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第八十四話、『殲滅の義務』

 紅玉の塔まではあっという間だった。

 位置は地下帝国のあった場所。

 地面が崩落してできた巨大な陥没穴の中心に、赤い塔が聳えている。


 周りに闇人形とやらはいない。

 というか近くに人気がない。

 塔の入口はすでに開いていて、どう見ても罠だ。


「ほら、行くぞ。まさか今更ビビってんのか?」

「いや、どう見ても罠じゃないですか」

「だからって行かないわけにはいかねぇだろ?」


 ヴァニアルは気だるそうにそう答える。

 正直、ゼクスの指示とはいえ、ルナや神殿騎士団の皆を斬りつけたことを完全に許すことは難しい。

 今は味方だ。これから共闘するにあたって禍根を残すわけにはいかない。


「その前に一つ。ルナを斬りつけたことを謝ってください」

「はァ……ダリィ。今更、そんな前のこと思い出すなよ」

「今、僕に、じゃないです。後で、ルナに、です」

「分かった分かった。謝りゃいいんだろ、面倒だが」


 ヴァニアルは煙たがるよう返答する。

 まあ、これで少しは関係も良好になったのではないだろうか。ほんの少しだけ。


 塔の中に入ると、空気が変わった。

 不気味な程に静かで、気配がない。


「そういえば、ヴァニアルさんは何で四聖神に入ったんですか?」

「こんな時に雑談とか、余裕だな」

「こんなときだからこそ、緊張を紛らわせたいんですよ」


 もちろん警戒は怠らない。

 いつ『戦闘用』ホムンクルスが襲ってきてもいいように、周囲に意識を巡らせている。

 対してヴァニアルは無警戒を体現した歩き方で、ズカズカと塔を登っていく。


「確か、立候補したとか」

「まあな。そんとき『朱雀』の座が欠けてたから、俺を雇わねえかってボスに掛け合ったんだ。楽して稼げるって思ったんだがな」


 そんな意思の弱さでも、四聖神最強の称号を確固たるものにしているんだから凄いものだ。

 しかしゼクスのことは慕っているようだし、こうして最後の全面戦争にも参戦している。


 案外、やりがいや使命感というものを感じているのかもしれない。


「でも、結局見つけられなかったけどな」

「え?」

「なんでもねえよ。忘れてくれ」


 ヴァニアルはどこか寂しげに呟いた。

 もちろん深く問い詰めるような間柄でもない。


「にしても、本当に何も起きないですね」


 塔を登り始めて10分ほど。

 他の塔もこんな感じなのだろうか。

 そろそろ頂上だというのに気配がない。


 本当に誰もこの塔にはいないのだ。


「ヴァニアルさんはどう思います?」

「…………」


 ヴァニアルは無言を貫いた。

 何か、不穏な胸騒ぎがした。


 気がつけば、最上階に到達していた。

 部屋の中央には赤い水晶が存在していた。

 あれを壊せば、目的は達せられる。


「罠とかじゃ――」


 ないですかね? と、ヴァニアルに意見を求めようとしたその時。

 頭上を凄まじい速度で何かが通り過ぎた。


「へえ。よく避けたじゃねえか、坊主」

「……何のつもりですか? ヴァニアルさん!」


 明らかに首を狙った一撃だった。

 一瞬でも判断が遅れていれば致命傷だった。


「安心しろ、ここじゃ邪魔は入らない。今頃は闇人形が塔を囲んでるだろうからな。――にしても、ボスも馬鹿だよな。最後の最後まで気づかなかったなんて」


 ヴァニアルは水晶に近づき、それを破壊した。

 そして中から転がってきた丸い紅玉を、胸を抉るようにして埋め込んだ。

 直ぐに傷は塞がり、紅玉は体内へと吸い込まれた。


 それだけで、ヴァニアルが人間じゃないことは明白だった。


「あなたは……いや、お前は一体――」

「決まってるだろ。俺が『黒点』の一人、『虐殺』のアルファだ」


 『戦闘用』ホムンクルス。

 パンドラの切り札。

 こんなに近くにいて気づかなかったのか、ゼクスが?


