宿屋の主人の独白
そう、ちょっと前からその兆候はあったんだ。
見て見ぬふりをしていた。
いや、見なかったわけじゃない。
ただ、不穏な会話を聞いていても、通報しなかった、それだけだ。
通報したからって何か変わっただろうか?
それでお咎めなしだったら、危なかったのは自分の方なんじゃないか?
黙っていたから、一時的とはいえ、空前の繁盛をしていた。まるで祭りの週のように。
だけどそう、今は、後悔している。
燃え盛る、思い出の詰まったこの宿屋の主人は俺だ。もう涙すら溢れてこない。
悪逆の限りを尽くす国王が討ち取られたと、この王都が大騒ぎになったのはつい最近のことだ。
確かに、あの国王になってから、少しずつこの国は貧しくなっていたように思う。
俺の目からみれば、噂になっているように、悪逆の限りってほどじゃあなかったように見えるがな。
しかしまあ、誰か、国王のせいで苦しんでいる人がいたことは、きっと事実だろう。そんなのは、いつの世だってそうだ。
それから数日、王都は熱狂に包まれていた。
次の王が誰なのか、みんな気にはしていたが、誰も、どうやって決まるかなんて知らなかった。
ただ悪が討ち取られた、しかも勇者によって。
そのことが民衆を歓喜させた。具体的に何があったのかを、その目で見たわけではないのにな。
今後の生活が良くなるだろうという、根拠のない楽観に包まれていた。
討ち取った勇者が王にでもなるんじゃないかって、半分くらいの人はそう考えていたな。
だがしかし、状況が悪化したのは数日前。
隣国の軍勢が攻め込んでくるのだという噂が広がった。
一気に不穏な空気が立ち込めた。
買い占め、避難、暴動。王都は大混乱に見舞われた。
そこでようやく気がついたんだ。攻め込んでくる隣国の、あの特徴的な発音。まさに宿が大繁盛していた時に、よく聞こえてきたものだった。
嘘か本当かわからないが、隣国のスパイがたくさん王宮に紛れていたって、そんな噂も流れてきた。
つまり、俺の宿に長期で泊まっていた、あの気の良さそうな男たちは……。
でももう、手遅れだ。祭りの雰囲気から一変、貧困に喘ぎ、手当たり次第に強奪をする暴徒たちは、熱狂の渦の中にいて、ついには目についた建物に火を放つようになってしまった。
俺の店も、もうおしまいだ。
せめて家族を避難させられただけでも救いか。
しかし、これからどうやって生きていけばいいんだ。
これから隣国の軍がやってきたら、我々も皆殺しにされるのではないか。
そう思うと恐怖で震えてくる。
頼みの勇者はというと、次の正義の鉄槌を下すために、もう王都を離れたらしい。
誰か、俺にどうしたらいいか教えてくれ。
家もなく、仕事もなく、これから武器を持った敵が攻めてくる。
ここに留まるのが正解だろうか?それともどこかに向かうのが正解だろうか?
守らねばならぬ家族を引き連れて、どこへ向かえばいいのか、誰も教えてくれない。
王もいない。兵もいない。勇者もいない。
これからやってくるのは、俺が泊めた連中が開けた道を進んでくる、奴らの軍だけだ。




