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幸湖日記  作者: 炎華
37/73

30.幸子さん

「そんな顔をして、どうしたの?

急いでなければ、ちょっと寄っていかない?」

おばあさんは、ふんわり笑って手招きをする。

私は少し戸惑って、おばあさんに間の抜けた質問をする。

「私が、見えるんですか?」

「見えるわよ。当たり前じゃない。」

うんうんと頷きながら、おばあさんは応える。

垣根を、ないように通り抜けた私を驚きもせず、

「さあ、ここにお座りなさい。」

と、自分の横をぽんぽんと叩く。


おばあさんの座っている縁側は、二間を繋ぐ廊下の役割もしているようだ。

後ろの障子が開いていて、八畳くらいだろうか、和室が見えていた。

その部屋には窓がなかったが、縁側の大きく開いた窓から入る陽で、

とても明るかった。

部屋を挟んた向こう側の障子も開いていたので、

その外側も見る事が出来た。

廊下の向こう側に、少しだけリビングが見えていた。


勧められるまま、横に腰掛ける。

おばあさんは、うんうんとまた頷いて、ふんわり笑った。


縁側の左手側には、広そうな玄関の一部が見える。

その手前を左側に曲がっているところをみると、

奥の部屋にも繋がっていそうだ。

玄関から真っ直ぐのところにも部屋があるようだ。

閉まった障子に囲まれた一角が見える。


母の実家を思い出す。

こんな感じの造りだった。

今は、もうない。

母は、あの古い家を護りたかった。

自分のお母さんが、あの家をとても大事にしていたから。


「古い家でしょ。」

感慨を、柔らかい声が破った。

はっと気がついて振り向くと、横に優しい笑顔があった。

「じろじろ見てしまってすみません。

母の実家も同じような造りだったので。」

どぎまぎしながら答えると、

「あら、そう。お母様の。」

おばあさんは、にっこりと笑った。

「お姉さん、と、いつまでも『お姉さん』はないわね。

お名前は?」

「みなみ、です。」

あら、と、言いながらまたふんわり笑う。

彼女の笑顔は、人に安心感を与える。

つい、つられて微笑んでしまう。

そして、「あら」は彼女の口癖なのだろう。

「みなみさん。いいお名前ね。

私はね、幸子。

名前ほど幸せな人生じゃなかったけどね。」

「さちこ・・」

コーギー幸湖さんの顔が浮かび、途端に身内のような親しみを感じた。


  安いもんだ。


心の中で呟いた。

「どうかした?」

私は頭を振った。

「いえ。あの、私が飼っていた犬と同じ名前だったから。」

「あら。」

と、幸子さんは笑った。

「その子は今はどうしてるの?」

あなたがいなくなってしまって、と後ろにつくのだろう。

心配そうな響が、その言葉にはあった。

「何年も前に死にました。」

「そう。」

安心したように頷くと、急に寂しそうな顔になって

「いやね、生きてるものが死ぬのは。」

と、幸子さんは言った。

その言葉から、幸子さんの周りの沢山の人や生あるものが亡くなったのだろう、

と想像できた。

彼女をおいて。

「ところで。」

と前置きをして、

「どうしたの?あんな悲しそうな顔をして。」

と言った。

それに、応えようとしたとき、

「お祖母ちゃん、また独り言言ってるよ。」

と、女の子の小さな声がした。

振り向くと、向こう側の開いた障子のわきに

小学校低学年くらいの、女の子が立っていた。

「いいから。あっちへ行ってなさい。」

と、お母さんだろうか、若い女性の声が奥の方から聞こえた。

「はーい。」

と返事をしながら、

女の子は、お母さんの声のする方へ走っていってしまった。

誤解されて、幸子さんにご迷惑が、と戸惑っていると、

幸子さんは、気にした様子もなく、ふふっと笑った。

「あの子には、あなたが見えないのね。」

「はあ。」

曖昧に応える。

「あれね、私のひ孫なの。」

「ひ孫さんですか?」

驚いて、幸子さんを見直す。

「そうよ。

私、92歳だもの。」

すごいでしょ、というように幸子さんは胸を張る。

「ずいぶん長く生きちゃった。

でもね、そろそろあちらへ逝けそうなのよ。」

そう言うと、後ろを振り返る。

同じく振り向いて、幸子さんの見ているところを見ると、

最初見たときには気がつかなかったが、

70歳くらいの男性が八畳の部屋の隅に座っていた。

「あなたには見えるでしょ。

病気で亡くなった息子なの。」

驚いて幸子さんを見る。

幸子さんは、にっこり笑って頷く。

再び、男性に目をやると、男性は私に軽く会釈をした。

「一週間になるかしらね。

『かあさん、久しぶり。』

って。

びっくりしたわよ。」

そのときの様子が浮かぶ。

幸子さんは、すぐに笑顔になったことだろう。

「『遅いわよ。』って言ったの。

だって、そうでしょう?

