第九十六話、『孤独という病』
世界の裏側。
魔大陸の果ての荒野、そこに屹立する魔城。
凄まじい爆音が、魔大陸中に轟いていた。
ベータvs七災魔皇。
竜巻が吹き荒れ、雷が迸り、吹雪が猛威を振るい、大地が割れている。
もはやそれらは、避けるなどという次元にない。
ベータはすべての災害を一身に受け、尚倒れることは無い。
「いつまで続けるつもりだ」
「お前が倒れるまでだ!」
しかし、見た目以上にベータは弱っていた。
ユクシアとシャリティアとの戦闘が尾を引いている。
再生も徐々に遅くなり、身体自体も脆くなっている。
「先に倒れるのはお前たちの方では無いのか?」
彼らは連携をとっているわけではない。
仲間など見えていないかのように最大火力で広範囲の魔法をぶつけているのだ。
ベータに攻撃は集中しているが、もちろん仲間にも飛び火する。
ベータの能力『静寂の詩』は、無音の音魔法である。
ラーファのような並外れた危機察知能力がなければ、避けることは不可能である。
かかったことも分からず、眠るように死んでいくのだ。
だが、その能力には対処法があった。
それはシンプルにして明快、大きな音を立てること。
無論その程度では無効化はできないが、力を弱めることは出来た。
「――死して尚、朽ちることなくこの世の終末を望むか」
ベータがそんなことを呟いていた。
先程から様子がおかしい。
諦めたように能力を使わなくなった。
「……まあ良い。余の命運もこれで果てる。義務を果たせる。――静寂の詩、最終章『暗黒の世界』」
次の瞬間、ベータを光を失った闇が覆った。
どこまでも黒いそれは、辺りの物体を呑み込んでいく。
本能的に距離をとるが、ベータはゆっくりと上昇し始めた。
「逃げんな! まだ勝負はついてないゾ!」
「いや、もう終わった。お前たちは直に死ぬ。お前たちの主もな」
「ユクシア様が負けるはずない!」
「不死魔族である以上、簡単には死なないだろう。だが、再生と死を繰り返し、いずれは身体が崩壊する」
ユクシアはベータ戦において『滅びの囁き』を受けた。
本人はそれを解除したと言っていたが、それは嘘だった。
あれは解除することなど不可能だ。
七災魔皇は全員、その呪いをすでに受けている。
「ベータ様を殺せば、その呪い解除できる……は、はず!」
「あいつ、だからって逃げようっていう算段かよ!」
小さな黒き球体は、天井を突き破ってぐんぐんと上昇していく。
そして、一瞬で地面に向かって黒い手が伸びた。
「な、なんだ!?」
「まさか……」
その手は、地面を突き破り世界の裏側へと到達する。
『黒き太陽を強制的に引きずり下ろす。大地の生命をすべて無に帰すのだ』
世界の終焉まで――あと30分。
〜〜〜
甘かった。
個々の力では劣っていても、五人でなら勝てるのではないか……心のどこかではそう思っていた。
まただ。いつだって一縷の希望は絶たれる。
「いい様だな。なんだ? 勝てるとでも思ったか? 残念だったなァ」
アレスが歩み寄ってくる。
恐怖を与えるようにゆっくり。
その途中、ゾルマを踏んづけて。
「待ちたまえ。私と話をしないか」
立ち塞がるように、ゼクスは僕とアレスとの間に割って入った。
今のゼクスに戦う力なんてないはずだ。何か策があるのだろうか。
「あん? 忘れてたぜ、お前の存在」
「下のものから連絡があった。黒き太陽が地中から伸びてきた黒い手によって徐々に高度を落としているらしい。このまま争い続ければ、10分後には……いや、5分後には君もろとも世界が滅びることになる。一時休戦と――」
「お前はもういい。そういや、俺が魔法を使えないのはお前のせいだったな」
アレスはゼクスに右腕を伸ばした。
でも、ゼクスはその場を動こうとしない。
「ルノア君――また会おうか」
振り返って、ゼクスはそういった。
それは僕への当てつけ、いや、
また繰り返すのか?
