32.みなみの夢
人は、何故眠るのだろう。
脳を休めるため、といっても、休んでるのは半分だそうだが、とか、
脳が雑多な情報を整理するため、というのは、わかってはいる。
でも、何故人生の三分の一以上も眠らないといけないのか。
そして、その間にみる『夢』には、
突拍子もないものが混ざっていたりする。
脳が、情報を整理するためというのなら、
あんな現実からかけ離れた夢を、何故みるのか。
あれはまだ、『睡眠』というものが必要だったとき、
今はもう、それも必要の無いものとなったが、夢をみた。
その夢はとてもリアルで、目が覚めた後も、
色鮮やかに細部まで思い出すことができた。
その夢の中で、私は、大きな城に父と母と、兄と妹と住んでいた。
その城には、そんなに大きくはなかったが、神殿が隣接されていた。
人を集めて説教をするとところではなく、
母一人がそこで祈りを捧げるための場所、といった感じだった。
内部は、とても美しかった。
透き通るように白い石でできた床。
美しい色合いの、輝くステンドグラス。
柱には見事な彫刻が施され、ステンドグラスの下の壁には、
美しい絵が描かれていた。
その神殿の中で、母はひざまずき、指を組み、
長い間瞑想するように、一心に何かを祈っていた。
父は、王だった。
目に見えない強大な力で、この国を治めていた。
同じ力をもつ兄は、跡取りとして、
父からも母からも信頼され、可愛がられていた。
母は、父を支える、言うなれば巫女だった。
巫女、というより、聖女、というのだろうか。
妹は、母の後を継ぐ者として尊重された。
そんな二人に比べ、
私は父から、『できそこない』の烙印を押されていた。
優秀な兄と妹に挟まれた私は、できそこないだった。
いや、正確には違う。
本当に『それ』ができそこないというのならば、
できそこないは妹の方だった。
妹は、母と同じ力をもってはいたが、微弱だった。
私は、母と同じ、いやたぶん、母より強い力を持っていた。
それを恐れて、母は私が自由に力を使えないようにした。
そして、必要なときにだけ、母の力と共に、私に力を使わせた。
『必要なとき』。
そう、妹が力を使うとき。
「本当は妹に力なんてない!
母上が勝手に私の力を、妹に与えてるだけ!」
何度も父に訴えたが、だめだった。
出来損ないが、嘘までつくようになったと、余計蔑まれただけだった。
悔しかった。
妹は、そんな絡繰りも知らず、
「私はお母様より力が強いのよ。」と思い上がるようになった。
だが、父はそんな妹を可愛がり、私を更に嫌悪するようになった。
その中で、兄は、兄だけは私をいつも気に掛けてくれた。
誰にも愛されない嫌われ者の私に、
いつも温かい眼差しを向けてくれていた。
父が私を邪険に扱うときも、兄は間に入って私を庇ってくれた。
そんな兄が大好きだった。
だから、私は兄を殺した。
母の抑制から抜け出したとき、私はこの国を滅ぼそうと思った。
力がなければ、いつまでも幸せになれないこんな国なんて、
滅んでしまえばいい。
一番上に立つ者が、自分の子供でさえ差別するこんな国、
滅んでしまえばいい。
滅ぼすのなんて簡単だ。
民衆の不満を煽ればいい。
父上、母上。
お前の可愛い娘に、その役をやらせてやるよ。
だが、兄にはこの国が、私にとっては最低だが、この家族が、
滅びるところを見せたくはなかった。
兄の顔が、苦痛と悲しみに歪むのを、見たくはなかった。
だから、兄を殺した。
唯一人私を愛してくれた人を、私は殺した。
目が覚めると、顔と髪の毛が濡れていた。
その原因が、自分が流した涙であると、ずいぶん経ってから気がついた。
ひどく混乱していたのだ。
今の今まで感じていた生々しい憎悪と罪悪感に、戸惑ってもいた。
ふと、手のひらに微かな痛みを感じて、
両手を布団から出して目の前に持ってくると、
両手のひらには、深く食い込んだ爪の跡が残っていた。
寝ている間に、両手を相当強く握りしめていたようだ。
手のひらの後ろに視線を移すと、見慣れた天井がそこにはあった。
朝の光がカーテンから漏れ出て、一筋の光の線を描いていた。
カーテンのそばは細く、離れるにつれて、扇型に広がっていた。
ほっとすると同時に、体から力が抜けた。
夢だった。
夢でよかった。
ぎゅっと目を閉じてから、再び開くと、
「どうしたの?泣いたの?」
寝ていたはずのともちゃんの声がした。
手を伸ばして、私の涙をてのひらで拭う。
「うん。」と頷いてから、
「嫌な夢を見た。」
と答える。
「夢?泣くほど嫌な夢?」
ともちゃんは、私の髪を撫でながら訊く。
「すごく怖い、夢だった。」
「すごく怖い夢?」
「うん。」
ともちゃんは、少し顔を曇らせた。
そして、何か言おうとしたとき、突然目覚ましが鳴った。
「七時か。」
ともちゃんは、目覚ましの音を消すために、枕元に腕を伸ばした。
その様子を感じながら、体を起こすと、頭に鋭い痛みが走った。
思わず体を曲げて、こめかみに手を当てる。
「頭痛いの?」
起き上がりながら、心配そうにともちゃんが訊く。
「うん。」
「寝てていいよ。」
「うん。大丈夫。」
少しの間、そのままの姿勢で、
こめかみを中指と人差し指で強く押していると、
頭痛は徐々に治まっていった。
なぜ、こんなことを今思い出す?
「誰も、君を恨んではいない!
だから!」
幸子さんの息子さんの真剣な声。
その響だけを残して、全ての音が消えた。
今まで聞こえていたバス通りを走る車の音でさえ、聞こえなくなった。
何のことを言ってるんだ?
私は混乱していた。
『恨む』という言葉に、動揺してもいた。
何だ?何のことだ?
誰が、誰を恨むって?
私が?いや違う。
『誰も、君を、恨んではいない?』
息子さんの言った言葉を、区切りながら繰り返す。
『誰も、君を、恨んで、は、いない』
・・誰かが、私を、恨んでいた?
誰が、誰・・
はっと気がついた。
あの夢!
まさか、あの夢は、ほんとは夢じゃなくて。
「あきひろ、あなた。」
幸子さんが驚いたように、自分の息子に呼びかけた。
その途端、全ての音が戻った。
母親の声に、我に返った幸子さんの息子さん、あきひろさんは、
慌てて私から目をそらした。
乗り出した体を、ゆっくり元に戻す。
「あなたは、」
と、私が言いかけると、それを遮ってあきひろさんは言った。
「ごめん、これ以上、何も話せない。」
目をそらしたままのあきひろさんは、眉をきつくひそめ、とても辛そうだった。
それ以上、何も言うことも、訊くこともできなかった。
口の中で、そうですか、と呟いて視線を畳に落としたとき、
「でも!」
あきひろさんが、一際大きな声で言った。
「大丈夫だから!何も心配することはないから!」
顔をあげると、あきひろさんと目が合った。
改めて見たあきひろさんは、
ずっと前から知っている人のように、とても懐かしい気がした。




