第九十七話、『終焉 -ラグナロク- の再来』
「わたくしも、戦わなくては……」
ラーファは瓦礫の中に埋もれながら手を伸ばした。
目の前でアレスとルノアが戦っている。
ルノアの方は今にも死にそうなほど消耗してるのが素人目にも分かる。
「……っ」
ラーファは必死に瓦礫から抜け出そうとするが、下半身が丸ごと埋もれて抜け出せないのだ。
『わたくしにもっと筋力があれば』
何度もラーファはそれ嘆いていた。
ラーファの細くしなやかな身体では、瓦礫から抜け出すことは出来ない。
ましてやアレスを斬ることなど不可能だ。
「それでも……立ち上がるのです、ラーファ」
そう自分に言い聞かせる。
ルノアには返しきれないほどの恩がある。
けれどそれ以上に、恩人としてではなく、大切な仲間としてルノアと一緒に戦いたいのだ。
「……ッッッ!!」
瓦礫から無理やり抜け出そうとする。
右足はもう感覚がない。抜け出したとしてもロクに戦えないかもしれない。
「(それでも、あの人とともにに戦いたいのです)」
その時、ラーファは自分の身体が自分のものではなくなるような感覚がした。
その感覚には覚えがあった。
駆動要塞の戦いで自分を守って倒れたアップを抱え、怒りと哀しみに支配された時、同じように胸の内に熱い何かが込み上げてきた。
直後、ラーファは瓦礫から抜け出した。
そのままアレスを斬り付ける。
傷を負わせられなくても、腕を払うことはできた。
「ラーファ!?」
「ルノア様はお三方の治療を! その間はわたくしが持ち堪えます!」
ラーファは頭を瓦礫に強打して流血していた。
右足は潰れている。
でも、他の者に比べれば軽傷だ。
ラーファだけは塔での戦いで消耗していない。
「……絶対に持ちこたえてくれ!」
ルノアはラーファを信じて、戦線を離脱する。
それをつまらなそうに見ながらも、アレスは追わない。
「お前じゃ力不足だろ、女ァ」
「それを決めるのは貴方ではありませんわ!」
「――ッ!」
鮮血が散る。
ラーファの細い愛剣がアレスを傷つけた。
灰色の髪は逆立ち、薄らとだが赤い闘気を纏っている。
「んだよ……ただの狼種かと思ったが、お前も幻狼種かよ!」
アレスの目が変わった。
アリストリアで最も希少で美しいとされていた種族の一つで、アイシャに加えて、六神将の『獣神』もまた幻狼種だったからだ。
以降、幻狼種特有の赤色の闘気は『獣神闘気』と呼ばれた。
「俺は、お前らのことが大嫌いなんだよ!」
身体能力を底上げしたとは言え、圧倒的な実力差が埋まることはない。
じりじりと的確に逃げ道を奪わていくラーファ。
「うおおおおおお!!」
「――ッ!? お前、なんで生きてんだよ」
「……ゾルマ様!」
アレスの背後からゾルマが強襲する。
ルノアの治癒魔法が間に合ったとはいえ、意識がこんなに早く戻るはずがない。
「さあな。俺に異能の力に対する耐性があるだけじゃないのか」
ゾルマはゼータとの戦いでも魔法に耐性を見せていた。
熱でひしゃげた海神槍が青く光り輝き、本来の気高き姿へと戻っていく。
「俺たちが海神槍を使いこなせていないと言ったな――俺たちの絆を甘く見るなよ!」
海神槍を持ち直し、それを何度も突き刺す。
アレスはそれを手刀で捌いた。
だか、今までのような余裕は消え失せていた。
そこに、ラーファが追撃を加える。
たった二人で渡り合えている。
この極限状態で急速に成長している。
「図に乗るなよ、雑魚がァ!」
だが、それはアレスも同じこと。
一段と動きにキレが増している。
押される。圧倒的なパワーによって。
「――てめッ!?」
「二人でよく持ちこたえてくれたな」
「ルノア様!」
「ルノア!」
治療を終え、ルノアが加勢する。
「勝つぞ! この戦い!」
〜〜〜
戦況が建て直されつつある。
しかひ、シャリティアは一命を取り留めたが意識は戻らず、ユクシアに関しては外傷もなく手の施しようがなかった。
二人の穴はあまりにも大きすぎる。
援護がなくなり、僅かな余裕すら完全に消え失せた。
今あるのは、泥臭い気迫と気合いのゴリ押し。
しかし、それが一番有効だったのかもしれない。
アレスの動きからキレが失われ、攻撃が乱雑になってきている。
なに、単純な話だ。
人間である以上、疲労と限界が付き纏う。
アレスは目覚めてからほとんど休みなく戦い続けている。
斬られた手足を闘気によって無理やり再生させるのも、相当肉体に無理を強いているはずだ。
何より肉体以上に、脳への負担は計り知れない。
――お前は最強だよ、アレス。
この世界すべてを敵に回したも飄々としているような奴だ。
