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第九十四話、『長きに渡る神話に終焉を――』


 瞬く間にアレスを七人が囲んだ。

 奇襲での攻撃は腕の切断のみに留めた。

 トドメを指せるなんて、誰も考えていなかったからだ。


 しかし、第三者がこの戦闘に加わった時点で、『ゼクスとの戦闘において魔法は使わない』というアレスの縛りは解除されている。

 すぐにでも治癒魔法で再生されるだろう。


「次から次へと鬱陶しいな……それに、わざわざ俺に殺されに来るなんて随分と死に急ぐじゃねぇか」

「我々は死にに来たのではない。終わらせに来たのだ」

「終わらせる? お前らは開放されたいだけだろ。先祖が課した呪いからよお」

「あれは呪いなどではない! これは絶えることなく紡がれてきた一族の願いだ!」


 アレスが世界を滅ぼしたことで、龍族はケジメとして《ロキ》に挑んで大勢が命を落とした。

 そして生き残りは大森林の最奥に隠れ住み、罪を償うために外界と隔離された生活を送ってきた。


 ずっと彼らは、自分たちを咎人と思い込んできた。

 そして仲間を無視を潰すように殺された。

 怒りと悔しさで血管が破裂して狂ってしまいそうだ。


 しかし怒りに支配されると剣先が鈍る。

 統率を取るためにも、心を凪のように鎮めてその時を待つ。


「勝手に罪悪感を覚えといて、罪滅ぼしに俺を巻き込むな、迷惑なんだよ」

「――――ッ!」


 挑発などではなく発せられた本音に我慢が限界を迎える。

 初めに仕掛けたのは最年少であるロロアだった。

 憎しみに支配された心で、力任せに愛刀『雨戀』を振るう。


「その口を閉じなさい!」

「まずは一人」


 アレスは治癒魔法で斬られた腕を再生させようとする。


「――ッ!?」


 しかし、腕は再生しなかった。

 魔法を発動させられなかったのだ。


 それはゼクスにも予想外の事だった。


「……そうか。私はまだ、この力を完全に掌握していた訳では無かったのか」


 『ゼクスとの戦闘において魔法は使わない』。

 アレスに課した【言霊の呪縛】もまた、アレス自身の解釈に左右されるのだ。

 『ゼクスを殺すまで魔法は使わない』。

 そして、この呪縛はゼクスが戦闘を放棄するまで継続する。


「私がこの場にい続ける限りは、彼は魔法を使えない。……本当に、勝てるかもしれない」


 莫大な魔法知識と、無尽蔵の魔力。

 加えて、魔法陣がなくとも無数の魔法を発動させることができる神の御業。

 アレスを無敵たらしめる『魔法』が封じられたのだ。


 龍族は特殊な鱗によって身体を覆わている。

 アレスのそれは並の龍族とは次元が異なる。

 ディエナやシャリティアの斬撃ですら傷をつけられなかった。


 だが、龍族の闘気を纏わせ弾けさせる『龍閃』はそれを容易に破壊する。


「弾けろ!」

「……舐めんなよ、女」


 アレスが上半身を反らせ斬撃を回避する。

 その体勢から流れるように腹部へと蹴りが繰り出される。

 受身をとるも、ロロアは遥か後方へと吹っ飛ばされる。


「余所見してんじゃねぇぞ!」


 背後からトールが巨躯を唸らせて肉薄する。

 それに合わせ、四方から同時に三人が襲いかかる。


「ノロマは何したってノロマなんだよ!」


 腕一本を消失し、魔法を封じて尚、アレスは止められない。

 目にも止まらぬ速度で捌かれ、瞬く間に四人が吹き飛ばされる。

 そして、アレスは一人安全なところで傍観しているゼクスを睨みつけた。


「まずはお前をぶっ殺す!」

「どこに行くと言うのだ!」


 アレスの行く手を阻むようにシェルバーが襲いかかる。

 そして次から次へと、白刃がアレスに牙を剥く。

 絶え間なく7人が『流星斬』で切りつける連携技『霧雨』の布陣が完成している。


 18人のときより密度は低い。

 しかし、アレスは『太陽剣』を魔法によって出し入れさせていたため、今は丸腰で凌ぐしかない。

 

