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揺れる眸  作者: 佐倉硯
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過去の人

体操服に身を包んだ生徒達が体育館に立ち並ぶ。

ざわざわとざわめく中、壇上にあがる校長の姿を見つけ、誰もが口を閉ざしてその姿に視線を向ける。

学校指定の体操服にサングラスという異様な格好をした校長の姿に、誰も止めに入らないのが不思議なほどだ。

静まりかえった体育館で、校長がゆっくりとマイクに近づくと、ニンマリと笑みを浮かべて口を開いた。


『野郎共!待ちに待った球技大会だ!正々堂々戦え!汗を流せ!優勝クラスには焼き肉食い放題の副賞付き!いざ勝ち取れ焼き肉!』


『おー!!』


球技大会の始まりである。




応援と体育館の床を蹴る足音が響きわたる。

焼き肉食い放題という副賞目当てで、生徒達は今までに見せたことのない運動神経を披露していく。

勝ったクラスのクラスメイト達は狂喜狂乱し、負けたクラスのクラスメイト達は落胆する。

実にわかりやすい勝者と敗者の様子を、蝶子は見る間もなくパタパタと駆けていた。


二の腕には緑色の記録係とかかれた腕章を付け、手には自分のカメラを持ちながら、あちらこちらへと足を運ばなければならない。

生憎、当初の予定通り卓球を一回戦で敗退した蝶子は、記録係という自分の任務を全うしていた。

新聞部と分担しているものの、写真部と同じように部員の少ない新聞部は外の競技を担当している。

写真部は室内の競技を担当しているのだが、なにぶん手が足りなくてかなり忙しい状況だ。

アルや大輔、ミツも当然動いているのだが、彼らはクラスの主力として部としての活動を二の次にしているため、あまり役に立っていない。

茅に居たっては、ほとんど完治しているにも関わらず、それでもあまり動くことがいいとは言えず、行動範囲が限られている。


そうなれば、自然とその他の役回りが蝶子へと回ってくる。

慌ただしく体育館を行ったり来たりしている蝶子に、誰もが声をかけて、写真の要望を押しつけてくる。


まだ午前中だと言うのに、24枚撮りのフィルムはすでに六本目に突入していた。


ある意味、球技大会を楽しむ生徒達より動いている気がする。

午後から体力が持つだろうかと蝶子が落胆していれば、今まで聞いたことのない超音波のような黄色い声援が、体育館の中を駆けめぐった。


「きゃー!黒澤センセー!」


「かっこいい!」


「がんばってー!」


そんな声援を聞いて蝶子が思わず振り返れば、姿勢を低くした状態でバスケットボールをドリブルしながら、次々にディフェンスを交わしていく十五の姿が目に入った。

いつもの白衣姿ではなく、Tシャツにジャージ姿の十五は新鮮だ。

長くうっとおしい髪を後ろで小さく束ね、頭にタオルを巻き付けている十五は本当に格好良かった。

十五の手から放れたボールは見事にゴールのネットを揺らした。

途端、嵐のような声援が体育館を包み込み、試合終了のホイッスルがかき消される。


試合が終わって職員チームの圧倒的勝利を目の当たりにした生徒たちは、男女に分かれてそれぞれの反応を繰り返す。

男子は職員チームに大人げないと罵声を浴びせ、しかしながら学生相手に手を抜かぬ、正々堂々とした試合ぶりに賞賛する者もいる。

一方の女子はと言えば、ここ一番で活躍をしてくれた十五に熱を上げていた。


まぁ、一目瞭然ながら男子は試合を褒め、女子は十五に惚れ……といった様子だ。


十五と同じチームに所属する体育教師は、かなり納得行かない様子で十五を睨む。

が、当の本人は試合終了後の挨拶が終わると、多くの女子生徒に囲まれた為、体育教師はチッと舌打ちして恨めしそうにそれを見つめるだけだった。


神高の体育教師は格好も人並みに良いと言える。

十五よりも少しだけ年が上の独身で、それなりに人気もある。

