第五十二話、『氷漬けの世界』
『海底都市』編 【2/8】
海族は海底で、地上と何ら変わりない生活を送っている。
服も着ているし、料理もする。学校もあるし、レストランもある。
本当に海の底に都市がある。
子供の頃に聞いた時は疑心暗鬼だった。
海族と人族は長年仲が悪かったし、海の中の生活なんて推測でしかないと。
でも、本当にあった。
それもアリストリア時代に形成された、最大の都市。
海底都市アトランティス。
「人の気配、全くないね」
「海底都市に海族が住んでいる可能性はまだあったけど、やっぱり海族ですらここには辿り着けなかったのかもな」
海族がここに来れるなら、住んでいてもおかしくは無い。
それにラグナロクの影響を受けていない可能性もあった。
そんな希望が打ち砕かれる。
あまりにも人の気配がない。
まず人が住んでいることはないだろう。
ゆっくりと降下して、海底都市に降り立つ。
この辺りは重力が強いのか、それとも浮力が弱いのか、不思議な感覚だが地面を歩くことができる。
「わっ。なんか変な感じ。海の中で息してるのも、服着てるのも」
「本当に、昔の僕たちに言っても信じてもらえないんだろうな」
「ルノは目を輝かせて信じそうだけどね」
クスっと微笑み、ソフィアは一足先に駆け出した。
こうやってまた二人で旅ができるのも感慨深いことだ。
「まず何すればいいんだっけ?」
「次元の扉っていうデカい扉を探すんだ。けどまあ、最初は観光かな」
僕たちは呑気に誰もいない街を探索し始めた。
建物は白を基調とした石造りで、地上から降り注ぐ青い光を淡く反射している。
「うわあ! 魚が空を泳いでるみたい! 綺麗〜」
優雅に泳ぐ海洋生物を見て、ソフィアが目を輝かせる。
巨大なアクアリウムの中にいるような、そんな幻想的な風景だ。
にしても、次元の扉を探すのは海底都市に辿り着く以上に骨が折れるかもしれない。
存在を知らなかったとはいえ、天空神殿の次元の扉が見つかったのはかなり日数が経ってからだし、地下帝国に関してはたまたま見つけたにすぎない。
四大迷宮の中でもっとも広い海底都市。
無事に見つけられるのかどうか、焦る気持ちもある。
でもまあ、少しの間はそんなことは忘れて観光を楽しむのもいいかもしれない――なんて、はしゃぐソフィアを見て考える。
「ねえ、ルノ! 店先に人形が並んでる!」
ガラスケースの中に並んだ人形に、ソフィアの目が釘付けになる。
こんなに楽しそうなソフィアを見ていると目頭が熱くもなる。にしても、
「やっぱり、人が住んでた形跡があるよな」
「そうだね。少し前までは人が住んでたのかな?」
店先に並んだままの商品も、美しいデザインの外壁も、形を保ったまま。
3000年なんて前じゃない。100年……50年……いや、もっと最近まで人が普通に生活していたのかもしれない。
「なんか寂しい気持ちになるね。きっと少し前までは沢山の人で溢れていたのに、今はあたしたちしかいない。温かく迎えてくれる民家も、店に並んだ人形や玩具も、そのままで人だけがいなくなっちゃったみたい」
「…………」
「ん? どうかした?」
「……いや、ソフィアも黄昏れるんだなって」
「何それ。あたしだって起こるかんね」
からかわれたと思ったのか、ソフィアが小さく憤慨する。
はぐらかしてしまったが『人だけがいなくなったみたい』という発言は、どこか核心をついていた気がする。
それから僕たちは色んな場所を回った。
お洒落なカフェテラス、景色の良い高台、神聖なる教会。
そして次は、学校だった。
「本当に海族の人たちって、地上と何ら変わりない生活を送ってんだ。誰もいない学校って、なんか寂しいね」
東和の村にも小さな学校があった。
人数は少なかったが、とても賑やかだった。
僕はゼンといつも争っていたっけ。
教室の席に着き、黒板を眺めて懐かしむ。
「キャァァァァ!!」
静かな学校に、ソフィアの悲鳴が轟いた。
急いで声の方へ向かうと、ソフィアが隣の教室の中を指さしながら尻餅をついていた。
どうやら腰を抜かせてしまったらしい。
