第八十二話、『終焉決戦(エクリプス)』
「――これより、計画を最終行程へと移行する」
話を終えた僕達は、最後の作戦を皆に告げる。
その場に待機していた誰もが、作戦が失敗したことの悔しさと、その行き場のないやるせなさに歯ぎしりしていた。
ゼクスが投やりになったところを見たのは、さっきが初めてだっただろう。
「最終行程……てことは、ボス。まだ希望は残ってるってことですよね?」
ヴァニアルが丁寧な口調で聞き返す。
曇った全員の表情に光が指した。
「ああ。しかし、成功確率は極めて低く、全員が生きていられる保証なんてない。だから、この作戦には参加したくないものは参加しなくていい。咎めたりはしない」
「今更……じゃな。儂らはとっくに覚悟を決めておる」
ディエナがゆっくりと重い腰を上げる。
頼もしいもので、全員が同じ意志を示した。
しかしそんな中、怯える女が一人、視線を集めた。
会議室に転移させられてからも震えているスクルド。
ヴァニアルは彼女を見てため息をついた。
シャリティアは優しく抱擁した。
「別に、無理して戦わなくてもいいのよ。誰も責めたりしないわ」
「私……は……」
二の句がつげない様子だ。
死ぬのは誰だって怖い。
それでも戦いたいという気持ちがせめぎ合っている。
「……一緒に、戦います! 戦わせてください!」
足が震えている。
たが、スクルドは立ち上がった。
その姿を見て、ゼクスは少し頬を緩める。
「ありがとう。君たちの協力に感謝する」
ゼクスが嬉しそうに微笑む。
その表情もまた初めて見たものだ。
しかし、これで全員がこの戦争に参加することを選んだ。
「それで、具体的にはどうするおつもりなんですか?」
「詳細は話せないが、世界に出現している三本の塔と天空神殿に設置された計四つの水晶をすべて破壊すれば黒き太陽を消滅させられるかもしれない。無論、奴らは全戦力を死守してくるだろう」
「つまり、パンドラと世界連合の全面戦争ってわけね」
「ああ、そうだ。すでに統括隊を塔周辺に向かわせている」
どこに塔が出現するのかは事前に分かっていた。
すでに延べ10万近い戦力が塔の周辺に集結している。
ゼクスはあんなことを言っていたが、諦める気なんて毛頭なかったのかもしれない。
「奴らの戦力は、大きく三つだ。無数のホムンクルスの失敗作、意志を持たないゾンビである『闇人形』。オメガを除いて17体存在している『汎用』ホムンクルス。そして、パンドラの切り札、三体の『戦闘用』ホムンクルスだ」
三体。それを聞いて全員が嫌な予感を覚えた。
塔の水晶を守護しているのは、そいつらだと。
「意志を持たない『闇人形』に関しては、一般の兵士でも十分に戦えるレベルだ。何分数が多いがね。『汎用』ホムンクルスに関しては『戦略用』よりも弱い。犠牲は出るだろうが、中将クラスが三人もいれば倒せるだろう」
このメンバーであれば楽勝ということだ。
しかし、僕たちが相手しなければいけないのは別にいる。
「君たちにはこれから三手に別れて、それぞれ塔の制圧してもらう。水晶の破壊には少なくとも3分が必要になる。だから、まずは『戦闘用』を退けてもらわなければならない」
そうなると、最も重要なのは配置だ。
たとえば同じ戦力でも、ぶつけ方によっては勝ちにも負けにも転ぶ。
一呼吸おき、ゼクスは組み合わせを発表した。
「スクルドとディエナで翠玉の塔。ユクシア君とシャリティアで蒼玉の塔。ルノア君とヴァニアルで紅玉の塔だ」
やはり、ここは妥当に二人ずつ。
しかし含まれていない者もいる。
シェルバーたち、雨龍十八人衆の7名。
「ということは、我々は天空神殿ということですね」
「いや、君たちにはここで待機していてもらう」
「――ッ! なんで……私のこと足でまといだとでも言うの!」
ロロアがゼクスの方針に反抗する。
正直、彼らにオメガが倒せるとは思えない。
「仲間が殺されてんだぞ! 今更しっぽ巻いて引き下がるなんて出来るわけねえだろうが!」
トールは大きいガタイでゼクスに詰め寄る。
「違う。君たちにはアレスとの戦いで存分に働いてもらうつもりだよ。そのために今は温存しようと言っているんだ」
「温存だァ? じゃあ、天空神殿には誰が行くってんだよ!」
「私に考えがある。勝ちたければ私のことを信じろ」
「信じられっかよ!」
髪が逆立つ勢いで激昂するトールに、ゼクスは涼し気な表情で言葉を繋げる。
