表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸湖日記  作者: 炎華
14/73

10.悲しんでくれる人なんていないよ

幸の剣幕に、ままは、ふっとため息をついた。

「嫌とか、悲しいとか、そういう思いはないね。

生きてるときも、それでいいと思ってたし。

ままは、もうこれ以上、自分の人生を邪魔されたくなかった。

だから、時間を削ってまで、

誰かに『何かしてあげる』、ということをしてこなかったんだ。

自分自身がいつも満たされてなくて、それを埋めるのに必死だった。

前はそれでも、手を貸そうとしてたんだけど、

感謝されても、喜ばれても、なんだか空しくてさ。

何も満たされなかった。

それに、してくれるのが当たり前、それができて当たり前。

手助けをして上手くいかないと、

余計なことするな、できないくせに手を出すな、あんたじゃない方がよかった。

って言われちゃうとさ。」

ままはそこで息をついて、少しの間黙った。

「だったら、何もしない方がいい、と思ったんだよ。

何かしてあげる、『してあげる』っていうのも、

ままみたいな、何もできない人間が言うのもおこがましいんだけどさ。」

風が竹林を吹きすぎる音がする。

ざわざわと音をたてて竹が揺れる。

幸が生きているとき、家には誰も来なかった。

前は、友達が来たりしてたらしいけど。

「親戚は?