何年、何十年待たせるのよって、言ったわよ。」

そう言いながらも、嬉しそうだった。

その笑顔を見ながら、考える。

幸子さんは、元々霊魂が見えたのだろうか。

それとも。

「一つ、伺ってもいいですか。」

その声が、やたら堅く聞こえたのだろう。

幸子さんは急に真顔になった。

「なんでしょう。」

「幸子さんは、以前から霊が見えたんですか。」

なんだ、そんなこと。というような身振りをして、

「いいえぇ、ここ二、三カ月位かしら。」

と、答えた。

「その前は、何も聞こえなかったし、見えなかったわよ。」

なのに、見えるようになった。

それは、どういうことだろう。

もしかすると。

「そのちょっと前に、転んで手の骨を折ったの。

倒れたときに、手をついたのね。

でも、支えきれなくて、頭をうって気を失っちゃったの。

気がついたら病院のベッドの上だったのね。

大騒ぎだったって、下の息子が言ってたわ。

『あら、そう。』

って、いつものように言ったら、すごく怒られたわよ。」

そう言って、幸子さんは笑った。

「その日の夜、眠れなくて、

昼間もずっと寝てるから、そうそう眠れないのよ。

骨折した所も痛むしね。

だから、睡眠薬をもらおうと少し身を起こしたとき、

話し声が聞こえたの。

それも何人もの人が話してる声。

こんな夜中に何かしら、と思ったけど、

どうせ眠れないからと思って、ナースコールを押したの。

すぐに看護師さんが来てくれて、何気なく、

「何人もの人の話し声が聞こえるんだけど」

って、言ったら、看護師さんは怪訝そうな顔をして、

「何も聞こえませんよ。」

って。

「え?」

って、耳をすましてみたら、本当に何も聞こえないのよ。

あら、気のせいかしら、と思って、

睡眠薬を飲んで、その日は寝ちゃったんだけどね。」

そう言うと、幸子さんはお茶を啜った。

「でもね、夜になると、聞こえるの。

人の声。

一人だったり、沢山だったり。

誰に訊いても、何も聞こえないって言うし。

そのうち、昼間も聞こえていることに気がついて。」

幸子さんは、手に持っていた湯飲みを、

私の座ったのとは反対側にあったお盆の上に置いた。

「これでもすごく悩んだのよ。

頭を打ったとき、打ち所が悪くて、

おかしくなっちゃったのかしら、なんて。」

両手の人差し指をたてて、こめかみに当て、

軽く押すポーズをする。

「昼間も夜もずっとベッドから動かず、

できるだけ寝るようにしてたんだけど、

何日かそれを続けてたら、看護師さんが来て、

足は大丈夫なんだから、少し歩いてみましょう、と言われちゃったの。

このまま寝たきりになられても困ると思ったんじゃない?

しぶしぶベッドから出て、

看護師さんに付き添われて、歩いてるときにね、

なんだか変な感じがしたの。

病院には似つかわしくないような人が、そこここにいるのよ。

ちらっとドアの開いた病室を見るとね、

ベッドの横に立ってたり、

お見舞いの御家族なのかな、っていう人達の後ろにそーっといたり。

でも、そこにいる人達には、その人が見えてないようだったの。」

そこで、言葉を切ると、幸子さんはお盆に置いた湯飲みを取り上げた。

が、中身がないことに気がつくと、またお盆に戻した。

「そのとき、気がついたのよ。

今聞こえてる声も、あそこに見えている人も、

この世のものじゃないんじゃないかって。」

幸子さんは、少し悲しそうな顔をしたが、

うん、と頷くと、また元の笑顔に戻った。

「それがわかってから、声が聞こえても、姿が見えても、

逆に怖くなくなったの。

何がなんだかわからないときの方が、怖いものよ。」

そう言うと、幸子さんはにっこり微笑んだ。




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