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いつもお読みいただきありがとうございます!

 彼女が窓の鍵を開けてくれたので、ペネロペは難なく部屋に入ることができた。


「もしかしてあなたが、ペネロぺさん?」


 天使は声まで可愛らしい。風邪声でもなく、熱がある様にもない。


 ペネロペは激しく首を縦に振った。公爵令嬢メロディもこの身代わりに納得しているとは聞いていた。でも、あの視線は身代わりをしているペネロペを見守るような視線ではなかった。

 ペネロペが弟に向ける視線と同じ、嫉妬を含んだ視線だ。向けたって仕方がないと思っていても向けてしまう、ほんの少し焦げるようなねっとりとしたあの視線。


「メロディ・オルグレンです」

「申し訳ございません、公爵様にお願いしていたのですが会わせてもらえずにこうやって来てしまいました。このような形ですがお会いできて光栄です」

「びっくりしました。眠れないで月を見ていたら、あなたが鳥のように身軽にバルコニーに現れたので」

「こうでもしないと会えないと思いまして」


 この天使の身代わりなんてペネロペは無理だろう。彼女を目の前にすると分かる、この守ってあげたくなるような儚い雰囲気。身代わりはこの天使があまり人前に出ていなかったからこそできる荒業だ。


「兄は私のことを何と?」

「微熱が続いており、起き上がれないから会ってはいけないと」

「そう、ですか。兄はそんなことを」


 メロディはそっと目を伏せる。

 それは兄に迷惑をかけていることへの悲しみにも、病弱な自身への失望にも見えた。


「第二王子殿下がいらっしゃったとき、のぞいていらっしゃいましたよね」

「ごめんなさい、監視みたいな真似をしてしまって。気分が悪かったですよね」

「いえ、メロディ様のお部屋がどこかすぐ分かったので助かりました」

「あなたはどうやってここまで? 飛んできたの?」

「隣の部屋のバルコニーからジャンプしてですね」

「え、凄いわ!」


 メロディの声が弾んでハッと口に手を当てる。声を聞きつけて誰か来たら困るからだ。幸い、誰も来なかった。


「帰りもそうするの?」

「はい、その予定です。この部屋の扉から出ては見張りに見つかったら言い訳もできず、公爵様に何を言われるか分かりません」

「ごめんなさい、兄は過保護すぎるところがあって」


 いや、こんなに可愛い義理の妹なら過保護にもなるだろう。

 ちょっとでも咳をしたらベッドに押し込みたいほどの儚さだ。


 メロディが嫌そうではなかったので、少しお喋りして見張りの交代の時間を狙ってペネロペは戻ることにした。


「あの……また来てもご迷惑じゃありませんか」


 今更ながらにそう聞く。勢いでここまで来てしまったが、会うのが嫌ならメロディだってそもそも窓を開けなかっただろう。何よりもベッドの上で彼女は退屈しきっているように見えた。


「もちろん! 今日はお話できて楽しかったわ。お兄様に許可を取っていたら一年は会えないかも」

「それは困りますね」

「でも、あなたはいいの? 危険だし……それに、あなたが身代わりになったのは私の我儘なのに」


 どういう意味だろうか。しかし、見張りの交代の時間が近付いていた。「この話はまた今度」とペネロペはバルコニーから自分の部屋へと無事戻った。



 翌日は小姑公爵にグチグチと注意されても平気だった。いつものようにイライラしなくて済む。


 確かに、メロディはとても可愛い。あの守ってあげたくなる雰囲気はとてもペネロペは出せない。あれは病弱とのコンビネーションでのみ出せる雰囲気だろうか。あの可愛さならば過保護になっても仕方がない。小姑が立派なシスコンだったとは。


