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幸湖日記  作者: 炎華
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19.藤の花-黒龍-

幸とうさぎは、住んでいた家の縁台に座っていた。

「今年もなんとか咲いたね。」

うさぎのままは、無邪気にはしゃいでるけど、

この不安定な幽霊を維持させとくのが大変なんだよ。

ままは、生きてるときから精神的に不安定で、

ぱぱが傍についていたから、なんとかなっていた。

のを、幸は死んでから知りました。

ここひとつき、ぱぱの偉大さがとってもよくわかりました。

その、ぱぱは全然来ないし。

早く来てくれないと、幸の方が消滅しちゃいそうだ。


「この藤はさ、幸と初めて会った日の帰りに買ったんだよ。

花が咲くのに、10年かかったよ。」

ままが言う、『幸と初めて会った日』というのは、

ままがインターネットにあげられていた幸に一目惚れして、

ブリーダーさんの所に会いに来た日のことです。

そして、ままの言う『藤』は『黒龍』という八重の花が咲く藤で、

この庭での、染井吉野と共に、二大巨頭の一つです。

花が咲いた、とはいえ、

全部の枝に咲くわけではなく、一枝にかたまって咲くので、

『見事』ではない。

今んとこ、染井吉野に負けてるよね。

染井吉野と同じく、植木鉢には植えてはあるけど、

庭を覆うコンクリートの下まで突き抜けて、

根が張っているのは確実で、

そうでなきゃ、こんなに大きくはならないよね。


「お義母さんが、この藤を咲かすんだって、毎年頑張ってて、

やっとコンスタントに毎年咲くようになったね。

房の数も、少しずつ増えてるね。」

そう話すままのいる右側を見たとき、

道路に面した、可動式の柵の向こうに男の人が立っているのに気がついた。

幸の視線に気がついて、ままも右側を見る。

「お義父さん。」

そうだ。ぱぱのお父さんだ。

幸はあまり会ったことがないので、はっきり顔を覚えてなかった。

ぱぱのお父さんなので、『ばぁば』にあわせて、『じぃじ』と呼ぶことにする。

じぃじはじっとままと幸の方を見ている。

姿、見えるのかな?

「みなみちゃん?」

名前を呼ばれて、ままは飛び上がった。

そして、おそるおそる

「お義父さん?」

と訊ねた。

その一言には、色々な意味が含まれていた。

「我々の姿が見えるんですか?」

「見えるとしたら、うさぎの姿の私が『みなみ』とわかるんですか?」

じぃじは、少し表情を緩めて言った。

「ああ。そこにいるんだね。」


柵を開けて、じいじは庭へ入ってきて、

緩やかにままの斜め右側に立った。

視線が少しずれていることを訝しく思ったとき、

「姿が見えるわけじゃないんだよ。」

と、じいじは言った。

「声が、聞こえるだけなんだ。」

じぃじは、ままの上に座らないように注意しながら、

少し離れた所に腰を下ろした。

「そこを歩いていたら、みなみちゃんの声が聞こえた気がして、

寄ってみたんだ。」

じぃじは、藤の花を見上げた。

「ああ、綺麗に咲いたね。

これを見に来たんだね。」

「・・はい。」

と、ままが応える。

それきり、誰も何も喋らなかった。

表通りを走る車の音が聞こえる。

駅へ向かうバスが、一際大きな音を立てて通り過ぎて行った。

「ともは、今、脳死状態だ。」

えっ?

ままと幸は、同時にじぃじを見た。

「でも、お母さんが、まだともは生きてると。

心臓も動いてるし、体も温かいから、って、

機械をはずさせないんだ。」

だから、ぱぱは来られないんだ。

体がまだ生きてるから。

脳は死んでるのに、体が無理矢理生かされてるから。

「・・・ともちゃんは、何て言ってるんですか。

お義父さん、私の声が聞こえるなら、ともちゃんの声も聞こえるんでしょう?」

じぃじは、ままの問いに答えなかった。

じっと、藤の花を見たままだった。

「お義父さん。」

「このまま、一人で逝って欲しい。」

じぃじは、振り絞るようにそう言った。

驚いて見つめるまま。

じぃじは、ぎゅっと目を閉じていた。

幸には、とてもつらそうに見えた。

それでいて、ままが「わかりました」と言うのを待ってるかのようにも。

ままは、眉をひそめ、しばらくじぃじを見ていたが、

やがて口を開いた。

「私は、ともちゃんを待ちます。」

じぃじは、目を開いた。

そして、先程よりつよい口調で言った。

「逝ってくれ!ともを連れていかないでくれ!

このまま残るというのなら・・」

「私を祓いますか。」

「・・・そうだ。」

ままは、ほっと息を吐くと、静かに言った。

「私は、ともちゃんに取り憑いているわけではないんです。

ともちゃんが待っててと言ったから、待ってる。

ともちゃんがもう待たなくていいと言えば、逝きます。」

「ともは、ともは、」

「ともちゃんのことは、ともちゃんが決める。

他の誰かが決めることじゃないんです。」

じぃじは、何か言いかけて、やめた。

そして、黙って立ち上がると、そのまま柵の外へ出て行った。


「まま。」

じぃじが去った方向を、ずっと見ていたままは、

幸に呼ばれて振り返った。

「お義父さんは、お義母さんを悲しませたくないんだよ。」

「・・・うん。」

「長丁場になるね。」

「・・・うん。」

ぽつりぽつりとままは言葉を繋ぐ。

そして、

「さっちゃん。」

改めて呼ばれて、ままを見ると、

「ぱぱの所へ行ってきて欲しいよ。」

ままはにっこり笑ってそう言った。




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