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揺れる眸  作者: 佐倉硯
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入部テスト

「入部テスト?……とは?」


蝶子の言葉に十五は静かに尋ね返した。

十五の疑問は入部希望の生徒達も同じだったらしく、蝶子に視線を向ける。

これまでに感じたことのない多くの視線に戸惑いながら、蝶子は静かに言った。


「写真部に代々伝わる入部テストです。歴代の部長が“あるテーマ”に沿って写真を一枚ずつ提供しているんですが……」


そういって言葉を濁した蝶子に続けるように、高本が口を開いた。


「入部希望者はその歴代の部長が残した写真を見て、どんなテーマで撮られたものかを当てなければいけないんです。テストは今のところ1パターンしかないので、入部テストを一回受けたら二度と受けられない」


「ハズレたら入部拒否、正解したなら入部許可。明解単純な能力テストや」


ケロッとした表情で答えた大輔に、ミツは無言で部室内を移動し、部室の隅にあった段ボール箱を抱えて戻ってきた。


「写真部の部員が少ないのは、希望者が少なかったわけではなくて、入部テストに落ちてしまう人が大半なんですよ。結構厳しいんです」


ムスッとしながらそう言うと、ミツは段ボールから顔をのぞかせていたパネルを手にとり、窓のサッシにそれを立てかけていく。


並べられたパネルは写真になっており、古ぼけたものから新しいものまで様々だ。


木の葉を見上げるように、そこからこぼれ出す太陽の光を撮らえた写真、美しい青々とした海の波打ち際を写した写真、都会の大きな道路を行き来する大量の車の写真、体育大会の応援合戦を全体的にとらえた写真……そして……。


「これが部長に成り立ての高本の作品。やっぱモデルがいいんだよな」


「俺の腕もいいんだよ」


最後に並べたパネルを見て、毒を吐くミツの言葉に、高本は表情を変えずに言う。

その高本の作品を見た十五の目は大きく見開かれ、女子生徒達も言葉を失って食い入るようにそれを見つめた。


真っ白なワンピースを着て、胸に右手を当ててカメラ目線で写る少女。

美しい漆色の髪をなびかせ、その髪一本一本が繊細に映し出されている。

白黒の写真でありながらもその姿はあまりにも美しく、部室にいる誰もが目を引く。


無表情に睨むような強い眸を見せる写真の中の少女に、十五は息をのんだ。


「これは……」


そう言いながら十五はゆっくりと蝶子に振り返った。

蝶子は恥ずかしそうに顔を赤らめて、それから困ったように、蚊の鳴くような小さな声でつぶやいた。


「わ……私です……」


『えぇえぇっ!?!?』


驚きの声を上げたのは女子生徒達だった。

それから本当に同一人物なのかと、パネルの中の少女とそこにいる蝶子を何度も何度も見比べる。


写真の少女はあまりにも強く逞しいイメージがある。

それに比べ、今ここに存在する蝶子の姿は、内気で飾り気もなく平凡すぎる容姿をしている。


蝶子はその反応に、ひどく恥ずかしそうに高本を恨むような目で見れば、高本は蝶子に笑顔を向けて言った。


「今田さん、これっきりしかモデルをしてくれないんだもんなぁ」


高本がそう残念そうにぼやけば、それを聞いていた大輔が腕組をしながら蝶子に振り返る。


「そやそや蝶子!俺にも撮らせぇっ!」


「チョコさん綺麗デスやん。小さいコロ、モデルしてたって聞いたで?」


大輔の言葉に続くようにアルが言う。

その言葉があまりにも意外だったらしく、女子生徒は食い入るように蝶子を見つめれば、蝶子はその視線に耐えられないようになり、顔を赤くして勢いよく首を横に振った。


「も、モデルなんて!母の仕事で中学生の時に1回限りだけです!」


「でも、した事があるには変わりないでしょ」


ミツが少しだけ頬を赤らめながら蝶子に言えば、蝶子は何も言えずに小さく「はい……」と頷いて、遠慮がちに十五を見た。

十五は相変わらず無表情ではあったが、パネルではなく蝶子を見ていたことに気がつく。

その無表情な十五の態度から、怒りや悲しみが感じられないので、蝶子は酷く安堵した。


写真の中の自分は、眼鏡をかけていない。


十五がそれを見て、十五の言う“あの人”を思い出さないだろうかと心配だったのだ。

その人がどんな人であるかはまったくわからないけれど、十五の悲しそうな、辛そうな表情を見るのは蝶子自身、耐え難い。


蝶子は十五の反応に安心し、テーブルの上に無造作に重ねられていたルーズリーフを折りたたんで、それを切り分け、入部希望者の生徒達に配った。

それを見ていた写真部の部員は、邪魔にならないよう、部室の隅に移動し、その様子をじっと見守り続ける。

高本はパネルの横に並び、入部テストの説明を始めた。


「この作品、全てを見て、何を撮影したものかそのテーマをこの紙に書いて提出してください。今日の部活動終了時間までの提出を厳守とします。相談することは禁止です。名前の記入も忘れずにお願いします」


