第五十一話、『海底都市アトランティス』
『海底都市』編 【1/8】
『神殿騎士団』がバロア王国に旅立ったのを見送り、僕たちは二人、西大陸へと通じる転移魔法陣に乗った。
そして北の海岸へと一直線に森を進む。
「懐かしいね、ルノと二人でこうやって旅に出るって」
「そうだな。でも今回は、お遊び気分の旅じゃないぞ」
「分かってるって。ところでさ、さっきから獣道ばかり進んでる気がするだけど、道わかってる?」
「……ほら、僕って勘が鋭いから」
「ホント懐かしいね。この会話」
呆れたようにソフィアがため息をつく。
思えば、僕たちの旅に地図なんてなかった。
暫く道無き道を進むと、ついに緑の生い茂る森から脱出する。
目の前には黄金の砂浜と煌めく大海原。
開放感とともに風に乗って海の香りが運ばれてくる。
「うわあ! すごーい!」
「そういや、海見るのって初めてだっけ?」
「うん! あたしの夢の一つだよ」
目を輝かせるソフィアを横目に、僕は物思いにふける。
潮風に空色の髪が短く靡き、海の似合う女の子だと初めて発見する。
もしかしたら、海底都市に着いてくると強く志願したのは、海に興味があったからかもしれない。
「今から出発したら暗くなりそうだし、今日は海で遊んで明日の朝に出発するか」
「本当にいいの!?」
その日は近くの街の宿に泊まり、遊び疲れて泥のように眠った。
しかしそこで面白い話が聞けた。
僕たちが向かおうとしている場所は、魔の三角形と言われる領域で、そこに侵入した船舶は行方不明になるらしい。
丁度、海底都市があると予想される場所の付近だ。
〜〜~
「嘘……でしょ」
次の日の朝。
ソフィアはビーチにて絶句した。
視線の先には、用意された小舟。
乗れば底が抜けそうなボロ船だ。
「これに乗って、海族の領域に入る気?」
「海族はデカい船を襲うらしいし、こんな小さなボロ船が漂ってたところで襲うほど暇じゃないだろ」
それにここ十年近く海族は目撃されていない。
そんな楽観視。甘すぎる目論見。
「ルノって昔から、目標立ててもその過程を考えないよね」
「ぐうの音も出ねえよ」
確かに、海底都市に行く目標が立ったとき、どうやって行くかなんて微塵も考えていなかった。
「まあ、コンパスと地図があるから大丈夫だろ」
「はあ……」
不安しか残っていない表情のソフィアを乗せ、小舟は水飛沫を上げて陸から離れた。
しかし、出港してみると意外と快適だった。
事前に用意していた風の魔道具が推進力を生み、広大な大海原をぐんぐんと進んでいく。
まあ、この時点で漂っているようには見えないが。
地図と言っても、位置情報を常に地図上に表示しているため、進めばいい方向は分かる。
「にしても、いい天気だね」
「街の人が今日は一日晴れるって。海の天気は変わりやすいっていうけど、波も無いしあと数時間もあれば目的地につくかもな」
のどかな海。気を抜けば眠ってしまいそうだ。
揺れも少ないし、寧ろ揺りかごのようで心地が良い。
――――。
――。
―。
「――――ッ!」
突然、強い違和感を覚えてはね起きる。
自覚してないだけでうたた寝してしまっていた。
辺りは暗く、海は荒れ、漆黒の怪物が僕たちを飲み込もうとしているようだ。
地図を見ると、かなり位置が外に流されているのが分かった。
そして、とっくに魔の三角形に踏み入っていることも。
コンパスの針はぐるぐると回り続け、そんなに時間は経っていないはずなのに青空は曇天に変わっていた。
「ソフィア起きろ! まずいことになった!」
「はぇ? ……ど、どうしたの!?」
寝耳に水で起こされ、涎を拭うソフィア。
もうすでに辺りに陸地は見えない。
コンパスは故障し、流されて位置も把握できない。
まさに魔海。踏み入れば沈没を待つだけだ。
「どうすんの! このままじゃ沈没しちゃう!」
ソフィアが小舟の縁に捕まりながら叫ぶ。
海は荒れる一方で、雨が勢いよく降り始めた。
「……いや、もう引き返せない。ソフィア。いつでも海に飛び込める準備しておけ」
僕たちには自分の位置を把握する術がある。
そして目的地はすぐそこまで迫っている。
僕とソフィアは海底探索用の魔道具を起動させる。
これに触れている間は海中で息ができる上、水圧も無効化できるという優れもの。
「くそっ……なんで、前に進まないんだ!」
特殊な海流が目的地から遠ざけようとしているようだ。
風の魔道具もいずれ魔力切れを起こして止まる。
なのに、いつまで経っても目的地に辿り着けない。
「ねえ……ルノ。何、あれ」