が、少々プライドが高い部分があり、女子生徒の中では好き嫌いがハッキリ分かれているような先生だ。

球技大会とはまさに本人にとっては活躍の場であっただろう。

しかし、その晴れ舞台の主役を十五が横取りしてしまったのだから面白いわけがない。

無論、十五本人は横取りしたつもりもないし、本気を出した覚えもないのだが。


女子が群がる十五の固まりとは別に、その体育教師の周りには男子が集まった。

集まるだけマシだが、華やかさに欠ける自分の周囲に不満でならない体育教師の表情がおかしくてたまらない。

蝶子はそぉっとカメラを構え、二つの固まりがフレームに収まるようにピントを合わせてからカシャッとシャッターを切ると、逃げるようにその場を後にした。


体育教師には悪いが、結構ネタになる写真が撮れたと思う。

ちょっとした悪戯心に胸を弾ませながらも、蝶子は十五の姿を頭に思い浮かべた。


ああやって生徒に囲まれているのを間近に見ると、なんだか無性に胸が苦しくなる。

きっと、十五が“本当に”先生なのだと思い知らせられたのだ。

自分だけのものではない、そんな十五を見るのは耐えられない。

いつから自分はこんなにワガママになってしまったのかわからない。

こんな風に考えさせてしまう十五の存在に、蝶子は表情を曇らせてゆっくりと足を止めた。


「蝶子ちゃん」


ふと声をかけられ、慌てて振り返った先にいたのは茅だった。

すでに足を引きずる様子もなくスタスタと自分に歩み寄ってくる茅に、笑顔を向けて迎えいれる。


「高本先輩。足はもうよろしいのですか?」


蝶子が心配を含むことなくそう言ったのは、彼の怪我の具合をなんとなく知っているからだ。


「完治」


蝶子の気遣いに茅はニッと笑ってその場で二回跳ねてみせる。

そんな様子を見て安堵の表情を浮かべた蝶子は、周囲を見渡しあるべき存在がないことに気がついた。


「栞ちゃんは?」


「あいつは今試合に出てるから」


肩をすくめて茅がそう答えれば、蝶子は複雑な心境をそのまま顔に出しながら茅に呟くように尋ねた。


「あの……あまりいじめないでくださいね?私……栞ちゃんに嘘ついてるのが心苦しくて……」


蝶子の言葉に茅は困った表情を見せた。

もう手遅れだと言わんばかりの茅の顔色に、蝶子は思わず苦笑いがもれる。

ここ一週間、栞がどういう仕打ちを受けてきたかは随分理解していた。

茅の下僕になった栞が、最初の朝に茅のカバンを持って共に通学してきたときはかなり驚いた。

不満に満ちた栞の表情は今でも忘れられず、それでも何も言わないまま素直に茅の言うことに従っている辺り、自分の非を認めているのだと分かった。

休み時間の度に茅にメールや電話で呼び出され、自分の机を蹴りながらも走って教室を出て行った栞を見たときには要と顔を見合わせていたっけ。

それでもそういう栞の態度は長く続かず、水曜日には休み時間になるたびにソワソワと落ち着かない栞が滑稽でたまらなかった。

鳴らない携帯を何度も見つめ、授業中でさえポケットに入った携帯を握り締めていたのを、蝶子はよく知っている。

茅が宣言した通り、だんだんと栞の行動に変化が見られたのは驚きの連続だった。


黒澤家ほどではないが、栞もそれなりのお嬢様だ。

男勝りの気質と、プライドの高さは蝶子や要のお墨付きだ。

そんな栞が恋する乙女に変貌を遂げるとなれば、驚かずにはいられない。


栞の変化もさることながら、有言実行の茅の力量には脱帽だ。


けれど二人はまだ先輩と後輩の関係で、それ以上までは進んでいない。

茅の足が完治していることも栞だけが知らない事実。

このままの関係を続けていくわけにも行かないだろう、きっと茅もどうすればいいか分からないのだ。

どうせなら幸せになってほしいと思うのは間違いじゃないと思う。

けれど互いに傷つくのは、どちらか一方であっても、あってほしくないことだ。


蝶子は茅のプライドの高さも知っている。


普段は温厚で写真以外に執着心を見せない茅だけれど、その写真に掛ける情熱は誰にも負けないと思う。


それを栞に置き換えたら?


