第二十話、『降臨』
『奴隷商会』編 【5/8】
日記を読み終わって数分。
どこからか話し声が聞こえてきた。
二人の足跡。僕達に気づいた訳では無いだろう。
僕はアイリの口を抑え、部屋の片隅に蹲った。
わざわざこんな何も無い部屋には入ってこない。
静かにしていればやりすごせる。
「おっせぇな! 予定時間すぎてんじゃねぇか!」
「また商品に情が湧いて逃がしてるとかじゃないですかね」
「でもそいつ、頭首様がブチ切れてぶっ殺したって話だぜ?」
不穏な会話だ。
商品とは奴隷のことだろう。
頭首様……そいつが奴隷商会のトップなのか?
それにしても、どうやって地下帝国に出入りしているのだろうか。
転移魔法陣を僕以外に起動させれる者がいるのか、はたまた無理やりに地下への通路を掘ったのか。
いや、少なからず転移魔法陣を設置する以前に使われていた通路があるはずだ。そこを利用されたのかもしれない。
『嫌だ! 離して!』
やり過ごした後、そんな悲鳴が聞こえてきた。
窓から覗くと、一人の女の子が縛られて引きずられていた。
「おいおい。何事だ」
「あっ、先輩。こいつ俺の好みだから楽しんじゃおうかなって思いまして!」
「新人、お前……獣人相手に盛るのかよ」
「別にいいっすよね!?」
「勝手にしろ。でも刻印が刻まれる前だから気をつけろよ」
そんな会話を聞いていて反吐が出る。
三人だ。僕一人でも制圧できるだろう。
でも……アイリもいるし、気づかれると厄介――
「聡明なる水の精霊よ。我が身に大いなる激流を齎したまえ」
アイリが静かに詠唱しながら駆け出す。
それと共に、手のひらに水の塊が生じて圧縮される。
「なんだお前!」
「許しません! ――水弾!」
初級の水魔術。
だが流石は天族だ。威力は桁違いに高い。
連続して放たれた水弾は、そいつらの頭にヒットする。
だがその内の一人は、瞬時に反応して剣でぶった斬った。
「どこから湧きやがったこのガキィ!!」
助けるか迷っていた自分が恥ずかしい。
アイリは自らの身を顧みずに戦ったというのに。
僕はその男の背後に忍び寄り、鞘に収まったままの剣で後頭部を殴打した。
峰打ちだ。殺してはいない……おそらく、多分。
「大丈夫!?」
「あ、はい……あなた方は一体」
「僕たちは……奴隷解放団体『牙』です。すぐに仲間たちが駆けつけ、全員を救います」
ここは『奴隷解放団体』という名前を使った方がいいだろう。
獣人ならその名前を知っていてもおかしくはない。
「ルノアさん――後ろ!」
アイリの叫び声に反応して振り返ると、矢先の赤い矢が一直線にこちらに向かってきていた。
だが、ルナとの特訓の成果だろうか、矢が遅く見える。
落ち着いて剣を抜いて、矢を払う。
その直後――矢が炎を吹きながら爆発した。
「――――ッ!?」
しまった。赤い魔石は、衝撃を与えると爆発する!
弓兵はすぐに次の矢を番えて弓を振り絞っている。
「また来ます!」
第二波が飛来する。
避けたところで地面にぶつかって、後ろの女の子に被害がいく。
だったら、と。僕は意を決して矢をキャッチする。
流れに添いながら勢いを殺すのは、『虎神流』の基礎練習で死ぬほどやっている。
大丈夫だ。戦える。
搾取されるばかりの弱い僕ではない。
「…………ッ」
しかし、すぐさま援軍が集結し始める。
魔石を矢先につけた弓兵が数人、あとは剣士だろう。
思ったより人数が多い。それに統率もとれてる。
一触即発。
まずい。これだけの相手に、二人を守りながら戦うなんて僕にそんなことができるのか……。
防御特化の『虎神流』は、多勢相手には不利に働く。
「二人とも……そこから動かないで」
でも、やらなきゃいけないんだ。
僕は再び剣を鞘に収める。
そして腰を低く、柄に手をかけた。
その時――ドーンと、鈍い爆発音が響いた。
遠方で土煙が上がっている。
反対側の壁際。入口のほうかもしれない。
来てくれたんだ、ルナとユシィが!
