第九十五話、『六英傑』
頭の中に突然ゼクスの声が響いた。
長きに渡る神話に終焉を――。
僕たちにとってスローガンのような言葉だ。
すると足元に魔法陣が浮かび上がってきた。
そして眩い光に包まれて、気がつけばここにいた。
見慣れた景色などそこにはなかった。
「シャリティアさんに……ゾルマ、ラーファ……それにユシィも!」
「ルノア、無事だったのね! 良かったわ!」
「ルノア様! えっと……これはですね」
「俺たちはお前の指示を破ってこの戦いに加わった。今更説教など聞きたくはないぞ」
僕は神殿騎士団をこの戦いに参加させなかった。
シャリティアは涙ぐみ、ラーファはここにいる理由を説明をしようと慌てふためきで、ゾルマは堂々と文句あるのか?とメンチ切っていた。
「いや、ありがとう。僕と一緒に戦ってくれ」
「最初からそういえ。いくぞ、ルノア」
眼差しが柔らかくなる。
そういえば、ゾルマとは険悪になって以降初めて話したな。
「……なぜ、君たちまで私をことを信じたんだ?」
「ルノア様から何があってもゼクス様だけは疑わないようにと仰せつかっておりましたから」
「お前を信じた訳ではない。俺は戦友の言葉を疑わなかっただけだ」
確かに僕は、ゼクスのことを信じろと何度か言った。
気休め程度にしかならないと思っていたが、まさか本当にゼクスのことを信じてくれるなんて。
「わたくしとしてはユクシア様がここにいらっしゃる事が意外ですわ」
「よくぞ聞いてくれた、獣人娘よ! 妾は稀代の天才じゃからの、あの小娘の話を聞いて同時に転移するように魔法的細工を施したのじゃ!」
「小娘ってアタシのこと!? アンタねぇ……まあ、今回は素直に褒めてあげるけど。――それより、スクルドとディエナ、あとヴァニアルは?」
シャリティアはここにいない三人の所在を不安そうに尋ねた。
その質問に、ゾルマは罰が悪そうな表情を浮かべる。
「……あの老剣士は生きている。もう戦える身体ではなかったがな。あの少女の方は……」
「……そんな……嘘、よね。ちゃんと生きてるの、よね?」
ゾルマは沈黙を貫いた。
それがすべてだった。
シャリティアは苦悶を表情に浮かべ、しかし嗚咽を噛み殺した。
「あの子は、立派に戦ったのよね」
「ああ。俺たちだけでは到底勝ち目などなかった」
「……それで、ヴァニアルは? アイツが死ぬわけ――」
「彼は『戦闘用』ホムンクルスだよ。私はそれが分かっていて彼を四聖神に引き入れた」
「……そう。ずっと、裏切られていたのね」
シャリティアは今、信じていた仲間に裏切られ、そして大切な友人を失ったのだ。
僕なら何もかもが信じられなくなって、泣き崩れてしまうかもしれない。
だけど、シャリティアは強かった。
「分かってるわ。泣くのは、勝って笑った後よ」
涙を堪え、闘志を瞳に宿した。
彼女の背中をスクルドが叩いたように見えた。
「――終わったか?」
恐ろしく冷たい声が緩んだ心を締め付ける。
僕たち五人は不気味なほど黙ってこちらを傍観しているアレスを睨みつけた。
不快そうに殺意を突き刺してくるくせに、攻撃してくることはなかった。
「感動の集結を見守っててくれるなんて、随分と優しいな」
「……死ねよ。不快だ」
一瞬、身体が強ばった。
最初に会った時より、凄みを増している気がする。
「ルノア君。彼は今、私の力で魔法が封じられているんだ。先程、ロロア君が心臓を貫いたが、治癒魔法も使わずに再生させたんだろう」
黙って傍観していたのは回復のためか。
好機を逃したかもしれないが、落ち着いて仲間と会話する時間ができたのは有難い。
「それで、ロロアたちは?」
「皆殺されたよ。すまない……私は見てることしかできなかった」
雨龍十八人衆が……全滅。
今更申し訳ないと思うのは、彼らの勇士に失礼だろう。
僕が成すべきことは、彼らの死を無駄にしないことだ。
「人族、獣族、天族、魔族、海族……よくもまあ、ここまで揃えたもんだなぁ。――俺への当て付けか?」
