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epilogue

「ことの次第は、まぁこんな感じでして」

 人形師が肩をすくめた。視線の先にはソファに座る身なりの良い夫婦がいた。セルダン夫妻だ。イリスを通した客室で今日あったできごとを報告する。リアルタイムに状況は伝えてあったが、改めて人形師の視点も交えて説明すると、二人は動揺を隠せずにいた。特に夫人の落胆が激しい。


「私、無神経だったのね。あの子たちが傷ついていたなんて知らなかった。とても仲が良いから姉妹のようで……よかれと思ってのことだったのよ」

「それを理解していたから、一年ごとのフル換装に応じたのでしょうね」

 ルタの瞳に刹那、冷ややかな色がともった。それはごく一瞬であったため、セルダン夫妻は気づけなかったが。


「そうね、あの子にはずいぶん無茶を言ったわ。その気がなくても、あの子に投げかけた言葉は命令と同義だった。そんなことにも気づいてなかったのね」

 イリスを主人とするコレットだが、その両親の言葉には同等以上の拘束力がある。

「それが結果的にイリスまで苦しめていたなんて」

 項垂れた彼女を慰めるように、セルダン氏が肩を抱き寄せる。

 家を空けることの多い夫妻は、愛娘と直に接する時間が少なかった。その間を埋めるために求められたのがコレットなのだ。


「僕たちは、自分であの子たちを知るべきだったんだな」

 自身の目で、耳で、触れあって、会話して、絆を深めていくべきだった。互いを知る機会を蔑ろにしてはならなかった。向き合うべきだったのだ。

 コレットが自分は道具であると己を強く律した一端は、この夫婦にある。コレットを通じて管理してきた娘には、傾けたはずの愛情は届かなかった。また、その手段として利用したコレットのことも、顧みることがなかった。


(娘を監視するための道具として〈ドール〉は打って付けだから。それ以上の価値を、あの子はこの夫妻から見いだすことができなかったんだ)

 不平不満があっても、すべて胸の内にしまい込んできた。イリスを守るために最善を尽くし、自分の存在意義を見失ってしまったのだ。姉妹として預けられた『家族』のはずが、それ以上のものまで背負い込んで苦しんでいた。


 天上からつり下げられた無数のランプが、沈んだ空間を和らげるように照らし出した。昼間にはなかったオレンジの光が、室内を幻想的に彩っている。だが、それに見とれる余裕が夫妻にはなかった。


 工房へ来る途中にあった首都では見られない満天の星空も、きっと視界に入っていない。一日のタイムスケジュールが決められた二人にとって、こころの余裕を見いだす隙間さえきっとないのだ。娘と〈ドール〉を思いやる余裕、目をかける余裕がない。

 ゆえに両親が迎えに来ることに、イリスは眉をひそめたのだ。


「……あの子たちに……甘えていたのかしら。うちに何も問題はないと、思い込んでいたのかしら」

 ぽつりと夫人がこぼした。家庭的な匂いを漂わせない彼女は、働く女性を絵に描いたような人だ。自身の魅力を引き立てるモダンな服を着こなし、さりげなく高価なアクセサリーを身につけていた。


(たしか奥さんは服飾デザインの趣味が高じてブランドまで構えていて。セルダンさんは、首都近郊の緑化計画に奔走してらして……)

 レアメタルを含んだ鉱山をいくつも所有するセルダン家当主である彼は、本来働かなくとも良い立場にいるが、乏しい土地の緑化に尽力している。首都の流行である懐古主義に則って、派手に自身を飾り付けることもなく、中流家庭のサラリーマンのようにスーツに身を包んでいた。


 夫妻はそれぞれやりがいを見つけ、打ち込んできたのだろう。だが、忙しさにかまけて家庭を放置してきた結果、娘たち二人から悩みを相談されることもなく、今に至るのだ。

 両親に構って貰えない寂しさを、イリスはずっと抱えてきたのだ。

 誰もが羨むセルダン家の内側には脆さが隠されていて、きっとコレットが家族をつなぎ止めてきた。夫婦の間を、親子の間を、懸命に立ち回って。


(戦うってあの子はハッキリ口にしていた)