元々持っていた純粋なパワー、スピード、スキル、戦闘センスに加えて、聖域に接続したことで手に入れた無尽蔵の魔力と莫大な魔法知識。
個としての強さは群を抜いている。
それでも、無敵ではないのだ。
それは生命としてこの世に生まれた宿命。
「クソがァ! お前らなんか、魔法が使えりゃなあ!」
焦りが見え隠れし始める。
アレスは僕の背後を睨んだ。そして回し蹴りで僕たちを遠ざけると、ゼクスの方へ駆け出した。
「まずい――」
油断したわけじゃない。
だが、アレスがこれ程早く作戦を切り替えるとは思わなかった。
魔法なんかなくたって俺は勝つ! と、意地になってくれればよかったが――アレスは今、初めて敗北がチラついたのだ。
でも、この均衡はアレスが魔法を使えば簡単に崩れる。
「いや、よくやったわ!」
純白の羽が舞い散った。
流星のごとく双剣の女神が君臨した。
「シャリティアさん!」
「四聖神として情けないわ。あなた達に頼りきりになるなんて。――でも、もう大丈夫よ! アタシは勝利の女神だから!」
シャリティアの目が輝いていた。
笑っている。生死を彷徨い、今だって完全に回復したわけじゃないのに。
それに彼女は女神と呼ばれることを嫌っているように見えたが、僕たちを奮起させるために言ったのだろう。
本当に、こんなに頼もしいことは無い。
「なんだよ! 何なんだよお前ら!!」
アレスの目には、僅かに怯えの色が見えた。
ここまで追い詰められるなんて、想像もしていなかったのだろう。
「弱ぇくせに! 弱ぇにくせに! 雑魚は何したって雑魚なんだよ! 努力や友情なんてそんなものは俺が否定してやる!」
――それは、過去のお前の話か。アレス。
無駄口が叩けたなら、そう言っていただろう。
本当のアレスがどれかは分からない。
だが、少なからずルナは努力家の兄を尊敬していた。
アレスが聖域に接続して《世界終末プログラム》を発動させたあの日までは。
「――そうか。お前のせいか! ルノア!!」
英雄の紋章が光り輝いた。
それは神滅刀を手にしたものの証。
でも、それだけじゃなかった。
英雄の紋章を手にしたのは、歴代で僕を除いてたった一人。
初代アルカディア王。
彼が六神将として数えられていた理由がそれだ。
英雄の紋章は、ともに戦う仲間に最大の力を引き出させる。
疲労を克服して、強制的に限界を越えさせる。
この戦いが終われば、全員が一斉に気を失うだろう。
それでもいい。
二度と動けなくなっても、たとえ手足がちぎれようとも、命ある限りはアレスに喰らいつく。
ここにいるのは、そういう奴らだ。
だから、お前もさっさと復活しろ。
お前はこんなところでくたばるようなヤワな女じゃないだろ――ユシィ。
〜〜〜
ユクシアは死と再生を繰り返していた。
ベータがかけた呪いは、本来は一度しか発動しない。
しかし、何度も死から蘇るユクシアには、その身体が完全に滅びるまで断続的に発動していた。
そして、ユクシアは泣いていた。
その呪いが解除され、再び息を吸い込んだ時には、半身がもがれたような苦痛が心を抉ったのだ。
ミュウが死んだ。
不死魔族のユクシアにとって、仲間の命は自分の命よりずっと優先される存在だった。
「うぬも妾を置いていくのか」
アリストリア時代、ユクシアは仲間を率いてアルカディア王家に反旗を翻した。
死んだように生きる不死魔族の仲間に、再び輝きを与えるためだった。
その結果、ルナに敗北して天空神殿の地下深くに封印されることになったのだが。
目覚めた時には、一人ぼっちだった。
そして魔大陸へと赴き、再び仲間を作った。
その時に誓ったのだ。
もう二度と仲間を失いたくはないと。
「妾の仲間を返せ……ッ!!」
「――お前も、生きてやがったのかよ!」
ユクシアはアレスに襲いかかった。
もうこれ以上、誰も失いたくはない。失わせない。
そんな思いが突き動かした。
「ユシィ!」
軍姫の紋章が光り輝く。
今までになく、強い光を放っている。
それはルノアたちにとって、希望の光だ。
「よし! 勝ち筋が見えた! 勝ちにいくぞ!」
ルノアの掛け声に、一層戦闘は加速する。
もはや誰もアレスを恐れてはいなかった。
そして、誰もが勝利を疑わなかった。
一切の邪念が介入する余地もなく、思考は澄み切っていた。
ある時点から、仲間の動きが手に取るように分かった。
一糸乱れぬ連携。
そこに言葉も、アイコンタクトも必要ない。
視界はアレスだけを捉え、いらない情報はすべてシャットアウトされる。
アレスが何かを叫んでいた。
それすら五人には聞こえていなかった。
出口の見えないトンネルを無心で走り続けているようだった。
いつまでも続くかのように思われた攻防戦。
