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第九十話、『天変地異』

「ベータ……様? 何でここに……」


 刹那、空気が変わった。

 ミューは後退り、尻もちをついた。

 その場の誰もが息を飲んだ。

 到底勝ち目のない、次元の異なる相手であることが本能で理解したからだ。


「オメガに命じられ来てみれば、これはどういうことだ。ミュー。余はそなたに殲滅を命じたはずだ」

「わ、たしは……ころ、したくない」

「ミュー。そなたは余の一番の傑作だ。それ故に、お前は感情を持ちすぎてしまった。非情になれ。白夜としての使命を全うしろ」


 ミューは答えない。

 怯えた様子で、必死に唇を動かそうとしている。


「い、嫌だ……! わたしは、ユクシア様の下僕『氷災』のミュウ、だから!」


 ミュウは明確に逆らう意思を示した。

 ベータは億劫そうにその双眸を覗き返す。


「……そうか。そなたは見つけたのだな」


 そしてつまらなそうに、どこか寂しそうに呟いた。


「ミュー。余はそなたのその冷たく、無機質な眼が好きだった。……しかし、今は熱を帯びてしまった。仕方がない……父上の意向に背くというのであれば、お前はここで殺す」


 ベータがおもむろに右腕を伸ばした。

 見ることも、感じることも、防ぐことも出来ない。

 無音の音魔法――静寂の詩。


「静寂の詩、第三章『滅びの囁――」


 直後、落雷がベータの右腕を焼き切った。

 電気によって生じた熱が、辺りの氷を溶かしていく。


 ミュウとベータの間に、金髪の少年が割った入った。

 唯一、氷の棺から抜け出せたのにも関わらず、その力を隠していた『雷災』のクシャナ。


「ああ……限界だ。イライラが収まんねぇよ」


 『雷神の紋章』が金色に輝き、クシャナの身体を電流が迸る。

 雷魔種(ライデン)の中でも、幼少期から優れた力を秘めていたが、時より感怒りのままに暴走するすることがあった。

 それゆえに普段は冷静沈着に、感情を昂らせないように冷めた目で周囲を眺めていた。


「クシャナ!」

「姉ちゃんはドープの治療してろよ。ミュウも、腰抜けなら引っ込んでろ。俺はまだお前を信用してねぇからな」


 クシャナが鋭い眼光でミュウを見下ろした。


「ミュウちゃん!」


 シャラールがミュウに飛びついた。

 しかきすぐにハッとしたように距離をとった。


「ご、ごめんなさい。抱きついちゃ嫌なのよね」

「……ううん。本当は、嫌じゃない。ごめん……」

「――!! 良いのよぉ!」


 シャラールが号泣しながら抱きついた。

 その温もりに、ミュウは生まれて初めて泣いた。

 涙は凍ててすぐに消えていった。


「僕もお供しますよ、クシャナさん」

「フローセル……巻き込まれんじゃねぇぞ」


 『風神の紋章』が黄緑色に発光し、風が渦を巻き始める。


「煩い、心臓の鼓動すら騒音だ。……はあ、億劫だ。何故、世界最後の日にまで働かねばならないのだ。よもや伝染病を止めるだけの仕事では済みそうにもない」


 ベータがボルアドープを治療しているサリエラを凝視した。

 その視界を防ぐように、褐色肌の女が立ち塞がった。


「よく分からんが、オマエをぶっ潰せばいいってことだけは分かったゾ」