紙を配り終えた蝶子は、続いて鉛筆を配り、それから、立ち位置に困っているらしい十五の元へ向かい、余った紙と鉛筆を十五に差し出した。


「先生もよろしければやってみてください」


蝶子から差し出されたものを、十五は無言で受け取った。

それに安堵しながら、蝶子も後ろで待機していた部員たちの元へと歩み寄る。

女子生徒達は高本の許可を得て、パネルの間近まで顔を近づけ、必死に答えを解こうとしていた。


「ねーこれ本当に共通点なんてあるのぉ?」


「もちろん」


不審そうに一人の女子生徒が尋ねれば、高本は間髪入れずに答える。

すると、他の生徒が顔をあげ、高本に懇願した。


「ヒントとかないの?こんなの難しいよ」


その生徒の意見に、他の女子生徒も賛同し、そうだそうだ、ヒントをくれ、と騒ぎ出す。

高本はどうヒントを出せばいいのか困ったような顔をして、後ろで待機する蝶子達を見つめれば、十五もそれにつられるように振り返る。


「君たちは……入部しているということは、この答えがわかったのですか?」


十五の静かな質問に、大輔は先頭を切って答えた。


「当然やろ?俺らはヒントなしでわかったけどな」


「まぁ、ヒントって言うなら、その写真を遠くから見たほうがわかるかもしれないね」


「全体見るヨ。けど全部が同じじゃないヨ」


ヒントになったのかなっていないのかわからないけれど、次々に答えに近いものをくれる三人に、女子生徒達は不審ながらもパネルから離れて全体を見る。

蝶子はこちらを向いていない女子生徒達に対して、最後のヒントを言った。


「目で見るだけでなく、体全身で見てください」



 ―*―



入部希望者全員からの答えの提出が終わった。

十五の回答はまだだったが、入部テストとは関係がないため、作業は十五を無視して進められていく。


小さな紙をさらに折りたたんで提出されたそれを、蝶子は広げながら高本に手渡し、高本はそれに何も言わないまま目を通して、全部を見終えてから合否を待つ女子生徒に静かに言った。


「残念ながら、正解者は出なかったようです」


高本の言葉に、女子生徒達はざわざわと騒ぎ立てた。

こんなものは難しすぎるだの、隣にいた友人に答えはなんと書いたかなどを聞き合っている。

あまりにも不毛な答え合わせをしている女子生徒達を見て、高本は呆れたような顔をすれば、女子生徒の一人がそれに気づいてイライラとした口調で高本に尋ねた。


「答えはなんだったのよ?まさか本当はテーマなんてありませんって言うんじゃないでしょうね?」


「そうよそうよ!私たちを追い出すだけに思いついたものだったら許さないんだから!」


不合格だったことがそんなに気に食わなかったのか、かなりピリピリとした声を張り上げて高本に言う。

高本はその反応にムッとした表情を浮かべたとき、それまで何も言わなかった十五が静かに口を開いた。



「“音”……ですかね?」



そのあまりにも穏やかな声に、部室内はシンと静まり返る。

十五はゆっくりと写真の前に立ち、ひとつひとつを説明していった。


「木々の風に揺れる音、波の音、行き交う車の騒々しい雑音、逞しい応援の音……そして……」


十五は静かに、蝶子の写ったパネルの前に立つと、ゆっくりと人差し指を、蝶子の胸元に押し付けた。



「鼓動」



全てを言い終えた十五の姿に、高本はうれしそうに微笑んで言った。


「正解です」


高本の言葉に、女子生徒達は静かにざわめいた。

それを見た蝶子は、女子生徒達の前に立ち、穏やかな声で告げた。


「写真に写るものは目に見えるものだけとは限りません。同じカメラで撮影しても、別の人が撮影すればまったく別の色が見えてきます。写す状況、流れ、心境、全てがそこに詰まっているんです。目をゆっくりと閉じて、もう一度この写真を見てみて下さい。きっと、答えが聞こえてきますから」


