第八十四話、『不協和音』
ユクシアとシャリティアは、海底都市付近の孤島に転移していた。
海上に突如出現した巨大な大地、その中心に聳える蒼玉の塔。
それを目視すると、シャリティアは視線を斜め下に移す。
勝手にペアを組まされたが、ユクシアとは接点がない。
これから共闘するにあたり、コミュニケーションは必須だ。
「そういえば、話すのは初めてだったわね。アタシはシャリティア。見ての通り天族よ」
握手を求めるが、ユクシアは無視して歩き出す。
シャリティアにとっては理解に苦しむ反応だった。
「な! あんたねぇ……これから共闘するんだから少しくらいは友好的に接しなさいよ」
「妾一人で十分じゃわい。それに、うぬのような根っからの善人は嫌いじゃ」
「アタシもあんたみたいな一人勝手な奴は嫌いよ。でも残念だけど、アタシはあなたと仲良くならなきゃいけないのよ」
「気色悪いし、意味が分からん!」
シャリティアはユクシアとペアを組まされた時、仲良くなる良い機会だと思った。
直接接点はなくとも、少なからず潤滑なコミュニケーションを取るような相手だとは思っていなかった。
「あなたは知らないでしょうけど、アタシは1000年前の天魔大戦で大勢の魔族を殺したのよ。結果的に魔族が世界の裏側に追いやるのにも片棒を担いだわ。もちろん、あの選択を悔やむことはないけれどね」
それでも、罪悪感を感じずにはいられない。
魔族側の戦死者を弔うことで双方から偽善者と罵られようとも、彼女は戦場に涙を落とした。
それがシャリティアという女だ。
「天族と魔族の仲が悪いのは、なんか嫌なのよ。だからどれだけあなたがアタシを嫌っても、アタシがあなたを嫌いになることはないわ」
ユクシアに言わせれば、完全な善人など存在しない。
生物は生きていく上で罪を犯さねばならないからだ。
いるのは罪を自覚していない完全な偽善者だけ。
「勝手に言っておれ」
「って、待ちなさい!」
だから、ユクシアはシャリティアを気持ち悪いと思った。
『白虎様!』
二人が海岸にたどり着いた時、兵士の一人が声をかけた。
「お待ちしておりました! 最高主宰様から事態は伺っております!」
「で、今はどういう状況なの?」
「はっ! 今は、何隻かの帆船で孤島に向かっている途中であります!」
シャリティアは大海原へ視線を向ける。
西大陸北部の港町からいくつかの帆船が、その孤島へと潮飛沫を上げながら向かっている。
「危ないわよ! アタシたちが行くまで塔の周辺には近づかせないで!」
「し、しかし、塔の周辺には何も無いという報告が……」
その時、爆発音とともに孤島に噴煙が上がった。
「い、今すぐ船の手配を――」
「必要ないわ! あ、あなたには必要かしら?」
「妾を誰じゃと思っておる!」
シャリティアは六枚の純白の翼を広げ、ユクシアは禍々しい黒い翼を広げて共に飛びだった。
〜〜~
その孤島は、すでに戦場と化していた。
どこからか湧いて出た大量の闇人形と統括軍が衝突している。
まだ全体の2割程度しか上陸できていない統括軍は、数の暴力に押されている。
「あいつら、まさか海を渡る気?」
闇人形は次々と海に飛び込み、犬かきの要領で大海原を突き進んでいく。
その進行方向には、大勢の人が未だ眠りにつく港町がある。
そして船に取り付いた闇人形は次々に船へと上っていく。
「港町が人形めらが上陸すれば、大勢の死者が出るじゃろな」
「呑気なこと言わないで。アタシたちで止めるわよ!」
「放っておけ。妾たちの相手は塔の中じゃろ」
「でも放っておけるわけないでしょ!」
「敵を見誤るな小娘。うぬが行かんのなら妾一人でやる」
「ちょっ――」
ユクシアは塔へ向けて魔法を放った。
しかし、蒼玉の塔には傷一つつかない。
「壊すにはちと時間がかかるかの。ああもう面倒じゃ!!」
ユクシアはヒステリックに喚くと、急降下して塔の入り口へと向かった。
反射的に追おうとするシャリティアを兵士の悲鳴が呼び止める。
甲板に上がってきた闇人形と戦い、海に落下するものもいる。
海の中では人は無力だった。
闇人形に取り付かれ、海の底へと兵士が沈んでいく。
あの大群の前では砲台はあまり意味をなさない。
放置すれば確実に全滅するだろう。
その後は港町に闇人形がなだれ込み、人々が逃げ惑うことになる。