「それも確かにあったよ。でも、他種族と手を取り合うことは僕の子どもの頃からの夢だった。皆にはバカにされたけどな」
「お前らを見てると腸が煮えくり返って仕方ねぇんだよ……ッ!」
六種族には序列がある。
龍族、天族、魔族、海族、獣族、人族だ。
誰が提唱したかは分からないが、人々の意識に自然とあった。
そこにはアレスの思想が顕著に現れている。
龍族こそが頂点に君臨すべきと貴い存在であること。
そして人族がもっとも醜く弱い種族であること。
種族間には壊せない壁があること。
「……お前は、悲しいよな」
湧いてきたのは怒りではなく哀れみだった。
何がアレスをそうさせたのだろう。
アリストリアでは六種族は平等だったはずなのに。
僕の肩を掴み、ゼクスが立ち上がった。
「厄災アレス。残念だが君の願いは成就しない。私もここにいる彼らも皆、六種族が共存する世界を望んでいるからな。この大戦が終われば、私は人界全土に六種族が共闘した事実を公表する。世界に知らしめるんだ。手を取り合うことの強さを。――世界は変わる。変えられる。私が変えてみせる。その為に君を利用させてもらうよ」
ゼクスが密かに抱いていた野望を顕にした。
だからこそ、この戦いは民間人の死者ゼロである完全勝利で終わらせなければならない。
「無理に決まってんだろ。お前らはここで死ぬんだよ。そして俺は神を殺して、破壊と暴力の新世界を作り上げる! 気に食わねぇもんはぶっ潰す! 俺が全て決める! 俺だけがたった一つのルールだ!」
まるで叱られたことの無い無邪気な子供のようだ。
ルナから聞いた『優しい兄さん』は見る影もない。
「……ルノア君。まずは黒き太陽の消滅を優先させてくれ。あと1時間もすれば最初の犠牲者が出る。四つの水晶を破壊すれば、君が授かったという魔法で消滅させられるんだろ?」
ゼクスは【嘘憑の権利】で他者の嘘を看破できる。
だから僕のことを信用してくれた。
確かに僕はいつでも、黒き太陽を消滅させられる。
「はい。――でも、それは今じゃない」
「……何を言ってる?」
「まずはアレスを倒してからです。ゼクスさんは離れていてください」
僕はゼクスの手を振り解く。
意味が分からないという様子だ。
当たり前か。アレを放置する理由なんてない。
でも僕には、別の目的がある。
そのためにも、誰一人欠けずに勝つ!
勝って世界を救う英雄になる!
「行くぞ!」
「はい!」「もちろんよ!」「おう!」「勿論じゃ!」
僕の掛け声とともに、五人で一斉に襲いかかる。
僕、ラーファ、シャリティア、ゾルマ、ユシィ。
対するは、3000年前に神話の世界を滅ぼし、現代に蘇りて再び世界に災厄を齎さんとする厄災アレス。
――最後の戦いが始まった。
〜〜〜
最初に仕掛けたのはラーファだ。
微動だにせず待ち構えるアレスに臆せず突っ込んだ。
しかし、彼女の力では傷一つつけられない。
「雑魚は引っ込んどけ」
繰り出された手刀をラーファは素早く回避する。
獣族持ち前の柔軟性と体幹。
そして機動力と俊敏性に優れたラーファの目的は、アレスの鼻先を駆け回り注意を引くこと。
その背後からゾルマが強襲する。
本来ならそれもアレスにとっては取るに足らない攻撃だ。
しかし、アレスはゾルマの槍を手刀で防いだ。
「なんでお前が海神槍を持ってんだよ。アイツらはもう死んだだろうが!」
アリストリア最強の槍。
海神が愛用し、海底都市で眠っていた伝説の武器だ。
それは人魚の魂が宿ることで真価を発揮する。
海神槍が淡く輝いている……まさか、いるのか。
いや、だとしてもゾルマはそれを許したのだろう。
「でも輝きが弱いな。お前じゃそれを使いこなせねぇよ」
ゾルマに魔の手が伸びる。
アレスの力なら、丸太のような腕も簡単に切断する。
そしてゾルマにはラーファのような回避能力はない。
「――ッ!?」
アレスの脳天に凄まじい勢いで何かがぶつかった。
