辺境伯の独白
王宮が陥落したという知らせが届いてから数日、今度は隣国が攻め入ってくるらしい。
陥落したということは、友はもう、生きてはいないだろう。
その地位を拝した時から、定められた使命に縛られる人生。
うっかり口を滑らしたあの野郎を張っ倒した夜を思い出す。
それ以来、酒は飲まなくなったようだ。
おかげで、貴族として、一番重要な役割を果たさねばならぬこの時に、私は民に対して、最大級の裏切りをする羽目になった。
最後まで迷惑をかけてくれる。
それでも憎めないのは、奴の人となりを、よくわかっているからだろうか。
だから言ったんだ、やりすぎるなよって。
いや、大した上昇率ではなかった。
国民の生活を考えれば、まだ余裕もある段階だっただろう。
だが、国税を上げれば、それを隠れ蓑に領税も上げる輩が出てくるなんてことは、この国を運営していればすぐに気が付くことだ。
タイミングも悪かったのかもしれない。
麦の出来が通年通りであれば、不満は溜まれど、ここまでのことにはならなかっただろう。
それに、それにだ。
もしかしたら、奴らからの工作を受けていたかもしれないという情報も入っている。
兵を集めたつもりが、敵を招き入れていたのかもしれない。
今となってはもう、わからない。崩壊した後では、証拠を消すのは容易だし、そもそも消す必要もない。
この美しい領地は一体どうなるんだろうか?
私としては、この国に属していることは、領民にとって、少なくとも不幸なことではないと思っていた。
何十代も続く安寧は、たとえ腐敗を引き起こしたとしても、戦争で国が滅ぶよりはマシだと、今でもそう思っている。
もし、隣国の軍勢を退けられたら、次の王を目指すのもいいかもしれない。
退けられたとしても、貴族同士戦争になるのは確実だろう。
しかし、それはもはや、取れない選択肢だ。
そもそもなぜ、あの国が攻めてくるのだろうか。自分たちの置かれた状況を知っているのか?
もしかしたら、誰も知らないのかもしれない。伝わっていないのかもしれない。
そんなことを考えても、こうなってはもう、どうしようもない。
私は、友との約束を果たそう。
大事な、大事な約束だ。
そんな日が来るとも思っていなかった。
卑怯者と呼ばれ蔑まれたとしても、いいだろう。
後世に残る辱めを受けるかもしれない。
きっとわかってくれる人はいる。
一番わかってくれそうな奴は、今頃天国か、地獄だろうが。
地獄に落ちそうな見た目をしているが、きっと天国だ、そうに違いない。そうでなきゃ、報われないだろう。
この屋敷で知るものはもう、私だけになった秘密の地下通路の扉を閉める。
これで、よかったんだろうか。
後ろを振り向いても仕方がない。
どこまでも暗い、暗い通路が続く。まるで、今後の私の人生を暗示しているようだ。
「お供しますよ」
その声に驚き振り返る。
「オズワルド……なぜここに」
「領主様、あなたのお考えなど、お見通しです」
この屋敷で一番古参の執事だ。
もしかしたらと思っていたが、知っていたのか。
オズワルドがゆっくりと近づいてくる。
「止まれ。……見られたからには仕方ない」
心苦しい、本当に心苦しいが、ここで出会ってしまったからには、殺すしかない。
剣を抜いた私を見ても、身じろぎ一つせず、言葉を続ける。
「あの夜の会話、私も聞こえていました……。念のため申し上げますと、聞いていたのは、私だけでございます」
「なん……だと?」
その言葉に硬直する。
あの野郎は、十分な人払いもせず……。
「ですから、お供いたします」
二度言われたその言葉に、返事をすることができない。
これから続く、ひどく暗く、光明もなく、誰にも本当のことを話せない人生。
「ギルベルト様。あなたがここで、ただ逃げ出すような人間でないことを、私はよく、存じておりますから」
その地獄から、少しでも解放されるからだろうか?
声を出す代わりに、自分でも形容し難い、涙が溢れ出てきた。




