第八十一話、『黒き太陽』
黒い影がアレスを除く全員を呑み込んだ。
強制転移魔法。
そして、転移無効化結界が天空神殿を覆う。
オメガによって、戦局は仕切り直しとなった。
「俺は一度眠る……指揮系統を委ねるが、勝手なことはするなよ、オメガ」
「承知致しました、マスター。ごゆっくりお休みになってください」
アレスの脳はとっくに許容できる負荷を超えていた。
魔力も体力も有り余っているが、アレスは一度眠りについて脳を休める必要があった。
地面から腕のように影が伸び、意識を失ったアレスを優しく受け止める。
そして、アレスのいる空間だけが切り取られるように、立方体が周囲を囲んだ。
目覚めてから1ヶ月、アレスは長期の睡眠をとっていない。
本来、アレスは半年近く眠らなければならない。
少なくとも1ヶ月は目覚めることすらできないだろう。
しかし、それをたった数時間にまで縮める方法がオメガにはあった。
不可侵領域を作り出し、時間の流れを極端に早める。
陰魔法の究極。時空魔法の使い手、オメガにはそれができた。
万一、俺が眠るようなことがあれば迷いなく使え――と、事前にオメガはそう言いつかっていた。
「安心してください、マスター。オメガにお任せ下さい」
『総統』ホムンクルス。
特別個体にして、アレスが最初に作った存在。
他のホムンクルスを位置を把握し、心を通わせることの出来る【監督の義務】が与えられており、許可が与えられた場合のみ直接命令を強制させることができる。
「アルファ、ベータ、ガンマ。マスターがお眠りになられました。これより指揮系統は私、オメガが行います。私の言葉は全て、アレス様の意思であり、アレス様の言葉そのものとして心得なさい」
勝手なことはするな。
つまりそれは、アレスが目覚めるまで何もするなと言うこと。
「これより、終焉作戦を発動させます。『黒点』は念の為、三つの塔の死守を。『白夜』はその援護に徹しなさい。『闇人形』の操作は私が行います。以上です」
指示を終え、天空神殿から世界を見下ろすオメガ。
天空神殿の地下に出現した紫色の水晶と、地上に出現した三つの塔に設置された水晶が奇怪な光線で結ばれる。
――地獄門。それは、3000年前の再現。
真夜中と言うのに、月が見えなくなるほどに地上が明るく照らされた。
とても小さな球体。吸い込まれそうになるほどの純粋な『黒』で満たされた、小さな小さな太陽。
「綺麗……」
それを見つめて、オメガは恍惚とした笑みを浮かべる。
そして青き月の下、両手を伸ばしてくるくると踊り始めた。
「今宵催されるは、世界の終焉をかけた宴。――ワクワクしますね、マスター!」
〜〜~
影に飲み込まれたとき、僕は敗北を悟った。
ゼクスから釘を刺されていたからだ。
もしアレスを仕留めきれないことがあれば、その時点で『詰み』だと。
「……ここは」
僕達はそのままの姿勢で、意識を失うことなく転移させられた。
しかし、その場所は何となく見覚えがあった。
とても居心地が悪く、身震いする場所。
広い部屋に、大理石の長い机が置かれている。
その奥の席に、不愉快そうな男が座っていた。
「ゼクス様!?」
「……ご丁寧に私の前に送り返してくるとはね。彼女も性格が良い」
そう言うゼクスの顔は笑っていない。
当たり前か。
煽られていたように感じるかもしれない。
「今すぐに転移魔法で!」
「無駄だよ。おそらく、転移無効化結界を張っているだろうからね」
「……転移無効化結界?」
もしかすると、前回ループで似たような状況になったのかもしれない。
その時、窓の外が奇怪に光った。
暗い会議室がほんのり明るく照らされる。
「……世界の終焉に立ち会うのは、これで何度目だろうか」
ゼクスは悲しげな眼差しで空を見上げる。
そこには、どす黒い小さな球体が浮かんでいた。
「まさか……」
「黒き太陽。世界を無に帰す、終焉の怪物だよ」
「そんな……じゃ……」
