(2-8)信行と久美子に繋がった赤い糸
冬になると、信行は毎週上越方面のスキー場に滑りに行った。ある時、毎回立ち寄る肉屋のコロッケ売り場に寄ると、店のおばさんが、女性から手紙を預かり、その手紙を信行に渡した。手紙を書いたのは、石打駅で数回すれ違った女性だった。手紙の内容は、スキーを教えて欲しいと・・・そしてスキー場で待ちわせをする。その事がきっかけになり、2人は恋に落ちていった。ある時久美子は「私、農家の長女なの・・・」
深刻な表情で言った。
ーー状況説明ーー
二重壱五郎は(にじゅういちごろう)、久美子の元彼だった。一時は、二重壱五郎を結婚の対象として真剣に考えたが、二重壱五郎は、新潟を絶対に離れないと言った.西郷家の婿に入って貰う事を望んでいる久美子の心は離れて行った。だが、壱五郎は、久美子の事を諦められなかった。
話を2人の出会いに戻そう。久美子と壱五郎の初めての出会いは、田中信行と石駅待合室ので出会う一年前の冬だった。
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スキー大会当日は、快晴に恵まれ青空が広がっていた。久美子の車は、三国街道を石打方向に走行していた。途中の右側に新幹線の浦佐駅が見えた。
へんぴな・・・へんぴと言うのはこの地区の住民に対して、失礼な言い方ではあるが、閑散とした風景の中に建つ立派な浦佐駅は、周りの景色に溶け込んでいなかった。
その違和感を健著にしているのが、大政治家、田中角栄氏の銅像だった。田中角栄の銅像は、片手を挙げ、越後の山々に手を振っている様に見える。
新潟県民の中で、特に長岡の人々は、大政治家、田中角栄に対して畏怖の念を抱いていた。久美子は車のスピードを落とし、銅像に向かって軽くお辞儀をした。
石打大松スキー場に着くと、久美子は、真っ直ぐスキー学校に向かった。受付に行くと、揃いのウエアを着た教師が数名いた。久美子は二重壱五郎を見つけると、深くお辞儀をした。壱五郎は。
「西郷さん、無理なお願いをして申し訳なかったです」
「いえ、こちらこそあの時は有難うございました」
「今日は、優勝を目指して頑張ってくださいね」
壱五郎は「優勝を目指してください」と言ったけど、久美子は何の大会なのか何をすれば良いのか、見当がつかなかった。
その不安を壱五郎に伝えると、申し訳なかったです。と謝りながら、大会の申し込みに来た男に声を掛けた。その男は信行だった。
信行は、この日、スキー大会に参加するためにスキー場に来ていた。数年前から信行は石打大松スキー学校のレッスンを受けに来ていた。とくに二重壱五郎の指導は、解り易く、熱心なのでファンが多かった。信行もファンの一人だった。
「二重さん、なにか?」
「この方は、大会に参加されるのだけど、大会のコースと概要を教えて頂けないだろうか?」
信行は、久美子を連れてゲレンデに出て、コースを説明した。
「あの赤色と青色のゲートを交互滑るのです。タイムの一番早い人が優勝です」
久美子は、よく理解出来なかった。信行はレースが始まる前にインスペクション(下見)をしますから大丈夫です。それでも分からない時は、僕に声を掛けて下さい。と言ったあと、滑りに行ってしまった。
この出会いが信行と久美子を赤い糸で結んだ瞬間だった。だが、本人達は、気づいていなかった。
大会が終わり、久美子は、自宅に戻った。父の修造が大会はどうだった?ちゃんと二重さんにお礼を言ったかと聞いた。
「うんっ!お礼を言ったよ。でもね、大会は駄目だったの。最後のところで転んでしまったわ」
「ほう、それは残念だったね」
修造は、久美子の話をニコニコしながら聞いた。その時、電話が鳴った。久美子は受話器を取ると受話器の向こうから。
「二重と申しますが、久美子さんはご在宅でしょうか?」
「あっ!二重さん。久美子です」
「今日は、お相手が出来ず、申し訳なかったです」
「そんな事はないです。大会を楽しめましたから・・・」
「でも、惜しかったですね。最後で転倒しなければ、クラス別で入賞してましたよ」
しばらく会話をしたあと、二重は上越国際スキー場のリフト券があるので、来週、一緒に滑りに行きませんか?と誘った。
久美子はもう一度、二重に会いたいと思っていたので、誘いを快く受けた。
続く
注、この物語は、フェクションであり、名前等の名称は、作者の創作により書かれています。万が一、実在したり、現存したりした場合、ご連絡頂ければ、速やかに対処いたします。尚、地名等は、リアル性を持たせる為に実在の駅名、土地名を使用していますのでご了承ください)