「お前とペアになるように言わた時、初めてボスを無能だと思ったよ。『神滅刀』という切り札を持つお前を、わざわざ死地へ送り込むなんてな。まあ、どうせお前らもこの世界も親父によって壊される」

「なら、この戦いに何の意味がある?」

「さあな。ダリィが、あの女がそう命じたんだ。俺らはそれに従うしかねえ」


 その発言に、僕はある確信を抱く。


「……やっぱり、黒き太陽を生み出したのはアレスの意思じゃないんだ」

「当たり前だろ。親父は自分の手で気に食わねえもんをぶっ壊したいんだ。黒き太陽が世界を飲み込むなんて、そんなつまらねぇ終焉なんざ望んじゃいない」


 アレスの目的は、あくまでも聖域に接続すること。

 その裏で再びラグナロクを起こそうと企んでいた奴がいたんだ。


「だが今、俺が従うべき主はオメガだ。そいつが水晶を守れって言ったんだ。【殲滅の義務】が発動した以上、俺はお前を殺さなくちゃいけねえ。これはそういう呪いだ」


 アルファは魔剣グラムを地面に突き立てた。

 赤い波紋が広がり、塔が生き物のように動き出した。

 そして、そこに闘技場が形成された。


 それより、僕は全身に悪寒が走った。


「まさか……」

「やっぱり坊主には分かんだな。魔法妨害領域、マギア・ディスターバー。この空間において、一切の魔法・魔術の発動を禁ずる。剣士同士の決闘に無粋なマネはさせねえよ」


 剣士同士。僕は意を決して柄に手をかける。

 解除ができないわけじゃない。

 でも、あまりにも時間がかかりすぎる。

 まさかこれほどの結界を瞬時に張られるなんて、想像もしていなかった。


「対等な殺し合いをしようぜ、坊主」

「何が対等だよ。そっちは魔剣使ってるくせに」

「この際だ、いいこと教えてやろう。これは魔剣でもないんでもねえ。斬撃を飛ばすのは、俺に与えられた能力だ」


 【殲滅の義務】――『戦闘用』ホムンクルスに戦いを強制させる呪いであり、それぞれに強力な異能を与えるもの。


 どちらにせよ、魔法妨害の対象外ということだ。

 しかし……それはこちらの『王権能力』も同じこと。


 武器は二本。

 焔龍剣フレイヤと、王家の聖剣。

 でも、聖剣は使えない。

 もし紋章が破壊されれば、宿る英霊――アイシャは消滅してしまう。


「残念だったな。恨むなら、俺に気づけなかったボスの無能を恨みな」


 ヴァニアルは憐れむような視線を向ける。

 だから僕は、ムキになって勘違いを質した。


「ハハ! お前、本気でそう思ってんのか? 一体、何年ゼクスの元で働いてきたんだよ」

「……どういう意味だ?」

「ゼクスは、気づいた上で僕を送り出したんだよ。勝つために。僕がお前を倒せると信じて」


 いや、信じるなんてタチじゃないか。

 ただ単純に、勝てると確信していただけだ。


 ゼクスが選んだこの組み合わせは、気が遠くなるほどのループによって得た知識に基づいている。


「そうか。なら、証明してくれよ。この腐った世界に未来があるってよォ」


 アルファが地面から抜いた魔剣グラムを振りかざす。

 そして、赤い剣身が空を斬る。

 その瞬間、斬撃がかまいたちのように飛んでくる。


「――――ッ」


 直後。

 背後の壁に、五メートルに渡って斬撃の跡が刻まれる。

 範囲が今までと比べ物にならない。


「悪いが弱者をいたぶる趣味はねえ。殺し合いなんてダリィこと、楽しいだなんて思わないからな。一秒でも早く鎮めてやるよ」


 絶え間なく斬撃が飛来する。

 躱すのに精一杯でまるで距離を詰められない。


 しかし、やはり避けられないほどではない。

 不可視ではあるが不可避ではない。

 ゾルマが駆動要塞での戦いで、アルファの斬撃を弾いたと言っていた。


 斬撃は物理的に存在している。

 それも受け流せるレベルに。

 だとすれば、虎神流で対応できる。


「チッ……一筋縄じゃいかねえか」


 いける。十分に戦える。

 アルファは一歩も動こうとしない。

 斬撃を飛ばすには条件があるのか?


 その時、勝機を見た。

 『縮地』によって距離を一気につめる。

 それでもアルファは微動だにしない。


 グラムは剣身が一般的な刀剣より長い。

 それ故に一撃の動作が大きく、間合いに入れば対応できないはずだ。


 間合いに入る直前、アルファは焦るように剣を振るった。

 大振りに、不格好に、らしくもなく。

 それを寸前で躱し、僕は間合いに大きく踏み入る。


 いける。

 アルファの無防備な首元に刃が吸い込まれる。

 今から切り返すのは物理的に不可能だ。


「――――ッ!?」


 脇腹に凄まじい激痛が走った。

 訳が分からい僕の目の前に、鮮血が飛び散る。

 グラムは動いてすらいないかった。


 アルファは左足を後ろに引いた。

 そしてグラムを反転させ、それを振り上げた。


 僕は血反吐を吐きながら地面に転がった。

 今までに味わったことの無い痛みだった。


 脇腹の傷は実際に刃で斬られたような痕だった。

 治癒魔法の使えない今、止血する方法はない。


「……へえ。寸前でガードしやがった。イカれた反応速度してやがるな」


 心からの賞賛に聞こえた。

 だからこそ、侮辱にしか聞こえなかった。


 見えなかった? いや、明らかにアルファは剣を振るってはいなかった。

 そういえば、ゾルマが似たようなことを言っていた。

 間合いに入った途端、何かに斬られたと。


 斬撃を飛ばす能力。

 だが、それだけじゃない。

 斬撃を動作無しで繰り出す?