ままと血の繋がってる人達は?」

ままは、ゆっくり空を見上げ、一呼吸おいてから、

「少し勉強はできるけど、それ以外のことは何もできない『お嬢様』で、

気が利かなくて、人の気持ちを考えることなんて一切しなくて、

親の躾もできてないから、挨拶もできないし、脱いだ靴もそろえられない。

その上、人の物を盗って、こそこそ隠れて食べるような盗人。」

と、一気にそう言い放った。

あまりにも早口だったので、

理解するのに少し時間がかかった。

理解した後も、言葉を紡ぐのが難しかった。

なんて言っていいのか、迷ったから、ゆっくり、一言ずつ区切って言う。

「みんなが、そうじゃ、ない、でしょう?」

「うーん。」

ままは、目を閉じる。

「どうなのかなぁ。」

そう言ったきり、ままは黙りこんだ。

風が桜の花びらを運んできた。

ままの背中に、ひとひらがとまる。

静かだった。

生きてる頃、ままとよく散歩に来たときのように、

鳥の声と葉っぱが風に揺れる音が聞こえているだけだった。

時々、「ホーホケキョ」と鳴く声が聞こえる。

「うぐいすだよ。」

ままは、そう幸に教えてくれた。

だけど、まだ生きているときは、よくわからなかった。

ままの話す言葉も、全部理解できてはいなかった。

肉体を離れて、やっと色々理解することができた。


「A子さんという女の人が、B子さんとC子さんという二人の女の子を産みました。」

ままは突然話し始めた。

「A子さんは、長女のB子さんがあまり好きではありませんでした。

自分の産んだ子供でも、ソリがあわないってことあるからね。

反対に、次女のC子さんのことはとても愛していて、とても可愛がっておりました。」

ままは言葉を切る。

目を開け、少し息を吐くと、また話し始める。

「やがて、B子さんとC子さんは、

そんなに年の離れていない時期に、女の子を産みます。

A子さんは、どうしたと思う?」

突然訊かれて、幸は戸惑った。

「両方、可愛がった。自分の娘の産んだ孫だから。」

「・・だったらよかったんだけどね。」

ままは、少しあきらめたように笑った。

「A子さん本人はどう感じていたかわからないけどさ。

ままが思うに、B子さんの産んだ子供は、あまり可愛く思えなかった。」


ままの言葉、表情で、気がついた。

・・そうか。

B子さんは、おばあちゃん、ままのお母さんで、

産まれた女の子は、ままのことなんだ。


「B子さんは、口では母親に好かれていないということを

平気なように言ってましたが、

内心では好かれたい、誉められたいと思ってました。

でもさ、大好きで愛してる『この子』以外の子は、

その人、この場合はA子さんか、にとってどうでもいい存在なんだよ。

だから、『愛しているこの子』がどんなに我が儘でも、

冷たくても、嫌うことはないし、何だって許せてしまうけど、

どうでもいい存在の子が、どんなにいい子でも、

つくしてくれても、それは当たり前のことで、

要求をいくらでものんでくれて、困ったときに力になってくれたとしても、

どうでもいい存在の子は、愛している子と同等にはなれないし、

好きにさえなってくれないんだよ。

・・・それを、何年経っても、何十年経っても、

どうでもいい存在の子は、理解できないんだよね。

いや、わかってるけど、認めたくないのかもしれないな。

いつか、自分も愛されるときがくるって、信じていたいのかもね。」


さわさわと竹が揺れた。

それにあわせて桜の花びらが舞う。

「話を少しかえるよ。

本質は変わらないんだけどね。

ある日、お祖母ちゃんが、お菓子を二種類、二人の孫のために買ってきてくれました。

一つは洒落てて美味しそうなの。

でも、もう一つは地味で、どこにでも売ってるようなもの。

従妹はさ、やっぱり美味しそうな方を欲しがるわけ。」

そこで、言葉を切って、ままは、ちょっと変な顔をした。

「ああ、『従妹』って言っちゃったよ。

語るに落ちるなぁ。」

もう、わかってるよ。

A子さんは、ままのお祖母ちゃんで、

B子さんは、ままのお母さん。

C子さんは、ままの叔母さん。

『従妹』は叔母さんの娘。

「まぁ、いいや。」

と、ままは笑って話を続ける。

「私も洒落たお菓子の方がいいんだけど、ここで

「私もそれがいい。」

と言って譲らない場合、こう言われる。

「お姉ちゃんなんだから、譲ってあげなさい。」

わたしゃ、従妹の『お姉ちゃん』でもなんでもないよ。

なんでそこまで我慢しなくちゃいけないのさ?

じゃんけんで、とかにならないとこが、ミソ。」

ままはため息をつく。

「元々、綺麗で美味しいお菓子は、従妹のために買ってきたんだから、

私には食べさせたくないんだよね。

従妹の喜ぶ顔が見たいからであって、私が喜ぶところなんて見たくもない。

結局、いつもいつも譲らされてさ。

それにしても、『お姉ちゃんなんだから』って何?

好きで先に生まれてきたわけじゃないのにさ。」

ざわざわと、さっきより激しく竹が揺れる。

まるでままの心を表すように。

「またまたある日、

『好きなのを食べなさい。』

と言われたから、一番美味しそうなのを手に取ったら、

「それはあなたのじゃない!」

言われたよ。

「ほら、いつも食べてるのがあるよ。

これ、好きでしょう?」

って。

地味で、どこにでも売ってるようなものがお前にはお似合いだ、と言われた気がしたね。

好きでそれを食べてたわけじゃなくて、それしかないから食べてただけなのに。

悔しかったね。

だから、そのときは譲らなかった。

そして、いつも食べる縁側に行って食べた。

でも、全然美味しくなかったよ。

悔しくて、味なんてわからなかった。」

ままは、俯いて、すぐそばの地面を見ていた。

「家に帰ってから、お母さんに言われたよ。

お祖母ちゃんが、あんたが『従妹のお菓子を盗って隠れて食べた。』って。

頭の中が真っ白になったね。

お祖母ちゃんが、あれを、そんな風に取ったなんて思ってもいなかったからね。

そして、何か理由があったのかとも訊かれずに、すごい剣幕で怒られた。

そのときにね、思ったんだ。

『私には味方はいないんだ。』

って。

あの様子だと、お母さんは、娘の私より自分の母親の言うことをそのまま信じて、

何も弁護してくれなかったんだろうね。

娘のことをかばって、母親の言うことを疑うより、

母親に嫌われることを恐れたわけだ。

そんなことしたら、娘の私の信用を失うのにね。

もっとも、お母さんにとって、私はもう一人の自分だから、

そんな感情を抱くとは思ってなかっただろうね。」

再び、ままはため息をつき、何段か先の階段を見ていた。

「私は私で、『お母さんと同一のもの』じゃないのに。」


おじいちゃんとおばあちゃんが、ままに会わなかったのは、

こういう理由だったんだ。

ままが、こういう思いを抱いているのがわかってたんだ。

だから、二人して困った顔をして・・

後を幸に任せたんだ。


「みんなさ、私が我慢して譲歩するのが当たり前だと思ってたんだよ。

そして、「いい子だね、さすがお姉ちゃんだね。」って言えば

私が喜ぶと思ってる。

なにが、『いい子』だ!

なにが、『さすがお姉ちゃん』だ!

そんな事言われたって、ちっとも嬉しくないわ!

喜んだ顔なんて見せたこと無いのに、

勝手に喜んでるって決めつけて、頭おかしいんとちゃう?

だから、突然私が私の心のままに動くと、

『なんでいつも通り譲歩しないんだ』って怒る。

いつから、こんなに嫌な子になったんだ、って言う。」

またしばらく黙って、ままは少し先の階段を見ている。

やがて、顔をあげて、笑いながら言った。

「と、いうわけで、私のお葬式に例え誰かが来てくれたとしても、

表面だけですら悲しんでくれる人なんていないよ。」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