第八十九話、『舞台裏の戦い』
蒼玉の塔での戦いが終わった。
しかし、ラーファの顔は浮かない。
「わたくしの選択は正しかったのでしょうか……」
ベータは不可解なほどあっさりと退いた。
今この場には、疲労し眠りについたシャリティアと、再生途中のユクシア、そして自らの選択に未だ自問自答を繰り返すラーファ。
「……さあね。でも、あなたが来てくれなかったら、アタシもあの子も死んでいたと思うわ」
「シャリティア様! ご無事でしょうか!?」
「大丈夫よ、心配かけたわね」
「ま、まだ立ち上がらない方が――」
全身に鞭を打ち、立ち上がろうとするシャリティア。
傷は再生すれども、もはやまともに戦える身体ではない。
「このまま野放しにはできないわ。アタシたちを殺さずに去ったのは、別の理由があるのかもしれないし……それに、このままじゃあの子が――」
「放っとけ。戦う理由なんてないじゃろ」
いつの間にか上半身が再生していたユクシアが口を開く。
流石に疲れているのか、どこか遠い目をしている。
「あんたねえ! 自分の置かれた状況分かってないの!?」
「どういうことでしょうか?」
「……『滅びの囁き』を食らったのよ。アタシを庇ってね。あなたは上手く躱したようだけど。あいつの言葉を信じるなら、あれは死の宣告よ。あいつを殺したところで解除させられるかは分からないけど、トドメを刺さずに逃げたのなら、その可能性は十分あると思ってる」
「そんな……わたくしのせいで」
「あなたのせいじゃないわ。ああするのが最前の選択だったわ」
それに、あれはアタシのせい。と、シャリティアは悔しさに拳を握る。
「あなたたち二人はここで休んでなさい。アレスとの戦いが残ってるんだから」
「いえ、わたくしもお供します。ユクシア様は、わたくしの大切な恩人ですから」
「ラーファ……分かったわ。一緒に行きましょう」
シャリティアとラーファは決意を固める。
ユクシアにかけられた呪いを解くために、再びベータの元へ――
「じゃから! とっくに呪いは解除したと言っておるんじゃ!」
「…………は?」
「あれは確かに魔法ではないが、魔法的に解析することは可能じゃ。魔法で再現できるのなら、妾になら解除できる! 妾は天才じゃからな! フハハハハハ!」
先程までの疲労はどこへやら。
ユクシアは全身で高々と笑った。
二人はその脳天気な姿に圧倒されつつも、顔を見合わせて肩を竦めた。
「あんたねえ!」
そう憤るシャリティアはどこか嬉しそうだ。
〜〜〜
蒼玉の塔、周辺。
闇人形と統括軍が海上にて衝突している最中、『汎用』ホムンクルスがまた一体海に沈んだ。
「大量のクラーケン相手にしてる気分だったぜ」
副団長アルベルトが気息奄奄としながら、それでも笑みを絶やさずに余裕を見せる。
「副団長! 流石はゾルマさんの右腕!」
「よせよ……褒めたって何も……」
「副団長!?」
アルベルトは甲板に刺した槍に縋り付くように膝をついた。
額に拭いきれないほどの汗、そして赤い鮮血がじわじわと広がっていく。
「……情けねえな。一発貰っちまうなんて……」
アルベルトは仰向けに倒れた。
明るい夜空には、青い月を覆い隠す黒い太陽が浮かんでいる。
「勝ってくださいよ……勝って、生きて帰って……俺たちの街を、守って、ください……」
「誰か! 治癒魔術を! 誰か――」
周囲の仲間が慌ただしく叫んでいる。
太陽をバックにシルエットが浮かんだ。
「(妖精……? 俺を迎えにきたのか……)」
空から妖精が舞い降りてきたのを最後に、アルベルトは意識を失った。
しかし、その数分後、アルベルトは目を覚ました。
腹の傷は塞がり、辺りには同じように負傷した兵士や戦士が船内で治療を受けていた。
「これは……」
「起きましたか? すいません、お水しかありませんがどうぞ」
四枚の透明な羽。少女のような幼く小さな身体。
天族の妖精種。
その半数が《治癒》の天命を宿す癒しの種族だ。
よく見ると、エルフ種や天翼種、精霊種など、様々な天族が慌ただしく動いている。
「天族……もしかしなくても、神殿騎士団だよな?」
「はい。2番隊は戦闘員じゃないので、こうやって治療班としてお手伝いをさせてもらっています」
「そうか。いや、ありがたいな」
差し出された水をグビっと飲み干すと、アルベルトは槍を持って立ち上がる。
「ま、まだ休まれていた方が!」
「もう大丈夫だ。治療ありがとう。俺は戦場に戻る」
「……すいません。私たちも戦えればお役に立てるのですが」
「何言ってるんだ、恥じる必要は無いだろ。ここにいる誰もが、自分ができることを全力でやって貢献してる。お前らは俺たちができないことをやってるんだ。それを誇ればいい」
アルベルトはその妖精をそんな言葉で励ました。