光魔法で作られた光速の弓矢――「流星群」。
それを放ったシャリティアは、《潜伏》の天命で姿を隠れて見えない。
これがシャリティア本来の戦法。
天魔大戦で大勢の魔族を一方的に虐殺したトラウマから、卑怯ともとれるこの戦法を封印していたらしい。
「あァ! 鬱陶しいんだよ!」
アレスはそれでも傷一つつけられない。
でも、貫けなくても脳を揺らす程度の衝撃を与える重さはある。
苛立ち乱雑になるアレスの攻撃。
単調な一撃でも当たれば致命傷だ。
だが、隙が生まれる。
今度は背後から鋼鉄の岩砲弾が飛んでくる。
もう一人、ユシィの魔法攻撃による援護。
ユシィは力が強すぎて二人を巻き込んでしまう可能性があるが、生半可な威力では魔法耐性のあるアレスにダメージを与えられない。
だから援護という立ち位置に収まってくれているわけだが。
それにしても、打ち合わせなしでユシィが僕たちに合わせてくれるなんて……あとで褒めてやらないと。
それにユシィの手の甲の魔法陣が桃色に発光している。
軍姫の紋章。
その対象はユシィが仲間と認めたものに限られる。
今の動きを見ていると、ラーファやゾルマもその恩恵にあずかっていると確信できる。
「だったら、まずはお前らからぶっ殺してやる!」
当然、アレスはシャリティアかユシィを狙う。
でもそれをさせてはダメだ。
アレスを自由にさせないのが前衛の仕事。
「行かすかよ!」
そして僕も前衛として参戦する。
切断された四肢を瞬時に再生させられるほどの強力な治癒魔法を、ほぼ無制限かつ瞬時に使える僕は、アレスの攻撃を分散させつつラーファやゾルマの回復に務める。
にしても、不思議なほど身体が軽いな。
ユシィの力のおかげか。シャリティアにも似た天命があるのかもしれない。
そしてウェルフとゼオンのおかげで王権能力を温存できた。
「……ッ。お前、俺に何しやがった!」
「思い知れ。それがお前が背負うべき罪の重さだ」
アレスの動きが一瞬鈍った。
【悪因悪果】によるデバフ効果。
こいつは世界を滅びに導き、僕の仲間を殺した。
僕の怒りが、彼らの叫びが、犯した罪が、手足を鉛のように重くさせる。
一体どれだけの力を削っただろうか。
今切れる手札はすべて使った。
なのに未だアレスには傷一つつけられない。
おそらくアレスのダメージを与えることが出来るのは、
ゾルマの投擲技の「凱貫穿」、
ユシィの最大火力の「大災害」、
僕の【因果応報】くらいだろうか。
しかし、【因果応報】はアレスから受けたダメージを何倍にも増幅させて攻撃するものだ。
不便なことに僕の身体はボロボロだというのにアレスからは攻撃を受けていない。
わざと一撃もらおうにも、威力が高すぎて致命傷になりかねない。
シャリティアにはまだ隠し球があるかもしれない。
信じていない訳じゃないが、ラーファには無理だろう。
よって、攻めあぐねる。
このまま出口の見えないトンネルを進み続ければ、必ずどこかで力尽きて負ける。
それどころか、黒き太陽のタイムリミットは刻々と近づいている。
何かきっかけが欲しい。
誰もがそんな淡い願いを抱いたその時。
「――ッ!?」
突然、アレスが血反吐を吐いた。
僕たちがダメージを与えたわけじゃない。
心臓付近から出血している。
あの傷は――そうか。
心臓は完全に治癒できたわけじゃないんだ。
雨龍十八人衆が命を賭して与えた一撃は、今もアレスの内部を蝕んでいる。
「……うるせぇ。死者は黙ってろ」
アレスが頭を抑えて咽び泣くようにそんな言葉を吐き捨てた。
あの時と同じだ。アレスの脳が再び不可に耐えられなくなっている。
「……俺が、お前ごときに負けるわけがねぇ」
アレスは長くは戦えない。
起きていることすら苦痛なのだから。
今度はオメガはいない。
逃げさせない。
ここで仕留めるのだ。
「ウオオオオオオオオオオ!!」
全員が好機だと攻めようとした直後。
アレスは雄叫びを上げた。
電気が身体中を駆け巡ったようだった。
