55.もう1人の妹
妹の亡骸の入った綺麗な箱と僕を抱いて、その人は病院を出た。
「ごめんな、助けてやれなくて。」
その人は、僕を助手席に降ろすと、傍に妹を置いた。
蓋は開いていたから、妹の全身が見えていた。
「ちびは、うちにおいで。
かみさんが、早く連れて来いってうるさいから。」
かみさん?かみさんって、なんだろう。
ボクが首を傾げると、そのひとは
「ああ。」
と言って、頭を掻いた。
「かみさんっていうのは、俺の嫁さんだよ。」
嫁さん?
再びボクが首を傾げると、
「わからないかな。うーん。」
と再びそのひとは頭を掻いた。
「つまり、俺がお前のとーちゃんで、かみさんがお前のかーちゃんになる。
こういうことだ。」
自分を親指で差しながら、力強くそのひとが言う。
かーちゃん・・
あ、ママのこと?
「お、わかったようだな。ちびのくせに偉いぞ。」
大きな手のひらで、ボクの頭をぐりぐり撫でる。
ちょっと痛かったけど、その手のひらはとても温かかった。
安心したせいか、急に眠気が襲ってきた。
妹についていてあげなくちゃいけないのに。
守れなかったから、せめてずっと傍にいてあげなくちゃ・・・
ボクは眠りに落ちた。
気が付くと、ボクは誰かの膝の上にいて、背中を撫でられていた。
柔らかくて、温かい手だった。
「あ、目が覚めたよ。」
柔らかな声が、嬉しそうに誰かに呼びかけた。
「可哀想に、こんなに小さいのに。
烏につつかれて。怖かったね。
ちびちゃんだけでも助かってよかったわ。」
ボクの頭と背中を、そっと撫でる。
ここは、どこ?
妹はどこ?
「にゃあ」
と鳴いた。
「にゃあにゃあ」
と、鳴いた。
すると、ここに連れてきてくれた男の人が、妹の入った箱をボクの傍に置いた。
ボクは、その箱に入り、妹に寄り添った。
冷たい。
温かかった体は、氷のように冷たい。
柔らかかった体は、石のように固かった。
毛も、ふわふわじゃない。
妹の体を舐めた。
一生懸命舐めた。
ボクが、もっと強ければ。
ボクがもっと強ければ!
雨が、ぽたっとボクの頭に落ちた。
一粒二粒と、続けて落ちた。
ボクの体に、妹の体にも。
部屋の中のはずなのに、なんで雨が降るのだろう。
見上げると、ボク達を膝に乗せた女の人が泣いていた。
大粒の涙を、ぽたぽた垂らして。
「もうもう、烏の奴!絶対に許さないっ!」
涙でぐしょぐしょの顔で、その女の人は叫んだ。
「おいおい、落ち着いてくれ。
お腹の子供がびっくりしちまう。」
慌てて、男の人が宥めた。
「あら、やだ。びっくりしたね、ごめんね。」
と、その女の人は、お腹をさすった。
気が付くと、少し大きなお腹がすぐそばにあった。
なんとなく、触ってみたくなった。
ちょいちょいと触ると、
「赤ちゃんだよ。やっと大きくなってきたんだよ。」
女の人が嬉しそうに言った。
赤ちゃん?
あ、そうか、ボクがママから生まれたように、ここにこのひとの子供がいるんだ。
その様子を見ていた男の人が、ボクを抱き上げた。
「ちび。シロを弔ってやらないと。
お前はいつまでも、傍にいたいだろうとは思うが、
ちゃんと弔ってやらないと、シロは天国に行けないんだよ。」
ボクは、その手を逃れようともがいた。
シロの傍にいるんだ!
ボクがいないと、シロが怖がるから。
だから、降ろして!
「なあ、わかってくれよ。」
困り切った男の人が言う。
かして、というように女の人がボクに両手を伸ばす。
ボクはその手に抱かれ、胸元に引き寄せられた。
「ここに赤ちゃんがいるの。」
女の人は、自分のお腹をさすった。
「ちびちゃん、この子のお兄ちゃんになってくれるよね?
シロちゃんは、可哀想だった。
私もシロちゃんをこんな風にした烏が憎い。
でも、どんなに憎んでも、悲しんでも、シロちゃんは還ってこないの。
でも、この子が、シロちゃんの代わりになるから、
だから、お兄ちゃん、この子を守ってあげて。
お願いよ。」
ボクは、
「にゃあ」
と、鳴いた。
妹は、還ってこない。
涙が、滲んできた。
わかったよ、ママ。
ボクがその子を守る。
もっともっと強くなって、その子を守るから。
ママの腕の中から、ぽんと降りてシロの箱を覗いた。
無事だった方の目を、ボクは舐めた。
微かに血の味がした。
そんな気がした。




