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幸湖日記  作者: 炎華
30/73

24.散歩の合間に その3-自分だけの年表-

歩き出したままの後ろをついて行こうとしたとき、

ままは急に立ち止まった。

かと思うと、道の脇に広がっている畑の中に、

まさに脱兎のごとくの勢いで走り込んだ。

あっけにとられている幸を尻目に、

畑の中を、すごい勢いで縦横無尽に駆け回る。

霊魂なので、畑を荒らすということはないけれど。

「幸もおいでよ!」

呼びかけられて、

一瞬迷ったが、あまりにもままが気持ちよさそうなので、

一緒に楽しむことにした。

自分に突進してくるのを見るやいなや、

ままは、さっと、向きをかえて走り出した。

ままを追い掛ける!

ままは素早く、右に曲がって幸をかわす。

また追い掛ける!

素早くかわされる。

うさぎになったままは、足も動きも速かった。

「ずるいよ~ まま~ 少し加減してよ-。」

思わずそんな言葉が出たところで、ままは突然畑に倒れ込んだ。

慌てて駆け寄ってみると、幸せそうに畑の土の上に転がっていた。

なんだ、びっくりした。

命が尽きちゃったのかと思った。

・・・もう死んでるけど。

「ずっと、やってみたかったんだ。

でも、生きてるときにやったら、問題になるからね。」

「心配して損した!」

と言って、幸も転がった。

久しぶりに、土に背中をすりすりした。

お日様が眩しかった。


転がった所には、何も植わってなかったが、

区切った隣りの区画には、青い葉っぱが見える。

「まま、あれは何?」

「どれ-?」

ままはゆっくり幸の見ている方を見る。

眠そうだ。

霊魂は眠らなくても大丈夫なのに、今のままは眠そうだった。

「なんだろう?大根かなぁ。

あっちには、トウモロコシの苗があったよ。

まだちっちゃかった。」

上げた頭を土に沈めて、ままは目を閉じた。

まだそんなに暑くない日差しが、気持ちよかった。


  えっ?

  なんで、そんなの感じるの?


慌ててままを見ると、さっきの姿勢のままだった。

その姿を見ていると、なんだかどうでもよくなってきた。


  まぁ、いいか。

  風は今までにも感じてたし。


さわさわと畑に植わっている野菜の葉が、風に揺れる音が聞こえてくる。

斜面の樹木の葉のこすれる音も混ざっているようだ。


「まだ生きてるときに思いついたことなんだけど。」

俯せになりながら、ままが突然喋りだしたので、びっくりした。

「あ、う、うん。」

慌てて返事をする。

「あれ?ごめん。驚いた?」

「うん、寝てたと思ってた。」

「寝てないよ。考えてた。」

ままはころりと、仰向けになった。

「生まれかわるのってさ、必ず未来にだと思う?」

青い空を見ながら、ままは言う。

「・・・どういうこと?」

「うん。過去に生まれかわることもあるんじゃないか、と思って。」

「え?え?だって、そんなことになったら、」

「今の歴史がかわる?」

「うん。」

「今のこの状態の私達は、時間的には前にしか進めない。

でも。

例えば、年表を思い出してみて。

幸は、年表はわかる?

人間の言葉が今わかるくらいだから、

前世に人間だったことがあると思うんだよね。

だから、幸にはわかると思うけど。」

そう言うと、にっこり笑って、ままは幸の方に顔を向けた。

「年表・・・。」

その名前を持つ物の記憶をさぐりつつ、

仰向けから、フセの形に、ゆっくり姿勢をかえた。

なんだか、不安になってくる。

ままは何を言い出す気だろう。

「・・わかるよ、年表。

その年に何があったか書いてあるやつ。」

「そう。それを思い出してみて。

始まりから、今その時にあったことまで見る事ができるよね?

あっちでは、そういう状態にいられるとしたら?