蝶子の言葉に、女子生徒達は気まずそうに顔を見合わせ、それから何も言わないまま蝶子の言うとおりに目を閉じる。




ゆっくりと開かれた瞳に飛び込んできたものは。



柔らかな風に揺れる木の葉の擦れ合う音。



優しく大地を撫でる波の音。



騒がしくも、遠くに感じる街の雑音。



勢いを加速させる応援の音。



そして。



誰もが持つ生命の息吹。



「ホントだ……聞こえる……」


誰かが漏らしたその声に、蝶子は優しく微笑んだ。



 ―*―



女子生徒達は自分たちの軽々しい行動を、部員全員に謝罪しながら部室を後にした。

理解してくれたことに喜びを感じながら、蝶子は入部テストで使用したパネルを片付けはじめる。

他の部員は明後日開く予定の品評会に出す作品を現像するため、それぞれの部活動を静かに始めた。


「手伝います」


パネルを入れ終えたダンボールを持ち上げようとしていた蝶子に、無表情の十五が静かに声をかける。

蝶子は素直に十五の気遣いに甘えることにして、ダンボールを持ち上げた十五に静かに尋ねた。


「それにしても、先生、よくお分かりでしたね?」


「なんとなく……ですけど」


「なんとなくでも理解していただけるのは写真を撮る側としては、うれしいことです。写真に込めた思いを、見た人に理解していただけるほど、喜ばし事はありませんよ」


「あの人たちにも理解できたでしょうか?」


十五の指す“あの人たち”とは、たぶん入部を希望してくれていた女子生徒達のことだろう。

蝶子は十五の言葉に「ああ」と声を漏らして続けるように言った。


「完璧に理解するのは難しいことですよ。間違った答えでも、写真から何かを想像することはとても重要です。先生もお分かりでしょう?あの人たち、来た時と帰っていく時の心境の変化があったこと」