「いいぜ! こんくれぇハンデにすらなんねぇんだよ! お前ら全員、俺がぶっ殺してやる! 俺以外の龍族なんざ滅びちまえいいんだよ!」


 終焉のタイムリミットが刻々と近づいてくる。

 黒き太陽の直下にある中央大陸からは、避難勧告が出ているとは言え最初の犠牲者が出るだろう。


 だからゼクスは焦り始めていた。

 この大戦で一人足りとも民間人の犠牲者を出す訳には行かない。


「まだなのか、ルノアくん……」


 アレスを倒すのと黒き太陽を消滅させるのは、全く別の目標である。

 ルノアがアルファの水晶を破壊しない限り、滅びゆく世界を救うことは出来ない。



〜〜〜〜



 そこには、絶望の光景が広がっていた。

 アルファの切断された上半身が再生されていく。

 紅玉は……破壊できてはいなかった。


 ウェルフを犠牲にした。

 ゼオンだってもう戦える身体じゃない。

 本当なら紅玉を破壊して逃げる算段だった。


 いや、まだ間に合う。

 僕は聖剣を握り締め立ち上がる。

 紅玉が露出している今なら、まだ壊せる。


「…………っ」


 だが、すぐに身体が崩れ落ちた。

 ここにきて、溜まりに溜まった疲労に全身が耐えられなくなった。

 それに脇腹の傷も誤魔化すのができなくなってきた。

 寧ろよく今まで戦えていたものだ。


 治癒魔法を……一度、塔の外に出た方が。


「ボロボロじゃねえか、坊主」

「…………」


 思考が考えることを放棄した。

 声を放ったということは、すでに再生が終わったということ。

 今の僕たちにアルファを倒すほどの余力はない。


「舐めてたわけじゃなかったが、油断したぜ。だけどな、あいつはもう立ち上がれない。坊主もな」


 両手を地面についた姿勢で顔を上げる。

 見たくもない現実を、乾いた眼球で写した。


「お前を殺せば黒き太陽を消滅させられなくなるんだろ。ぶっちゃけ、親父がこの結末を望んでるとは思わねえが、俺はオメガの指示通り世界を壊させてもらう」


 ……声が出なかった。

 本当は叫びたいほど苦しかった。

 だけど、どうしようもない絶望がそこにはあった。


「俺の勝ちだ――」


 ヒュっと短く空気を切り裂き、刃が落とされる。

 僕は目を閉じることも出来ず、硬直してしまった。


「……なんて、言えるわけねえだろ」

「……え?」


 刃は首元で止まっていた。

 アルファ自身が寸止めしたのだ。


「お前らは人の身で満身創痍だってのに命を賭してまで俺に一撃を喰らわせた。ホムンクルスとして俺は誰にも負けない。だが……剣士としては完敗だ。胴体斬られて、再生して、お前らにトドメ刺すなんて恥ずかしい真似できねえよ」


 アルファは剣士として僕たちに立ち向かったのだ。

 そして剣士の矜恃が許さず、剣を鞘に収めた。


「……俺は別にオメガや親父の思想に賛成してるわけじゃない。ただ逆らう必要がなかっただけだ。俺はアルファで、意志を持たず命令に従うだけの人形。わざわざ逆らうなんてダリィことをしようとは思わなかった。お前らみたいなやつらと出会わなきゃ、俺は……冷徹になれたのに」


 ホムンクルスは生まれた理由を探している。

 だから与えられた義務に従うのだ。

 アルファは見つからなかったと言っていた。

 この世界を救っても良いと思える理由が。

 でも本当は、とっくに見つけていたのかもしれない。

 

「もしボスが俺を懐柔するために四聖神に入れたんなら、それは成功だったかもな。……死に方くらいは自分で選びたい、か。たかだか数十年生きただけの人間がそれを言うのか」


