11.『泣く』って、わからなかったから
「でも。」
幸の声に、ままが振り向く。
「おじいちゃんもおばあちゃんも、ままのそばにいたよ。」
「うん。」
「心配してたよ。」
「・・・うん。」
言葉が途切れる。
「私があそこに留まらないようにしてくれたしね。」
ままの口元が歪んでいる。
それは、笑っていたのか、皮肉な、なのかはわからなかった。
複雑な今のままの心の中身を、その口元が表していた。
「それでもさ。」
そう言うと、ままは思いっきり顔をあげた。
「もっと子供の時に、なんとかして欲しかったよ!」
「まま。」
「結局、本当に味方になってくれたのは、ともちゃんだった。
本当に心配して、何とかしてくれたのはともちゃんだけだった!
私の言うことを、心から信じてくれたのはともちゃんだけだった!
ともちゃんだけが、私の味方だった!
私のテリトリーに迎え入れたのは、ともちゃんと幸と、
・・・ほんの一握りの友達だけだった。
ともちゃんがあの状態の今、他に私の死を悲しんでくれる人がいるとすれば、
まだ私が死んだことを知らないあの人達くらい。」
「・・まま。」
「・・そうだ。あの人達も、私の味方だった。
それで私は救われて・・」
ままは、俯いた。
人間だったら、膝を抱えて、その中に顔を埋めてしまっただろう。
ままは、よくそうやって泣いていた。
あの頃はまだ、ままが悲しくて泣いているのだということがわからなかった。
肉体を離れたあと、あれが、悲しくて『泣く』ということを思い出した。
ままが泣いてるとき、そばに行ってなぐさめてあげればよかった。
でも、今ならできる。
幸は、うさぎのままにぴったり体を寄せた。
ままも幸の方に体を寄せてきた。
「ありがとね。」
しばらくそうやっていた後、ままがぽつりと言った。
ホーホケキョ、とウグイスが鳴いた。
結構近くだ。
ままと幸の姿は、ウグイスには見えない。
だから、すぐ近くで鳴くのだろう。
「ままは、ままのお祖母ちゃんを憎んでるの?」
ままは答えない。
「おじいちゃん達を、許せないでいるの?」
やはり答えはない。
ホーホケキョ ケキョケキョケキョケキョ。
「ああ、いい声だね。」
「まま。」
ままがあまりにもとぼけるので、窘めるように呼んだ。
少し間をおいて、ままは口を開く。
「憎むとか、嫌いって気持ちは、ないかな。
ままは、自分が『どうでもいい存在の子』で、
そこには味方がいないと理解したとき、迷うことなく離れたから。
思い出すと、つらいけどね。
『盗人』とまで言われたからさ。」
淡々とままは言う。
それでも、その心の中は、穏やかではないだろう。
幸は、ままの顔を舐めた。
「うわ!なに?」
ままは驚いて幸を見たけど、そのまま舐め続けた。
そしてあきらめたように、されるがままになった。
「たとえ、私が嫌ってても、憎んでても、
お祖母ちゃんにとって、それはどうでもいいことだと思うよ。
だって、『どうでもいい存在の子』なんだから。
そんな程度の『存在』なんだから。」
ホーホケキョ。
少し遠くなった声が、また鳴いた。
「ままは、従妹のことはどう思ってたの?
羨ましかったり、憎らしかったり、した?」
「うーん。」
ままは、そのままのポーズでうなった。
「あの、何でも言える性格は羨ましかったね。
でも、お祖母ちゃんに愛されてて羨ましいと思ったことはなかったな。
従妹も、私が怒られるように仕向けたり、
意地悪だったりすることは全然なくて、
私は、純粋に従妹のこと、好きだったよ。」
階段の突き当たりの現世の町並みは、
ままと散歩に来たときと同じように、
樹木の間から見えている。
右側は階段より高くなっていて、竹林が奥まで続いている。
左側は、現世ではお墓なのだが、
低木の垣根に覆われて、中は見えない。
垣根の外側は、現世にはなかった桜の、染井吉野の並木で覆われていた。
これは、ままの心の投影なのかもしれない。
現実と彼岸の狭間。
誰一人、何一つ、この階段を昇ってくるものはいない。
現実のこの階段は、現実の世界へ繋がっているので、
こちら側には誰もこない。
来るはずの人は、ただ一人だけ。
「生きづらかったな。」
ぽつりと、ままが言う。
「ともちゃんと会わなかったら、どうなってただろう。
ともちゃんは、初めて、みなみはみなみで他の誰でもないよ、と言ってくれたんだよ。
そのままで、傍にいてくれればいい、って。」
ままは、突き当たりの景色に目をやった。
そして、目を細め、じっとみつめる。
まるで、ぱぱがそこに立っているかのようだった。
・・・そうか、こうやって、ままは、ぱぱを見てたんだ。
こうして、ぱぱを想っていたんだ。
「・・・救われた。
初めて、心から救われたと思った。」
ままは、そっと目を閉じた。
少し、ままの姿が薄くなった気がした。
違う!
ままが少しずつ薄くなっていく!
「ままっ!」
ままは、はっと目を開けた。
同時に薄くなった姿が元に戻る。
ままは身震いした。
「また、記憶が、消えていくようだった。
ありがとうね、幸。」
幸を見て、微笑む。
ままは、もしかして、消えてなくなってしまいたいんだろうか。
いや!
ままの体を抱きしめるように、自分の体に押しつける。
そんなことはさせない!
幸は、おじいちゃんとおばあちゃんに約束したんだ。
ぱぱとままを連れて行くって。
それに、ままがいなくなったら、ぱぱが悲しむ。
とってもとっても、悲しむ。
そう!幸だって!