「小さい頃のメロディ様はどんな方だったんですか」

「それを聞いてどうするんだ」


 金に近い黄色い目に睨まれる。最初はこの目で睨まれて怖かったが、もう慣れた。


「元気になって回復して夜会などに出るのであれば、好奇心いっぱいに振舞えばいいのか、それとも儚く慎ましく振舞えばいいのか、どちらがいいのかと思いまして」

「今までは癖の習得ばかりしていたが……確かにそうだな。性格に合わせた振る舞いはある。メロディは元々活発だった。義母が亡くなってから病弱になったな」


 昨日会った時の感触でメロディはおしゃべりなのかなとは感じていた。ペネロペと話して少しばかり興奮していたから。


「では、好奇心旺盛路線がいいでしょうか」

「しかし、なるべく黙っていられるならそれに越したことはない。そこは殿下と相談しよう」

「分かりました」

「喋りながらでも食事中は音を立てるな。少し音が大きくなっている」

「うっ、はい」


 ペネロペは数日おきにメロディの部屋にバルコニーから侵入、いや訪問した。


 大きな窓の取手にハンカチがつるされていれば、入っていい日だ。雨の日はバルコニーに着地する際に滑って危ないから訪問は中止。ハンカチがつるされていない日もメロディの具合が悪い、あるいは都合が悪いことを示すので中止である。そんな秘密の取り決めをして二人でたびたび会っていた。


 メロディはレックス殿下のことがずっと好きだったらしい。現在進行形で好きなので、体調不良で会えなくとも羨ましくてお茶会の様子を上から覗いていたそうだ。


 身代わりをダメもとで発案したのもメロディだった。第二王子が他の人と婚約するのを見たくなくて、試しに口にしたら公爵が私を連れて来たのだそうだ。まさか似ている人間が存在するなんて想像もしておらず、隠れて覗き見て一番メロディが驚いたのだとか。


「家のためにも、殿下のためにも、何の役にも立たない私の我儘であなたを振り回してしまってごめんなさい」


 時期的に新しく婚約を結ぶのは良くないようだったし、その辺りは小姑公爵でも私情だけで動いたわけではないだろう。

 何度目かの訪問の時に、メロディはたかだか子爵令嬢のペネロペに頭を下げてくれた。


 彼女は公爵令嬢なのだから、もっと偉そうにしてもいいのに。あの小姑公爵みたいにされても困るが……。

 こういうところにペネロペは最初から惹かれたのだろう。病弱で少し卑屈になっている時もあるが、基本は素直で純粋なメロディのことを好きになっていた。恐らく、最初に見た時から好きだった。


「私は実家の立て直しにお金が必要だったので助かりました。だって、こんなお金を稼げるお仕事ってないんですよ? 祖父が作った借金がほとんど返せます」


 私が娼館に売られたとしてもあんな金額になったかどうかは分からない。メロディがまた自責の念にかられて視線を落とす前に、ペネロペは付け加えた。


「あの、第二王子殿下にお手紙を書いてみませんか。会うのが無理でも手紙はやり取りできますよね」


 メロディの落としかけた視線がペネロペに向く。


「お茶会の時にお渡しできるので。私も身代わりをするのにいろいろお二人のことを知っておいた方がいいと思いますし、殿下とその方が話がしやすいので」

「でも……そんなこと許されないわ。ただでさえ、お金ばかりかかって病弱で役立たずなのに」

「楽しみがないと退屈ではありませんか? 楽しみがあると気分が上向きになりますよ?」


 グチグチと断るメロディをなだめすかして、次の訪問までに手紙を書いてもらうことを了承させた。

 第二王子には口止めをしておかないと。最初のうちは第二王子が来る日は必ずジルベールがいたが、最近ではジルベール不在でも第二王子は訪ねてくる。

 うまくジルベール不在の時にお茶会があればバレにくいだろう。使用人には恥ずかしいから手紙を書いたと言い含めておいて、お茶会の時に王子に手紙を渡せばいいのだ。


 我ながら名案だと思っていた。

 次の訪問時に、メロディの書いた手紙をポケットに入れ、保管庫になっている部屋から出る。今まで一切見つかることがなかったので、ペネロペは油断していた。


「何をしていた」


 疑問形のはずなのに命令に聞こえる不思議。

 小姑公爵が保管庫の部屋の前に立っていた。


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