 いや、ならわざわざ剣を振るう必要が無い。

 自分の近くでしか使えない?

 間合いに入った途端に斬られた?

 一歩も動かないのは、別の理由があるのか。


「斬撃を……残す?」

「はあ。今の一撃でそこまで分かるのか。だが正確には、空間の裂け目を作り、それを後から開いてるだけだ。俺が操ってるのは、斬撃じゃなくて空間そのものだからな」


 なんで僕はいけると思ってしまったんだ。

 今までならもっと慎重だったはずだ。

 聖域に接続して、強くなった気でいた。


 ダメだ、死ねない。こんなところでは。

 まだ僕は、ルナとクレイシアが幸せに暮らせる世界を作ってはいない。


「呆気なかったな。じゃあな、坊主。最後にちょっとだけ楽しめたぜ」


 ヴァニアルがグラムを振りかざす。

 断頭台に上げられた気分だ。

 『死』が明確な形となって向かってくる。


 あまりにもヴァニアルが遠く見えた。

 汗か、涙か、視界がボヤけて。

 必死に身体を起こそうとした時、刃が空を貫く鋭い音がした。


 ――だが、いつまで経っても、刃はやってこない。


「ギリギリじゃねぇか。バケモンだなありゃ」


 僕とヴァニアルの間に割って入り、そいつは不可視の刃を弾いてみせた。


「情けない面すんなよ、ルノアの旦那」

「ウェルフ……? 何で、お前がここに」

「阿呆か。旦那を助けにきてやったんだろ」


 ウェルフは逞しく微笑む。

 両手にナイフを構え、全身は傷だらけだった。


「悪ぃ。ここに来るまでゾンビ相手に手こずっちまった」

「……なんで、そこまでしてくれるんだよ」


 ウェルフは密輸組織のリーダーだった。

 僕は彼らを力で従わせて、ソフィアを探すために利用していた。


「なんでって、そりゃダチだからだろ」


 ダチ。友達。僕と、ウェルフが。

 さも当然のように言うもので、僕は笑ってしまった。

 自分の馬鹿らしさに。

 なんで、そんなことに気がつけなかったのだろう。


「それに、俺だけじゃねぇぞ。多分、神殿騎士団の連中もみんなこの戦いに参戦してる。自らの意思で、旦那のためにな。みんな身を引いたフリをして、裏じゃ話し合いなんてなくても、意思は統一されてたと思うぜ」


 だから皆、大人しく指示に従っていたのか。

 でも、一つだけ腑に落ちないことがある。


「でも……そもそも、近くにいなければ参戦することなんて」

「あの兄ちゃんが言ったんだ。塔の出現する場所を教える、旦那を助けたければ俺を信じろ、ってな。気に食わねぇが、皆そいつの話を鵜呑みするしかなかった」

「まさか……」


 塔の出現を事前に知っていたのは一人だけ。

 神殿騎士団を裏で操るようなことができるのは、ゼクスただけだ。


 ゼクスはこのループには期待しないと言っていた。

 投げやりに、諦めたように。

 嘘だった。意地だった。ゼクスはこの世界を諦める気がない。


 知っている。ゼクスは誰よりも諦めの悪い男だ。

 使えるものは全部使って、全力でこのループから脱しようとしている。


 そう考えると、途端に逞しくなってきた。

 私を信じろ。ゼクスは何度でもそう言う。


「まだいけるか、旦那?」

「出血が止まらない。呼吸が苦しい。激痛で意識が飛びそうだ。……つまり、絶好調だ」


 僕は差し伸べれた手を掴み、脇腹の傷を抑えながら立ち上がった。

 治癒魔法なんて使っていないのに、少しづつ治癒していっている。


「やめとけ、坊主。すでに致命傷なのに、立ち上がったら傷口が開くぞ」

「言ってろ。僕は何度転んでも立ち上がらなきゃいけないんだ」


 再び僕は剣を握りしめ、ヴァニアルと対峙する。

 今度は二人で。第二ラウンドの開始だ。


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