 指を鳴らし、フォーミラが白い牙を見せる。


 ベータの焼け落ちた右腕が再生する。

 ゼータを目の当たりにしているため特に驚きはしない。

 しかし、ミュウだけはその光景を見て疑問を持った。


「完全守護領域が発動してない……? それに、再生も遅い」


 ベータが無敵と恐れられた所以。

 それは無意識下で自動発動する最強の盾があるからだ。


「……何を言っているのだよ。ユクシア様がただで奴を逃すはずがないだろう」


 ボルアドープは窶れた笑みを浮かべる

 消耗している。あのベータが。

 その想像もしなかった可能性に、ミュウは微かな希望を覚えた。


「……シャラ。わたしに力を貸して」

「――! いいわよぉ!」


 そして立ち上がり、戦うことを決意した。

 『水災』のシャラールの能力は戦闘向きではない。

 しかしミュウとの連携が、それを災害へと変貌させる。


 雨女と雪女、二人の相性は良い。

 細かい横殴りの雨が吹き荒れ、気温が急激に低下する。


「俺は炎を使わないのだよ。俺のことは気にせず本気を出せ……『氷災』のミュウ」


 ベータが右腕を振り上げる。

 それが開戦の合図となった。


「気をつけて! ベータ様の攻撃は、避けられない!」

「だったら――発動する前に焼き切ってやる!」


 仲間のことなど考えない、最大威力の雷が放たれる。

 そしてフローセルもフォーミラもまた、同じように躊躇なく己が放てる最大威力の魔法を使った。


 そこに連携などない。

 それは『個』の集まりでしかない七災魔皇の本来の戦い方。

 彼らは常に周りの被害を考えて、無意識のうちに力をセーブしてきた。



 その戦いは、もはや災害と言うより天変地異に近かった。



〜〜〜



 天空神殿、内部。

 黒き太陽と青き月を同時に展望しながら、一人の女が指示を下していた。

 『総統』ホムンクルス、オメガ。

 アレスが眠りにつき、指示系統を任せられた女。


 涼し気な表情で、淡々と戦場を操っていた。

 しかし、段々と焦りが生まれ、今や苛立ちを見せるようになった。


「どうして、誰も私の思い通りに動かないのです……」


 ガンマの敗北に始まり、ベータまでもが水晶を破壊された。

 闇人形は敵の策略によって既に数は半数を下回り、ベータを向かわせるも、未だ魔族相手に手こずる始末。


「『白夜』はもはや全滅……主力陣のうち無力化できたのはたった二人……アルファは何をやっているのです」


 何より、『神滅刀』をもったルノアはまだ死んでいない。

 苛立ちを隠せないオメガは、胸に手を当てて深く息を吸う。


「落ち着きなさい、オメガ。私が負けるはずないではありませんか。たとえアルファが負けようと、私の中の水晶は顕在している。それに、念の為に『黒点』に水晶を守らせましたが、黒き太陽は絶対に消滅させられないはずです」


 はず。確証はないからこそ、オメガは恐れている。

 いつだって100パーセントの保証がなければ、計画を実行に移さないほど慎重に事を進めてきた。


「1200年……私はこの日のために計画を勧めてきたのです。マスターは眠った、黒き太陽を生み出すことにも成功した……あとは、この世界が魔力に還るのを待つだけ。……失敗は許されないのです」


