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頭の中の最強AI ──金も女も、そして世界も手に入れる──  作者: 橙色
東京大学一年生編

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45話 恋人でもないのにね



 帰宅する学生たちに紛れながら、二人で僕の部屋へと向かう。


 結局、帰るとは一度も言わなかった



「さっきの人、普段から連絡取ってるの?」


「恋人でもないのに、そんなこと聞くんだ」


「返事してないだけだから」


「……分かってる」


「返事をするまでに、玲奈の視線がほかの男に向くのは嫌だ」


「本当に自分勝手」


「うん」


 言いながらも、口付けを緩める気なんてまるでなかった。


 熱が籠った息を吐き出しながら、玲奈の頬を指先で包み込む。


 玲奈は抵抗するどころか、僕の手のひらに自ら頬を擦り寄せてきた。


 そこでようやく、互いの唇をわずかに離す。


 息を乱した玲奈が、熱っぽい瞳で僕を見つめていた。


「……好きにしていいよ」


 その言葉を聞いて、僕はすぐさま玲奈の服に指をかけた。


「今日は、優しくする余裕なんてないと思う」


「いいよ……」


「途中で嫌になったら、誤魔化さないでちゃんと言って」


「言わない」


「約束して。たぶん、今までの比じゃないくらい……ひどいことするから」


 玲奈は少しだけ眉をひそめ、どこか愛おしそうに不満を覗かせた。


「何されたって、嫌だなんて思えるわけないじゃん」


「玲奈」


「だって……和希が嫉妬してくれたのが嬉しすぎて、わたし、もう頭おかしくなってるんだから」


 玲奈は自ら背伸びをして、僕の首に腕を回しながら情熱的に唇を重ねてきた。



 その夜は、僕の欲を処理させるだけでは終わらなかった。


 ほかの男と話していた時間を記憶ごと塗りつぶしてしまうように、玲奈の意識が僕以外に向かなくなるまで、ひたすら責め続けた。


 玲奈は何度も僕の名前を呼んだ。


 すぐに声は掠れ、僕にしがみつく力さえなくなっても、本当に拒む言葉は口にしなかった。



 僕は腰を引き、限界を迎えた玲奈をそっとベッドに沈めると、その隣に横になった。


 玲奈はすでに、瞼を持ち上げる力すら残っていないようだった。


 汗と涙でぐちゃぐちゃに張り付いた髪を指で梳いてみても、もうピクリとも動かない。


 やがて、規則正しい呼吸だけが静かな部屋に響き始める。


 そこで僕はようやく、安堵の息を吐き出した。

 


