20.子供が死んでしまったら。
「ぱぱに何か伝えるの?」
幸がそう訊くと、
「うん。」
と、ままは頷いたきり、しばらくの間、口を開かなかった。
ままは、しきりに何かを考えていたようだったが、
もう一度、うんと頷くと、こちらに向き直った。
「『私がなんとかするから、気を落とさないで待ってて。』って伝えて。」
「ままが、どうにかするの?」
ままがどうにかして、どうにかなるんだろうか。
なんだか嫌な予感がする。
ぱぱは、論理的だが、
いったん頭に血が上ると、そのまま突っ走る傾向がある。
それを引き留めるのが、まま、だった。
だけど、ままは、本当は・・
「要はさ、ともちゃんを死なせたくない人がいるってことだから、
その人がいなくなればいい。」
ままは、真顔で言う。
・・・まま、怒ってる?
なんだか、一段階寒くなったような気がする。
ままが本当に怒ると、周りの空気が凍ったようになるんだ。
もう寒さも暑さも感じないはずなのに、寒気を感じる。
「お義父さんにとって、お義母さんが一番大切なのはよくわかる。
だから、お義母さんを悲しませたくないっていうのも。
でも、だからって、息子を犠牲にするのは許せないよ。」
気がつくと、ままは人間の姿に戻っていた。
だけど、顔は無表情だった。
ままは、本当はぱぱ以上に直情的なんだ。
ぱぱがいたから、ぱぱが先に突っ走ろうとするから、
ままが引き留める側にまわっていただけなんだ。
だけど、ぱぱがいない今、ままを押し留めるものは何も無い。
「このまま、お義母さんが死ぬまで続くとしたら、
この先何十年も、ともちゃんはあのままでいなくちゃいけないんだよ。
あの世に逝けば、また生まれ変わってこられるのに。
なのに、自分がつらいから?悲しいから?
そんな理由で、息子を縛り付けておくって?」
ままは、話し続ける。
目だけが異様に光っている。
・・・怖い。
まま、本当に怒ってる。
体が震える。
「だから、お義母さんには、先に逝ってもらう。
同じ所に逝けるわけだし、その方がずっといいよね。」
まま、笑ってる。
口元が、歪んでる。
だめだよ。そんなことしたら・・・
そんなことしたら!
だめだ、声が出ない。
でも、ままを止めないと。
「お義父さんも、許さない。
もう、形もなくなって、
ただ、ともちゃんを待ってるだけなのに、
祓う?私を?やれるものならやってみろ!
・・・お前は、殺さないでおこう。
たっぷり孤独を味あわせてやる。」
ままの顔がだんだん歪んでくる。
まま、まま!
このままじゃ、ままが悪霊になっちゃう。
怖い!
ままは、怖いんだ。
怒ると、ぱぱより怖いんだ。
ぱぱでさえ、ままが怒ると何も言えなくなっちゃったんだ。
でも、ままを止めないと。
幸が止めないと!
勇気を振り絞って、声を出す。
「・・めだよ。」
掠れた声が出た。
ままが幸を見る。
すごく冷たい目だ。
怖いよ、怖い。
ぱぱ!幸に力を貸して。
「・・・だめだよ!
まま!じぃじもばぁばも、まだ冷静じゃないんだよ!
まだ、心の整理がついてないんだよ。
子供が死んで、悲しくない親なんていない。
ままだって、幸が死んだとき、悲しかったでしょ?
ずっとずっと泣いてたでしょ?
いつまでもいつまでも悲しかったでしょう?」
ままは、はっとしたように息をのんだ。
表情が、ほんの少し悲しげになったようだった。
もう少しもう少しだ。
「幸、知ってるよ。
まま、泣いてた。
ぱぱがお仕事に行っちゃったとき、
あそこの壁に寄りかかって泣いてた。
悲しかったでしょう?
ばぁばも同じなんだよ。」
ままは、じっと幸を見た。
その顔は、いつものままに戻っていた。
ままは、腕を伸ばし、幸を膝に乗せた。
「・・うん。そうだった。」
ゆっくり幸の頭を撫でる。
「ああ、久しぶりだね。
こうやって幸の頭を撫でるの。」
そうなんだ。
ずっと、ずっとこうやって撫でて欲しかったんだ。
ずっと、ずっと。
やっと、願いが叶った。
「まま。二人を許して。」
「うん。」
ままは幸の頭や背中を撫でながら、すぐに応えた。
「よかった。」
「元々、私が許す許さないの問題じゃないんだよ。
親だったら、みんなそう思うんだよね。」
ままは、幸の首に手をまわし、そっと抱きしめる。
しばらく、そうした後、ゆっくり手を離して、
また幸の背中を撫で始めた。
「目の前、真っ白になった。」
手が、止まった。
「真っ白っていうの、おかしいかもしれないけど。
生きてるときも、本当に腹が立ったとき、
血の気が下がって、体が冷たくなったの。
そのイメージなのかな。
目の前、真っ白だった。」
幸の背中に手を置いたまま、ままは言う。
「怒りしか、感じなかった。
ともちゃんの気持ちを考えたら、
お義父さんとお義母さんが、すごく憎くなった。」
「まま。」
「怖かった。
消えちゃいそうになったときと、全然違う。
なんだか、自分じゃない、違うものに変わっていくようだった。」
それを振り払うように、ままは、ほっと息を吐いた。
そして、幸の背中を再び撫で始める。
「ともちゃん、つらいだろうな。」
ぽつりと、ままが言った。
「幸が、なんとかするよ。
ばぁばに、幸がお願いしてみる。」
ままは幸を見つめた。
そして、
「それがいいかも。」
と、言った。
「うん。それが一番効果的かも。」
と、また言って笑った。




