58.ここっておかしくない?
「ここって、おかしくない?」
虹の橋に昇って、ぱぱを待っているときに、ままは幸にそう話しかけた。
「『ここ』って?この虹の橋の上が、ってこと?」
うさぎのままは首を横に振った。
「この世界・・」
と言いかけて、ままは言葉を切った。黙って何かを考えている。
上手く表現できないのか、幸にどう伝えたらいいのかを考えている。
しばらくの沈黙の後、考え考えままは言葉を紡いだ。
「この世の中、いや、この世の中の仕組み、が。」
幸は黙って、ままを見下ろす。
小さなうさぎのままは、幸がすぐ隣に座ると見下ろす事になる。
ままが人の形だったときは、幸を抱き上げ、
ぱぱへ「いってらっしゃい」をさせてくれたのに。
今は、こんな風に見下ろすようになってしまった。
ままの小さな耳が、少し揺れている。目は、ぱぱが昇ってくるはずの階段を見たままだ。
「この世の中の『もの』。動物、植物、虫とか、生きてるもの全部が、
ただ、生まれて死んでいくだけっておかしくない?」
そう言うと、ままは幸を見上げた。くりくりの黒い目がじっとこちらを見てる。
「おかしい?どこが?だって、そう決まってるんだよ。寿命はそれぞれだけど、
生まれて、大人になって、子供を生んで、育てて、歳をとって死んでいく。
それが自然の摂理でしょう?」
「そこだよ。」
ままは、立ち上がり背伸びをして、右の前足を幸の目の前に持ってきた。
まるで、びしっと指を立てるように。
「じゃあさ、幸の言う『自然の摂理』って誰が創ったの?」
さあさあ、答えてみんさいとばかりに、ぐぐっとままは前足を寄せてくる。
その圧に負けそうになりながら、考えた。
誰?誰が創ったか、なんて・・
「かみ、さま?」
「ままもそう思う。」
うん、と、一つ頷いた。
内心ほっとした。それも違うと言われたら、どう答えようかと心配してしまったくらいだ。
「神様は、なんでこんな無意味な『摂理』を創ったんだと思う?」
それを聞いて、幸の中にままに対する反感が生まれた。
「なんで?いきものの一生が無意味?ままは全くの無意味だって言うわけ?」
うさぎのままは、幸の剣幕に驚いたように、後ろに一歩下がった。
前足はそのままだったから、そのままのポーズで一歩遠ざかった形だ。
「見損なったよ。ままだったら、もっと違う風に考えてると思った。
いきものの一生は、絶対絶対意味があるよ。じゃなかったら。」
ぱぱとままと過ごした幸の一生は、全部無意味だったってことじゃん。
ままの姿が、少し霞んで見えた。耐えられなくなって、下を向く。
ぱぱが昇ってくるはずの階段が見えた。ぱぱはまだ来ない。
ままが、そんな事言うなんて。無意味だなんて。
とても悔しい気がした。一気にままが嫌いになりそうだった。
っそのとき、ぽんぽんとお腹に近い所に振動を感じて、顔を上げると、
ままがさっきより近い距離で、幸のお腹を宥めるようにぽんぽんしていた。
「いやいや、無意味っていうのはさ、
個人個人・・じゃなくて、個体個体のことじゃないんだよ。
全体を見たときの、この世界のシステムのことね。
例えばさ、水槽にメダカを沢山飼ってるとするよね。
水槽は、大きいのにしとこうか。その中でメダカは暮らしてる。
環境は色々。ぶくぶくの側だったら、酸素には困らない。
水面に近かったら、いつもいい餌を食べられる。
水草を生やしているから、そこに隠れることができる。
石を置いているから、その陰に隠れることもできる。」
そこで、ままは言葉を切って、幸にその水槽を想像する時間をくれた。
幸が十分想像できたかを見計らって、続きを話し始めた。
「沢山いて、雄も雌もいるんだから、子供ができるよね。
その子が大きくなったら、また子供を生む。それをずっと繰り返す。
何年も何十年も何世代も、ずっと。」
ままは再び言葉を切った。ままはいったい何を言いたいのだろう。
首を傾げてままを見ると、ままはちょっと笑った。
「それってさ、その水槽に何か利がありますか。」
えっ。水槽に、利?
相当驚いた顔をしていたらしい。予想外の質問。水槽に何の利があるか、って。
「もしくは、その水槽を管理している誰かに、何の利がありますか。」
水槽を管理している、誰、か?
「水槽でメダカを飼ったら、誰かの、それを飼うよって意志だよね。
水を替えなければ、餌をやらなければ、その水槽の環境は悪くなって、メダカは弱ってしまう。
だから、飼うって決めた『誰かさん』は、水槽の環境を整え、メダカの面倒をみる。」
ね?というように、ままは首を傾げる。
確かに、そうだけれども。
ままは、幸の様子を見ながら、先を続ける。
「ま、水槽と『誰かさん』は、ちょっとこっちにおいておいて。
水槽のメダカはさ、最初は餌を食べることに主眼をおく、よね。
そのうち、どうやったら早く動いて他のメダカより沢山餌を食べられるか考えるメダカが出てくる。
早く動けなくても、争って零れた物を、横から上手くかっさらっていくものが出てくる。
強くなって、争って多く食べるものも出てくる。
そうやって、餌を食べられるものがいる一方、餌を食べられないものも出てくる。
その子達は、だんだん弱ってくる。」
「そして、死ぬ・・」
幸はなんだかつらい気持ちになった。弱いものは、死ぬしかない。
抗っても、足掻いても、知恵も力もなければ。
「違うよ。」
ままの声に、顔を上げる。ままは相変わらずくりくりした黒い目で幸を見詰めている。
そして、にっこり笑うと言った。
「そこで、『誰かさん』の登場。
弱って横になっちゃった、もしくはぷかーっと浮いてる子を救い上げて、綺麗な水の、とても広い池に移す。池・・・池でいいのかな。」
ままは腕組みをして考える。
「・・池でいいか。ともかく、その池には、沢山のメダカがのびのび泳いでる。
大きい子、小さい子、体の模様が少し変わった子、どの子ものびのび。争うこともなく。」
「まま、でも、浮いてるメダカもいるんでしょ?
それって、死んじゃってるってことでしょ?
死んじゃってたら、いくら綺麗な水の池に入れたって生き返る事はないでしょ。」
と、幸が泣きそうになりながら言うと、ままはきょとんとした顔で言った。
「まま、メダカが死ぬって言ったっけ?」
幸は驚愕した。いや、本当に『驚愕」だった。
死なないメダカ、死なない世界。
広いけど、狭い水槽、広い、広い、池・・
「あっ。」
思わず声が出た。ままは、ままの言いたいことは。
「メダカは、魂ってこと?
水槽はこの世界で、池は幸達がこれから逝く世界ってこと?」
ままはにやりと笑うと
「当たり。」
と、言った。