嫌だ! たとえ繰り返した世界が今よりずっと良い世界だとしても、僕はこの世界を諦めたくはない。
よりよい明日を求めて戦った戦士たちの思いを無駄にはしたくない。
ルナやみんなと出会い過ごした日々がなかったことにはしたくない。
「死ね」
高熱の太陽がゼクスに放たれる。
僕は避ける気のないゼクスの首根っこを引っ張り投げ飛ばすと、自ら太陽の前に身体を晒した。
そのとき、聖剣アイシアの王家の紋章が光り輝いた。
炎が巻き取られるように吸い込まれる。
それはかつてアークが使っていた王権能力。
相手の魔法を吸収して力に変える【反魔廻天】。
だが、僕に二つ目の王権能力が宿ったわけではないだろう。
これはあくまでも【反撃の権利】の延長線上にある能力。
「【因果逆転】」
炎が逆流する。
お前もアレスにキレてるんだろ、ゼン。
僕は今までこの聖剣を使ったことがなかった。
王家の紋章が破壊されればアイシャが消滅してしまうからだ。
ごめん……使わせてもらうよ、君の力。
『ありがとうございます。ルノアさん』
そんな声が聞こえた気がした。
もう……僕は止まらない。
「全力でお前を倒す!! 厄災アレス!!」
全身全霊でアレスに肉薄する。
アリストリア流剣術、ルナに教わった全ては今日のためにあった。
「うおおおおおおおおおおおお!!!!」
一撃一撃が手足の骨を粉砕するほどの全力。
初伝、中伝の技を絶え間なく出し続けた。
上手く技が繋がっている。なのに、
「気合いだけじゃねえか。終わりにしようぜ」
そうだ。もはや策や小細工など残っていない。
少しでも隙があれば皆を治癒させられるが、そんな暇与えてくれるわけがない。
「――――ッ!?」
アレスの拳を二本目の刃を抜いてかわす。
アリストリア流剣術の神髄は一刀流にあらず。
それはアリストリア最強の剣士が、二刀流を使っていたからだ。
「お前ごときがアイツの真似してんじゃねえぞ!」
「うるさい! 僕は、世界最強の剣士の一番弟子だ!」
二刀流の技は一刀流の派生でしかなく、独自の技はほとんど存在していない。
僕にこの流派が使いこなせるかなんて分からない。
でも、ルナの腕を信じて教えてくれたんだ。その期待に応えたい。
「――ッ!」
脇腹をアレスの拳がかすめ内臓が損傷する。
しかし、すぐに治癒魔法によって再生する。
「チッ……でもな! 顔面ぶっ飛ばして一瞬で意識を刈り取れば再生できねえんだよ!」
「それはお前もだろうが! お前は神でもホムンクルスでもない! ただの人間だ! 首を切り落とせば死ぬんだよ! これならアルファよか何百倍も楽そうだな!」
「あん? お前が俺を殺せるわけねえだろうが!」
鎬を削る争いが続く。
お互い無尽蔵の魔力を持つもの同士だから分かる。
魔法を使うにも体力が必要だし、体力は治癒魔法では増えない。
人間である以上、いずれ限界が来るはずなんだ。
やってやる。
「お前ぶっ飛ばしてハッピーエンドだ!」
〜〜〜
魔大陸。
太陽の代わりに小さな黒い球体が浮かぶ。
文字通りベータに逃飛行されたのだ。
「どうすんだよ! アイツの言うことが本当なら、オレたちもユシィサマも皆死んじまうぞ!」
「俺に言われたって分かんねぇよ! お前もその足りねぇ脳みそで考えやがれ!」
「まあまあ二人とも。こんなときに争ってる場合じゃないですよ」
フローセルがキレ散らかすフォーミラを諌める。
いつもと違うのは、言い争っているのが普段は物静かな少年であるクシャナであることだ。
「とりあえず、追うぞ!」
「待って……何か、出てくる!」
飛び立とうと翼を広げたクシャナを、ミュウが呼び止める。
黒い球体から『何か』が這い出てくる。
それも一体や二体じゃない。
次々と産み落とされては、翼を広げて空を舞っている。