「ならば抜けたまえ。私を信用できないものはこの戦いに必要ない」
「とんでもねえ独裁者じゃねえか」
「トール……ここはゼクスさんに従って欲しい」
「ルノア。分かったよ、待機しときゃいいんだろ」
トールは悔しそうに口を噤んだ。
ゼクスを信じること。
それは間違いなく勝利への鍵となる。
「事態は一刻を争う。何としてでも夜明けまでに黒き太陽を消滅させねばならない。幸いなことに、ルノア君の転移魔法があれば周辺にはすぐに送れる」
僕の転移魔法は一度行ったことのある場所にしか使えない。
今回、塔が出現したのはそれぞれ『海底都市』『駆動要塞』『地下帝国』の周辺。
おそらく、黒き太陽を出現させるための『地獄門』を開くには、次元の扉と同じように決まった座標に配置しなければならないのだろう。
「君たちは水晶を破壊するだけでいい。四つ全てを破壊すれば、黒き太陽を消滅させられる。その後のことに関しては、私に考えがある」
正確には水晶を破壊するだけではダメだ。
インデックスから授かったこの魔法を発動させるには、一度完全に黒き太陽をこの世界に結びつけている水晶を破壊する必要があるのだ。
果実を採集するには、まず枝を切ってから。なんてインデックスは言っていた。
問題は、天空神殿にある水晶の破壊。
そして転移することができないことにある。
でも、それに関してゼクスは策があると言った。
「私を信じろ。それが勝つための秘策だ。――君たちが私を信じてくれるなら、必ず勝てる。そしてまた、私も君たちを信じよう」
その言葉に皆の顔つきが変わる。
そして、最後の戦いが幕を開けるのだ。
「それじゃあ、転移魔法を使います。さっきの3ペアに別れてください」
スクルドがディエナの元に駆け寄り、
シャリティアが動かないユシィを引き寄せ、
ヴァニアルが隣に並んだ。
「よろしくな、坊主」
「こちらこそよろしくお願いします」
光に包まれていく。
そして、僕たち六人はそれぞれの戦場に転移した。
「生きて帰ってこい。それが最後の命令だ」
〜〜〜
スクルドとディエナは森の中に転移していた。
しかし木々の隙間から、遠くに緑の塔が聳えているのが見えた。
翠玉の塔。
その頂上にある水晶を破壊するのが最終目的である。
しかし、『戦闘用』ホムンクルスが水晶を護衛している。
目を盗んで破壊……そして撤退。
理想形はそれだが、それが通じる相手ではないということは、想像するに難くなかった。
「ほれ。行くぞ、スクルド」
「……は、はい!」
見た目とは裏腹に歩く速度の早いディエナに、スクルドは小走りで追いかけていく。
引き返すという選択に頭が回らないほど、スクルドは必死に背中を追いかけた。
そして塔の付近までは難なく近づけた。
不気味な程に周囲は静かで、塔の周りには誰もいない。
「どういうことでしょう……『闇人形』というのがうじゃうじゃいると聞いていたんですが」
「簡単な話じゃ。どうせ足止めすら出来んことは奴らも分かっておる。なら、儂らに数を減らされるよりかは、そのまま中に引き入れた方がいいということじゃ」
「なるほど……それに、これじゃ塔に隠れて侵入することも難しそうですしね」
茂みに隠れ、二人は塔の入口を観察する。
もちろん何も起きるはずもなく、罠や番人がいるようにも見えない。
「どうしますか? 一度ゼクス様に指示を――って、何してるんですか!」
ディエナは茂みから出て、大胆不敵に近づき始めた。
しかしその背中に一切隙がないのはスクルドにも分かった。
「どうせ何も出てこんよ。それに番人などおらんのじゃなら、堂々と正面から入ればいいんじゃよ」
「ああもう分かりましたよ!」
続いてスクルドも茂みから出て、塔へと近づく。
それでも何も起こる様子などなく、二人はどうぞ入ってくださいと言わんばかりの門から侵入する。
中は薄暗く、何も置かれていない倉庫のようだった。
しかし壁伝いに階段がある。
この時点で侵入に気づかれているのは承知の上だ。
「まさか一階ずつ登る事に魔物がいたりとか……」
「確かにそうかもしれんな」
「ちょ……笑い事じゃないですよ」
ディエナは小さく笑う。
ほぉほぉ、と古臭い笑い方で。
スクルドの不安とは裏腹に、階が上がってもネズミ一匹見当たらない。
しかし、反対にディエナは不安を募らせていた。
生まれつき盲目であり、聴覚のみに頼って周囲を把握してきたディエナには、その塔の頂上で何かが蠢いていることが分かっていた。
