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幸湖日記  作者: 炎華
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47.別れのとき

人工呼吸器が止められると、胸の動きが徐々に小さくなって、やがて止まった。

ぴーっと電子機器が音をたてる。

俺の心臓が鼓動を止めた音だった。

「ご臨終です。」

と、医者が言った。

母さんの顔はずっと強ばったままだった。

その顔のまま、俺の体にに近付くと、そっと頬に手をあてた。

「まだ、温かいね。」

その言葉が終わる前に、頬を涙が伝った。

「ごめん。」

思わず、俺の口から出た。

母さんは、ゆっくり横に首を振る。

「必ず、迎えに来るよ。」

いつものように、軽く何度も頷きながら、

「待ってるね。」

と、掠れた声で言う。

母さんは、俺の頬を何度もそっと撫でている。


   『ボクがもっと強かったら・・・』


ふいに、どこかから声が聞こえて、俺は辺りを見回した。

父さんが、そっと母さんと俺の体に近付いてくるのが目に入った。

あとは、医者と看護師と。


  誰の声だったんだ?


   『ボクがもっと強かったら、君をこんな風にはさせなかったのに。』


  なんだ?

  なんのことだ?

  『ボク』って誰だ?

  『君』って、誰なんだ?


もう一度辺りを見回す。

俺の目の前では、父さんと母さんが涙を流していた。

白い照明に照らされて、俺に掛けられた白いシーツが眩しい。

病室の白い壁、医師と看護師の白い白衣。

何もかもが真っ白だったが、父と母の所だけ色がついていた。

薄い水色の薄いダウンを着た母さんと、

ベージュの薄い生地のジャケットを羽織った父さん。


もう、声は聞こえなかった。


病室のドアが開いて、男の人が入ってきた。

医師に目で合図をすると、医師はそれに頷き返した。

「もう、そろそろよろしいですか。」

「はい。」

父が返事をする。

母の背中を軽く擦ると、母は手の甲で涙を拭った。

「お願いします。」


俺の体は、正確には臓器は、誰か他の人の体の中で、生きることになった。

「ともが、どこかで生きていると思えるから。」

と、母は言った。


「少し、待ってもらって。」

俺は思わず言った。

それを聞いて、父がすぐさま、ベッドを運ぼうとする人に声をかけた。

「あ、もう1分、待ってください。」

動き出したベッドはすぐに止まった。

「ありがとう。」

俺は、父さんにそう言いながら、自分の体のすぐ脇に立った。

そっと体に触れる。

まだ温かい。

頬に、肩に、胸に、腹に、足に触れ、

「ありがとう。今まで一緒にいてくれて。」

と、言った。

自分の顔を、改めて見下ろす。


  ああ、こんな顔してたんだ。

  みなみは、いつもこの顔を見てたんだな。


「とも。」

父さんが俺に声をかけた。

「うん。もういいよ。ありがとう。」

父が合図をすると、再びベッドは動き出した。

母はハンカチで顔を覆ってしまっている。

その肩をそっと父が抱いた。

「父さん、母さん。

逝くよ。

今まで、ありがとうございました。」

俺の姿は見えないのはわかっている。

だが、両親に向かって、俺は深々と頭を下げた。

「うん。」

父さんが頷く。

「とも。」

ハンカチから顔をあげ、そのハンカチで涙を拭って母が俺を呼んだ。

「なに?」

母に顔を向けると、続きが出てこないのか黙ったまま俺を、俺の方を見つめる。

次から次から涙が溢れて、その頬を濡らしていた。

それを見て、俺の目にも涙がたまってきた。

霊魂になっても、涙ってでるんだ。

「ありがとう。

一足先に、逝ってるね。」

「とも!」

母さんが俺の方に躓きながら、かなりな勢いで近付いてきた。

受け止めようとするが、俺の手は空を掴むばかりだった。

なんとか母は、転ぶ前に重心を建て直して、俺の目の前に真っ直ぐ立った。

「とも。ありがとう。生まれてきてくれて、ありがとう。」

母はそう言って、俺をみつめた。

目が真っ赤になって、顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。

「母さん、すごい顔になってるよ。」

そう言いながらも、自分も同じ顔になっているのがわかった。

「俺も、父さんと母さんの息子に産まれてきてよかった。

大丈夫。必ずまた会える。」

俺は、母の湿った手を握った。

母は、びくっとしてその上から、自分の手を重ねた。

「わかるんだね。」

母は、いつものように軽く何度も頷いた。

「とも。」

父の呼ぶ声が聞こえた。

ただ、なんだかくぐもった声だった。

「なに?」

父を見ると、父は涙を堪えて横を向いていた。

「父さん?」

目をこらすと、父の後ろに、もう一人の父がいて・・

目が合うと、にっこり微笑んで大きく頷いた。

「もう、逝きなさい。」

頭の中に、父の声が響く。

「うん。」

その声に頷き返しながら、母を見る。

母には、『もう一人の母』は見えない。

「母さん、もう逝くよ。

みなみと幸が待ってるから。」

母は、慌てて手の甲で涙を拭うと、

「そう、そうね。

みなみちゃんとさっちゃんが待ってるね。」

と、言って無理矢理笑顔を作った。




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