僕はそう確信した瞬間、魔石を握りしめて振りかざした。
赤い魔石は強い衝撃ほど爆発が大きなる。
地面に叩きつけると、土埃と黒煙が辺りに立ち込めた。
目眩しくらいにはなるだろう。
僕はアイリとその女の子を抱えて逃げ出した。
ルナたちとは反対方向。
今は二人を安全な場所に避難させることが先決だ。
「ルナ、ユシィ……頼んだぞ」
まあ、二人が負けるなんてことはありえないだろう。
それに今まで時間がかかったということは、『牙』のメンバーだって来ているかもしれない。
二人が場を掻き乱し、ラーファたちが奴隷を救う。
だったら僕は、今できることをやろう。
「二人はここで隠れてて。すぐに『牙』が助けに来るはずだから」
「嫌です! 置いていかないでください!」
「……アイリはその子を守ってあげて。一人じゃきっと不安だろうから」
アイリは隣で震える獣人少女を見て頷く。
僕は不安で泣き出しそうな二人を置いて走り出した。
酷い頭痛だ。
どうしてだろう。何かが不快だ。
何か、嫌なことを思い出させる。
目立つように逃げたため、すぐに見つかる。
飛来してきた矢をキャッチして投げ返す。
僕はここにいるぞ、とルナたちに知らせるためだ。
すでに向こうもドンパチを始めている頃だろう。
「どけ!」
前方に立ち塞がるやつらに石ころを投げつける。
それだけで魔石と勘違いして逃げてくれる。
魔石を一つ隠し持っていれば、相手も警戒せざるを得ないからな。
だが、ここからどうする?
逃げ回ってるだけで本当にいいのか?
頭首とやらに逃げられるんじゃないか?
惑いが生じる。道を見失う。
その時――そいつはまた僕の目の前に現れた。
「……え」
ルナの迷宮で僕を奈落へと誘った、光の精。
それは、また信じろと言わんばかりに道を示している。
「……分かったよ。もう一回信じてやるよ」
僕はその光の精を追い、入り組んだ路地を進んだ。
行き着いたのは行き止まり。
しかしその壁には、見慣れた紋章が刻まれていた。
「ちょっとばかし緊張するな」
そでをまくって腕輪をその壁に近づける。
すると壁の一部が長方形に開き、通路が現れた。
更に地下の奥深くへと続く階段だ。
僕は一段一段、踏みしめよるように下っていった。
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遠くの方で噴煙が上がるのを目視しして、ルナとユクシアはルノアの場所を把握する。
「二人を探すべきかな?」
「放っておけ。あやつもそんな意味で位置を知らせたんじゃなかろう。妾たちは一匹でも多く雑魚を狩り、暴れ回って、攻撃を集中させればいいのじゃ」
ユシィの胸元の『魔神の紋章』が輝き、放たれた七色の魔法弾が外壁を抉る。
適当に撃っているように見えて、ルノアたちには被害がいなかないように計算されている。
「フハハハハ! 妾は『狂魔王』ユクシア・グリアモール! 愚民どもよ、恐れ戦き跪け! 恐怖で世界を蹂躙してやろう! ――『火山弾』!」
天高く打ち上げられた炎の弾。
それは空中で破裂し、流星のように辺りに降り注ぐ。
一発一発の威力が高く、直撃した途端に爆発している。
弓兵が二人を囲み、ユクシアに向かって弓を引き絞る。
「しかしつまらんの。この時代の魔術師とやらと戦ってみたかったのじゃが。まあよい。――『上昇気流』!」
ユクシアが指をクイッと上にあげると、爆発的な気流が発生して放たれた矢を巻き込んだ。
そして吹き荒れる嵐が砂や塵を飲み込んで、視界を奪うほどの砂嵐を形成する。
「フハハハハ! 妾を倒したくば伝説の聖剣でも持ってこい!」
ルナは狂気的に笑うユシィを見てため息をついたが、その左手の魔法陣が桃色に輝いているのを見て微笑んだ。
「……あれ、この匂い」
その直後、ルナは異様なまでの獣臭に気がついた。
「へえ……こんなものまで飼い慣らしてるんだ」
背後の檻が開き、そこから巨大な四足獣が現れる。
牙に涎を滴らせ、唸り声を上げ、その目には獲物を映している。
討伐レベル85のA級モンスター。
ジャイアントタイガーだ。
その額にはあの忌まわしき刻印が刻まれている。
『ガウウウウウ』
腹を空かせたジャイアントタイガーが地を駆けて襲いかかる。
だが、ルナを前にしてその足は止まった。
魔物は知性がない分、その本能で理解した。
勝てない。圧倒的な力の差があると。
『グルルルル……』
ジャイアントタイガーの群れがルナを囲んで威嚇する。
が、一向に襲いかかろうとはしない。
そんな様子を少し残念そうに眺め、ルナは拳を作る。
ルナは様々な動物に怖がられるのを気にしていた。
「ごめんね」
小さく謝り、そして一歩踏み込んだ。
その時――凄まじい爆発音とともに、天井が崩落した。
「――ッ!? ユシィ! 危ない!」
巨大な岩石の塊が雨のように降ってくる。
天井に開いた大穴。そこから青空が見える。
その日、3000年以上暗闇に包まれていた『地下帝国』に、初めて太陽の光が降り注いだ。
そして次の瞬間、今度は炎の塊が降ってきて、ジャイアントタイガーの群れを一瞬で灰に帰した。
「……なんで、こんなところに!」
空を見上げ、誰もが腰を抜かせた。
その圧倒的存在感。
本来、人界に存在するはずのない、討伐レベル230の災害級モンスター。
――そこには、紅蓮の翼を持った巨大なドラゴンがいた。




