57.あの子は誰?
先生に抱きかかえられて、入口を見ると、
茶色いうさぎが、扉のすぐ前に立っていた。
ボクが横を通るとき、
よかったね。
と、聞こえた。
うん!君のおかげだよ。ありがとう。
と言うと、うさぎは、うん、と頷いた。
うさぎが頷くとき、小さな耳が少し揺れた。
車が動き出して、病院の入口を見ると、うさぎの姿は見えなかった。
「屈んじゃだめだって、あれほど言ったのに!」
ボクと動物病院の先生が駆けつけたとき、
ママの顔は更に真っ白で、スカートの赤い色が更に大きくなっていた。
先生が救急車を呼んでくれて、ママは病院に運ばれた。
ママとお腹の妹は、すんでの所で助かったそうだ。
「危ないところでした。」
と、お医者さんが言った。
「だってぇ。ちびちゃんが寂しそうだったんだもん。
あんな背中を見たら、撫でてあげたくなるわよ。
わかるでしょう?」
「いや、それは。」
と、パパは困った顔を一瞬浮かべたが、
「それとこれとは別だ!」
「なんでよ~」
と、『とっても仲良く』喧嘩をしていたと、
動物病院の先生がボクに教えてくれた。
「ありがとな。ちび。」
「にゃあ。」
パパはあの大きな手で、ボクの頭と背中を撫でた。
「ありがとな、相沢。」
『相沢』というのは、先生のことらしい。
「ちびが先で、俺が後かよ。」
笑って先生が応えた。
リビングのテーブルで向かい合って座り、先生とパパが宴を始めたので、
ボクは、リビングの庭の見える窓の側に座った。
カーテンが閉まってたので、カーテンをくぐり、
庭の見えるお気に入りの場所に座った。
そこからは、庭の端から端までが見渡せる場所だった。
カーテンは厚かったので、リビングの照明を遮って、外が透けて見える。
夜の庭は、昼間とは全く違って見えた。
あの子は、何だったんだろう?
ボクは考える。
どこから来たんだろう?
なんで、助けてくれたんだろう?
茶色い、小さい、うさぎ。
初めて会ったあの子が、『うさぎ』とわかったことも不思議だった。
全然怖くなかった。
懐かしい気さえした。
ずっと前からあの子を知っているような気がする。
なぜだろう?
先生とパパのご機嫌な声が、カーテンの向こうから聞こえている。
ママは病院のベッドで、今頃眠っているだろう。
お腹の妹も、ママの温もりに包まれて、安心して眠っているだろう。
雲に隠れていた月が、ゆっくり顔を見せた。
暗かった庭が、金色に輝いて見えた。