きっと好きで好きでたまらないけれど、彼は自分から気持ちを伝えることはないだろうと思っていた。


彼はそういう人だ。


あと一歩が踏み出せない、臆病さとプライドが紙一重になっている。

それは彼が映し出す写真にも素直に映し出されていることだし、ただそれだけが蝶子の心に不安の影を落としている。


互いに頑固でプライドが高い。


このまま平行線をたどっていくことは困難だと分かっているのに、二人とも自分からは折れることがない頑固さがある。


蝶子はただただ二人の幸せを願って、静かに高本に告げた。


「見失わないでくださいね。本当に栞ちゃんを好きだと思ってくださるのなら」


ピシャリと的を射た発言をした蝶子を、茅は少し驚いた表情でマジマジと見つめる。


それから参りましたといわんばかりにクスクスと微笑んで。


「兄さんが、蝶子ちゃんを選んだ理由、よく分かった気がする」


茅が呟くように言えば、今度は蝶子が驚く番だった。

今、自分は一体なんと言って、どうしてそういう結論に至ったのかがわからないのだ。

理解不能とばかり首を傾げている蝶子に、茅は少しだけ歩み寄り、耳打ちするように言った。


「蝶子ちゃんってさ、見てないようで人を見てるよね。それってすっごい才能」


「さ、才能?」


やっぱりよくわからないという表情を浮かべる蝶子から、茅はそれ以上何も言わずに笑いながら離れていく。

一人取り残されてしまった蝶子は、ただその後姿を見送りながら二度ほど首をかしげ、考えても分からないことだという結論にたどり着くと、考えるのをやめて自分の仕事に専念することにした。


