24.散歩の合間に その3-自分だけの年表-
歩き出したままの後ろをついて行こうとしたとき、
ままは急に立ち止まった。
かと思うと、道の脇に広がっている畑の中に、
まさに脱兎のごとくの勢いで走り込んだ。
あっけにとられている幸を尻目に、
畑の中を、すごい勢いで縦横無尽に駆け回る。
霊魂なので、畑を荒らすということはないけれど。
「幸もおいでよ!」
呼びかけられて、
一瞬迷ったが、あまりにもままが気持ちよさそうなので、
一緒に楽しむことにした。
自分に突進してくるのを見るやいなや、
ままは、さっと、向きをかえて走り出した。
ままを追い掛ける!
ままは素早く、右に曲がって幸をかわす。
また追い掛ける!
素早くかわされる。
うさぎになったままは、足も動きも速かった。
「ずるいよ~ まま~ 少し加減してよ-。」
思わずそんな言葉が出たところで、ままは突然畑に倒れ込んだ。
慌てて駆け寄ってみると、幸せそうに畑の土の上に転がっていた。
なんだ、びっくりした。
命が尽きちゃったのかと思った。
・・・もう死んでるけど。
「ずっと、やってみたかったんだ。
でも、生きてるときにやったら、問題になるからね。」
「心配して損した!」
と言って、幸も転がった。
久しぶりに、土に背中をすりすりした。
お日様が眩しかった。
転がった所には、何も植わってなかったが、
区切った隣りの区画には、青い葉っぱが見える。
「まま、あれは何?」
「どれ-?」
ままはゆっくり幸の見ている方を見る。
眠そうだ。
霊魂は眠らなくても大丈夫なのに、今のままは眠そうだった。
「なんだろう?大根かなぁ。
あっちには、トウモロコシの苗があったよ。
まだちっちゃかった。」
上げた頭を土に沈めて、ままは目を閉じた。
まだそんなに暑くない日差しが、気持ちよかった。
えっ?
なんで、そんなの感じるの?
慌ててままを見ると、さっきの姿勢のままだった。
その姿を見ていると、なんだかどうでもよくなってきた。
まぁ、いいか。
風は今までにも感じてたし。
さわさわと畑に植わっている野菜の葉が、風に揺れる音が聞こえてくる。
斜面の樹木の葉のこすれる音も混ざっているようだ。
「まだ生きてるときに思いついたことなんだけど。」
俯せになりながら、ままが突然喋りだしたので、びっくりした。
「あ、う、うん。」
慌てて返事をする。
「あれ?ごめん。驚いた?」
「うん、寝てたと思ってた。」
「寝てないよ。考えてた。」
ままはころりと、仰向けになった。
「生まれかわるのってさ、必ず未来にだと思う?」
青い空を見ながら、ままは言う。
「・・・どういうこと?」
「うん。過去に生まれかわることもあるんじゃないか、と思って。」
「え?え?だって、そんなことになったら、」
「今の歴史がかわる?」
「うん。」
「今のこの状態の私達は、時間的には前にしか進めない。
でも。
例えば、年表を思い出してみて。
幸は、年表はわかる?
人間の言葉が今わかるくらいだから、
前世に人間だったことがあると思うんだよね。
だから、幸にはわかると思うけど。」
そう言うと、にっこり笑って、ままは幸の方に顔を向けた。
「年表・・・。」
その名前を持つ物の記憶をさぐりつつ、
仰向けから、フセの形に、ゆっくり姿勢をかえた。
なんだか、不安になってくる。
ままは何を言い出す気だろう。
「・・わかるよ、年表。
その年に何があったか書いてあるやつ。」
「そう。それを思い出してみて。
始まりから、今その時にあったことまで見る事ができるよね?
あっちでは、そういう状態にいられるとしたら?