「なんだ……これ」
そこには、氷像が無作為に並べられていた。
人の形を模した、嫌にリアルさを追求した氷の像。
否――それは紛れもなく、人だった。
「人……だよね?」
「おそらくな。いつの時代のものか分からないけど、街に人気がなかったのはこのためか」
「生きてるのかな?」
「……きっと生きてるよ。とりあえず、壊さないように下手に触れない方がいいと思う」
冷たい氷の奥に、温かい人の肌を感じる。
この氷像は誰かによってこの場所に運ばれたのだろうか。
となると、少なからず氷像にならなかった者がいたということになる。
それから街を探索すると、いくつも氷像を見つけた。
さっきまでは建物の中までは入らなかったため見つけられなかったのだろう。
そして氷像の格好を見るあたり、おおよそ全員が前触れなく突然に凍らされているのが分かった。
「あたしたち以外、時が止まってるみたい」
「いや、止まってるんだよ。人も街も、成長や発展はしない。そんなのは時間が止まってるのと同じだよ」
氷像を見てから、何か凄まじい悪寒がする。
「早く次元の扉を探して、地上へ戻ろう」
と、歩き出した直後、自分の影が揺れる。
『貴様らが、全ての元凶か』
気が付かなかった。
重くのしかかるような声を聞いた時、すでにそいつは分厚い拳を振りかざしていた。
敵意も、殺意も剥き出しで。
「誰だ――ッ!?」
振り返ると同時、巨大な拳が鳩尾に食い込む。
回転を加えられた拳の衝撃は内部へと収束され、肺の空気を全て吐き出して遥か後方へと飛ばされた。
「かはッ!?」
海の中を凄まじい勢いで飛ばされ、壁に激突する。
息もできず、その場に蹲ってもがき苦しんだ。
咄嗟に『虎神流』で受け流したが、一瞬でも判断が遅れていれば本気で死んでいた。
その恐怖が、痛みをより増幅させる。
「ルノ!?」
『なるべく女は殺したくはない。即刻立ち去れ』
「嫌! それより、何で急に襲ったりなんかしたんだよ!」
『奴を殺せば、海の異変が収まるからだ』
「はあ!? 意味わかんない!」
ソフィアが『そいつ』と言い争う声が聞こえる。
声は出なかったが、壁に寄りかかるように立ち上がる。
「……驚いたな。今のをまともに食らって生きてるとは。内蔵の二つや三つは破壊したと思ったが」
「運が良いんだろうな。それより、腹を殴るなんて随分な挨拶じゃないか。それがお前らの挨拶なのか?」
そいつは表情ひとつ変えずに睨みつけてくる。
身長は2メートルを優に越えよう筋骨隆々とした体躯。
全身の鱗、手の水掻き、緑の髪。
間違いない。魚人種だ。
「じゃあ、こちらも挨拶しないとな!」
アリストリア流剣術の『縮地』で加速し、そいつのがら空きの腹部に拳を入れる。
だが――まるで岩を殴ったようにビクともしない。
「海で息をしているから海人種かと思ったが、あまりにも動きが鈍すぎる。海での身体の扱いがなっていない。まさか貴様ら『人族』なのか」
確かに、そいつの言うことは正しい。
海族は泳ぎの名手。水中では陸上より素早く動ける。
そんな彼らに水中で勝てるはずがないのだ。
「やはり奇妙だ、貴様らは。不純物は排除する」
強い敵意に、咄嗟に後方に跳躍する。
そんな僕に睨みをきかせ、そいつは何も無い空間を拳を打った。
直後、強い打撃が身体に命中する。
距離が離れていても、衝撃波が飛んでくるのか。
だったら、こちらも遠距離で攻撃する。
水魔法じゃ到底ダメージは負わせられない。
でも、物理的殺傷能力のある氷の刃なら――。
距離をとり、氷刃を放つ。
水中でも氷の刃は一直線に進み、そいつに命中した。
しかし、屈強な肉体には傷一つ付かず、氷の刃は砕け散る。
その魚人は動きを一度止め、再び拳を強く握り直した。
魚人戦闘術の構えだ。
「今、確信した。やはり貴様が、我が一族を氷像と化した元凶か。一族の恨み、積もりに積もった我が孤独。存分に貴様にぶつけてやろう」
その明確な殺気に、氷魔法が悪手であったと気づく。
後悔しても遅い。
既に僕は、話し合える可能性すら逃してしまったのだ。