「ねね、お願いがあるんだけど」


そう声を掛けられて振り返れば、見知らぬ女の子達が蝶子を見てモジモジとしていた。


昼休みを挟んで、球技大会も終盤に差し掛かった。


昼ご飯を食べた後すぐの運動はかなりきつく、そこで脱落するチームも結構出てきた。

それでも何の騒動もなく着々と進んでいく球技大会も、全ての競技で決勝戦を残すのみとなっている。

十五の所属するバスケの職員チームも順調に勝ち上がり、決勝への進出を決めていた。

部活動の仕事で忙しく、十五の活躍する姿をまともに見れていなかった蝶子は、せめて決勝くらいは……と思い、第一体育館に足を運んだときのことだった。

体育館にはすでに多くのギャラリーが集まり、決勝戦でどちらが勝つかと来週一週間のお昼ご飯を賭けている生徒達も居る。

先生達も先生達で、自分達のチームが大人気なくも決勝まで残ったことにやる気満々の姿勢を窺わせ、体を慣らすように準備運動をしている。


十五の姿を探していた時に急に話しかけられたものだから、蝶子は心臓が飛び出る思いで振り返ったのだが。


呼び止められたまではよかったが、なかなかその“お願い”とやらを言い出さない女子生徒達に、蝶子は首をかしげて尋ねる。


「あの……何か?」


蝶子が恐る恐るそう言うと、女子生徒たちは顔を見合わせ、互いに頷き合って蝶子を真っ直ぐに見た。


「撮って欲しいの!」


「え?えっとどなたを?」


まさか十五のことだろうか、と内心複雑な思いをしていれば、彼女達はキャッキャッと勝手に盛り上がりながら蝶子に言った。


「three knightよ!three knight!バスケの決勝に出るの!」


「馬鹿。今three knightって言っちゃ駄目なのよ」


「そ、そっか……吉倉君居ないんだもんね……」


興奮していた女子生徒を、別の女子生徒が嗜める。

その様子を驚きの表情で見つめている蝶子に対し、咳払いをひとつすると、改めてお願いをしてきた。


「three knightを撮って欲しいの。三年生最後の球技大会だし、あの人たちの勇士を写真に残してほしいのよ」


「綺麗に撮れてたら絶対買うから!ね!お願い!!」


「あ、はい、いいですよ」


蝶子が彼女達の威勢に少しだけ怖気ながらもそうこたえれば、彼女達は手をとりあって喜ぶ。


「よろしくね!」と蝶子に再三お願いをして自分達が見学するポジションを獲得しに立ち去った後、蝶子はただ呆然と頭の中に考えを張り巡らせた。


three knightはこの学校一人気のある男子生徒“三人組だった”。


頭脳明晰、運動神経抜群、容姿端麗で、まるで非の打ち所がない、三年情報処理科の里見健太郎さとみけんたろう

彼の噂を聞かない日はなく、二年後半から生徒会長を務め、更にはバスケ部のキャプテンもしていた。

一ヶ月ほど前から芸能活動を始め、瞬く間に全国の女性を虜にした有名人でもあり、誰もが憧れる男性そのものの人だ。

そんな彼に年上の彼女が居ることも同じくして有名な話だが、一年生の女子はまったく信じていない。

見たこともない彼女を居るといわれても、信じられない自己中な一年生が多いのだ。


彼と同じくthree knightと呼ばれる三年情報処理科の笹木健吾ささきけんごは全国一、足の速い高校生だ。

去年のインターハイで高校新記録を樹立したのは過去の栄光なんかじゃない。

実際、今年のインターハイで、自分が作り出した新記録を塗り替えたくらいだ。


それなのに気取った態度はなく、まるで子犬のようなヤンチャめいた笑顔は悩殺もの。

SASAKIコーポレーションの跡継ぎで、日本一の財閥、獅子堂グループの総帥と婚約、今年の春に結婚したのは高校でも公認の話。

つい最近、子供まで生まれたというから驚きだ。


そして、今彼らをthree knightと呼べない理由になっているのが吉倉智樹よしくらともきという人の存在。

彼も三年情報処理科で、先ほど紹介した二人と同じクラスだった。

金色の長髪に、鋭い瞳。

アウトローみたいな格好をしているけれど、性格は温厚で人一倍観察力のある、二人を支えていた人物だ。

彼は夏休みに入る直前、突然の病で倒れた。

精神的なものからくる病だという噂だが、それもどういった経緯があるのかはよく知らない。

ただ、意識不明で未だに目を覚ましておらず、学校には彼の両親から退学届けが出されていた。

いつ目を覚ますか分からない彼のために、佐倉校長は休学という形をとっているが、復学の目処は未だにたっていない。

彼の恋人であり、幼馴染でもあった女性が、学校を辞めてしまったのも同じく有名な話だ。


吉倉智樹の存在なくして、three knightと呼ばれるのが耐え難い。


里見健太郎と笹木健吾がそう言ったことから、いつしか彼らをthree knightとは呼べなくなった。


それでも彼らを慕う者は後を絶たず、むしろ彼らの友情に熱いものを感じて男子のファンが増えたのも事実だ。

二人を気遣い、周りは静かに見守っていたのだが、球技大会ぐらいは無礼講だといわんばかりの申し出だ。