『ジン。共有を戻して』


『承知しました』


『僕、嫉妬してた?』


『玲奈が別の男性と親しく会話する様子を確認した後、予定を変更しています。独占欲に基づく行動と考えられます』


『……恋人でもないのにね』


『交際関係と感情は、必ずしも一致しません』


『返事をしてない僕が、ほかの男と話すなって言うのはどう考えても勝手だと思う』


『はい』


『少しくらい僕の味方してよ』


『和希自身も、自覚していると思われます』


 反論できなかった。



 机の上には、途中で止めた脆弱性調査用のパソコンがある。


 本来なら、玲奈と夕食を取って別れた後、続きを始めるはずだった。


『今から調査できる?』


『現在時刻と疲労度を考慮すれば、明日へ延期することを推奨します』


『そうするか』


 十万ドルの続きを放り出して、玲奈をこの部屋へ連れ帰ることを選んだ——ただ、それだけのことだ。


 ぐっすりと眠っている玲奈を起こさないよう、そっと身を横たえ、静かに目を閉じた。



 翌朝、玲奈が目を覚ましたのは、僕が起きてから随分と時間が経ってからのことだった。


 まぶたをうっすらと開けた彼女は、言葉も発せず、ただじっと僕の顔を見つめていた。


「おはよう」


「……おはよう」


 喉がすっかり潰れてしまっているのだろう。


 掠れ、すべての言葉に濁音が混じっているような、低くて痛々しい声だった。


「起きられそう?」


「無理……」


 玲奈は身体を返そうとしたものの、すぐに小さな呻き声を漏らして動きを止めた。


 指先ひとつ動かすことすら、億劫で仕方ないようだった。


「今日は講義もないし、ここで一日ゆっくりしていきなよ」


「……全部、和希のせいだからね?」


 玲奈が、枕に顔を埋めたまま恨みがましい視線を向けてくる。


「玲奈だって一度も嫌だって言わなかったんだから、おあいこでしょ」


「何バカなこと言ってるの……? 少しは反省して」


「ごめん。ちょっとどうかしてた」


 僕が素直に非を認めると、玲奈は拍子抜けしたように眉をひそめた。


「本当に……嫉妬、してたの?」


「逆に、昨日の僕を見て違うと思う?」


「昨日は……すごく嬉しかった。でも、今こうして冷静になると……和希が嫉妬するなんて、なんだか夢みたいで信じられない」


 玲奈の瞳には、どこか夢心地のような熱が残っていた。


「玲奈があいつと楽しそうに話してたのが悪い」


「ただ普通に、試験の話をしてただけなんだけどな……」


「分かってる」


 分かっていて、僕は彼女のすべてを無理やり奪い尽くそうとしたのだ。


「……ねえ、また他の男の人と話してたら、昨日みたいに無理やり連れて帰ってくれる?」


「昨日みたいになるよ。……いや、次はもっとひどくなるかも」


「別に、それでもいいけど……。でも、わざと嫉妬させようとするのは、やめておくね」


「そうして。僕の理性がもたない」


「……告白の返事は、いくらでも待つから」


 玲奈は目を細め、安心したように僕の胸元へ顔を埋めてきた。



 そのまま昼近くまで休ませ、駅まで送る。


 別れ際にも、玲奈は何度も僕を振り返った。


 姿が見えなくなってから部屋へ戻り、昨日開けなかったパソコンの前へ座る。


『試験は終わったし、今日は再現できるまでやる』


『長時間になる場合は、休憩を提案します』


『それでいいよ』


 ジンが候補に挙げた機能を一つずつ確認する。


 以前の権限情報が僅かな時間だけ残る処理。


 別の場所で、認証状態を更新する処理。


 どちらも単独では、重大な問題にならない。


 三つの検証用アカウントへ異なる権限を与え、変更する順番と間隔を変えていく。


 最初の五回は失敗した。


 六回目では通常とは違う画面が表示されたものの、重要な操作を行う前に権限が失われた。


『近づいてるよね』


『はい。二つ目の処理までは、想定した状態が維持されています』


『その先で、もう一度確認されてる』


『正確には、異なる情報を参照しています』


『同じ状態を見せられれば通るかな』


『可能性があります』


 さらに条件を変える。


 日付が変わる前に、画面の表示が切り替わった。


 本来なら使用できないはずの管理機能が、検証用アカウントの一つへ表示されている。


 実行する範囲は、自分で作った組織とアカウントの中だけに限定した。


 設定を一つ変更する。


 確認画面は出なかった。


 権限を持たないアカウントからの操作が、そのまま完了した。


『通った』


『はい』


『最高額いけるんじゃない?』


『重要な権限を第三者が取得できる可能性があるため、規定上は最高区分に該当し得ます。ただし、複数の条件が必要であることから、企業が危険度を下げる可能性もあります』


『十万ドル確定、とまではいかないか』


『確定していません』


『分かってる。もう一度、最初から記録しよう』


 偶然ではないことを確かめるため、環境を作り直して再現する。


 成功した条件だけでなく、途中で失敗した条件も残した。


 実際に確認できた影響と、そこから想定できる被害は分けて書く。


 報奨金を上げるために危険性を誇張すれば、報告そのものの信用が落ちる。前回と同じだ。


 英語の文章を整え、再現映像と操作記録を添付する。


『作業時間は?』


『初期調査からの合計で、二十二時間十八分です』


『一万五千ドルのときよりは増えたね』


『問題の構造も複雑です』


『報告に不足は?』


『現時点で確認できる範囲は網羅しています』


『なら、送るよ』


 送信ボタンを押す。


 画面に受付番号が表示された。


 最高で十万ドル。


 日本円なら、一千万円を超える。


 実際にいくらと評価されるかは、企業からの返事が届くまで分からないが。


『少しは我慢した意味があったね』


『調査開始時期を早めた場合も、試験終了前に報告できた可能性はあります』


『今はそういう計算をしなくていいんだよ』


『報告の受理を確認しました。初回の回答を待ちます』


『うん。それでいい』



 千尋からメッセージが届いたのは、翌日の昼過ぎだった。


《試験、一昨日で終わりましたよね?》


《覚えていてくれたんですか?》


《終わったら誘っても構わないと、和希さんが仰いましたから。来週の日曜日は、お時間空いていますか?》


 スマホの画面を見つめながら、カレンダーアプリを開いて予定を確認する。


 大学の試験はすべて終了しており、映像制作の仕事も入れていない。


 脆弱性の報奨金プログラムで追加の調査を求められる可能性はあるものの、まる一日拘束されるようなものではなかった。


《空いていますよ》


《良かったです。では以前少しお話しした、一人では行きにくい場所についてご相談させてください》


《すぐに行けるような場所なんですか?》


《いいえ。実際に行くとしても、かなり先のことになると思います》


《相談だけなら、メッセージのやり取りだけでもできますよ?》


 送信してから、少しのあいだ画面の向こうで沈黙が流れた。



《それでは、和希さんとお会いする理由がなくなってしまいます》


 その一文を目にして、僕は自分でも気づかないうちに、口元が緩んでいた。


《分かりました。僕も直接お話ししたいです》


《良かったです。お伺いするお店はこちらで決めても構いませんか?》


《お願いします。楽しみにしていますね》


《今回はお仕事の依頼ではありませんから、期待していてください》


《前回もすごく楽しかったですけどね》


《そういう素直なところ、好きですよ》


《相手が千尋さんだからです》


 既読がついたまま、しばらく返信が途絶えた。


 迷っているのか、あるいは照れているのか。


 そんな千尋の様子を想像していると、ようやく短い一文が届いた。


《日曜日、とても楽しみにしていますね》


《はい。僕も楽しみにしています》


 画面を閉じ、小さく息を吐く。


 日曜日に千尋と会えること——ただそれだけのことが、胸の奥を心地よく弾ませていた。



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