 その考えが、オメガの指揮を鈍らせた。


 黒き太陽は消滅させられない。

 その、はず。

 しかし、彼らが本気で戦う姿を見ていると、嫌でも『黒き太陽は消滅させられる』という考えを抱いてしまう


「……仕方ありません。実行するつもりはありませんでしたが、同時並行で第二作戦を――」


『どこへ行くつもりなんだい?』


 踵を返したオメガの行く手を塞ぐように、二人の少女が立っていた。


「悪いけど、ルナ様がお眠りになってるからここは通さないよ」

「そ、そうですよ!」


 余裕気なディアの発言に、アイシャがコクコクと頷く。


 地下にルナがいることは最初から分かっていた。

 彼女が何らかの封印を施されていることも。

 それを解除できるか分からない。

 曖昧な可能性だからこそ、オメガは興味を示さなかった。


「彼の英霊ですか……。主が聖域に接続すると、具現化できるんですね」

「まあね。ご主人様と神器が接触しているならだけど」

「……それで、十二騎士の落ちこぼれ二人で、私を止められるとでも思っているのですか?」

「舐めるなよ。ボクたちはこの日のために3000年も神器の中で眠ってたんだ。あの日の再現、ラグナロクなんてこのボクが許さない!」

「わ、わたしも勿論許しません!」


 地上の方はゼクスがなんとかするだろう。

 黒点の討伐は、この時代の英雄たちが。

 あとはオメガの中の水晶を破壊するだけ。


「ならかかってきなさい、古き者よ。紡がれてきた意志など、私が打ち砕いて差し上げます」


 天空神殿での戦いが始まった。



〜〜〜



 紅玉の塔、最上階。

 魔法妨害領域の中で、斬撃が吹き荒れる。


 アルファの能力は、斬撃を操ること。

 詳細は不明だが、斬撃を飛ばしたり、残したりできるようだ。

 本人曰く、空間の裂け目をつくり、後から開くことで攻撃を可能としているらしい。


 なら、アルファの間合いはそういった裂け目があると考えた方がいい。


 先程は不覚を取って一撃を貰ってしまったが、ウェルフが駆けつけてくれたことにより立て直すことができた。

 しかし脇腹の傷は深く、出血が止まらない。

 ここじゃ治癒魔法は使えない。


 それでも立って戦っていられるのは『王権能力』のおかげだろう。

 僕が何度も死線を生きて掻い潜ってこれたのは、ダメージを負えば負うほど身体能力と治癒力が向上する【不屈の英雄】があるからだ。


 だとしても、あと一撃喰らえば僕は死ぬだろう。


「よくもその傷で動けるな。それも聖域の力なのか?」


 アルファは無駄口を叩きつつ、剣を空を斬る。

 それだけで、斬撃があらゆる方向に飛んでいく。

 近寄れない。近寄ったところで、裂け目によって斬られる。


「ウェルフ! 近寄るな!」

「……つってもよぉ。どうしろってんだよ、旦那!」


 ウェルフが斬撃を躱しながら悪態をつく。

 しかし良くやってくれている。

 目標が二人になった分、攻撃が分散して余裕が出来た。


 考えろ。どうすれば、奴の裂け目を掻い潜れる?