他種族との関わりを絶っていた今までの海族なら、そんな言葉は出てこなかっただろう。
「最初、ルノアさんが六種族共存なんて理想を口にした時、正直出来るわけないだろって思ったよ。――でも、そう遠くはないかもな」
この戦争が、人々の意識を変えつつあった。
〜〜~
紅玉の塔、周辺。
ほとんどの闇人形が淘汰され、兵士たちは戦勝ムードに酔っていた。
その脇で、ここでもまた一体のホムンクルスが切り伏せられた。
『白夜』第四席。
現在戦場に現れている『汎用』ホムンクルスの中の最強。
応戦したのね、『牙』副隊長アップと、副隊長補佐のロウ。
その戦いは熾烈を極めた。
好戦的で突っ走るロウを、アップが支える形だった。
その攻防の最中、アップはロウを庇って右腕を失った。
「何で庇ったんすか」
「隊員を守るのは……副隊長の、役目……ですから」
右腕の出血が止まらない。
アップの意識が朦朧としていく。
「何……やってんすか! 先輩、隊長の隣に立って戦いたいって……ッ!」
「……確かに、これじゃ『右腕』には、なれそうにないですね」
冗談めかして笑うアップの瞼は重く、意識は完全に途絶えた。
ロウは涙を零さず、踵を返して歩き始めた。
まだ戦いは終わっていないことを、鋭い嗅覚で感じ取ったからだ。
空に穴が開いた。
黒く、沼のように澱んだ穴。
そこから、大量の闇人形が投下された。
それも、規格外の巨躯をもつ怪物ばかりだ。
「ったく……性格悪ぃ」
兵士たちが武器を落とし、膝を折った。
とてつもない疲労が、絶望と重なって襲ってきた。
もうすでに、上位闇人形と闘える力は残っていない。
「……なんだ?」
しかし、様子がおかしい。
闇人形が動かない。人間を見ても襲ってこない。
それどころか、身体が崩れていく個体もある。
――闇人形が、消滅していく。
黒いモヤとなって、澱んだ空に霧散していく。
すべての闇人形が消滅するまで、一分とかからなかった。
〜〜〜
魔大陸、最奥の地。
日が大きく傾いて、夜が迫ってきている。
世界の裏では、もうすぐ夜が明けるだろうか。
夕日に照らされて、漆黒の城が赤く輝く。
果てなく続く荒野。
その地に、澱んだ沼のような穴が三つ開いていた。
その周辺に無数に蔓延る闇人形が吸い込まれ、どこかへと転移していく。
オメガは闇人形を一斉に送り込むのではなく、戦意を折るために二度に分けて送る手段をとった。
しかし、それがあだになった。
アレスの牙城に侵入者が8人。
常に闇人形の指揮を執っていたオメガは、懐に侵入されたことに気がつけなかった。
「これで人形どもは全滅だな。ふん、他愛ないのだよ」
「ちょっと! なんであんたの手柄みたいに言ってんのよ! 全部私の『病災』のおかげなんですケド!」
闇人形が消滅していくのを見下ろして勝ち誇った笑みを浮かべるボルアドープの隣で、サリエラが吠えた。
サリエラの『病災の紋章』は、存在しない病気を生み出す魔法である。
それは、感染させる対象を狭めることで脅威を増す。
例えば『種族』に絞れば、感染力も弱く、風邪程度の症状しか与えられないが、特定のグループに絞ればその威力は治療法のない不治の病のようなものになる。
「闇人形は人為的に作られたホムンクルスがゆえに、そのすべてが同一個体のようなものだ。数の暴力は確かに脅威だが、一体一体が脆く簡単に壊せる。なら、伝染病で一掃できる。――それに気づいたのは俺なのだよ」
「はいはい。勝手に言ってなさい。よくもまあ、そんな悪魔じみたこと思いつくわねと褒めておくわ」
いずれ闇人形は絶滅するだろう。
そしてもぬけの殻になれば、ユクシア所望の牙城も手に入る。
「まったく! 番が雑魚二体なんてオレたちを舐めすぎなんだゾ!」
「第二席と第三席とか言ってなかったか? ……ってか、雑魚とか言いながら、苦戦したじゃねぇか」
「オマエはいちいちうるせぇんだよ!」
冷静にツッコミを入れるクシャナに、ファーミラの機嫌が爆発する。
周囲は氷漬けになっていて、ホムンクルスが二体、黒いモヤとなって消滅していく。
「そうよそうよぉ。結局、ミュウちゃんがほぼ一人で倒してじゃなぁい? ねぇー?」
「……わたしは、別に」
シャラールに抱きつかれたミュウが暑苦しそうに答える。
「まあまあ皆さん、全員無事なんだからいいじゃないですか」
そして、フローセルが喧嘩を宥める。
いつもの七人。いつものようなくだらない言い争いが勃発している。
そんな中、一人、険しい表情をする男がいた。
『火災』のボルアドープ。
最も頭がキレるため、参謀役として個の強い七災魔皇をまとめあげている。
「不可解なのだよ」
「どうしたんです? ドープさん?」
「トップ3の内二体が城の護衛。まるで俺たちが攻めてくることを事前に知っていたかのようだ」
この作戦はユクシアが考案して、ボルアドープが纏めた。
