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幸湖日記  作者: 炎華
24/73

5月2日

あれから、あのときから、どれくらい時間が経ったのだろう。

俺の体は、集中治療室から個室に移されていた。

窓の外の景色は、位置が変わっただけで、ほとんど同じだ。

この病院は、カギカッコ型に建物が建っていて、

バスやタクシーの到着する場所や駐車場が、カギカッコの中にある。

この部屋の窓は、その様子が眺められるようになっている。

その向こうは、山になっていて、

二階のこの部屋からは、その先を見る事はできない。

ただただ、この建物に出入りする人や車を眺めているだけだ。


夜が来て、朝が来て、眠る必要のなくなった俺は、ずっとここにいる。

夜が来て、朝が来て、夜が来て、朝が来て、

どれくらい時間が経ったのか、わからなくなった。

何年も何ヶ月も経ったわけじゃない。

たぶん、たぶんだが、ひとつき。

ひとつきだけ、過ぎていったと思う。

それでも、俺には長すぎる時間だ。

早く、逝かなければいけないのに。

あの子の、あの子達の元へ。


体とは折り合いがついている。

もう、自力で動いているわけではない。

ただ、両親が、俺を生かして欲しいと医者に願っているだけだ。



  「やめろっ!」

俺は叫んだ。

  「俺は逝かなくちゃいけないんだよ!今すぐに!

  みなみの所へ!」

泣きながら訴えるお袋のそばで、俺は懇願した。

  「やめろよ、やめてくれよ。

  こんな所に留まっているわけにはいかないんだ。

  もうそいつは生き返らないんだよ!

  どんなことしたって、無駄なんだ!

  お袋は本当はわかってるんだろ?

  だったら、俺を自由にしてくれよ、今すぐにっ!」


「わかりました。」

医者が言う。

お袋は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。

「ありがとうございます。」

俺は呆然と、その光景を眺めた。

絶望が、後から襲ってきた。

  「あああっ!」

俺は頭を抱えた。

そして、いきなり窓に突っ込んだ。

できなかった。

窓に触れることさえできなかった。

正確には、窓のぎりぎりの所で、引っ張られるように止まった。

この向こうには、みなみと幸がいるのに。

俺を待っているのに。

  「ごめん。いけない。

  二人の所へ。

  俺は、いけない。」

涙が溢れた。

俺は膝から崩れ落ち、その場に座り込んで泣いた。

大声をあげて泣いた。

幸が逝ってしまったときのように。



あれから、幸は、もちろんみなみも来ない。

もう二人で逝ってしまったのだろうか。

「ままが、消えちゃう!早くしないと、ままが消えちゃうよ!」

あのとき叫んだ幸の声が聞こえてくる。

そうなる前に、幸はみなみを連れて逝くだろう。

二人で逝ってしまうだろう。

俺をおいて。

そう考えると、絶望感と胸が潰されるような悲しみが襲ってくる。

いや、待っててくれる!

二人は、俺を待ってる。


そんな考えにふけってたせいで、俺は親父が入って来たことに気がつかなかった。

「とも。いるのか。」

急に呼ばれて、俺は驚いて振り返った。

「親父。」

親父は俺を見た。

俺の声のする方向を。

まるで、俺が見えるかのようだ。

「親父、俺が見えるのか?」

期待せず、訊いてみる。

「いや。声が聞こえるだけだ。」

いつものように、言葉少なく、ぶっきらぼうな返答がかえってきた。

親父に霊魂が見える、

いや、声が聞こえるという話は聞いたことはない。

ずっとそうだったのだろうか。

「いや、お前達が事故にあったとき、

この病院のベンチに座ってたら、みなみちゃんの声が聞こえたんだ。」

親父は、俺の心を読んだように応えた。

「急にお母さんが、『みなみちゃん』って叫ぶから、

俺はてっきり、お母さんの頭がおかしくなったのかと思った。

でも、俺の耳に、何か話してる声が聞こえてきた。

それがだんだんはっきり聞こえる様になって、

みなみちゃんの声になった。

あっ、と思ったとき、

『お義父さんも、お元気で。』

って、はっきり聞こえて、何も聞こえなくなった。」

親父は、俺の足下に視線を落とした。

「とも。

お母さんを恨まないでくれよ。

母親にとって、子供が先に死んでしまうということは、

自分が死ぬことよりつらいんだ。

いや、待て。

言いたいことはわかる。

こうやって、姿形が存在しているだけでも、

心の支えになるんだよ。

もしかしたら、医学が進歩して、

将来、生き返る事があるかもしれない。

そんな思いがあるんだよ。

現に霊魂のお前は、そこにいる。」

「俺は。」

俺の声に、親父は視線を上げた。

「お袋のために生きてきたんじゃない。」

親父は、表情をかえず、俺の方を見ている。

「俺は俺のために生きてきた。

そして、みなみと出会ったときから、みなみのために生きてきた。

みなみがこの世にいなくなった今、

俺がこの世に留まる理由はない。

例え、この体に戻ったとしても、

みなみがいない人生なんて、もうどうでもいい。

大嫌いな人間達をぶち殺して、再び俺も死ぬだけだ。」

憎悪のありったけを込めて、親父にぶつけた。

親父は目を閉じ、しばらくそこにいたが、

やがて背中を向け、ぽつりと言った。

「じゃあ、このままが一番いいな。」

俺が言葉を発する前に、ドアを開けて出て行った。

俺は項垂れ、なすすべもなくその場に立ち尽くした。




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