14.幸たちのこと
「まま。久しぶりにお散歩に行こうよ。」
ばぁばが、ぱぱ達のおうちの鍵を閉め、
自分の家に帰って行くのを見送った後、
暗い顔のままを誘った。
「行けるの?
だって、山の上は。」
「行けるよ。
ままと幸が、ぱぱを待っているあの場所は、
『生あるもの』は来られないようになってるの。
ままが階段を登ってきたとき、
後ろが水でいっぱいだったでしょう?
あれを越えてきて、最後に、幸が造ったのは花びらの橋だったけど、
『橋』を渡って初めてあそこに来られるんだよ。
だけど、それを越えて来たものは、もうどこにでも行ける。
ただし、姿は生きてるものには見えないけどね。」
「そうなんだ。」
「わかったら、行くよ!」
ままの返事を待たず、山に向かって走り出した。
「あっ!ままをおいていくなぁっ!」
後ろからままの声がしたが、かまわず走る。
だが、階段の途中で、ままに追い抜かれた。
「どうだ!みたかぁ!うさぎの駿脚!」
「にゃにを~!」
山の上まで全速力の競争になった。
「うさぎの勝ち~。」
階段の一番上でままが振り向く。
そのしたり顔ときたら。
汚い!
ままが人間だったら、絶対負けないのに。
でも。
元気になってよかった。
幸が頂上にたどり着くと、ままはくるりと向きをかえ、
階段から真っ直ぐに伸びた道を歩き出した。
その道は、何日か前、おじいちゃんとおばあちゃんが歩いて行った道だった。
おじいちゃん達は、この道をたどって、彼岸に渡った。
ままと幸は、この道をたどって、現世と交差する道に出る。
90度に横切る道に出ると、
「ああ、懐かしいね。」
ままは大きく息を吸って言った。
「幸が歩けなくなってから、ほとんど来なかったしなぁ。
でもさ、視界の高さが全然違う。」
そりゃあ、そうでしょ。
人間のままの身長は150センチ。
うさぎのままは、20センチくらい?
まだそんなでもないが、もっと草が生えてくると、
ジャングルを行く探検隊の気分が味わえるようになる。
頭の上以上に繁った草の中を、かき分けかき分け・・・
「行こうか。」
ままは幸に笑いかけた。
ままが懐かしがって周りを見ながら歩いているので、
この間に、幸たちのことをお話ししようと思います。
幸は、『ウェルシュ・コーギー・ペングローブ』という種類の犬として、
この世に生まれてきました。
お父さんの名前は『フォレスト』。
お母さんは『ハート』。
『幸湖』という名前は、ままがつけてくれました。
でも、幸の真実の名は『ベゴニア』。
血統書とかいうのに載せるのにつけられた名前だと、
ぱぱが前に言ってました。
幸は、4月1日に兄弟2、姉妹1の合計四匹で生まれてきました。
その二ヶ月後、
人間のぱぱとままの所に、車に揺られて来ました。
主に、幸を育ててくれたのはぱぱでした。
ぱぱとままが幸に初めて会いに来たとき、
ぱぱは大きな病気をして、退院したばかりでした。
そして、おうちでお休み中だったので、
ずっと幸の面倒をみてくれてました。
十歳を少し過ぎた時に、変性性脊椎症というコーギーには珍しくない病気になりました。
最初は上手く立てないくらいだったのが、
だんだん後ろ足に力が入らなくなってきて、
四本の脚で歩けなくなって、お外に行くのが怖くなりました。
その時にずっと一緒にいてくれたのは、ままでした。
ままに抱っこされて、お外に行くのは怖くありませんでした。
幸は十キロちょっと体重があったので、
あまり長い間は抱っこできなかったけど、と、ままは後に言ってました。
「ごめんね。」
と。
ぱぱは、前脚だけでもお外を走れるようにと、
コーギー用の車椅子を買ってくれましたが、
お外に行くこと自体が怖かったし、
車椅子に、すごく違和感があったので、
それを使ってお外を歩くことは、あまりありませんでした。
お外に行ったその日は、夜からお腹がぴーぴーになって、
三日くらい治らないこともありました。
体がなくなったとき、ハートママが迎えにきてくれたけど、
ぱぱとままが、幸の亡骸をぎゅーっと抱いたまま、
声をあげていつまでもいつまでも泣いているのを見て、
ぱぱとままのオマモリとして傍にいることにしました。
ぱぱの名前は、『とも・・』うーん。
ばぁばもままも『とも』とか『ともちゃん』とか呼んでいるので、
『とも』の下はわかりません。
ぱぱのお父さんとお母さんは生きていて、
お父さんとはあまり会ったことはないけど、
ぱぱが言うには、犬が嫌い(怖い?)なんだそうで、
幸には会いに来てくれませんでした。
お母さんは、幸によく会いに来てくれました。
自分を『ばぁば』と呼んでいたので、
幸も『ばぁば』と呼んでました。
ままの名前は『みなみ』。
事故で死んで魂になったとき、
幸たちがいつもいる階段の一番上まで来るのに、
『うさぎの方が人間より楽に登れるんじゃないか。』
みたいな、邪な考えを心に浮かべたばかりに、
『うさぎ』の姿にかわってしまい、今もなお『うさぎ』のままです。
時々、人間の姿が重なって見えることがあって、
幸は少し戸惑うことがあります。
ままのお父さんとお母さんは、もうこの世にはいなくて、
つい最近まで、ままの傍にいましたが、
ままの『みなみ』としての人生が終わったので、
先にあの世に逝きました。
幸はままのお父さんを『おじいちゃん』、
お母さんを『おばあちゃん』と呼んでました。
人間の後ろには、必ず誰かが一人以上ついていて、
あれは、なんて言うんだろう?
「『守護霊』じゃないのかな?」
と、ままは言ってました。
「でも、ご先祖様が守護霊になるって聞くけど、
自分の親もなるのかな?」
と、首を傾げてました。
そういえば、ぱぱの傍には、ぱぱに似た人がいて、
幸を見ると、にっこり笑って、頭をなでなでしてくれました。
ままの守護霊が、おじいちゃん達だったら、
おじいちゃん達が来る前は、誰が守護霊だったんでしょうね?
魂は何度も生まれ変わってくる、と、おじいちゃんは言ってました。
おじいちゃんとおばあちゃんは、
一度、死後の世界に行ってから、こっちに戻ってきたので、
色々わかっているようでしたが、
まだあの世に逝ってない幸に、あまり詳しくは語ってくれませんでした。
「逝けば、わかるよ。」
と、いつも言われました。
ままと幸は、今、意識不明の重体で病院にいるぱぱが来るのを待ってます。
ぱぱがここに来るということは、この惑星がくれた体を離れたということです。
ぱぱが来たら、みんなで『虹の橋』を渡ります。