「来いよ、坊主。それじゃあ、いつまで経っても勝てねぇぞ」

「そっちこそ。攻めてきたらどうですか?」

「俺は勝つ必要がないからな。時間制限があるのはお前らだけなんだよ」


 アルファは一歩も動こうとはしない。

 空間の裂け目は移動しないのだろう。

 彼にとってウェルフは恐れるに足りない存在なはず。


 それでも、絶対に負けないための戦い方をしている。

 これなら僕達も死ぬことは無いかもしれない。

 しかし、勝敗が決する前に時間切れだ。


 攻められない。

 受けたダメージを力に変える【因果応報】も、破壊力はあれど一度使えば暫くは動けなくなる。

 それどころか、意識を失ってしまうほどの反動がくる。


「だァ! 旦那らしくもねぇ!」


 ウェルフは二本のナイフを持ち直す。

 そして四足獣のように姿勢を低く、アルファの間合いに突っ込んだ。


「止せ! ウェルフ!」

「怖ぇなら引っ込んでな! もう逃げんのはやめたんだよ!」


 ウェルフは踏み込むと同時、持っていたナイフの内一本をアルファのもとに投擲した。

 真っ直ぐ槍のように突き進んだそれは、しかし当然のようにアルファによって弾かれる。


 魔剣グラムはその刀身の長さ故、一度振るってしまえば一瞬の隙が生まれる。


 好機と見るや、ウェルフは加速する。

 あれはアリストリア流剣術の『縮地』だ。

 誰に教わったわけでもなく、見て盗んだのだ。


 そういえば、蛇神流も見よう見まねの我流だと言っていた。


 ウェルフがアルファの間合いに入り、ナイフを喉元へと差し向ける。


 しかし、今はそれが罠だと分かる。

 間合いに誘い、裂け目によって切り裂く。


「じゃあな、いつかのテロリスト」


 空間の裂け目が開く。

 見えない斬撃が生じる。

 鮮血が飛び散った。


「――――ッ!」


 斬られたのは、アルファの方だった。

 避けられるはずのない体勢から、並外れた体幹と柔軟性でウェルフは身を捩らせて回避したのだ。


「――っぶね」


 そしてバク転て悠々と戻ってきた。

 先程投げたナイフを回収して僕の元へ。


「カーッ、やっぱ一撃が限度か! それに逸らされちまった」


 アルファの頬に赤い線が走った。

 勿論、すぐに再生する。

 しかし初めて傷を負わせたのだ。


「あの体勢からよく避けるもんだな、猫かよ」


 アルファは嘘偽りなく賞賛した。

 まさか、ウェルフがここまでやれるとは思わなかった。


「チッ。勝てる気がしねーな」

「いや、ありがとう。おかげで突破口が見えた」

「おっ? やっとか?」


 本当か!? と、疑う様子もない。

 待ってましたと言わんばかりの信頼度だ。


「まあ、考えたら誰にでも分かるんだよ。斬撃を飛ばすのと、裂け目を作るのは同時には行えない」

「あん? なんでそう言いきれんだ?」

「あいつは何度か斬撃を飛ばさずに剣を振るってたんだ。不自然だから覚えてる。二回……フェイントかと思ったけどな」

「だから何なんだ?」

「どこに裂け目があるか覚えれば良いって話だよ。僕とお前で二度裂け目は消費されてる。つまり、今は何も無い」

「でもよぉ。んなのすぐに新しいのが――」


「新たな裂け目を作ればいいだけの話だ。坊主、それが分かったところで何になる?」


 話が聞こえていたのか、アルファがこれみよがしに剣を振るった。

 斬撃は飛んでこない。今、新たに三つの裂け目が作られた。

 種がバレた以上、乱用すればいいだけの話。


「そうじゃない。これにもう少し早く気づいていれば、ウェルフの後に連続攻撃を仕掛けれることだってできた」

「なるほどな。つまり、作戦なんて大層なもんはなくて、手数で押し切ろうって話だな」


 ウェルフが納得したようにナイフを握り直した。

 ここからは命懸けで地獄の間合いに入ることになる。


「ウェルフ。さっきはどうやって裂け目を避けたんだ?」

「ん? 見えねぇが斬撃は確かに形となって存在してるんだろ? 風の揺らぎ、殺気、剣が空を斬る微かな音……裂け目が開いたのを逸早く察知して、あとは根気だな」

「最後のが一番重要そうだな」


 深く息をする。

 手数で裂け目を消費させ、【因果応報】で中の水晶ごとぶった斬る。

 万一それで倒せなくとも、ウェルフがいれば逃げおおせることができるかもしれない。


「……行くぞ」


 より集中力を高め、間合いに飛び込む。

 その直前――行く手を阻むように、天井が崩落してきた。


「――――ッ!?」


 塔は頑丈で、あらゆる魔法に耐性がある不思議な膜に覆われていた。

 だからこうやって、わざわざ入口から侵入して塔を登ってきたのだ。


「おいおい。……ったく、次から次へと、まったくダリィな」


 一人の男が天井に開けた穴から降りてきた。

 僕はそいつのことをほとんど知らない。

 ただ、一度剣を交えて殺し合っただけの間柄。


 そういえば、ノウム王国の一件以降、こいつがその後どうなったかは聞いたことがなかった。


「面白ェことなってんじゃねェか。俺抜きでよォ」


 赤い肌。二本の小さな角。

 その特徴を除けば、人族と変わらない。

 変異種『鬼』と、そう呼ばれていた。


 『鬼王』ゼオンが、そこに立っていた。


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