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幸湖日記  作者: 炎華
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43.今生の別れ

  - 今生の別れ -


そんな言葉が頭に浮かんできた。

この世ではもう会えないという別れ。


幸は、フォレストパパとハートママの間に産まれてきた。

お兄ちゃん二匹と妹一匹との四匹で産まれてきた。

お兄ちゃんとか妹と言ってるけど、本当はどうなのかわからない。

ともぱぱとみなみままがそう言っているから、

そう思っているだけだ。


あれが今生の別れというのなら、

一番最初にそれが訪れたのは、妹とだ。

ある日、女の人に抱っこされて連れて行かれたまま、

妹は帰って来なかった。

一匹ずつ抱っこされて連れて行かれることは、それまでもあった。

だけど、ちゃんとハートママと兄弟のところに帰って来られた。

いつものことだから、またすぐに帰ってくると思っていたけど、

妹は帰ってこなかった。


後で知ったのだが、妹は新しいお家に行ったのだった。

新しいお家で、新しい家族と暮らすために、ここを去ったのだ、と。


時々、妹を連れて行った女の人が、幸たちの所に来た。

その人からは、少しの間、妹のニオイがしていたから、

それまでは、まだ妹はいたと思う。

でも、それも無くなったとき、新しい家族の元に妹は行ったのだろう。


次は、ハートママとお兄ちゃん達との別れだった。

いつもの女の人が来て、幸は抱っこされて、

いつもと違う所に連れて行かれた。

そこには見たことのない同じ四つ足の生き物が、何匹かいた。


ワンワン

キャンキャン

ニャー


幸に向かって吠えているのもいたが、女の人を見て、

「腹減った!」

と訴えているのもいた。

初めて見る、ハートママと兄弟以外の四つ足の生き物。

幸に似た感じのも、もっとふさふさの毛の小さいのもいた。


女の人は、椅子に座って幸を膝に乗せると、カゴからブラシを取り出した。

「あなたのパパとママになるかもしれない人が会いに来るよ。

気に入られるように、綺麗にしようね。」

そう言いながら、かけてくれたブラシは、とても気持ちがよかった。

終わると、幸の爪を調べてから、その人は立ち上がり、すぐ横の部屋に幸を入れた。

一つの部屋に一匹、ガラスで仕切られたその部屋は、幸には十分広かった。

走り回ることもできるくらい、広かった。

ふと、嗅いだことのあるニオイを感じて、床に鼻をつける。

そこには、あの日、帰ってこなくなった妹のニオイが微かに残っていた。

まだ子供だった幸は、一生懸命そのニオイを嗅いだ。

だけど、周りを見回してみても、妹を見つけることはできなかった。

急に心細くなって、

「ママ!ママ!」

ママを呼んでみた。

だけど、ママが来てくれることはなかった。

何度も何度も呼んた。

何度も何度も。

「ママ。」

ふんと、鼻を鳴らした。

ふんふん、と鼻を鳴らした。

さっきの人が、ガラスを開けて幸を抱っこする。

「ママと兄弟と離れて、心細いんだね。

よしよし。」

幸の背中を撫でる。

ゆっくり、ゆっくり。

「新しいパパとママが迎えに来るまで、ここですごすんだよ。」

温かい手のひらを背中に感じながら、だんだん眠くなってきた。

「後で、あなたのママのニオイのついたバスタオルを持ってこようね。」

眠りかけた耳に、そう聞こえた。


ここで過ごすことにも慣れたある日、小さなカゴに入れられた。

天井は開いていた。

半分から下がピンク、上は白い柵状になったカゴだった。

「もうすぐ、パパとママになるかもしれない人があなたに会いに来るんだよ。」

幸の頭を撫でながら、いつもの人は言った。

「優しい人達だといいね。」

首と背中にナデナデを感じたとき、

「気に入ってもらえるといいね。」

と、その人は言った。

その言葉は、少し寂しそうに聞こえた。



サッシのドアが開いて、

「こんにちは。失礼します。」

声が聞こえて、男の人が入ってきた。

「○○と申します。今日はお世話になります。」

と、言った。

「こんにちは、よろしくお願いします。」

女の人が後ろから入って来て、そう言った。

知らない声。

知らない人。


ワンワン!

キャンキャン!


いつもの声が大きくなる。

皆、興奮している。

それにつられて、幸はなんだか不安になった。

いつもの人を見上げるが、幸の頭や背中を撫でるばかり。

いつもの人に招かれて、入って来た男の人と女の人は幸のいるカゴのそばに来て、

カゴの中を覗き込んだ。

その人達の方は見なかった。

とても不安だった。

怖かった。

知らないニオイ。

「可愛い。」

小さな声が聞こえた。

「抱っこしてみますか。」

幸は脇とお尻に手を添えられて、持ち上げられていた。

差し出されて、その女の人は戸惑っていた。

だが、おそるおそる手を出して、幸を受け取る。

おっかなびっくり幸を抱っこすると、

「あったかい。」

と、その人は言った。

その口元に鼻を寄せてニオイを嗅ぐ。

手の温もりと、そのニオイに安心して、幸はその人の胸に頭をつけた。

ほんの少し背中を撫でながら幸を抱っこしていたが、

幸に向けて、ずっとビデオを録っていた男の人に向かって、

「抱っこする?あったかいよ。」

と、言いながら、幸をその人に渡そうとした。

男の人は、その言葉を受けて、ゆっくり机にビデオを置くと、

義務のように幸を受け取った。

代わりに女の人が、ビデオを手に取る。


  なんだか、怖い。


最初の印象は、そうだった。

男の人は、さっき抱っこしてくれた女の人みたいに、嬉しそうじゃなかった。

表情も全然かわらない。

ずっと冷たい目で、幸を見てる。

幸は、その男の人の胸に前足を当てて、突っ張った。



「うんー、そうだったね。」

ままにそう言うと、ままも気が付いていたようだった。

「ぱぱとままには子供がいないし、犬とか猫とか飼ったことなかったからさ、

幸を抱っこするとき、どうしていいかわからなかったんだよね。

ぱぱも多少そうだったんじゃないかな。

それに、ぱぱは、外に出ると、いつもあんな感じでしょ。」

幸はほんの十数年しかぱぱを見てなかったけど、

その間、無邪気に笑うのは、ままの前だけだったと記憶している。

「それにさ、あのときは、例のトラブルが治まってすぐのときだったんだよ。

だから、余計に、ね。」

「うん。」

と、幸は頷いた。


  そうなんだね。


誰も、ぱぱの言う事を信じなかった。

友達も、両親でさえ。

ままだけがぱぱを信じて、一緒に戦ってくれたから、

だから、ぱぱはまましか信じていない。

だから、ままの前でしか無邪気に笑わない。


  そうか、そうなんだ。


一人納得して、空を見上げた。

お日様はさっきより高い所にいた。

空が真っ青だった。

五月晴れだ。

さっき葉っぱを飛ばした激しい風が嘘のように、穏やかに吹いている。


ふと横目にとらえたままが、少し眉を寄せ、それでも笑っているように見えたので、

不思議に思って、首をままの方に向けた。

幸の視線に気が付いたのか、一連の動きが目に入ったのかはわからないが、

こちらを見ずにままは言った。

「子供がいなくてよかったと思ってさ。

もしいたら、ひとりぼっちになっちゃうとこだったもんね。」


  -今生の別れ-


この世では、もう会えないという別れ。


「そうしたら、ぱぱはどうしたかな。」


ままは、それから何も言わずに、階段の突き当たりに見える町を、

じっと見つめていた。




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