第五十話、『そして四大迷宮へ』
『ルナ救出作戦』編 【4/4】
研究に費やして数日が経過した。
魔法陣の下書きは完成したが、それを実際に描くのが難しい。
そもそも魔法陣を身体に刻めるのも、ユシィのような限られた魔法使いだけなのだ。
適切かつ一定の魔力量で、適切な魔力を流し込みながら描かないとすぐに消えてしまうのだ。
『朱雀』ヴァニアルに切り落とされた腕はシャリティアに治してしもらったが、水神の刻印までは復活しなかった。
何度描いても発動もしなければすぐに消えてしまう。
「何か成果はあったかしら?」
頭を抱えていると、シェリティアが覗き込んできた。
あまり情報を与えたくないため慌てて本を閉じる。
「アタシは読めないから安心しなさい。というか、あんたは古代文字を読めるんですってね」
「父さんが解読したんです。結局、その世紀の研究結果は世界に発表する前に燃え尽きてしまいましたが」
「よほど奴らは古代文字を解読されたくなかったのね」
「え……」
確かにそうか。考え事もなかった。
デルタは東和民が滅んだのは手違いだったと言っていた。
なら、奴らの目的は古代文字の解読書を抹消することだったのではなかったのだろうか。
「じゃあ、ゼクス様は古代文字が読めないんですね」
「そうじゃないからしら? というか、何さらっと情報聞き出そうとしてるのよ」
やはり、【継承】の権能は全ての記憶を引き継いでいる訳では無いのか。
よかった。ゼクスは【不老不死】であることを除けば、僕たちと大して変わらない。
それに『王家の腕輪』が東和の村に残ったままになっていたのは、純粋にゼクスのミスなのかもしれない。
「アタシはそろそろお暇するわ。あまり長居するのも良くないしね。まあ、ゼクス様にはバレてそうだけど」
「そうですか。久しぶりの子孫たちとの戯れにはご満足されましたか?」
「……何それ。あんたにそんなこと言われるとなんか腹立つわ」
シャリティアが頬杖をついて気怠そうに目を細める。
「ゼクス様にあれだけ啖呵を切ったこと、アタシは意外と評価してるのよ。必要以上に謙るのは止めなさい」
「……でも、シャリティアさんはすでに1000歳を超え――」
「レディの年齢を特定するなんて無粋じゃないかしら?」
「……分かりました。ちょっと年上のお姉さんくらいに思っておきます」
「分かればいいのよ」
シャリティアが楽しげに微笑む。
この人……本当に良い人なんだろうな。
なんで1000年以上生きてる天魔大戦の英雄が、世界連合の四聖神なんかやってるんだろう。
「アタシが四聖神になったのは、同胞のためよ。天魔大戦以降、地上に残された天族たちは珍しくて奴隷にされることもあったから」
「……顔に出てました?」
「ああ、ごめんなさい。アタシには《読心》の天命があって、たまに心の声が聞こえるのよ」
天命といえば、天族が生涯に一つ授かるスキルのことだ。
心の声が聞こえると言われると、やましい事なんて思ってもないのに緊張してしまう。
「それと、アタシには九つの天命があるのよ。あんたの切り落とされた腕を治したのも、あんたの居場所を知ったのも天命よ」
「……本当、知れば知るほど末恐ろしいですよ。四聖神って化け物ばかりなんですね」
「化け物ってあんたね……」
『青龍』スクルド、『朱雀』ヴァニアル、『白虎』シャリティア。
多分、『玄武』も同等の実力を秘めているのだろう。
「で、その化け物とどう渡り合っていくつもり?」
「戦うつもりはありませんよ。世界連合はあくまで敵で、敵の敵でもありますから」
僕は初め、世界連合の強大さを前に膝を折った。
でもそれこそが間違いだった。
どうしても解けない問題があったのなら、前提が間違っているにすぎない。
ディアは世界連合とは戦う必要が無いと言った。
「僕が目指すのは、世界連合と協力してパンドラを倒す形式です」
「それ、本当に出来ると思ってるのかしら? ゼクス様はアタシがこの世で唯一敵わないって思った相手よ。それに多分、二度とあんたは信頼されない」
「それでも、ルナを助けるにはその道しかありません」
「……そう。なら、精々頑張りなさい」
僕の目を見て呆れたように溜息をつき、シャリティアは席を立った。
もう暫く会うこともないだろうし、次会ったときは敵かもしれない。
「もし、ゼクス様と話すことがあれば、言葉には気をつけなさない。特に嘘はつかない方がいいわ。それと、四聖神の中で最も警戒すべきは『朱雀』ヴァニアルね。他の三人が束になって勝てるかどうか、ってレベルよ」
「なんでそんなこと……」
「奴隷商会を潰して、あの子たちに安全な居場所を与えてくれたこと。感謝してるわ、小さな英雄さん」
シャリティアは最後にそんなことを言って微笑んだ。
次会ったときは敵かもしれない。
それでも僕は、彼女に対して敬意を示そう。
シャリティアの背中を見送っていると、突然その足は止まった。
