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幸湖日記  作者: 炎華
26/73

20.子供が死んでしまったら。

「ぱぱに何か伝えるの?」

幸がそう訊くと、

「うん。」

と、ままは頷いたきり、しばらくの間、口を開かなかった。

ままは、しきりに何かを考えていたようだったが、

もう一度、うんと頷くと、こちらに向き直った。

「『私がなんとかするから、気を落とさないで待ってて。』って伝えて。」

「ままが、どうにかするの?」

ままがどうにかして、どうにかなるんだろうか。

なんだか嫌な予感がする。


ぱぱは、論理的だが、

いったん頭に血が上ると、そのまま突っ走る傾向がある。

それを引き留めるのが、まま、だった。

だけど、ままは、本当は・・

「要はさ、ともちゃんを死なせたくない人がいるってことだから、

その人がいなくなればいい。」

ままは、真顔で言う。

・・・まま、怒ってる?

なんだか、一段階寒くなったような気がする。

ままが本当に怒ると、周りの空気が凍ったようになるんだ。

もう寒さも暑さも感じないはずなのに、寒気を感じる。

「お義父さんにとって、お義母さんが一番大切なのはよくわかる。

だから、お義母さんを悲しませたくないっていうのも。

でも、だからって、息子を犠牲にするのは許せないよ。」

気がつくと、ままは人間の姿に戻っていた。

だけど、顔は無表情だった。

ままは、本当はぱぱ以上に直情的なんだ。

ぱぱがいたから、ぱぱが先に突っ走ろうとするから、

ままが引き留める側にまわっていただけなんだ。

だけど、ぱぱがいない今、ままを押し留めるものは何も無い。

「このまま、お義母さんが死ぬまで続くとしたら、

この先何十年も、ともちゃんはあのままでいなくちゃいけないんだよ。

あの世に逝けば、また生まれ変わってこられるのに。

なのに、自分がつらいから?悲しいから?

そんな理由で、息子を縛り付けておくって?」

ままは、話し続ける。

目だけが異様に光っている。

・・・怖い。

まま、本当に怒ってる。

体が震える。

「だから、お義母さんには、先に逝ってもらう。

同じ所に逝けるわけだし、その方がずっといいよね。」

まま、笑ってる。

口元が、歪んでる。


  だめだよ。そんなことしたら・・・


そんなことしたら!

だめだ、声が出ない。

でも、ままを止めないと。

「お義父さんも、許さない。

もう、形もなくなって、

ただ、ともちゃんを待ってるだけなのに、

祓う?私を?やれるものならやってみろ!

・・・お前は、殺さないでおこう。

たっぷり孤独を味あわせてやる。」

ままの顔がだんだん歪んでくる。

まま、まま!

このままじゃ、ままが悪霊になっちゃう。

怖い!

ままは、怖いんだ。

怒ると、ぱぱより怖いんだ。

ぱぱでさえ、ままが怒ると何も言えなくなっちゃったんだ。

でも、ままを止めないと。

幸が止めないと!


勇気を振り絞って、声を出す。

「・・めだよ。」

掠れた声が出た。

ままが幸を見る。

すごく冷たい目だ。

怖いよ、怖い。

ぱぱ!幸に力を貸して。

「・・・だめだよ!

まま!じぃじもばぁばも、まだ冷静じゃないんだよ!

まだ、心の整理がついてないんだよ。

子供が死んで、悲しくない親なんていない。

ままだって、幸が死んだとき、悲しかったでしょ?

ずっとずっと泣いてたでしょ?

いつまでもいつまでも悲しかったでしょう?」

ままは、はっとしたように息をのんだ。

表情が、ほんの少し悲しげになったようだった。

もう少しもう少しだ。

「幸、知ってるよ。

まま、泣いてた。

ぱぱがお仕事に行っちゃったとき、

あそこの壁に寄りかかって泣いてた。

悲しかったでしょう?

ばぁばも同じなんだよ。」

ままは、じっと幸を見た。

その顔は、いつものままに戻っていた。

ままは、腕を伸ばし、幸を膝に乗せた。

「・・うん。そうだった。」

ゆっくり幸の頭を撫でる。

「ああ、久しぶりだね。

こうやって幸の頭を撫でるの。」

そうなんだ。

ずっと、ずっとこうやって撫でて欲しかったんだ。

ずっと、ずっと。

やっと、願いが叶った。

「まま。二人を許して。」

「うん。」

ままは幸の頭や背中を撫でながら、すぐに応えた。

「よかった。」

「元々、私が許す許さないの問題じゃないんだよ。

親だったら、みんなそう思うんだよね。」

ままは、幸の首に手をまわし、そっと抱きしめる。

しばらく、そうした後、ゆっくり手を離して、

また幸の背中を撫で始めた。

「目の前、真っ白になった。」

手が、止まった。

「真っ白っていうの、おかしいかもしれないけど。

生きてるときも、本当に腹が立ったとき、

血の気が下がって、体が冷たくなったの。

そのイメージなのかな。

目の前、真っ白だった。」

幸の背中に手を置いたまま、ままは言う。

「怒りしか、感じなかった。

ともちゃんの気持ちを考えたら、

お義父さんとお義母さんが、すごく憎くなった。」

「まま。」

「怖かった。

消えちゃいそうになったときと、全然違う。

なんだか、自分じゃない、違うものに変わっていくようだった。」

それを振り払うように、ままは、ほっと息を吐いた。

そして、幸の背中を再び撫で始める。

「ともちゃん、つらいだろうな。」

ぽつりと、ままが言った。

「幸が、なんとかするよ。

ばぁばに、幸がお願いしてみる。」

ままは幸を見つめた。

そして、

「それがいいかも。」

と、言った。

「うん。それが一番効果的かも。」

と、また言って笑った。




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