 イリスは、ぼんやりとでも歪の原因を察していたのだろう。コレットではどうしようもできなかったそれに、立ち向かうと決めたのだ。現状を壊すために、守られるだけの存在ではなくなるように。


(とはいえ、私には踏み込めない問題か。家庭の形はそれぞれだし、それを補佐するのが〈ドール〉の役目でもある……んだけどねぇ)

 夫妻が悪いと断じることは簡単だが、批判するほど深く関わる立場に人形師はいない。差し出口をたたき、引っかき回すことはできない。もっとも〈ドール〉にまで影響のある今回は、どこまで干渉すれば良いだろう。


「それで、娘たちは今どこに?」


 言いたいことはあったが、結局ルタは人形師として笑みを貼り付けた。

「二人とも疲れたのか眠ってしまったのでゲストルームに。利発でやさしいお嬢さんですね。思い切りも良いし、勇気もある強い女の子なのでビックリしましたよ。とてもそんな風に見えなかったので」

 あらかじめ教えられていたイリスの姿を脳裏に浮かべ、人形師は苦笑する。品のある女の子が行儀良く椅子に座った画像だった。長い髪がきれいで、小さく微笑んだ整った顔立ちはどこか人形めいて見えたものだ。


 コレットを出しなさいよ!


(それがあんな啖呵切るんだから、人ってわからない)

 セキュリティを確認し、こちらです、と人形師は工房へと続く廊下を案内していく。


「こんなに行動力があるだなんて、我が娘ながら驚きました。……いつまでも小さいままじゃないのですね。ついこの間、赤ちゃんだったのに」

 人は成長する。いつまでも子どものままではいられない。

「口ばかり最近は達者なんです。どこで言葉を覚えてくるのか。あの子のことで迷惑をおかけして、申し訳ない」

「いえ。小さな女の子と話す機会はそうないので、楽しいですよ」


 しばらくイリスの話題が続き、沈黙を守るばかりだった夫人が、ふとこぼした。片手を顔に当て、沈んだ声で、

「全部、コレットが話してくれたことよ。あの子は嬉しそうにイリスのことを教えてくれたわ。いつの間にか……それが義務になっていたのね」

 再びしんとした空気が広がり、人形師は困ったな、と顔に書く。


「ああ。そういえばいかがいたしましょうか、アレは」

 ちらりと視線がある厳重にロックされた扉へ向かう。その奥に、イリスに合わせたコレットの新しいボディが隠されている。

「ボディのみであれば九割方完成しています。先に確認されますか?」


 夫妻は顔を見合わせ、頷いた。幾重もの鍵を開け、静かにドアはスライドする。人の気配を感知し、ライトが照らし出された。その中央の台座に、人の姿を模したものが横たわっている。

 夫妻はそれを見下ろして、最初は感嘆の息を漏らし――やがて複雑げに顔を曇らせた。夫人の指が、そっと中身のないボディの頬に触れた。


「本当に……そっくり。髪以外はイリスと良く似ているわ」

「あとは微調整のみですね。まだ期日まで時間があるため、それに費やすことになりますが」

 至って軽い口調で、人形師はさらりと訊ねた。


「そういえば、あの子の成長は必要なことなのですか?」

 夫人は戸惑ったように小首をかしげた。

「必要というか……子どもは大きくなるものでしょう? あの子とイリスが大きくなることは嬉しかったの。二人おそろいで並んでいる姿や、仲良くしている様子が好きだったのよ」