「……まさかな。シャリティアが黙ってこんなことをするなんて」
雰囲気が一変し、鋭い眼光がこちらを睨んだ。
「――――ッ!? お前……誰だ?」
「まあ、今回のことは水に流してやろう。シャリティアが『四聖神』になったのは天族の平和のためだからな」
「まさか……ゼクス、なのか?」
「言葉を慎め。もはや君は私の敵となった。ここで殺すことも出来るが、それでは意味がない。必ず君より先に他の次元の扉に辿り着き、君の小細工が及ぶ前に『器』を殺す」
「必ず、ルナを救い世界を救ってみせる!」
「やってみろ。この私が全身全霊で君の相手をしてやろう」
ゼクスは嬉々とした表情で宣戦布告を受け入れる。
でも、世界連合との対立は避けなければいけない。
その後、シャリティアは夢遊病のように天空神殿から去っていった。
〜〜〜
「……ついに、できた!」
地図上に赤いポインターが浮かび出される。
地図にかかれた魔法陣が、天空神殿の位置を検出したのだ。
成功に安堵し、額の汗を拭う。
そしてふと左手の甲に視線を落とし、その上をゆっくりなぞり始めた。
早くなくていい。慎重に、正しく。
すると、烙印のように『水神の刻印』が刻まれる。
「よしっ! 魔法陣を書くのにも慣れてきたぞ!」
研究を初めて早半月。
一からの魔法陣作りは、思ったより時間がかかってしまった。
そして、それにより残り二つの四代迷宮の位置が導き出される。
一つは南大陸の南方。これが『駆動城塞』だ。
そしてもう一つ、西大陸より北方の海。これが『海底都市』だ。
「これで計画が進められる」
僕は直ぐにみんなを招集した。
この半月で、新たに『神殿騎士団』を設立した。
『牙』は奴隷解放を目的に活動していていたが、『神殿騎士団』はルナ救出作戦の成功を目的としている。
この半月は僕の補助や諸々の準備をしてもらっていたが、これからは本格的に動いてもらうことになる。
地図を見せると、おおっと歓声が上がった。
「お疲れ様。ルノ」
「まだまだこれからだよ。ありがと」
地図上に示された二つの目的地。
何人かは高揚し、何人かは怪訝そうな目をしていた。
「あの……『駆動城塞』があるっての、バロア王国じゃないですか?」
「バロア王国?」
「南大陸一の大国なんですが、世界連合にも加入してますし、そんな場所に『駆動城塞』があるのでしょうか」
魔法が成功して飛んできたので、そこに何があるかなんて知らなかった。
駆動城塞。ただの移動する城。ルナに聞いたところだと、かなり大きいはずなんだが。
「ところで、ずっと疑問だったのですが『海底都市』にはどのようにして行かれるおつもりですの?」
ラーファが純粋な疑問をぶつける。
そういえば、そこを説明していなかった。
誰もが気になっていたことだろう。
「もちろん生身では行けないので、水圧を無効化し、海の中でも息ができるのようになる魔道具を使います」
「そんなものが……流石です。ルノア様」
「いえ、ユシィが作ってくれたんです。いつか『海底都市』に行くことがあるかもしれないからって。多分、ルナが頼んだんだと思います」
その二人は今はここにはいない。
でも、今も僕を守ってくれている。
「ですが、ルナと僕の分の二つ分しかないので、僕一人で行き……こうと思ってたんですが、ソフィアがうるさいのでソフィアと二人で行きます」
「うるさいって何?」
ソフィアが鋭い視線で睨んでくる。
この会議を始める前にソフィアと話し合った。
もちろん僕は反対した。危険すぎると。
海は海族の領域だ。
船が立ち入れば、たちまち沈没させられる。
そんな海の中に入ろうと言うのだ。
僕一人でソフィアを守りきれる保証はない。
「では我々『神殿騎士団』は、『駆動城塞』のあるバロア王国に一足先に向かって調査を行っておりますわ」
ひとまずの方針が決まった。
僕とソフィアは『海底都市』へ。
神殿騎士団は『駆動城塞』のあるバロア王国へ。
「では、我々はすぐにでもバロア王国に向かいます。準備をする時間は十分にありましたし、南大陸は『牙』として何度も足を運んでおりますので」
「はい。でも、無理はしないでくださいよ。それと特に『パンドラ』と名乗る者が現れたら交戦はせず逃げてください」
「承知しております。お心遣い感謝しますわ」
ラーファは逞しく一礼する。
『神殿騎士団』は彼女に任せれば問題ないだろう。
「ソフィア。僕たちは――」
「もちろん、今から向かうんでしょ? あたしがついて行くって言ったんだから、遠慮とかいらないから。ていうか、したら殴るから」
「分かったよ。今すぐ準備してくれ」
「うん!」
もはや猶予なんて存在しない。
アークの消息が途絶えてかなりの月日が経過した。
もしパンドラが次元の扉の場所を把握していなら、いつ世界の終焉が訪れたっておかしくはない。
「……まずは『海底都市』を攻略する。話はそれからだ」
残り3分の1