答えないわけにもいかないだろう、と、蝶子が意気込んで自分のカメラを握り締めると、コートの端で準備運動をする彼らにゆっくりと近づいて行った。


「あ、あの」


蝶子が震える声で呼びかけると、二人は揃って蝶子を見た。

試合前ではなく、後の方がよかったかと思ったがもう遅い。

美形二人に見つめられ、蝶子は真っ青になりながら周囲の空気が変わったことに気づいた。


二人に声をかけたことにより、周囲の視線が一気に蝶子に集まったのだ。

周りをみることもできず、かといって二人から視線を外すことも出来ない蝶子は、息を呑んで口を開く。


「あの、写真部の者ですが。お二人の姿を間近で撮らせて頂きたくて」


震えた声でそう言えば、周りは納得したように自分達の話を再開し、または蝶子の行動に賞賛する黄色い声が上がって。


そんな雰囲気に慣れているのか、二人は蝶子に歩み寄って優しい笑みを浮かべてくれた。


「あー、アルバムの?」


「いいよぉ。肩組めばいい?」


「やめろよ笹木。気持ち悪い」


「俺のこと嫌いなの?ぐすっ……里見君の馬鹿……」


「馬鹿はどっちだ。いいから普通にしてろよ」


笹木が泣き真似をしているにも関わらず、里見は飽きれた表情でそう言うと、すぐに蝶子を見つめる。

その様子に、蝶子が慌ててカメラを向ければ二人はニッと笑みを作ってくれた。


カシャッ、カシャッ……と、二回ほどシャッターを押して、蝶子がカメラを下げて二人にふかぶかと礼をする。


「ありがとうございました」


「なんのなんの」


気さくに写真を許可してくれた二人に感謝しつつ、顔を上げれば、里見が「あれ?」と声を漏らした。


「……君、名前なんて言うの?」


「あ、え?わ、私ですか?……い、今田蝶子です」


「今田?……じゃあ違うか……」


「何、里見君浮気?」


「違うって。ほら、似てないかこの子」


里見の言葉に、笹木は蝶子を凝視する。

何のことだろうかと戸惑っていれば、笹木は弾けたように言った。


「ああ!確かに似てる!顔立ちがなんとなくだけど!」


「だろ?似てるよな?」


「やー、何か若かりし時を見たって感じする」


「高校生の時ってこんな感じだったんじゃない?髪の毛長ければもっと似てると思うし」





……似て……る?





蝶子の胸がドクッと跳ねた。


「似てるって……誰に似てるんですか?」


先ほどとは違う震えた声。

けれど確信に近い答えがそこにあると分かり、逃げ出すわけにはいかない。

蝶子の内心を知らず、笹木は笑顔を向けて言った。


「俺の奥さん、獅子堂千鶴さんだよ」



ストンッと胸の中に何かが落ちた。


その瞬間、後ろから引っ張られる引力に、蝶子はそのまま体が反転する。

自分の腕を引っ張ったのが十五だと知ったとき、蝶子は唖然として笹木と十五を見比べた。


「そろそろ試合が始まるので、ギャラリーに行ってください。ここに居ては邪魔になります」


あくまでも教師としての仮面を外さず、けれど今で聞いたことない冷たい言葉に、蝶子はおぼろげに頭を下げて十五に謝る。

フラフラとギャラリーに向かう蝶子を見る事もなく、十五が笹木を睨めば、笹木と里見はその視線に萎縮しながら顔を見合わせた。

けれど十五は何を言うでもなく、すぐに視線を外すと自分のチームへと足を運び出す。

周りで見ていた生徒達は蝶子が十五に怒られたという解釈しかしなかったが、当人達は間違いなく彼の行動を不信に思っただろう。

背を向ける十五の姿を、笹木は意味ありげな瞳で見つめていたけれど。



それから……楽しみにしていた十五の決勝試合の内容は、全然頭に入らなかった。

見たくてたまらなかった十五の勇士を視線で追うも、それすら辛い気持ちに押しつぶされて視線をずらしてしまう。

十五のあの態度は間違いなく、そうだと言っているようなものだった。


なぜ……。


どうして……。


よりによってその人なのかと尋ねたかった。


彼の、笹木健吾の妻である獅子堂千鶴ししどうちづる


間違いなく日本一の財閥総帥の名であり、勝ち目のない人だと理解した。


メディアに取り上げられることはあっても、決して表舞台には出ない未知の人物。


敵うはずがない……。


当事者なら誰だって理解できる。


その人こそが、十五を苦しめ続けた本人だということを。


一連の蝶子の行動を見ていた人物がその口元に笑みを漏らした。

決して微笑ましいというものではない。

自分の企みが成功した喜びを噛みしめるかのような笑みだ。

彼女はその地位から体育館の放送室からそれを見つめていた。

体育館の壇上横にある階段を上った先にあるその狭い空間は、体育館専用の放送室だ。

防音の壁に囲まれ、あまり使われていないせいか、機材の所々にホコリがかかっていた。

壁の一面だけは体育館を見下ろせるようガラス張りになっており、女はそこに片手をついて自分の腹を押さえていたが、やがて耐えられなくなったようにその場でしゃがみこんだ。