「私たちは現時点をもって、奴らに敗北したんだ」
その言葉が、ずっしりと僕たちにのしかかる。
黒き太陽がこの世界に産み落とされれば、消滅させる方法は存在しない。
たとえ天空神殿に舞い戻り、アレスの討ち取ったとしても、黒き太陽によって世界は滅びる。
「なるほど。彼を追い詰めればこうなるのか。全く、八方塞がりもいいところだ」
ゼクスは苦しそうに呟く。
そしてゆっくりと振り返り、僕を見た。
「ルノア君、私と二人きりで話をしようか」
〜〜~
僕を呼んだ時点で、要件ははっきりしていた。
あの中で僕だけが知っている真実。
それは、ゼクスがこの世界をループしているということだ。
「最後に君と話をしたくてね」
「最後なんて言わないでくださいよ……」
「いや、最後だよ。前回ループでは黒き太陽を消滅させようと足掻いたが、今回は無駄だと分かっているからね」
終焉決戦。通称エクリプス。
前回ループで、世界連合はパンドラと全面戦争を起こした。
「今、何が起こってるんですか?」
「さあな。ただ、奴らが黒き太陽を生み出す術を手に入れたことは確かだろう。ゼータが次元の扉の解析を完了した時点で、奴は次元の扉を再現できる確信があったのかもしれないな」
「だから、駆動要塞でイプシロンを見捨てたのか」
整理しよう。
アレスの目的は、聖域に接続してインデックスを殺すこと。
世界を滅ぼすのはおまけ、というか遊びだ。
実際、過去ループでは聖域に接続した神化アレスによって世界は滅ぼされている。
しかしルナの生存を知り、興味はインデックスからルナへと移った。
過去ループではルナとアレスが邂逅を果たすと、覚醒した《ロキ》によって世界が滅ぼされる。
アレスですら、覚醒ロキには勝てないのかもしれない。
今なら分かる気がする。
アレスは《ロキ》を覚醒させようとしているのではなく、ただ純粋にルナと会いたがっている。
それも、聖域に接続して力を得る前に。
そもそもアレスが《ロキ》の存在を知っているかすら、今となっては怪しくなってきた。
「前回と状況は色々と異なるが、青き月の日にアレスが襲撃してきて戦闘になり、黒き太陽が生み出されるまでは変わらない」
「これが『例外』ですか」
「そうだ。何にせよ、あれが生み出された時点で抗う術はない。前回は、パンドラが勢力を上げて塔を死守していたため、全面戦争を起こして塔を制圧しようとしたが、『戦闘用』ホムンクルスの前に為す術なく全滅させられたよ」
「……塔を、死守?」
分からない。けど、守るからには黒き太陽を破る方法があるのではないか。
そう淡い希望を抱いたが、黒き太陽を消滅させる方法がないのは嫌というほど知っている。
「そういうわけだ。私は降りさせてもらうよ」
アレスは自暴自棄になったように、懐からナイフを取り出した。
そして躊躇いもなく、自らの喉元に突き立てた。
「何してるんですか!!」
「……何故止める? もう勝敗は決しただろう」
「まだ……あるかもしれない! 黒き太陽を消滅させる方法が! そうすれば、もう一度アレスとの戦いに挑める!」
どう言う訳か、アレスは眠ってしまった。
僕はそこに勝機を見た。
全く勝ち目がないというわけではないのだ。
アレスは僕の目を覗き込み、ナイフを持つ手を緩める。
そしていつもの席に腰を下ろし、窓の外を見つめた。
「……今、人界の三地点に塔が出現している。それと天空神殿を合わせ、計四箇所に設置された水晶によって黒き太陽が生み出されている。今はまだ小さいが、大気中の魔力を吸収して巨大化し、やがて大地の生命を狩り尽くす。そうだな……6時間もすれば中央大陸でバタバタと人が倒れ始めるんじゃないかな?」
「……つまり、リミットは夜明けだと」
「本物の太陽を拝めるのは何人だろうね」
すでに諦めムードのゼクスは、詰み状態の現状に薄く微笑んでいる。
ゼクスがやり直すまでの時間は稼げた。
しかしこれからどうする?