「ああもう!」
シャリティアはそれでも、ユクシアとともに塔の中に入ることを決めた。
「待ちなさい! アタシも行くわよ!」
「勝手にせい小娘が」
「シャリティアよ! あと、多分アタシあなたより長く生きてるから」
「妾が3000年以上生きておる」
「自信満々に言ってるけど、封印されてただけじゃない」
「うるさいわ!」
ほぼ初対面にも関わらず、犬猿の仲である二人が蒼玉の塔に侵入した。
その階層には、闇人形が一人、目を光らせていた。
~~~
蒼玉の塔には、階層ごとに低レベルの魔物がいた。
最初は闇人形が一人、五人、十人と増えたいったが、四階層からは別々の魔物が配置されていた。
「ああもう鬱陶しい!! いつまで雑魚狩りを妾にさせるんじゃ!! もっと強いやつと戦えることを期待しとったのに」
「あんた……それが狙いで大人しかったのね」
ユクシアにとって世界の行く末などどうでもよかった。
ただ、強いやつと戦えることだけを楽しみにゼクスの指示に従っていた。
「にしても、徐々に魔物が強くなってきたとはいえ、全く狙いが読めないわね」
現在の階層は12。
塔を外側から見た印象だと、半分くらいは来ているような感覚だった。
しかし、階を上がれど上がれど同じく魔物が待つばかり。
いい加減痺れを切らしてきた時だった。
初めてそこには人がいた。
我こそが最強の刺客だと言わんばかりに、大仰な決めポーズで待ち構えていた。
身構えるシャリティアに対して、男は不敵に笑う。
「クックック。ついに我の元にたどり着いたか挑戦者よ。さあ、今こそ決着の刻! 貴様の本気、その深淵を我に示して見せよ!」
二人はその男を見て愕然とした。
独特の気配。ホムンクルスであることは間違いないのだろう。
しかし、あまりにも小さく見えた。
強者が放っているオーラのような何かが、全く感じられなかった。
「あんた……本当に『戦闘用』ホムンクルスなの?」
「ククク。真の強者を見ぬけないとは。貴様には我の深淵を覗くことはできないようだな」
「はあ?」
思わず首が90度傾く。
「我は『黒点』が一人、ベータである!」
「……まあ良いわ。どうせあんたを倒さないと進めないってんなら、ここで容赦なく殺すわ」
ベータは拳を握りしめ、二人に襲いかかった。
「初手で潰されてくれるなよ。――まずは小手調べ、受けよ! 我が究極奥義!!」
小手調べなのに究極奥義なのね。
と、シャリティアが小声でツッコんだ。
そして、シャリティアとユクシアの蒼玉の塔での戦いが始ま……終わった。
戦闘時間僅か5秒足らず。ベータの拳にぶつけたユクシアの左拳がベータの腕を粉砕して、右手ストレートが心臓を貫いた。
「この我が敗北するなど。クク……対等な良き戦いだった」
ベータ――いや、名もしれないホムンクルスが消滅した。
それも全てを出し切った清々しい表情で。
黒いモヤを生じて消えたところを見ると、間違いなく『汎用』ホムンクルスの内の一体だったのだろう。
「なんじゃったんだ彼奴は! この妾を冷やかしておって!」
「いや、どう見たって雑魚中の雑魚だったでしょ。むしろちゃんとホムンクルスで安心したくらいよ」
もしかしたら操られた人間なんじゃないかと内心ヒヤヒヤするしていたシャリティア。
そして、もしかしたらオーラを隠している真の強者ではないかと内心期待していたユクシア。
「さっさと行くわよ。多分、そろそろ頂上なんじゃないかしら?」
次の階層に向かおうとした直後、二人の耳に何かの音色が届いた。
パイプオルガンだ。それも、調律の行き届いている荘厳で美しい音色。
「なんじゃこの音?」
「ピアノ……パイプオルガンかしら? すごく綺麗な音色」
思わず立ち止まり耳を澄ませた。
一瞬戦場であることを忘れて恍惚とするほどの魅力が、ほの音色には込められていた。
聞いたこともない楽曲。オリジナルだろうか。
音楽に詳しいわけではないが、魂が震える感覚というのをシャリティアは初めて味わった。
階段を昇るにつれ、その音は徐々に近づいてきた。
音楽に削がれていた警戒を再び抱く。
もはや無駄だろうが、息を殺し、足音を殺し、最後の階層へ到達する。
今までと同じ、物の置かれていないだだっ広い円形の空間。