ここに来るまで、察知されないように細心の注意を払ってきた。気づかれるはずがない。
空気が揺らいだ。
考えすぎかもしれない。
しかし、ボルアドープは疑いの眼差しで仲間を見た。
その直後、巨大な氷柱が胸元を貫いた。
「ぐはっ……」
血の塊を吐き出して、ぼやける視線で前を見る。
そこには、氷に包まれた銀世界が広がっていた。
「……『火災』の力は、厄介だから」
地面を擦るほど長い銀髪が揺れている。
その場にいた全員が、氷に身体の自由を奪われていた。
「どうしてなの……ミュウちゃん」
裏切られた怒りより、信じたくないという気持ちが勝る。
悲しげに潤うシャラールの視線に、ミュウはとてつもなく冷たい視線を返した。
「ミュウ、お前は誰だ?」
「……わたしは、『白夜』第一席、ミュー。ベータ様に作られ、アレス様に使える忠実なる人形」
ベータの最後の切り札が切られた。
「あんた……無口のくせによく喋るじゃない」
「サリエラ。お願い……『病災』の力を解いて。命だけは助けるから」
「何? 裏切っておいて、情けのつもり? くたばりなさい……私の答えはそれだけよ」
無表情なミューの眉が動く。
その双眸は依然、氷のように冷たい。
「オイ!ミュウ! ふざけるのも大概にしろ! さっさとオレたちを解放しやがれ!」
「冗談ですよね、ミュウさん! 僕たちを裏切ってたなんて!」
『震災』の力は直接触れたものにしか発動しない。
『水災』も『風災』も『病災』も、氷を棺を破壊するほどの突破力はない。
「嘘よねぇ、ミュウちゃん! 本当は誰かに脅されて、したくもないことを――」
「うるさい! いつもいつも、抱きついてきて……暑苦しくて、お前なんて……だ、大嫌い!」
喉が焼ききれるような罵倒に、シャラールが絶句する。
「みんな、死んじゃえばいい!」
ミュウの『氷魔の紋章』が強く輝きを放つ。
地表から先端の鋭くとがった氷柱が伸び、喉元へと一直線に吸い込まれる。
しかし、それは寸前で止まった。
「――分からんな。お前の思考はぐちゃぐちゃだ」
ボルアドープは朦朧とする意識で語りかけた。
ミューは苦しそうに歯ぎしりしている。
「俺が生きてるのが証拠だ。急所を外れている……俺なら、再生できる。そもそも、『病災』の力が発動する前にサリエラを殺せば良かっただろう」
「……忘れていただけ。わたしが……ホムンクルスであること」
「お前が誰かなど、知ったことでは無いのだよ。俺が聞いているのは、お前の主が誰であるかだ」
その言葉にミューは困惑した。
それは、ミューがホムンクルスかどうかは些細な問題であるということだ。
元々、馬が合わない七人が、ユクシアを尊敬しているという一点で纏まったグループだ。
『氷魔族か。ちょうど良い! これで涼しく……じゃのうて、これで妾の最強の部下が揃った!』
今思えば、あの脳天気な魔帝は最初からミューがホムンクルスであることを気づいていたのかもしれない。
そんなこと、ユクシアにとってはどうでもよかったのだ。
「……べ、ベータ様には逆らえない」
「ベータ?」
「『汎用』ホムンクルスを作った存在。わたしがみんなと出会ったのは、ベータ様の命令……魔族の監視が目的」
「なら安心しろ。そいつならユクシア様が殺す」
ミューは首を横に振る。
額の汗は瞬時に凍って地面に落ちる。
「ベータ様……生きてる。ユクシア様でも勝てなかった」
「何?」
「ベータ様が、脳内に語りかけてきた。みんな……殺せって」
恐怖に身体を震わせるミューの姿を、誰も見たことなどなかった。
いつも無口で、冷静で、淡々と司令をこなす仕事人。
何を考えているのか分からない無表情が、今は見る影もない。
「ならば、お前と俺たちは敵なのだよ。ユクシア様に忠誠を誓えない愚か者は、このグループには必要ない」
ボルアドープは熱で氷槍の根元を焼ききり、胸に刺さった氷槍を抜こうとする。
「やめなさい! 一気に出血するわよ!」
サリエラがボルアドープの体を憂いで叫んだ。
「だが……まだユクシア様を崇拝する心があるのなら――ベータを裏切れ。俺たちがお前を守ってやるのだよ」
「そうよぉ! ミュウちゃん! 嫌なら、もう抱きついたりなんかしないから! お別れなんて嫌よ」
シャラールが涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら叫んだ。
「なんで……わたしなんかを」
ミューの心が揺らいだ。
冷たく閉ざされた心が溶けていく。
「助けて欲しいなら、そう言え。俺たちは仲間だ」
柄にもなく、ボルアドープが熱いことを言う。
差し伸べられた温かい手に、ミュウは、子どものようにフラフラと引き寄せられた。
『何をしている、ミュー』
その背後に、大きな影が浮かんだ。
あと10話くらい