ソフィアがある方向を凝視して絶望した。
その視線の先。漆黒の海に、更に黒い影が蠢いている。
とても巨大な何かが、この船の下にいる。
巨大海洋生物。海のモンスターだ。
「ソフィア! 海に飛び込むぞ!」
「ええ!?」
僕はソフィアを抱えて跳躍する。
その直後、海に巨大な穴が開き、小舟を呑み込んだ。
鋭い無数の牙。青い鱗。蛇のような長い体躯に、龍の頭。
海に飛び込み、そのモンスターの全貌が見える。
「――――ッ!?!?」
「落ち着け! 海の中でも息はできる!」
パニックになり暴れ出すソフィアを落ち着かせる。
海の中で息ができるのも、足が陸につかないのも、海の温度も、慣れなければ気持ちの悪いことだ。
それに視界はクリーンだが、足元には果てのない暗闇が広がっているだけで、何がいるのかも分からない。
そして目の前にいるのは、討伐レベル180の怪物――水龍だ。
炎龍には及ばないが、同列に語られる古のドラゴン。
災害級モンスターに指定されている、まさに海の怪物だ。
怖い。ただひたすらに。
でも、僕にはソフィアを守る責務がある。
だから恐れてばかりではいられない。
「ソフィアは離れていてくれ」
「まさか! あの化け物に立ち向かう気!?」
「大丈夫、ソフィアは知らないだろうけど、今の僕は――人族最強だから」
鋭い金の眼光がこちらを睨みつける。
僕はゆっくりと腰に下げた剣を抜刀する。
黒刀は壊れたため、天空神殿一の鍛冶師が新たな武器を半月かけて作ってくれた。
刃の素材には炎龍の鱗が使われ、赤く不気味に輝いている。
魔力を纏わせれば、鱗の性質によりどんな鉱石よりも硬くなる。
龍の鱗すら切り伏せる、龍の鱗より作られし剣。
龍殺し。皆の思いが詰まった、勝利の剣。
銘を『焔龍剣フレイア』。
まさか、こいつを初めて使う相手が水龍だなんて、龍殺しの異名に恥じぬ切れ味か試す良い機会だ。
『グオオオオオオオオオ!!!』
水龍が咆哮とともに突進してくる。
海が大きく揺れ、生じた海流に身体が攫われそうになる。
でも、炎龍と対峙したときより落ち着いている。
「アリストリア流剣術――皆伝『暗黒星雲』」
踏み込めないため、腕の力だけで振るう。
アリストリア流剣術らしからぬ、全身全霊で一振を放つ大技。
この技は海をも割る。
『グルギャァアアア!!』
断末魔の叫びを上げ、水龍の頭が二つに裂ける。
レベル180を瞬殺か……着実に、僕は強くなっている。
半年前じゃ想像もできないほどに。でも、
「胴体までは切断できなかったか。僕もまだまだだな」
この程度じゃ四聖神には遠く及ばない。
きっと『戦闘用』ホムンクルスとやらにも。
「ルノ!!」
遠くの方で小さくソフィアの声が聞こえた。
水龍の血で視界が悪いが、必死にこちらへ泳ごうとしているソフィアの姿があった。
「ソフィア!?」
目では見えない。だが、凄まじい海流がソフィアを飲み込もうとしている。
海流に呑まれるソフィアの手をギリギリで掴むと、途端、一気に身体が攫われる。
辺りは暗く、もはや上下すら判別できない。
地図もコンパスもない。頼りにできるのは己の勘のみ。
でも、僕は知っている。
こうやって道に迷った時、いつも光が導いてくれる。
【神眼】――運命を見通す力。
今までは使い方は分からなかったが、自覚した今なら!
「――見えた!」
光の筋が、暗い海の奥底へと続いている。
僕はソフィアを抱きしめたまま、その方向へと死に物狂いで泳いだ。
鉛のように重くなる足を動かし、気が遠くなるほど何時間も前に進み続けた。
いや、海流と暗闇のせいで、進んでいるのは分からない。
同じ場所に留まっているのか、流されているのかすら分からない。
でも、ただ愚直に、光の方へと進み続けた。
結局僕は力尽き、意識を失った。
それからどれくらい時間が立ったのかは分からない。
広い海を流され、漂い続けた。
すると青い光が全身に降り注いだ。
海面に浮上したんだと、そう思った。
だが、海面は遥か上空にあった。
空のように見える全てが海。
そこは深海でありながら、昼間のように明るかった。
「ソフィア、大丈夫か?」
「うぅ……ルノ? ここ……どこ?」
「見てみろよ、下」
ソフィアは体を起こし、足元を覗き込んだ。
二人とも海の中での動きに慣れてきていた。
「嘘……街がある」
石造りの家が、地上と変わらぬ風景で立ち並んでいる。
舗装された道路、街を照らす青いトーチ。
その全てが青で満たされた巨大な都市。
「ここが、アリストリア時代に作られた海族の最大の都市。――『海底都市』アトランティスだ」