「ぶっ…………くくっ……あっはははははっ!」


もはや遠慮することさえ忘れたかのように、女は腹を抱えて爆笑しだした。

それを少し離れた場所から呆れたように彼女の専属秘書が見つめていた。


「佐倉校長、笑いすぎです」


「ぶくくっ……だっ……だって可笑しいんだもの!」


佐倉校長は目尻に浮かんだ涙を拭きながら、自分に話しかけてきた秘書を見る。

それからゆっくりと笑いを噛みしめながら立ち上がると、柚里の肩に手を添えて再び笑い出した。


「み……見た?今の……ぐふっ…………黒澤の慌てよう!あっはははっ!マジで無様!ざまぁみろ!!」


ゲラゲラと品のかけらもない笑みを絶やさない校長に、柚里は無表情のまま微動だにせず校長を見つめる。


この人の歪んだ感情は今に始まったことではないから慣れている。

相変わらず人の不幸を好物とする最低な思考の持ち主だ。


柚里はそれを分かっていながらもコレから離れるつもりは毛頭なかった。

むしろこの人のこういう面を哀れむことが唯一の楽しみかもしれない。


「なぁなぁ!面白かったろ?」


「相変わらず悪趣味ですよ」


同意を求めてくる言葉に対し、柚里が嫌味を込めてそう言うも、校長にはまったく効果がなかったようで。


「…………彼らをどうなさるおつもりですか?」


柚里の言葉に校長はようやく収まってきた笑いに区切りをつけるように大きな息を吐いて答えた。


「さぁ?……どんな結末を用意しようか?」



 ―*―



球技大会も無事に終了し、笹木健吾はクタクタになりながら自宅へと戻った。

妻である千鶴の、獅子堂グループの本拠地である城のような家ではなく、もともと彼が彼女と住んでいた小さなマンションの一室だ。

なだれ込むようにリビングへと足を踏み入れれば、千鶴がソファに寝転んで本を読んでいた。


「千鶴さん。ただいま」


「……お帰り健吾。球技大会はどうだった?」


「決勝で負けちゃった……。しかも先生チームに。もう、大人気ないっていうか腹立つっていうか」


「手を抜かれてもお前は怒るだろう」


「そりゃそうだけどさ」


的を射た千鶴の意見に、健吾はため息を漏らして肩をすくめる。

荷物をその場に置いてネクタイを緩めれば、千鶴はゆっくりとソファから起き上がり健吾を見つめた。


サラリと長い黒髪が揺れる。

優しくも綺麗な瞳を健吾に向ければ、健吾は穏やかに微笑んで自分の首からネクタイを抜き取る。


「千歳は?」


「扶達に預けている」


「そっか」


「健吾、悪い。水取ってくれないか。そこのペットボトル」


「ん」


千鶴に言われるまま、健吾がカウンターに置いてあった水の入ったペットボトルを千鶴に渡せば。


キャップをあけて、コクコクと喉を鳴らしながらそれを飲む千鶴に、健吾は意を決したように言った。


「今日さ、後輩にすっごい千鶴さん似の子を見つけたんだ」


「へぇ……さぞ美人だろうな」


「あ、それ自分で言っちゃう?まあ間違ってないけどさ」


クスクスと笑いながらブレザーを脱ぐ健吾に、千鶴はキャップも締めないままペットボトルを握り締めて話を聞く。


「今田蝶子ちゃんって言うの。千鶴さんの若かりし頃ってあんなだったかな?みたいな感じで」


「今でも私は若いぞ」


「はいはい、ごめんなさい」


蝶子の名前に反応を見せなかった千鶴に内心ほっとしながら、健吾は立ち上がる千鶴に確信めいた発言をした。


「その子さ、試合前にコート近くに居たから怒られちゃって。写真部で写真撮ってただけなのにさ」


「へぇ」


「それが結構怖い先生でさ。知ってるかな?黒澤十五っていう先生」





パシャッ





ペットボトルが絨毯に落ちて、中に入っていた水が溢れ出した。

千鶴が酷く動揺していることを察しながら、健吾は冷静にため息を漏らすと千鶴を見ないまま呟く。


「やっぱり……知り合いなんだね……」


「……なん……で……」


戸惑う千鶴の言葉に、健吾は空に近くなったペットボトルを拾いながら、静かに言う。


ったペットボトルを拾いながら、静かに言う。


答えた。


「私がそうしてしまったんだ……彼を……身代わりにしていた」


「咲人さん……の?」


「そう……。咲人さんが亡くなって……ここに引っ越す前に……半年間、一緒に住んでいた人だ」


健吾の息を呑む音が聞こえた。



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