「あれは……飛行型の闇人形……しかも、最上位クラス!?」
「どういうことですか!?」
「……一体でも、一つの小国を滅ぼせるくらい、強い」
「そんな……」
その内の一体が、ミュウたちに気づき降下してくる。
「焼却」
直後、炎が直撃して闇人形が燃え尽きた。
そこには、治療を終えたボルアドープがサリエラに肩を借りて立っていた。
「ドープ! 大丈夫なのか!?」
「ああ。サリエラのおかげだ。ありがとう」
「こんな時だけ素直に感謝すんじゃないわよ、バカ」
サリエラの涙の痕を見る限り、相当危なかったのだろう。
ドープはゆっくりと全員の顔を見回してから、
「奴を倒す手はないのか、ミュウ?」
「……分からない。あの状態のベータ様はあらゆる攻撃が通らないと思う。それに、触れたものは崩壊すると思う」
「じゃあどうすんだよ!」
「……でも、今のベータ様に再生する力はもう残ってないと思う。最上位クラスをあんなに作るには、相当の魔力が必要だから」
正真正銘、ベータの最終手段というわけだ。
あの大群が世界の裏側の戦場に送られれば、連合軍は全滅するだろう。
「あの中に入ることさえできれば……」
「なら、まだ希望はあるのだよ」
「え?」
「奴が本当に無敵なら、作った闇人形は戦地に送り込むはずだ。だが、奴は自衛のためにあれらを作った。俺たちを近寄らせないためにだ」
「……そっか。完全守護領域はユクシア様が壊したんだ」
だからベータは闇人形を作って自分を守らせた。
今のベータには、あらゆる攻撃を無効化する無敵の盾がない。
「行けるかも」
議論の途中でミュウが結論を出す。
「お願い。わたしをベータ様のところまで連れて行って。わたしならあの中に入れるかもしれない」
「本当か、ミュウ」
「うん……信じてもらえないかもしれないけど――信じて欲しい」
ミュウは仲間を裏切り、ボルアドープに関しては殺されそうになった。
引け目を感じて普段以上に弱々しいミュウに、ボルアドープは真っ直ぐで熱い視線を注ぐ。
「仲間を信じるのがユクシア様の教えだ」
「……じゃあ」
「俺たちが道を切り開く。その間にミュウは中に入り奴を殺せ。――異論はないな」
このチームの参謀はボルアドープだ。
このメンバーを纏めることができるのも、また然り。
「待って! 本当にミュウちゃんは大丈夫なのよねぇ?」
「シャラ……」
ただ一人、シャラールだけは心配そうにミュウを見つめた。
「触れたものは崩壊するって言ったわよねぇ?」
「うん。でも、わたしなら大丈夫」
「絶対絶対、生きて帰ってくるわよねぇ?」
「うん。絶対、約束」
シャラールがミュウを強く抱きしめた。
いつもは暑苦しいと嫌がるミュウだが、その温もりを愛おしそうに感じていた。
――そして、七災魔皇の最後の戦いが始まった。
「行くぞ!」
攻撃力の低い『病災』サリエラと『水災』シャラールを除く五人が翼で大空へと旅立った。
飛行型の最上位闇人形が空を覆い隠した。
数百、数千……いや、もしかするとそれ以上。
それらが一斉に襲いかかってくる。
「どけどけどけ! フォーミラ様のお通りだ!!」
『震災』の力は波を作り出す。
直接触れた相手を内部から破裂させる。
目的はクシャナとフローセルの邪魔をさせないため。
「僕が風で道をつくります!」
「俺が全員感電させる!」
「吹き荒れろ! 巻き込め!」
「轟け! 怒り狂え!」
「「雷撃旋風砲!」」
巨大な竜巻が辺りの闇人形を巻き込む。
竜巻の外側では雷が荒れ狂い、翼を焼き尽くす。
そして中央では上昇気流が発生し、ボルアドープとミュウをより早く空へと押し出す。
「行けるか、ミュウ」
「うん、いつでも」
ミュウとボルアドープが手を翳す。
お互い、本気で最大威力の魔法を打つことなど今まで無かった。