その年表は自分だけの年表で、

そして、それに自由に書き込めるとしたら?」

「あっ。」

「どんなに他の人が過去を変えようとも、

自分だけの年表は変わらない。

ただ、そういった事象という線が、世界?が増えていくだけ。

例えば、今、幸と霊魂で転がってる世界、

まだ、私は生きてる世界、幸とは巡り会わなかった世界、

ともちゃんと巡り会わなかった世界。

過去に生まれかわることによって、

そこから色々な世界ができあがるけど、

『大元の私』、つまり『年表を見ることのできる私』の世界、

つまり『大元の私の年表』だけは変わらない。

自分で書き込んだその部分が増えるだけ。」

手を横に広げ、巻物を見ているようなポーズを、ままはとる。

「もしかしたら、大元の私はずっと未来にいて、

この過去をもう一度やり直そうと思って、ここを選んだのかもしれない。

それか、自分で選ぶことはできなくて、

ここで達成しなくちゃいけないことがあって、

何度もこさされてるのかもしれない。」


  望まない、つらい世界。

  何度生まれかわってきても、同じ。

  何かを、何かの目標を達成できるまで、

  何度も何度も何度も!


幸は、思わず叫んだ。

「そんなの嫌だよ!

もし、戦争にいって、

したくないのに、相手の兵士を殺す。

そして、戦場で、撃たれて死ぬ。

もしかしたら、拷問されるかもしれない。

そして死ぬかもしれない。

そんなところへ、何かを達成するためとはいえ、

何度も何度も何度も送り込まれたら!」

体が、震える。

じっとしていられなくなって、立ち上がる。


  そんな所へ何度も送り込まれるくらいだったら、

  消えてなくなっちゃった方がいい!


「怖い!怖いよう!」

ままは飛び起きて、幸の体をぎゅっと抱きしめた。

正確には、顔。

「ごめん!本当にそうなわけじゃないから!

ままの想像だから!」

ままはありったけの力で、幸の顔をぎゅっとする。

「でも!でも、そうなのかもしれないじゃない!

選んで生まれ変われるなら、必ず幸せになれるところに生まれ変わるよ!

裕福で、可愛がってくれる人の子供になりたいと思うよ!

平和な国に生まれたいと思うよ!

だったら、どうして、虐待されて死ぬ子供がいるの?

どうして、いつ死ぬかわからないような所に生まれるの?

どうして、道具扱いする親の所に生まれてくるの?

ねえっ!ままっ!」

震えも言葉も止まらなかった。

怖い考えが、次々あふれ出して、自分でも止められなくなった。

「動物に生まれかわって、生きたまま狩られて食べられるなんて嫌だよ!

蟻に生まれかわったら、踏みつぶされて死ぬかもしれない。

魚に生まれかわって、大きな魚に生きたまま食べられるかもしれない。

鼠になって、生きたまま蛇に丸呑みされるかもしれない。

人間に生まれかわっても、怖い思いを沢山して、

痛い思いを沢山して、嫌な思いを沢山して、死ぬのかもしれない!

それが何度も繰り返されたら・・

嫌だっ!怖い!怖いよぉっ!」

興奮して叫ぶ幸に、何度はね飛ばされても、

ままは、その度に幸の顔に抱きついた。

最後にままをはね飛ばしたとき、幸はその衝撃で、

やっと我にかえった。

ままはようやく立ち上がり、ほっとした顔で近づいてきた。

「ごめん、ままが悪かった。変な話をして。」

項垂れた幸の顔に、ゆっくり、ままが額を寄せた。

こつんと当たる感覚。

柔らかい声で、ままが言う。

「もう何も考えなくていいから。

ぱぱが来るのを待って、

みんなであっちへ逝くことだけ考えればいいから。

おじいちゃんとおばあちゃんは、

あっちへ還るのを、嫌がってなかったんでしょう?」


桜の花びらが降る中を、

おじいちゃんとおばあちゃんは、一度顔を見合わせると、

にっこり微笑みあった。

そして、振り返って幸に手を振ると、

肩を並べて、歩いて行った。


「うん。」

「だったら、怖いことなんてないから。」

「うん。」

「うん。」

ままと幸は、いつまでもそうしていた。

足下の土が、ほんのり温かかった。





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