しかし、出口の見えないトンネルに、突如光が指した。
その時はなんの前触れもなく訪れた。
「――――ッ!?」
アレスの短い焦燥の息。
シャリティアの大剣が防御を崩し、初めて体勢が大きく揺らぐ。
疲労が許容値を超え、集中力が限界を迎えたのだ。
それは、皆が紡いで生まれた好機。
それを、英傑たちは逃さない。
ラーファの剣が獣神闘気で赤く染まり、ゾルマの海神槍が青く輝きを帯びた――刹那、目にも止まらぬ速度でアレスの両腕が切断された。
「いけるか、ユシィ!」
「妾を誰じゃと思っておる!」
いくらアレスでも、切断された両腕を一瞬で再生させることなどできやしない。
「やめろ――俺は、こんなところで――」
命乞いにも似たその言葉で、ルノアとユクシアが一瞬足りとも躊躇するはずがない。
ただ、子犬のように怯えながら吠える姿には、憐情を覚えざるを得なかった。
「やめてくれェ!!」
ユクシアの五つの魔法陣と、ルノアの腕輪の王家の紋章が同時に光り輝いた。
大気が震える。
五人の中で最大の火力を持つ二つの技を、アレスを挟み込むようにして放った。
「【因果応報】!」「大災害!」
アレスの首が空を舞った。
意識が途絶える直前、アレスは何を思ったのだろうか。
その首が再び地に落ちることはなく、シャリティアの光の矢がアレスの頭を空中で粉砕した。
〜〜〜
「あん……どこだ、ここ?」
アレスは周囲を白で満たされた空間にいた。
そして、気がついた時には足を掴まれていた。
大量の白い手が引きずり込もうとしている。
その光景には見覚えがあった。
聖なる禁書庫で、アレスは《世界終末プログラム》を発動させる対価として、情報の海へと放り出された。
それがアレスに深いトラウマを刻んでいた。
「嫌だ! やめてくれ! 戻りたくない! 誰か、助けてくれ!」
手を伸ばしても掴むものなどいない。
このままアレスは情報の海へと引きずり込まれ、その存在は一定の情報として処理される。
世界の蓄積された歴史の一部となる。
――そのはずだった。
黒い手がアレスの手を掴んだ。
そのまま力づくで引き上げれていく。
『許しませんよ。マスター。私を殺しておいて、何勝手に無様に負けて死んでいこうとしているんですか?』
恐ろしく冷たい声が響いた。
アレスですら心の底から震え上がるほどに。
「お前……」
『思い出してください。この世界を壊すんですよね? 見せてくださいよ、破壊と混沌の世界を――』
優しく抱きしめられるように、アレスの思考が憎悪に支配されていく。
「ああ……そうだな。気に食わねぇもんは全部ぶっ潰さねぇとな」
〜〜〜
「勝った……のか」
さっきまで世界の命運をかけた戦いをしていたとは思えないほど、唐突に夜の静寂があたりを支配していた。
いや、もうすぐ夜明けだ。
まだ黒き太陽は消滅させていないが、ギリギリ間に合ったと言ってもいいだろう。
【因果応報】を放ったせいで全身が動かない。
僕以外の四人も似たようなものだ。
でも生きている。誰も、死んじゃいない。
「何なんだ……何が起こってるんだ!」
静寂を引き裂くように、ゾルマがこの世の終わりを見たかのように声を荒らげた。
ゾルマだけではなく、ラーファも、きっとシャリティアも。
もしかしたらユシィですら腰を抜かしているかもしれない。
両腕と頭のないアレスの胴体。
そこに凄まじい魔力が集結している。
天空神殿の下から湧いてくるように、黒い魔力が。
なんて禍々しい光景だろうか。
まさに世界の終わりを見ているようだ。
「いけないわ! 早くそいつを殺さなきゃ!」
シャリティアが何かに気づいて飛び出した。
同じく予兆を感じ取ったユシィが攻撃を仕掛ける。
そして、ラーファとゾルマもそれに続く。
「……まさか、本当に……」
起ころうとしているのか。
3000年前の再現――ラグナロクが。
あの日、アリストリアに破壊の神が産み落とされた。
黒き太陽はある女の子に宿り、終焉を告げる《ロキ》が誕生した。
『諦めない……還るのです。皆で、母なる聖域へ――』
誰かの声が響いた。
それはきっと、アレスに殺されたはずの彼女の願い。
彼女の願いは――オメガの怨念は、現世に留まった。
「――ッ! アレスから離れて!!」
僕が四人を制止したときには遅かった。
爆発的な魔力の波が放出され、四人が吹き飛ばされた。
アレスは黒い球体に覆われ、周囲の魔力が集まっている。
「ぶっ壊す……この世のすべてを――ッ!」
憎悪の籠った声。
インデックス、あんたの言う通りだった。
黒き太陽はアレスへと宿り、二代目 《ロキ》が爆誕する。
――終焉龍神アレス=ロキが、世界に産み落とされた。




