31.もしかしたら、知ってる人?
思ったことがある。
なぜ、私には他の霊魂が見えないのか。
幸子さんの話だと、どこにでもいるようなのに、
私には見えない。
幸子さんの息子さんが初めて見た霊魂だった。
「でもね。」
幸子さんの声が聞こえて、私は我に返った。
「なぜ主人は迎えに来てくれないのかしらね。
普通、亭主が迎えに来るものよね。」
寂しそうに幸子さんは、空を見上げた。
「あの子が来てくれただけでも、嬉しいけど。
・・・やっぱりね。」
空を見上げる幸子さんの寂しそうな顔を見ながら、
なんと答えていいか、わからなかった。
魂だけになったとはいえ、まだこの後、
どうなるのか、私にはわからなかったから。
「もう、新しい命に生まれかわっちゃったのかしらね。」
ぽつりと言った後、ふっと笑顔になって
「あらあら、ごめんなさい。」
と、幸子さんは言った。
そのまま笑顔を見せながら、こちらを見る。
「私の話ばかりしちゃったわ。
そうよ、貴女のことを訊いてたんだわ。
みなみさんは、なぜあんな顔をしていたの?」
そう問われて、返答に困った。
まさか、まだ生のある人に、つらかったこの人生が、
また繰り返されるかもしれないという不安からだ、
なんてことは言えない。
「どうしたの?」
「いえ。」
なんて、言おうか、迷っていると、
「母さん。」
背中から、幸子さんを呼ぶ声がした。
後ろを振り向くと、
「困ってるじゃないか、そんな風に何でも立ち入って訊くもんじゃないよ。」
幸子さんの息子さんが、窘めるように言った。
「あら、ごめんなさい。そうよねぇ。」
はっと気がついたように幸子さんが言う。
慌てて、両手を振りながら、
「いえ、大丈夫です。」
と、幸子さんに言い、息子さんには
「ありがとうございます。」
と、言った。
幸子さんの息子さんと目が合ったとき、
なんだか、懐かしい気がした。
目を細め、息子さんが微笑む。
私のこと、知ってるのかな。
そう思ったとき、
「ハンサムでしょ?」
と、幸子さんの声がした。
慌てて、体の向きをかえる。
ふふっと幸子さんは笑った。
「はい。」
でも、本当に、知ってる人なのかもしれない。
あの世に逝けば思い出すのかもしれない。
「ごめんなさいね。
しつこく訊いたりして。」
幸子さんは、真顔で言う。
「いいえ、話せないとか、話したくないとかじゃないんです。
ただ。」
幸子さんは、ゆっくり前を向いた。
「ここに座っていると、魂だけになった人を見るの。
何人も見るときもあるし、全然見ないときもある。
ぼんやりただ歩いてる人もいるし、
嬉しそうに走っていく人もいる。
でもね、声をかけたのは貴女が初めて。」
「えっ、そうなんですか?」
「そうなの。」
幸子さんは私を見て微笑む。
「だって、怖いじゃない。
まだ私生きてるのよ。
たぶん、もうすぐお仲間になるでしょうけど。
でも、ちゃんとあの世に逝きたいもの。
へたに話しかけて、
魂だけになってもこの世に遺ることになっちゃったら嫌だもの。」
「じゃ、じゃあ、なぜ私に。」
話しかけたんですか、と言おうとして、気がついた。
「そう。息子が話しかけて、って言ったの。
あの人は大丈夫だから、って。」
思わず息子さんを見る。
息子さんは相変わらず笑顔だった。
やっぱり。
あの人は、私を知ってるんだ。
「私も、あなたは大丈夫だと思った。
この世に未練があって、遺ってるんじゃないと思った。」
それを聞いて、困った顔をしたらしい。
「あら、はずれた?」
ゆっくり首を横に振る。
「未練はあります。
もう少し、生きていたかったという。」
「あら。」
幸子さんは、口元に手をやる。
「でも、だからここに遺っているわけじゃないんです。
一緒に事故に遭った主人が、病院にいて、
もう脳死状態なんですが、主人の両親が、母が、延命を望んでいて。」
幸湖というコーギーと主人を待っていること。
主人が、一緒に逝くことを望んでいること。
義父が、幸湖と私を祓ってまでも、それを阻止しようとしていること。
を、全部幸子さんに話した。
幸子さんは、膝に両手を置いて、一つずつ頷きながら、聞いてくれた。
私が話し終わると、大きなため息を一つついた。
「私も、あの子が病気になったとき、
どんなことをしても治して、この世に留めたかった。
私がお義母様の立場だったら、同じことをするかもしれないわね。」
視線を下に向けると、綺麗に整えられた庭の隅に植えてある花が見えた。
「幸に言われました。
『ままだって、幸が死んだとき、悲しかったでしょう?
いっぱい泣いたでしょう?
親だったら、それが当たり前なんだよ』、と。」
幸子さんは、深く頷く。
「それはよくわかります。
でも、ともちゃん、主人の気持ちはどうなんでしょう?
自分の肉体のそばから動けないと、様子を見に行った幸が言ってました。
肉体から離れてしまった魂は、思い一つで、悪霊にもなれるようです。
そうなったら、あの世にも逝けなくなるかもしれません。
この世で、誰かを恨みながら永遠を過ごすようになったら。」
涙が溢れた。
「消えたいと思ったら、消えることもできるんです。
そうして、無に還ることも、できる、から。」
「大丈夫だ!君も、彼も、消えることはない!
だから、そんな風に考えるのは止めるんだ!」
再び、背中から声がした。
振り向くと、
片膝を立て、必死の形相の息子さんがそこにいた。
なんで、言い切れるの?
貴方は、ともちゃんと私の未来を知ってるの?
真剣に私を見つめる目がそこにはあった。