 アルファはウェルフの遺体を眺めて言った。

 あの言葉が、アルファの何かを突き動かした。


「俺は選ぶぜ。最期まで命令に従うホムンクルスとして世界を滅ぼすくらいなら、剣豪ヴァニアルとして敗北を認めたい」


 アルファは自らの心臓に手刀を入れ、紅玉を身体の外に引っ張り出した。

 その穴もすぐに再生するが、彼は、彼をアルファたらしめるものを取り出したように見えた。


「これは明確な反逆行為だ。――親父! オメガ! お前らのくだらねぇ理想に付き合うのなんてクソ喰らえだよ! 俺は四聖神『朱雀』のヴァニアル=オルフェウスだ!」


 紅玉を空中に投げて、それを叩き切る。

 ヴァニアルは最期に父親に反抗した。

 ぼろぼろと身体が黒いモヤとなって消滅していく。


「ヴァニアル……」

「じゃあな、ルノア。案外悪くない人生だったぜ。――親父を解放してやってくれ」

 

 vsアレス戦――決着。

 この勝利はウェルフとゼクスのものだろう。

 仲間を犠牲する作戦を実行した時点で、僕の負けだ。


「……なんだよ、その終わり方! 俺様がそんなんで納得するとでも思ってんのか!?」


 そうだ、お前もいたな。ゼオン。


「次はお前だ、ルノア……あの日の再戦を……」


 立ち上がったはいいものの、ゼオンはうつ伏せに倒れた。

 気絶したのだろう。

 筋肉硬化に頼ってほとんどノーガードで突っ込んでたもんな、僕なんかよりずっと重症だ。


「ああ、生きてたらいつかな……」


 アルファが死んだことで、魔法妨害領域が解除された。

 治癒魔法で腹部の傷を治し、ゼオンにも治癒を施す。

 生きている、多分……これで生きてたら超人だな。


 でも、死んだ人間は蘇らせれない。


「ウェルフ……」


 もう言葉なんていらない。

 僕は炎魔法でウェルフを火葬した。

 お前は紛れもなく僕の親友だよ。


「……さて。他三箇所はどうなってるかな」


 一番心配なのは、天空神殿に残ったディアとアイシャ。

 死にはしないが、オメガを相手に荷が重かったかもしれない。


『そんな心配されるほどボクたちって信用ないかな?』

『ま、まあ、今のわたしじゃ説得力ないけど……』


 どこからか聞きなれた二つの声が聞こえてくる。

 どこからか……いうか、脳内に直接だ。

 姿が見えている訳じゃないが、そばに居ることは確かだ。


「ディア、アイシャ!? お前ら、なんでここに!?」

『よく聞きな、ご主人様。キミがのんびりしている間に、アレスが目覚めたんだ。今はどうなってるか分からないけど、あのいけ好かないボウズが相手してる』

「ゼクスが……」

『せ、世界が繰り返されてないってことは、少なからず生きてるってことだよね……?』

「分からない。でも、あいつが考え無しで天空神殿に突っ込んだとは思えない」


 ゼクスは【覇王の権利】によって僕、シャリティア、スクルド、ディエナの四人を招集するつもりだろう。

 ユシィや、この戦いに参戦してるかもしれないゾルマやラーファはその能力の範囲外だ。


 つまり、全員無事だとしても四人でアレスと戦うことになる。


『ねえ……本当にルナ様は助かるんだよね?』


 インデックスとの会話が聞こえない二人には、ルナが助かるかもしれないという可能性しか伝えていない。

 たとえ黒き太陽の排除とアレスの討伐に成功しようと、それでルナが救われるわけじゃない。


「ああ。インデックスの言葉が嘘じゃなければ、その可能性は十分にある」


 ゼクスはこちらの状況を把握しているはず。

 他二箇所の塔での戦いが終わっているのなら、すぐにでも転移させられる。

 それまでは身体を休め、アレスとの最終戦に備えよう。



〜〜~



 戦いが苛烈していく。

 目にも止まらぬ速度で次々とアレスに斬りかかっていく不屈の戦士たち。

 片腕を失い、魔法も封じられ、得物も使えない、なのにアレスは全ての攻撃を華麗に受け流していた。


 その光景を指をくわえて見守ることしかできないゼクスは、たった数分の戦闘が数時間のように感じられる錯覚に陥っていた。


 アレスは『龍閃』による攻撃を警戒していた。

 一撃でも与えれば可能性はある。

 そう思った矢先、トールが好機と見るや否や胴体を薙ぐように刀を振るった。


 トールはガタイに恵まれていて、雨龍十八人衆の中でもっとももっとも高い火力を持つ。


 アレスはその接近に気づいていないのか、避けようとはしなかった。