「それにしても、あとどれくらい登ればいいんでしょうか」
「四聖神ともあろう者が、あの程度の階段で音を上げるとは情けない――」
スクルドが肩で息をする。
その時、上からその『何か』が凄まじい勢いでこちらに向かってきた。
「スクルド!!」
「…………ぇ」
次の瞬間、天井が崩落した。
瓦礫の雨が降り、スクルドが巻き込まれる。
そして、天井と共に落ちてきたソレは、ディエナの前にその巨体を顕にした。
「ファーハッハッハッハー! なんダ! 我輩の相手は爺さん一人か! ムム? しかし、もう一人小娘がいると聞いたはずだガ?」
ディエナはスクルドが瓦礫の山に埋もれて動けないのを察知して、存在を知られないために一人で戦うことを覚悟する。
「何、お前さんの相手など儂一人で十分ということじゃよ」
「いいゾ、お前! 威勢の良い奴は大好きダ! 我輩は塔から出られんので、そちらから来たことを大いに褒めてやる!」
理性に毛が生えた二足の獣。
ディエナが対峙して最初に抱いた印象がそれだ。
「お前さんが『戦闘用』ホムンクルスとやらか?」
「如何にも! 我輩はアレス様に使える忠実なる下僕『黒点』ガ一人、『暴虐』のガンマだ! 来る挑戦者よ! 我輩を倒して、世界を救ってみせよ!」
身長3メートルはあろうかという筋骨隆々とした体躯。
全身を覆う緑の体毛、鋭い牙。
その胸には、美しく輝く翠の宝石がある。
「……なるほど。水晶とはそういうことか。話が違うじゃろ」
目の見えないディエナだからこそ、直感的に悟った。
長年培った本能が、全力で警笛を鳴らしている。
こいつには到底勝ち目など存在しない、と。
塔の水晶を破壊することが勝利条件。
それ自体は何一つ揺るがない。
しかし、大前提が間違っていた。
『戦闘用』ホムンクルスを倒さない限り、水晶は破壊できない。
翠玉の塔での、ディエナとスクルドの戦いが始まった。
~~~
時を同じくして、塔の周辺に人型の陰が大量に湧き始めた。
ホムンクルスの失敗作、知性を持たない無数の闇人形。
数百、数千、数万と止まることなく増え続ける闇人形は、じわじわと広がり人の生活領域へと下っていく。
知性は持たないが、人を襲ういう本能だけを植え付けられているため、人の住む近隣の村や町へと一直線に向かっていく。
一体一体は女性でも退けるほど柔い。
だが、驚異なのはその数である。
時に蟻の大群はゾウすらも喰らうという。
疲れを知らず、撤退を知らず、どこに隠れようが位置を捕捉する。
『今だ! 放て!』
そんな闇人形の行進に、いくつもの火球が投げ込まれる。
それに続いて、弓矢の雨が降り注ぐ。
だが、恐れを知らない闇人形は次から次へと行進を始める。
『キリがないな……仕方ない。全軍突撃! 一匹残らず駆逐しろ! 塔の中には絶対に入るな!
その号令とともに、統括軍が突撃を仕掛ける。
前回ループ、闇人形によって大勢の死傷者が出た。
そして、塔の中に入った兵士は全滅した。
『しかし、一体何なんだこいつらは。最高主宰様は何を知っていらっしゃるんだ』
ゼクスは同じ惨劇を繰り返さない。
たとえまた世界を繰り返すことになろうとも、二度と一般市民の死傷者を出さないと誓った。
このタイミングで闇人形が放たれたのは、塔の中での戦闘を邪魔させないため。
闇人形の脅威を理解しているオメガだからこそ、数が時に強大な個を上回ることを知っている。
逆に言えば、四聖神二人程度であれば『黒点』で潰せる絶対的な確信がある。
その確信を崩すための策をゼクスは持ち合わせていない。
「だが、やれることは全てやるだけだ」
ゼクスの王権能力の一つ、【覇王の権利】は自らを信じるものに作用する。
脳内で会話する。五感を共有する。身体を乗っ取る。魔力を奪う。大抵なんだってできる。
ゼクスは塔の上空に一人ずつ、獣族のバード種を偵察部隊として送り込んだ。
そして、その視覚を共有することで戦場をリアルタイムで俯瞰する。
あとは各部隊の隊長に所持させた通信用の魔道具を使えば、三地点すべての戦場をコントロールすることができる。
世界を繰り返す度、ゼクスは自らの命に執着しなくなった。
そして、他人の命にも。
だからこそ、一度自分自身に言い聞かせる必要があった。
この戦争を勝利に導くために。
「これはチェスじゃない。人の命と、世界の命運をかけた戦争だ」