その年表は自分だけの年表で、
そして、それに自由に書き込めるとしたら?」
「あっ。」
「どんなに他の人が過去を変えようとも、
自分だけの年表は変わらない。
ただ、そういった事象という線が、世界?が増えていくだけ。
例えば、今、幸と霊魂で転がってる世界、
まだ、私は生きてる世界、幸とは巡り会わなかった世界、
ともちゃんと巡り会わなかった世界。
過去に生まれかわることによって、
そこから色々な世界ができあがるけど、
『大元の私』、つまり『年表を見ることのできる私』の世界、
つまり『大元の私の年表』だけは変わらない。
自分で書き込んだその部分が増えるだけ。」
手を横に広げ、巻物を見ているようなポーズを、ままはとる。
「もしかしたら、大元の私はずっと未来にいて、
この過去をもう一度やり直そうと思って、ここを選んだのかもしれない。
それか、自分で選ぶことはできなくて、
ここで達成しなくちゃいけないことがあって、
何度もこさされてるのかもしれない。」
望まない、つらい世界。
何度生まれかわってきても、同じ。
何かを、何かの目標を達成できるまで、
何度も何度も何度も!
幸は、思わず叫んだ。
「そんなの嫌だよ!
もし、戦争にいって、
したくないのに、相手の兵士を殺す。
そして、戦場で、撃たれて死ぬ。
もしかしたら、拷問されるかもしれない。
そして死ぬかもしれない。
そんなところへ、何かを達成するためとはいえ、
何度も何度も何度も送り込まれたら!」
体が、震える。
じっとしていられなくなって、立ち上がる。
そんな所へ何度も送り込まれるくらいだったら、
消えてなくなっちゃった方がいい!
「怖い!怖いよう!」
ままは飛び起きて、幸の体をぎゅっと抱きしめた。
正確には、顔。
「ごめん!本当にそうなわけじゃないから!
ままの想像だから!」
ままはありったけの力で、幸の顔をぎゅっとする。
「でも!でも、そうなのかもしれないじゃない!
選んで生まれ変われるなら、必ず幸せになれるところに生まれ変わるよ!
裕福で、可愛がってくれる人の子供になりたいと思うよ!
平和な国に生まれたいと思うよ!
だったら、どうして、虐待されて死ぬ子供がいるの?
どうして、いつ死ぬかわからないような所に生まれるの?
どうして、道具扱いする親の所に生まれてくるの?
ねえっ!ままっ!」
震えも言葉も止まらなかった。
怖い考えが、次々あふれ出して、自分でも止められなくなった。
「動物に生まれかわって、生きたまま狩られて食べられるなんて嫌だよ!
蟻に生まれかわったら、踏みつぶされて死ぬかもしれない。
魚に生まれかわって、大きな魚に生きたまま食べられるかもしれない。
鼠になって、生きたまま蛇に丸呑みされるかもしれない。
人間に生まれかわっても、怖い思いを沢山して、
痛い思いを沢山して、嫌な思いを沢山して、死ぬのかもしれない!
それが何度も繰り返されたら・・
嫌だっ!怖い!怖いよぉっ!」
興奮して叫ぶ幸に、何度はね飛ばされても、
ままは、その度に幸の顔に抱きついた。
最後にままをはね飛ばしたとき、幸はその衝撃で、
やっと我にかえった。
ままはようやく立ち上がり、ほっとした顔で近づいてきた。
「ごめん、ままが悪かった。変な話をして。」
項垂れた幸の顔に、ゆっくり、ままが額を寄せた。
こつんと当たる感覚。
柔らかい声で、ままが言う。
「もう何も考えなくていいから。
ぱぱが来るのを待って、
みんなであっちへ逝くことだけ考えればいいから。
おじいちゃんとおばあちゃんは、
あっちへ還るのを、嫌がってなかったんでしょう?」
桜の花びらが降る中を、
おじいちゃんとおばあちゃんは、一度顔を見合わせると、
にっこり微笑みあった。
そして、振り返って幸に手を振ると、
肩を並べて、歩いて行った。
「うん。」
「だったら、怖いことなんてないから。」
「うん。」
「うん。」
ままと幸は、いつまでもそうしていた。
足下の土が、ほんのり温かかった。




