40.幸せなときはいつも
ぱぱの病室からの帰りに、ままの好きな高台に寄った。
ままは、いつもの端っこに腰掛けて、夕焼けに染まる町を見ていた。
「綺麗だね。」
と、呟く。
幸に言ったと決めつけて、
「うん。」
と応えた。
濃い灰色の新しい屋根が多い家並みが、全て金色に光っていた。
それがだんだん濃いオレンジに変わっていく。
ままはその様子を、うっとりと眺めていた。
無理も無い。
明日か明後日には、もうこの光景は見られなくなるのだから。
太陽がすとんと落ちてしまうと、途端に辺りは暗くなった。
だが、今度は、家々の灯りが星のように瞬いているのに気が付く。
こんなに小さな町でも、地上には星が沢山見えていた。
月はまだ出ていない。
「寂しい?」
もう、この景色が見られなくなるのが。
そう付け足そうと思って止めた。
ままは片方の頬で笑うと、目を閉じた。
そしてゆっくり頷く。
「生きてるときは、こんな時間に、ここに来たことはなかったのにね。
でも、二階の部屋からは、こんなに広大じゃなかったけど、
同じように見えてたよ。」
寂しそうに言う。
この高台からの風景とお家の二階とは高さが全然違う。
こんなに隅々まで見えるはずは無い。
だが、ままにとっては、あの狭い風景も宝物だったのだろう。
「『今』が幸せなのに、『それ』に気が付けないんだよ。
他の、もしかしたら、とても些細なことなのかもしれないのに、
そんな『些細なこと』に心を砕いていて、
『今、このとき』が幸せなことに気が付くことができない。
無くなってしまってから、あのときが幸せだったんだって気が付くんだ。」
そう言って、顔をあげ、ままは星を、もう一度眺めた。
「もっと、生きていたかったな。」
ままの声が言った。
「もっと、ともちゃんと、幸と、こうしていたかった。
一緒にいられたこの十年が、一生の中で、一番幸せだった。
そんなことに、今気が付いたって、遅いよ。」
ままの声はだんだん小さくなっていく。
「もう、遅い。」
小さな嗚咽を引いて、やがて夜空に消えていった。