「一度本気でお前とぶつかって見たかったのだよ」
「多分、わたしの方が強い」
「馬鹿を言え。炎が氷に劣るはずがない」
「じゃあ、試して見よっか」
「凍て尽くせ――氷滅」
「焼き尽くせ――炎獄」
炎と氷、それぞれ最強の魔法がぶつかり合う。
競い合うように。高め合うように。
凄まじい爆風を生じながら黒い球体へ衝撃を与える。
黒い球体に、小さな穴が空いた。
魔力を使い果たしたボルアドープは落下していく。
「やはりお前には勝てないな……行け。勝って帰ってこい」
僅かだが周囲の温度が低下していた。
少しだけ勝ち誇った笑みを浮かべ、ミュウは黒い球体に飛び込んだ。
〜〜〜
そこは、果てしない闇に囲われていた。
自分の身体以外何も見えず、ミュウは困惑する。
「ここは……」
「誰だ。余の安らぎを邪魔するのは」
「ベータ様……」
そこに、ベータがあぐらをかいて座っていた。
とても虚ろな目で、ミュウを見つめている。
距離としては3メートルほどだが、ミュウはベータの存在を遠く感じた。
近づこうとすると、見えない壁にはじかれた。
「やはり来たのか、ミュウ。余を殺しに来たのか」
「ううん。止めに来たんだよ」
「止める? 今更何を言うか」
「もうやめようよ。ベータ様が戦う理由なんてもうないよ」
「そうだな。余は見つけられなかった。生まれた理由も、生きる理由も。余には何もなかった」
ベータはどこか自暴自棄になったように見えた。
「ガンマやアルファは見つけたのだろうな。そしてお前も見つけたのだな、自分を」
「うん。わたしはあの皆と一緒に生きたい。でも、見つけられたのはベータ様のおかげ」
「何?」
ベータは俯いた顔を上げた。
「ううん。ベータ様には感謝してる。何もなかったわたしに、」
「余はお前に奴らを監視させていたに過ぎない」
「それでも、ベータ様はわたしを自由にした。こうやって命令に逆らってもわたしが生きているのが証拠」
オメガに作られたホムンクルスには、明確な敵対の意思をもつと身体が崩壊する呪いがかけられている。
ベータにだってそういった呪いをかける能力はあったはずだ。
「ベータ様は優しい。わたしたちを作ったのだって寂しかったからでしょ。――ここはベータ様の心の中なんだね」
どこまでも続く果てしない闇。
ここには何の音もない。ここにいると無性に孤独を感じる。
「寂しいか……そうだな。余は孤独だった。お前たちを作っても満たされずに、余は心の奥底に壁を作って閉じこもった。ただただすべてが億劫だった。こんな世界など早々に滅びてしまえば良いと思った」
ベータは終焉のそのときまで、別の人格の中で眠っていたかった。
しかし、完全守護領域は破壊され、戦うことを余儀なくされた。
「結局、余の子供たちも皆死んでしまった。だが、皆一様に己を見つけられたのだろう」
「ベータ様……わたしは、生きてるよ。そして、生きたい」
「お前はもうホムンクルスなどではない。さっさと立ち去れ」
見えない壁がミュウを拒む。
ベータに近寄れない。
それでもミュウは無理矢理に突き進んだ。
「ベータ様、大丈夫。わたしが側にいる。一人なんかにはさせない」
「やめろ。今更何を言うか。それ以上進めば、お前の身が持たないぞ」
ミュウの身体が崩壊していく。
そして、ベータももとにたどり着くと、そのボロボロの身体で抱きしめた。
「わたしを作ってくれてありがとう……ベータ様」
ミュウは消滅した。
殺せたのに、ベータを殺さなかった。
「そうか……余は、すでに見つけていたのだな」
ベータは涙をこぼした。
~~~
黒い球体が消滅していく。
地中へと伸びた黒い手も、出現した闇人形も。
バラバラに崩れ、ダイヤモンドダストのように大気が煌めいた。
ベータ戦――決着。