アイデアや計算で答えの出る問題ではない。
『お困りのようだね』
調子を狂わされそうな軽薄な声が聞こえた。
その声の方向には、さっきまで誰もいなかったはずだ。
そしてその楽しげな声に、僕は恐怖すら覚えた。
「お前……インデックスか?」
「まさかたった3ヶ月で忘れてしまったのかい?」
そこには、ゼクスとの反対の席に黒髪の艶やかな女性が座っていた。
「何を言っている? 急に独り言なんかして」
「み、見えないんですか?」
「そりゃ、【神眼】を介して君の目に私の姿を移しているからね」
つまり、僕にしか見えていないわけだ。
「いるのか……彼女が」
「はい」
他人の嘘が見破れるゼクスはすぐにその不可解な状況を理解した。
「何しに来たんだよ……」
「そう嫌そうな顔をしないでくれよ。私が君に何をしたって言うんだい。私はただ君の望んだ知識を授けただけに過ぎない」
「そうじゃねえよ。なんでまた《世界終末プログラム》を発動させたんだ」
「私じゃない。あれはただの贋造に過ぎない」
心外だといわんばかりの不愉快そうな表情。
「言ったはずだよ。《世界終末プログラム》は起動中という扱いになっているんだ。二つ目の黒き太陽が出現するなんてことはない」
「でも、実際にあれは世界を飲み込むんだろ」
「ああそうさ。でも、それは私にとっても面白くない結末なんだよ」
「面白くないだ?」
まるでこの戦争を鑑賞物として見ているような言い方だ。
ゼクスは口を挟まず、僕の言葉だけに耳を傾けていた。
「単刀直入に言おう。アレスを殺し、黒き太陽を消滅させてほしい。私たちはそれらをバグと認定して排除することにした」
唐突に、インデックスは硬い表情を浮かべた。
「何言ってんだよ。……意味分かんねえよ」
「簡単な話だよ。黒き太陽はこの世界をリセットするためのシステムだ。それを君たち観察対象に再現されるようなことはあってはならないんだよ」
「だったら、お前らが勝手に排除すれば良いだろ!」
「残念だが、それはできない。私はこの世界には直接干渉できない。だからこうやって、君に頼みに来ているんだよ」
「随分と勝手なんだな。ルナは救ってくれないくせに、一方的に頼み事なんて」
「勘違いするな。君に拒否権はない。拒めば滅びの運命を辿るだけだ」
高圧的な態度。
涼しげなインデックスにわずかな焦りが見えた。
「と言うのは、少々意地悪か。なら、こうしようーーもし、君がアレスを殺し、黒き太陽の排除に成功したのなら、ルナくんを救ってみせようじゃないか」
その提案に、心が震えた。
「……本当に……嘘、じゃないんだよな」
「もちろんすべては君次第だ。ルナ君を救えるかどうかもね」
それでも、今まで一度たりとも見えなかった希望を捉えたんだ。
諦めていた。泣かないように、考えないようにしていた。
「お願いします。ルナを助けてください」
僕はすがりつくように頭を下げた。
状況を飲み込めないゼクスが怪訝そうに見つめてくる。
「いいとも。君が私の指示に忠実に従ってくれるのなら、必ず彼女は救われる」
インデックスは不気味な笑みで僕に手を差し伸べた。
今は誰でも良い。どんな小さな可能性でも良い。
ルナを救えるのなら、僕は何だってやってみせる。
「その代わり、この作戦が成功した暁にはーー君には、死んでもらう」
~~~
健闘を祈るよ、英雄くん。
その言葉を最後にインデックスは目の前から消え去った。
僕は彼女から授かった作戦を頭の中で何度も反芻した。
「話は終わったのか? 彼女はなんと?」
「ゼクスさん……まだ希望はあるかもしれません」
この作戦を皆に伝えるのは、ゼクスでなくてはいけない。
僕たちの指揮官は、間違いなく彼なのだから。
「――本当にそれだけか? もう少し話は長かったように思えたのだがね」
「彼女は簡単な話を長く複雑に話す癖があるんですよ」
「なら、最後の辞儀はなんだったんだ?」
「まだこの世界を救える可能性があると分かったんです。感謝くらいしますよ」
ゼクスには嘘を見破る王権能力がある。
そんなこと、今の僕には頭が回らなかった。
ただ、ルナを救える可能性があるのが嬉しかった。
「最後にもう一つ。ルナ君は今、どこで何をしている? 当初の作戦ではアレスとの接触を防ぐため、地下に匿うという話だったが」
「ルナは……封印しました。アレスでもすぐに解けない封印です。だから、《ロキ》が覚醒することはありません」
「それは、同意のもとかね?」
「……僕の、独断です」
その返答に、ゼクスは呆れるように頬杖をついた。
ルナは一緒に戦うことを決意したが、アレスとの再会が覚醒のトリガーとなる危険性があったため、窮地に陥るまでは地下に隠れる手筈となった。
『なんでよ……ッ。ルノア!』
そして僕は、地下に入ったルナを封印した。
「そうか。君は最後の最後で大切な人を裏切ったのだな」
「仕方ないじゃないですか。たとえ残り数年の命だとしても、長く生きていてほしいじゃないですか!」
「とがめるつもりはないよ。実際、そっちの方が都合が良い。まあ、シャリティアあたりは君を叱るだろうがね」
「……でしょうね。シャリティアさんはルナと仲が良かったですから」
何より、ルナはもう口をきいてくれないかもしれない。
それでも、結果的にルナを傷つけたとしても、僕はルナに生きていてほしい。
たとえ自分の身を滅ぼしたとしても。