円錐のような天井を見ると、そこが最上階であることが分かった。
その奥にはステージがあった。
そして、神秘的で圧倒的な存在感を放つパイプオルガン。
その光景に息を飲まずにはいられなかった。
しかし、音楽に興味など微塵もないユクシアは、そのパイプオルガンの奏者を見て目を輝かせた。
ほどなくしてシャリティアは、自らが震えていることに気がついた。
それは圧巻の光景を目の当たりにしたのでも、魂が震える演奏を聞いたからでもない。
「あれが本物のベータね。化け物じゃない」
軍服を纏った女。
背中越しでも異次元の強さを秘めているのは言うまでもなかった。
アレスとの戦闘でも抱かなかった『恐怖』を、そして身の危険を本能により感じ取った。
ユクシアもまた身体を震わせていた。
不死魔族である彼女が、『死』を肌で感じていた。
「一応、静かに近づきましょう」
「妾の名はユクシア・グリアモール!! ピアノなんざ弾いてんと、妾と戦えい!」
「あんたねえ! アタシの話聞いてた!?」
ジャーン、と鍵盤が荒く叩かれた。
そして演奏が止む。
軍服の女はゆっくりと立ち上がり、不愉快を体現した眼差しで二人を見下ろした。
「演奏中は私語をお慎みください。足音、呼吸音、心音、この空間ではすべては雑音です」
軍服の女は人差し指を唇の前で立てた。
そして不快げな表情を幾分か緩めた。
「いや、せっかくここまで来てくれたんだ。君たちを歓迎するよ。――ようこそ、我が戦慄の演奏会に。僕が主催者、『嗜虐』のベータだ」
優雅に一礼するベータ。
軍服の彼女には、紳士的な振る舞いが良く似合う。
「やっぱり、あんたが本物なのね。さっきのアレは何のつもり?」
「彼はアレス様の忠実なる下僕『白夜』の第十七席。つまり一番弱い『汎用』ホムンクルスなんだ。彼、面白いでしょ。演奏会の良い余興にはなったんじゃないかな」
ベータは面白可笑しそうに笑った。
上品な笑みの下から、他人を馬鹿にする歪んだ面が覗く。
「下衆が」
「殺したのは君たちじゃないか。くだらない正義感だ。全く、君たちを見ていると反吐が出る」
「何ですって?」
ベータは再び不愉快そうに二人を見下した。
「何故、天族と魔族が仲良く共闘してるんだ」
「仲良くなんてないわ!」
「仲良くないわい!」
二人が声を揃えて否定する。
だが、そんなことなどお構い無しにベータは続ける。
「黒と白、善と悪、天国と地獄。決して混じり合わないコントラストこそ美しいんだ。なのに何だ君たちは。まるで不協和音だ。仲が悪いなら憎しみ合え、呪い合え、殺し合え。手を取り合って世界の終焉に立ち向かう? 馬鹿馬鹿しい。全くもって目障りなんだよ」
ベータの言霊には紛れもない憎悪が篭っていた。
「なんでそこまで天族と魔族がいがみ合う世界に拘るのか、全くもって理解できないわ」
「君たちのような愚者に理解を求めた覚えはない」
「そもそも、天族と魔族がいがみ合ってるのだって、あんたたちパンドラが原因じゃない」
イプシロンによって起こされた天魔大戦。
「そんなことな勿論知っているとも。イプシロンを使って天魔大戦が勃発するように仕向けたのは僕なんだから」
まるで悪びれる様子もなく、淡々とベータは口にする。
流れるように暴露された真相に、シャリティアは一瞬言葉の意味が分からなかった。
「……あん、たが? なんで?」
「六種族が争う世界。それが父上の意思でもあったからだ。とは言っても、実際にそれを望んだのは僕だけどね」
と、ベータは自嘲するように微笑む。
その様子にシャリティアは我を忘れて激怒した。
「許さない……ッ! この下郎がァ!」
シャリティアは《武器錬成》の天命で作り出した大剣を振りかざし、ベータに襲いかかった。
「シヴィラベータ第8楽章『重力』」
だが、その直後、シャリティアは壁際で身動きが取れなくなっていた。
「何よ、これ……」
「もっと憤怒したまえ。怒りに我を忘れた馬鹿は扱いやすいからね」
ベータは指揮棒のようなものを優雅に振り回す。
それを傾けたとき、シャリティアの身体が指揮棒の方向に流れたのだ。
「宣言しよう。君たちが僕に触れることはない。――さあ、開演の時間だ。まずは奏でよう、崩壊のプレリュードを」
蒼玉の塔。
『嗜虐』のベータとの戦闘が始まった。