クスクスと笑みをこぼしながら蝶子が言えば、十五は納得したようにダンボールを元の位置に戻して蝶子に振り返る。

それから少しだけ考え、はっきりとした言葉で蝶子に尋ねた。


「そう言えば、貴方は大丈夫なんですか?」


「え?何をです?」


「品評会の作品、駄目になってしまったのでしょう?」


一瞬、何のことを言っているのか理解できなかったけれど、先刻起こった事件を思い出し、「あー!」と叫んだ。

蝶子の叫び声に、部室に居たミツとアルが振り返る。

大輔と高本は暗室の中に居るため、聞こえていないだろう。


蝶子は慌てて自分のカメラを手に取ると、入り口に走り出しながらミツに振り返って言った。


「今からモチーフ探してきます」


「今から?間に合うの?」


「間に合わなかったら以前撮った写真になりますけど、やっぱり自分の納得したものを出したいので」


「そう、だったら高本には僕から言っておくよ。がんばってね」


「はい」


蝶子の回答を聞いて、ミツは再び自分の作業に取り掛かる。

アルもニコニコと蝶子に微笑みながら「イッテクサイ」と挨拶をした。


二人の会話が一通り終わったことを察すると、十五は部室を出て行こうとする蝶子に声をかけた。


「私も付いて行って、よろしいですか?」


「え?」


十五の言葉にミツとアルが再び顔を上げる。


「いえ、撮影中というものはどういうものなのか、見てみたくて」


その言葉は半分本気でも、半分はきっと違う理由もあるのだろうな、と蝶子が考えていると、ミツが静かに十五に言った。


「付いて行っても構いませんけど、撮影の邪魔にはならないでくださいね先生」


ミツの冷たい言葉に、十五は冷たい視線で見返すも、ミツはすでに視線をこちらに向けておらず、少しだけ頬が赤く染まっている。

それを見た十五は何かに納得したように、小さく頷くと、蝶子を見ながらミツに言った。


「光山君は、なんだかんだ言って写真がお好きなんですね」


十五の言葉に、ミツはぐっと体を揺らし、顔を赤らめながら十五を睨むも、十五は蝶子の後に続いて部活を出た後だった。



 ―*―



誰も居ない廊下を二人の足音だけが響いている。

グラウンドではまだ部活動をしているらしい、生徒の掛け声が遠くから聞こえてくる。

文化部のほとんどは、運動部よりも部活動の時間を早く終わらせる部が多く、校舎内にいる生徒は少ない。

文化祭が終わったせいもあるだろうが、この時期の文化部はまるでやる気がない。


学校で二人きりの姿を見られるのは非常に恥ずかしいことだが、二人きりになると言ってもちゃんとした理由があるので、蝶子は我慢して何も言わないまま歩いた。


「蝶子さん」


まったくこの人は、二人きりになった途端、呼び方を変える。

蝶子は少しだけ呆れながら数歩後ろを歩く十五を見れば、十五は相変わらず無表情で蝶子のことを見ていた。

無表情ではあるが、雰囲気から怒っているのがわかる。


随分、無表情の十五からでも、心境の変化が読み取れるようになったと自分で自分を褒めながら、蝶子は恐る恐る答えた。


「なん……でしょうか?」


「なぜ言わなかったのですか?」


「……何を?」


「写真部、蝶子さん以外、全員男じゃないですか」


ああ、そのことか、と蝶子が納得したような表情を見せると、十五はそれを察したのかその怒りをようやく表情に出して言った。


「聞いてませんよ?」


「だって、聞かれなかったじゃないですか。それに皆さん悪い人じゃありません」


「それは今日、わかりましたけど……」


納得いかないように口をモゴモゴとさせる十五は、先ほどまでとは打って変わって可愛らしい。

蝶子はなんと答えればいいかわからず無言でいれば、十五は思い出したように言った。


「そう言えば、彼らの姿を見て、生徒が数人出て行きましたよね?あれ、どういうことです?」


「ああ、たぶん、荒川先輩が原因でしょうね」


「荒川君が?」


「荒川先輩のご実家、お父さんが荒川組の組長さんなんです」


ケロッとした蝶子の答えに、十五は素直に驚いた表情を浮かべた。


「荒川組って……あの全国規模のヤクザ組系のですか?」


自分で言った言葉に、自分自身で驚いている様子で。

蝶子は前を向いて足を進めながら言った。


「先輩、容姿もあんなですし、名前ばかりが前走ってしまっていますけど、本当は面白くて、とてもいい人なんです。昔は喧嘩三昧で、手がつけられなかったとお聞きしました。荒川先輩を変えたのはアル先輩だったんです」


それを思い出すたびに、蝶子は胸が熱くなった。

あの二人の間で起きた出来事は、直接関わっていなかった時期ではあったけれど、高本から話を聞いていた。

一人で孤独だった大輔に、突然救世主のように現れたアル。


いつまでもあの二人の絆は永遠だと思った。


その熱い友情に、蝶子は酷く憧れた。


蝶子の話を黙って聞いていた十五だったが、急に蝶子の腕を掴んで引き止めた。

突然の事に蝶子は「え?」と振り返るも、十五は蝶子を見ることなく引き連れて、近くにあった設備室のドアを開き、蝶子を押し込むように入れると、自分も中に入っていく。

自分の背中で戸を閉め、真っ暗闇の設備室に招かれてしまった蝶子はどうして、と口を開きかけた時だった。


「あまり……僕の前で他の男の話をしないでください」


ギュッと抱きしめられたかと思うと、切なそうな十五の声が耳元に聞こえる。

十五の行動に戸惑いながらも、どうすることもできずに抱きしめられたままになれば、十五は蝶子に静かに言った。


「あのパネルの写真……とても綺麗でした」


その言葉に、蝶子はビクッと体を震わせる。

今の今まで無意識に避けてきたことを、十五がサラリと言ってしまったことに焦りが隠せない。


蝶子は十五の胸板に額を寄せると、震える声で十五に言った。


「ごめんなさい……」


「何をですか?」


「……きっと、アレを見たら……先生はまた……嫌な思いをされるのではないかと思って……」


「そんなことはありませんでしたよ?」


「でも……」


どう謝ればいいかと悩んでいた蝶子の耳元に、十五の吐息が掛かる。

ゾクリとした感覚が、蝶子の中心を駆け巡った時、十五の手が蝶子の顎をくっと上に持ち上げた。


「アレは、蝶子さんでした。蝶子さん以外には見えなかった。ただ1つ残念なのは、アレが今後も写真部に残るということですね」


「……?どういう……?」


「写真の中の蝶子さんが、僕ではない別の男を見ていると思うと、嫉妬してしまいます」


十五の言葉に、蝶子はただ呆然とし、ようやく理解したところで顔を赤くした。

ここが暗闇で本当によかったと思った。

こんな顔を見られては、きっと十五を喜ばせてしまうだろう。


恥ずかしさのあまりに俯こうとするも、十五の手がそれを許さなかった。


「本物の蝶子さんは……誰を見ているんですか?」


暗闇の中では十五の顔も見られない。

この空間に慣れてきた瞳には、十五は笑っているようにも写っている。


なんて意地悪な人だ。


蝶子はどうしようもなくなり、跳ね上がる心臓に忠実な声で十五に告げた。


「と……十五さんしか……見てません……」


「いい答えだ……ご褒美ですよ……」


満足そうな十五の唇が、震える蝶子の唇に重なった。



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