23.散歩の合間に その2-あれは、誰だったんだろう-
「まま!」
慌てて、ままの首筋に噛みついた。
「いたっ!何すんの!」
急速にままの姿が元に戻る。
幸の顔を見ると、気がついたように、
「あ、また薄くなってた?」
こくりと頷くと、ままは困ったように笑った。
「だめだね。
何のために生きたのか、とか、
無駄だったんじゃないか、とか思うと、消えそうになる。
頭の中もぼんやりしていくよ。」
そんなままを見ていられなくなって、
「もう、帰ろうよ。」
と、立ち上がった。
「うん。」
と言ったものの、ままが動く気配はない。
仕方なく、また座った。
今度は、前を向いていてもままの姿が見える位置に座り直した。
幸が座ったのがわかったのか、また、ままが話し出す。
ずっと、前を見たまま。
「ままのお父さんは、自分が信じているものが一番でないと嫌なのね。
それは、多少は誰もが思ってることだと思うけど。
それが他人の中でも一番じゃないことが許せないの。
勉強なんか嫌いだから、
それで他人より劣っていてもかまわないけど、
野球に関しては、ものすごい、なんだろうあれは。」
ままは、そこでため息をついて言葉を切った。
「「私は野球より、サッカーの方が好き。」なんて言おうものなら、
怒鳴られて蔑まれた上に、顔合わせる度に、
「ああ、お前は野球嫌いなんだな。
だったらここで、テレビ観るな。」
とか嫌な事をずーっと言われる。
お母さんはその間どうしてるかって言うと、黙ってる。
そして、後で、
「お父さんに、あんなこと言うから。」って言う。」
ままのお父さんは、幸のおじいちゃんで、
ずっと一緒にいたおじいちゃんは、同じ人で・・
でも、違う、全然違う。
誰だったんだ?あれは。
「若い頃に近所の草野球で、ピッチャーをやってて、
誰よりも速い球を投げられたらしいんだよね。
だから、プロ野球をテレビで観ながら、
「あんなの、俺はもっと速い球を投げてた。」
って、すぐ言うんだよ。
見下して、俺の方が上だってね。
だから、イチロウとか、大谷とか、すごい選手のことは大嫌い。
みんなが「素晴らしい!」「すごい!」って言うから。
それが気に食わないのね。
すごい人のことは、誰もが「すごい!」って言うのは当たり前だよ。
本人は楽しんでるって言うかもしれないけど、
努力して、怪我しても乗り越えて頑張ってるんだもの。
お父さんに、「自分は何か努力してますか?」って言いたい。
そんなにすごいピッチャーだったなら、
どんなことしてでも続けりゃよかったじゃん。
家族を食わせるために稼がなくちゃいけなかったから、
なんて言うんだったら、結婚なんてしなきゃよかったじゃん。
そうすれば、私は『お父さんの道具』としてなんて
生まれてこなくてすんだのに。」
ずっと一緒にいたおじいちゃんは、そんなんじゃなかった。
あまり何か話さなかったけど、
ままのことすごく心配してた。
いつも
「助けてやれないのがつらい。」
って、言ってた。
あれは、誰だったんだろう。
「お母さんが病気で何もできなくなったとき、
お父さんは、文句たらたらだったよ。
「朝はちゃんと起きてこないし、何もしない。」
そりゃ、病気なんだから、しょうがないじゃない。
「お母さんが何もしないから、
俺がゴミ出しとか、掃除とか、買い物、全部やってるんだ!」
って。
そんなの当たり前だよ。
それ以上のことをお母さんが、今まで全部一人でやってきたんだよ。
お父さんの面倒を見て、育児をして、
家事をやりながら、パートにも出てたんだよ。
なのに、何もできなくなったら、
「あんな女!」
「あんな女のために、何もしてやるか!」
って、平気で言ってさ。」
おじいちゃんとおばあちゃんは、いつも寄り添ってて、
お互いの顔を見て、にっこり微笑みあってた。
おばあちゃんは、幸を膝に乗せてくれて、
背中をゆっくり撫でてくれて、
おじいちゃんも横に座って、
頭を撫でてくれて・・・
「私さ、本当につらいとき、
両親に「助けて」って言ったことないよ。
子供の頃からの経験で、アテにしてないしね。
なのに、お父さんは、困ったとき、
なーんにも自分でやろうとせずに、
ぐじぐじぐじぐじ言って、
相変わらず、怒鳴ったり、脅したりして、
私に色々やらそうとしたんだ。
「親を心配するのが、子供だろう!」
だって。
「道具のくせに、なんで俺の命令に従わないんだ。」
って私には聞こえたね。
「お父さんはお母さんが何もしないことで悩んでるかもしれないけど、
私にだって、悩みはあるんだよ。」
って、あるとき言ったら、
「お前の悩みなんか、大したことない!」
って言ったんだよ。」
そこまで聞いて、たまらなくなった。
だって、おじいちゃんは、
あのおじいちゃんは!
「おじいちゃんは、あのおじいちゃんは、そんなこと言わないよ。
ままのこと、心配して。
だって、あの目は本当にままのこと・・」
ままは、少し後ろに座る幸を見た。
幸がそんなことを言うのが、意外だという顔だった。
そして、不服そうに眉をひそめる。
「だって、おじいちゃんは、ままのこと、心配してた。
ままが、もしかしたら、
あっちへ来ないかもしれないって思ってたんだと思う。
だから、幸にままを連れて来てって、幸だけ残して逝ったんだ。」
幸が話し終えても、ままは黙っていた。
ずっと幸の目を見たままだった。
でも、眉を顰めるのは止めていた。
幸はずっとままの目を見ていた。
しばらく、見つめ合っていたが、
ままは、幸から目をそらすと、ゆっくり前を向いた。
遠くに同じ高さの丘に建てられたマンションが見える。
眼下には、家々の屋根と、その間を縫う道路が見える。
何台かの車が、向かいの丘に走っていくのが見えた。
風が吹いて、ままの耳を揺らす。
「幸とずっと一緒にいたおじいちゃんはさ。」
ままがゆっくり話し出す。
「ままのお父さんの記憶を持った別人だよ。」
えっ?
驚いてままを見る。
「おじいちゃん、死んであっちへ逝ったんだよね。
そして戻って来た。
あっちへ逝ったとき、全ての前世の記憶が戻ったんじゃないのかな。
色々な経験の記憶。
それが統合されて、今世のお父さんの記憶がプラスされて、
この世に戻って来た。
今世のお父さんは、『みなみのお父さん』ってところもあったんだよ。
『自分が一番』でも、やっぱり私の、娘の心配はしてた。
それに、
前世で、誰かのお父さんだったときもあっただろうし、
もしかしたら、お母さんだったときもあったかもしれないしね。」
ままは、そう言うと、
お父さんがお母さんだったかもという思いつきに対して笑った。
「だから、幸と一緒にいたおじいちゃんは、
私のことを真剣に、一番に思っててくれた。
そういうことなんじゃないかな。」
うん。
きっとそうなんだ。
おじいちゃんは、本当にままを思ってた。
「納得いったかな?」
ままは立ち上がると、くるりとこちらを向いた。
「うん。」
幸が頷くと、嬉しそうに微笑んだ。
「じゃ、納得したところで、そろそろ帰ろうか。」
幸が立ち上がるのを待って、ままは歩き出した。