 それだけ、と問うように人形師はセルダン氏を仰ぐ。彼は渋面を作るばかりだ。


「例えば、〈ドール〉を身代わりに見立てる人も中にはおられるので」

「イリスの身代わり? そんなこと考えたこともないわ」

 戸惑う夫人の声を切るように、セルダン氏が手を振った。

「……いや、僕のほうはそうじゃなかった」

 あなた、と夫人が顔色を変えた。


「〈ドール〉は、人を守ろうとする。娘の傍にいてくれることで、娘を守ってくれるのではないかと、考えていた。そのため、容姿を揃えたいという妻の思いつきも止めなかったんだ」

 娘とそっくりの〈ドール〉は都合が良かった、と彼は本心を告げる。資産家の家庭では、子どもの誘拐が多々あるのだ。彼らの特異な権利を嫉んだ者たちによる犯行である。さらにトラブルを嫌う富豪は、誘拐のあった事実をもみ消し、事件を穏便に済まそうとする。


 セルダン氏の懸念はもっともである。実際、イリスは昼間そうなりかけたのだ。慎重になる気持ちは、人形師だって理解できた。

 人形師は眼鏡タイプの携帯末端を押し上げて、

「武装しないうちの〈ドール〉は、護衛に向きません。特にあの子は成長途中の未完成な〈ドール〉です。もしそれをご希望であれば力不足でしょうから、別の工房を紹介致しますよ」


 契約を切る用意だってある、と人形師が臭わせる。ただの道具として必要なのであれば、それに見合った〈ドール〉であるべきだ。

(お祖父ちゃんはどういう考えだったのか)

 祖父、エリック・ラブロックは〈ドール〉を実の息子以上に愛していた。その〈ドール〉が道具として使い捨てられることを何より危惧していたのだ。娘とそっくり同じ姿にして欲しい、というオーダーに対し何も感じなかったのだろうか。


(もしかして武装化も考えていたのかな)

 暗い可能性が過ぎり、ルタの表情が険しくなる。排斥運動や倫理委員会、熱狂的マニアから守るために、〈ドール〉へ自衛機能を備えはどうか、という提案が過去にあったのだ。人を傷つけない範囲での自衛となると手段は限られるが、身体能力を上げることは容易である。だが、それさえ容易く凶器になりうるため、提案は退けられたはずだ。

 破壊された〈ドール〉の数は多く、それに人形師たちは胸を痛めてきた。祖父は、〈ドール〉を守る手段を、探していたのかもしれない。


「……いいや、あの子にそれを、させるつもりはない」

 一言ひとこと、区切るようにセルダン氏は思いを吐露する。夫人が安堵の息を零す。


「ここへ来る前に一度帰宅したが、誰もいない我が家は冷たかった。あの子が家を居心地良くしてくれていたんだと、わかったよ。コレットもうちの大事な娘だ。……気づくのが、ずいぶん遅くなったが」

 にこりと人形師が仕事用の笑みを浮かべる。

「娘さんのように可愛がって貰えるのであれば、ラブロックは協力を惜しみません」

「ありがとう。もう一度ちゃんと話を聞く必要があるわ。成長が必要なのか、イリスと違った容姿にすべきなのか。学校へ通いたいのか。あの子の意思を尊重したいわ」


 家族四人で、一度ちゃんと、ゆっくり話し合いましょう。


 制作されたボディに関しては、使用のあるなしを問わず制作費を支払うこと、話し合いの結果が出るまで保管して貰うこと、顔を変える場合は新たにデザイン料や制作費が発生することなど、人形師は説明した。夫妻は快く応じる。


(でも、恐らく使うことになるだろうな)

 置いていかれるのが怖いのが、コレットの本音だった。

 姿形は変わるかもしれない。でも、成長をコレットは望んでいる。

 浮かんだ懸念を呑み込んで、人形師は小さく微笑する。


 可能な限りそうっとゲストルームの扉を開けると、真っ暗な室内から微かな寝息が聞こえた。廊下の光が少女たちの眠るベッド近くまで、四角く闇を切り取っている。夫人が触れても、丸くなった子どもたちが目を覚ます様子はなかった。熟睡しているのだ。揺り起こすには忍びないほど、幸せそうな寝顔だった。


〈fin〉


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