アレスの姿が変貌した。
その姿を僕は一度見た事があった。
炎龍戦、ルナが使って見せた『龍化』。
それはシェルバーたちのような姿とは程遠い。
ルナとアレスは特別なのだろう。
普段は人の姿だが、力を使う時だけ龍族としての姿になる。
気高き一本の角。
目が眩むような黄金の翼。
逞しい尻尾。
腕から首元にかけて刺青のような紋様が刻まれている。
「やっぱお前らじゃねぇ。お前らは六神将じゃねぇんだからな」
六神将。
十二騎士の上位『龍神』『魔神』『天神』『海神』『獣神』の各種族を代表する最強の五人。
それにアルカディア王を加えて六神将と呼ばれていた。
確かに、彼らに比べれば僕たちは下位互換でしかない。
「でも……僕たちはお前に負けるわけにはいかないんだよ!」
再び戦闘が始まる。
ゾルマとラーファと三方向から同時に攻撃を仕掛ける。
しかし、一糸乱れぬ連携攻撃も簡単に捌かれる。
だが、攻撃の手は止まらない。
アレスに通用する戦術があるとすれば、それは攻撃し続けること。
何もさせてはいけない。
じりじりと選択肢を奪って、崖へと追い詰めていく。
途中、アレスは身を捩らせて空を払った。
「遅せぇよ」
直後、金属がぶつかり合う音がして閃光が迸る。。
見切ったのか、光の矢を。
そしてアレスは何も無い空間に睨みをきかせた。
「はずはお前からだ――」
アレスが腕を伸ばした。
黄金の鱗が不気味に赤く輝き、小さな太陽が生み出される。
「灼け墜ちろ、愚かな反逆者」
ルナから聞いていた。
金翼龍には生まれつき、超高熱の炎球を作る《太陽神の加護》が備わっている。
太陽の登っていない夜でも、それは絶大な威力を誇る。
「シャリティアさん!」
アレスの前では《潜伏》のスキルなど無駄だった。
壁の一部が溶けるほどの高熱の炎を全身に受けて、シャリティアの全身は黒く焼け爛れていた。
僕のミスだ。
事前に知っていたのに止められなかった。
でも、まだ間に合う。
今すぐに治癒魔法を使えば助かるはずだ。
「ユシィ! シャリティアさんを頼む!」
「ええい! 妾をこき使いよって! 後で覚えておれ!」
悪態付きながらも、急行してくれるユシィ。
本当に良くやってくれている。
僕たち三人が無事なのも、ユシィの陰ながらのフォローがあるからだ。
「――ッ!」
唐突に身体が重くなった。
いや、嘘みたいに調子が良かった身体が消えたのだ。
それも、三人が同時に。
それに気づいた瞬間、血の気が引いた。
その嘘のカラクリを僕は知っているからだ。
「ユシィ……?」
僕の視界に映ったのは、吐血して天を仰ぐユシィの姿。
その目からは生気が失われている。
アレスが何かしたのか? いや、そんな動きはなかった。
唐突に、本当に前ぶれなく倒れたのだ。
「まさか、ユクシア様……」
ラーファだけは何かを察したように狼狽えた。
その一瞬の集中の乱れを、アレスは見逃さなかった。
容赦のない回し蹴りが、ラーファの腹部を薙いだ。
「ラーファ!」
壁にぶつかったラーファに、瓦礫が覆いかぶさった。
早く、早く助けに行かなければ――、
「よそ見は感心しねぇな」
気づけば、僕は殴られていた。
ほぼ無意識下で顔面に受けた拳を受け流したが、それでも鼻の骨が砕けて激痛に悶えながら治癒魔法を使う。
「避けろ、ルノア!!」
ゾルマの逼迫した声。
顔を上げると、小さな太陽が浮かんでいた。
夜闇を切り裂く灼熱の太陽が、眼前の世界を煌々と照らしている。
ああ……死ぬのか、僕は。
身が焼けるような熱風が襲った。
だが、炎が僕に直撃することはなかった。
「ゾルマ……?」
目の前で、黒焦げになったゾルマが倒れた。
あの太陽に身を晒して、僕を守る盾となったのだ。
海神槍が熱でひしゃげている。
「あ……ああ……ああああああああああああ!!!」
僕のせいだ。判断を誤ったんだ。
僕は後衛で治癒役に徹するべきだった。
僕達は……負け、たのか?




