魔王の宴
魔王軍四天王が一人、紅蓮のザガンといえば、地獄の業火を操る、戦闘能力で言えば我が軍随一とも評される男だ。
つまり私のことだな、照れる。
炎魔城といえば、私の自慢の住処だ。
人類圏に近いが、建築以来一度も攻め落とされたことはない。
まあ我々も、最近まで攻めあぐねていたのだが……それももう、過去の話だ。
そのためだ。城の一角にある大広間では今日、珍しく本来の用途である宴が開かれている。
小さき人間どもが見れば卒倒するであろうその体躯、恐ろしき姿形をした客人たちは、我々魔族から見れば可愛げすらある。
私のチャームポイントは、時々口角から漏れ出てしまう炎だ。
魔王様であれば、そのご立派な角だろうか。
角フェチの部下どもが、あーでもないこーでもないと毎日それについて話をしているのが聞こえてくるから、きっとそうなのだろう。
実物を見ることができて、ご満悦そうだ。
「人間は、思ったよりちょろいですね」
「本当にそう思うか?」
宴もたけなわ……という時間はとっくに過ぎ去ったこの会場では、すでに酒に溺れ寝入っているものも多数。
酒にめっぽう強い魔王様に、延々とお酌し続けるのが私の仕事だ。
部下たちに任せていては、潰れてしまうからな。
「ええ、あの結界を自ら破壊するなんて、阿呆のすることです」
秘蔵の一品……に類する酒はもう出し尽くした。
しかしこういった宴は、戦争に勝利してから行うものではないだろうか?
戦果があったとはいえ、これからが本番だろう。
そもそも、まだ正式には、攻め入ってすらいない。
まあ、魔王様が酒を飲みたいだけなのかもしれない。
「ボイドはよくやってくれましたよ」
「人間にしておくにはもったいない男だ」
「どうです?ツノでもつけてやりますか?」
「まだやめとけ。今は人間として利用価値がある。その後でも良いだろう」
冗談のつもりだったが、止められてしまった。
大結界。
単にそう呼ばれている、エルディア王国の誇るその結界は、ここ何代にもわたり我々の歩みを止める、実に厄介な代物だった。
おかげで人類圏を見たことがあるものは、一部の長老を除けばほとんどいない。
そのため、その壁の向こう側は、この荒れ狂う大地とは異なり、さまざまな想像を掻き立てる、まさに理想郷とみなされていた。
稀に向こう側からこちらに迷い込んでくる、もしくは肝試しにやってくる酔狂な者はいるが、大抵帰路につくことすらできない。
だから、生きたままここに辿り着いたボイドと名乗る人間をこちらに引き入れることができたのは、お互いにとって幸運だった。
簡単な擬態の魔法を教えただけで、この成果だ。
その程度も見破れないからこのざまなんだろう、人間はちょろい。
そう思って魔王様に同意を求めたが、あまり賛同は得られずだ。
理想郷への壁がなくなったことで、もう下々の魔族たちは我慢できず、我々の制止も振り切って攻め入ってしまう始末だ。
しかし、いい加減眠い。
「明日には、ついにあなたが人類圏に降臨なさるのです」
だから、この人さっさと寝てくれないかな。
「我は眠らん」
「寝てくださいよ」
「酒が足りん」
「全くもう……」
そうしてまた、延々とお酌を続ける。
もういい加減横になりたいと思っていると、血相を変えて部下が飛び込んできた。
「ザガン様、ザガン様!」
「なんだ、騒々しい」
「変な、人間の男が!」
「侵入者か、この城に?」
だとしたらそいつは初の快挙だろう。
「それが、その……」
「なんだ、早く言え。どこにいる?」
口ごもる部下だったが、その直後、城に爆発音が轟く。
「魔王様!」
「何事じゃ?」
武器を構えて立ち上がる。
大広間の外では土けむりが舞っている。
その中から一人、男がゆっくりこちらに歩いてくる。
右手には、光り輝く何かが握られている。
「……お前らのせいで、人々はこんなに苦しんでいる」
「お前は誰だ!?」
そう問うがまともな返事はない。
「こうなったのも、全部全部、お前らのせいだ!」
「なんの話じゃ?まず、名を名乗らんか無礼者!」
ようやく煙の幕から出てきたその男は、泣き腫らした後なのだろうか、充血した目で我々を睨みつけてこう言った。
「俺が勇者だ……貴様らを成敗する!」
そう叫んで、男が持つ剣が光った直後。私は不思議なことに天を仰ぎ、ゆっくりと倒れていく自分の体を見つめていた。