 それを罠だとトールは判断し、戦力を削ぐために残る片腕を切り落とそうとした。


「くたばれ厄災!」


 だが、折れたのは刀の方だった。

 青白い閃光が迸った。

 より強く、共鳴するように弾けたのだ。


「嘘だろ――」


 そして、トールの首が飛んだ。


「トール!!」


 アレスの手刀は、可視化できるほどの闘気を纏っていた。

 闘気とは魔力を武器を流すことで生じ、武器の威力や強度を上げる。

 それを人体に纏わせることができるものはいるが、精々身体能力が上がるくらいで、手刀を刃物のように固く鋭利にすることはできない――はずだった。


 魔法が使えない状況に身を置くことで、並外れた戦闘センスがその能力を開花させた。


「刮目しとけ雑魚ども、闘気ってのはなぁこうやって纏わせるんだよ!」


 周囲の魔力がアレスに引き寄せられていく。

 ゼクス含め、その場の全員が『死』を感じた。


「放たせるな! ここで仕留める!」


 シェルバーが号令を飛ばす。

 誰も防御を選ばなかった。

 全員が全身全霊でアレスに斬りかかった。


「――龍神の逆鱗(パージ)


 アレスが手刀を振るう。

 一閃。

 その瞬間、世界が白く染まるほどの眩い光が放たれた。



 ゼクスの意識はそこで一度途絶えていく。



〜〜〜



 それはこの世の攻撃とは思えなかった。

 アレスが手刀を振るった直後、凄まじい爆風と衝撃波が生まれた。

 私が目が覚めた時には、天空神殿の一部が跡形もなく消し飛んでいた。


 目の前の雲海が二つに割れている。

 なんて……威力なんだ。

 彼ら7人は、死体も残らず消し炭となったのだろう。


 私は心のどこかで、もしかしたらと期待していた。

 あまりにも……あまりにも遠すぎる。

 ここまで格が違うのか、厄災アレス。


「なるほどな。魔力の使い方が分かってきた。感謝するぜ、また俺は強くなれた。今の俺なら神だって殺せる!」


 彼の腕は再生していた。

 魔法を使わず、龍族が元々特性としてもっている自然治癒を魔力を操ることで活性化させたのだ。


「――――あん?」


 アレスは悦に浸っていた。

 煙たがっていた龍族の戦士を一掃した。

 だから、一人の戦士の接近に気が付かなかった。


 アレスの心臓を雨戀が貫いた。


「皆……死んだ。あんたが、殺したのよ」

「お前、なんで生きてやがる?」

「おじいちゃんや皆が私を庇ってくれたのよ! お願いだから……もう死んでよ!」


 アレスの口角から血が零れた。


「て、め――ッ!」


 アレスが上半身を捻らせロロアの頭を掴んだ。


「あの世で待ってるわ……クソ野郎」


 そして躊躇なく握り潰した。

 最期にロロアは勝ち誇ったように笑い、そして涙を流していた。


「クソがァ! あの女……気配消せるようなヤツじゃなかっただろ! 俺が気づけなかった……ッ!?」


 龍族の気配察知スキルは、周囲の微細な魔力の変化を感じ取ることで見えない敵ですら察知することが出来る。

 だが、アレスの攻撃が周囲の魔力を大きく狂わせ、一時的に気配察知スキルが効かなくなっていたのだ。


 そんなこと、今のアレスに分かるはずもないが。


「まあいい、これで俺の勝ちだ! 結局、犬死じゃねえかよ! ……ッ!」


 アレスは血の塊を吐いた。

 心臓の治癒はそう簡単にできるものではない。

 昨日までのアレスなら死んでもおかしくはなかった。


「いや、犬死なんかではなかった」

「あァ!?」

「彼らは紡いでくれたんだ、僅かな希望を。彼らが勇敢に立ち向かったこの僅かな時間が、英雄たちに回復の時間を与えた」


 誰一人かけてもここまで来れなかった。

 私一人ではここまでやれなかった。

 だからこそ、私はもう二度と世界を繰り返さない。


 手を組み合わせ、私は願った。

 最後の戦いが始まる。

 これが私の数千年の集大成だ。



「長きに渡る神話に終焉を――!」



 巨大な魔法陣が描かれる。

 これは魔法ではない。

 よって転移無効化結界を掻い潜る



 転移してきたのは五人だった。



 忠誠なる獣族の騎士――ラーファ。

 誇り高き海族の戦士――ゾルマ。

 慈悲深き天族の女神――シャリティア。

 崇高なる魔族の女帝――ユクシア。

 そして、英雄に憧れた少年――ルノア。


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