって、文字通りひっくり返されようとしていた。
しばらく街を歩いていると、泊まれそうな宿を見つけた。
家を買うのもありだとは思ったが、今日中にはとても買えそうにないので宿で過ごすことにした。
支払いで白金貨を出したときは驚いたような顔をされたが、なんとか部屋は確保できた。
あとは、少なくとも1週間分の食料の入手が必須条件だ。
商店街を歩いていて良さそうな店はいくつかあったから後でそこに行ってみようと思う。
そのとき──ドゴォォォンという爆発音が鳴り響き、森の方で鳥の大群が一斉に空へと舞った。
俺は何も考えずに、ただ気になったということだけを理由に宿を飛び出した。
森に行く途中、「魔物だ!森で魔物が出たぞ!」と大声を上げて逃げている人々のおかげで状況は把握できた。
あとは、その魔物をどう倒すかが問題になってくるのだが──。
爆発音がした森へたどり着いたとき、すでに誰かが魔物と対峙しているようだった。
灰色の煙の向こうにいたのは、透き通るような空色の髪と、吸い込まれそうなほど美しい水色の瞳を持つ少女だった。
俺はその少女に見惚れ、自分がなぜここに来たのか、そして今がどれほど危険な状況なのかを完全に忘れていた。
「──っ!くっ……!」
少女の短い悲鳴が、俺の意識を強制的に現実へと引き戻す。
煙の向こうから現れたのは、全身が黒い岩のようになった巨大な狼の魔物だった。
魔物の鋭い爪が空気を切り裂き、少女の持つ細身の剣を弾き飛ばす。
キンッ!と高い音を立てて、剣が地面を転がった。
少女は壁際に追い詰められ、その綺麗な顔に絶望の色を浮かべている。
魔物が容赦なくトドメの一撃を振り下ろそうとした、その時──。
「おい、これ飲めっ!!」
俺の身体が勝手に動いていた。
宿から持ってきたホン・キホーテの袋から、無意識に掴み取っていた缶のプルタブをバキィッ!と引きちぎるように開け、少女に向かって全力で投げつけた。
「えっ……!?」
少女は見事な反射神経で、飛んできた謎の金属缶をキャッチした。
中から溢れる、現代日本の化学技術が詰まった怪しい毒々しい香りと、強烈な炭酸のアロマ。
「いいから一気に飲め!飛ぶぞ!!」
「あ、あなたは誰……!?というかこれ……飲んでいいの!?」
極限状態の乾きと、嗅いだこともない魅惑の香りに理性が負けたのか、少女は目を瞑ってその液体を喉へと流し込んだ。
ゴク、ゴク、ゴク……。
「ぷはぁっ!!な、何これ!?体の奥から、ありえないくらいの力が……みなぎってくる……ッ!!」
少女の全身から、バチバチと青白い電撃のような魔力が吹き荒れた。
日本が誇るエナジードリンクのカフェイン、アルギニン、そして謎の栄養成分が、異世界人の魔力回路と身体能力を限界突破させたのだ。
その瞳はさっきまでの水色から、まるで覚醒したかのように鮮やかな輝きを放っている。
「これなら、いける……!」
少女は地面に落ちていた剣を恐ろしい速度で拾い上げると、次の瞬間には消えていた。
ドガァァァンッ!!!
一閃。
目にも留まらぬ速さで放たれた一撃が、巨大な狼の魔物を一刀両断し、背後の大木ごと消し飛ばした。
「す、すげぇ……。」
あまりの破壊力に、俺はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
魔物が光の塵となって消え去るのを見届けた少女は、ふぅ、と荒い息を吐きながら、まだバチバチと音を立てている空の缶を見つめている。
「……信じられない。私、こんな魔法使えなかったはずなのに。あなた、一体これをどこで……。」
少女は驚きと警戒の入り混じった視線を俺に向けながら、ゆっくりと歩み寄ってきた。
ひとまず危機は去ったらしい。
俺はバクバクと波打つ心臓を落ち着かせながら、なんとか声を絞り出した。
「いや、ただのエナドリだよ……。それより怪我は?大丈夫か?」
「ええ、おかげさまで傷一つないわ……。助けてくれてありがとう。」
俺は、まだその少女の美しい姿に見惚れていた。
「俺の名前はカナタ。君の名前は?」
俺は、無意識で彼女に名前を聞いてしまった。
でも彼女は、心優しくその名を教えてくれた。
「はじめまして。私は“アリア”。よろしくね、カナタ。」
差し出されたアリアの手を握り返した瞬間、俺の本当の異世界冒険譚が、静かに幕を開けた。
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