↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
頭の中の最強AI ──金も女も、そして世界も手に入れる──  作者: 橙色
東京大学一年生編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/45

31話 私が出演する意味はあるんですか?





「今回の商品は、二十代から三十代前半の女性を主な対象にした美容液です」


 化粧品会社の担当者が、机の上へ市場調査の資料を広げた。


 商品は発売から半年が経っている。


 購入した人間からの評価は悪くない。肌への馴染みや使用後の感触には、競合商品より高い点がついている。


 一方、商品名を知っている人間は、会社が想定していたほど増えていなかった。名前を聞いたことがあっても、どんな効果を期待する美容液なのかまでは伝わっていない。


「今回の映像では、商品の上質さを伝えたいと考えています」


 僕は企画書の一ページ目へ戻った。


「上質さというのは、価格が高そうに見えることですか?」


「高級感も含まれますが、自分のために丁寧な手入れをする時間といいますか」


「映像を見た人には、最後に何をしてほしいですか?」


「商品に興味を持ってもらい、販売ページへ移動してほしいですね」


「出演者と商品なら、どちらを強く覚えてほしいですか?」


「もちろん商品です」


 回答は早かった。


 今回出演する鍋田千尋は、僕でも顔と名前を知っている女優だ。彼女の知名度を使いながら、彼女より商品を覚えてほしいという。


「その二つを同じ強さで残すのは難しいと思います」


 僕が言うと、化粧品会社の担当者が僅かに眉を寄せた。


「両方を印象に残すことはできませんか?」


「できます。ただ、入口と出口は決めたいです。鍋田さんを見たい人に最後まで見てもらい、その興味を商品へ移すのか。最初に肌の悩みを前に出して、鍋田さんを解決する側に置くのか。それだけでも撮り方は変わります」


 広告代理店が作った企画書には、両方が入っていた。


 有名な女優を美しく撮る。


 商品の高級感を出す。


 肌の悩みに寄り添う。


 販売ページへ誘導する。


 一つずつ見れば、どれも間違っていない。全部を六十秒へ同じように詰めれば、見終えた人間には綺麗な映像だったという印象しか残らない。


『同じ会社が公開した広告で、反応がよかったものは?』


『出演者の顔を最初の二秒以内に表示した映像は、視聴継続率が高くなっています。商品名の検索増加率では、肌の悩みを文章で提示した映像が上回ります』


『今回の出演者なら?』


『鍋田千尋への関心を入口に利用したほうが、最初の離脱を抑えられる可能性は高いと判断します』


 入口は女優。


 最後に商品へ辿り着かせる。


「最初の一秒から、鍋田さんの顔を映したいです」


 僕は一枚目の絵コンテを外した。


「部屋や商品から始めるのではなく、鏡を見ている表情から入ります」


「最初から美しく見せるということですか?」


「綺麗には撮ります。ただ、完成した顔にも、広告用の笑顔にもしません」


 化粧品会社の二人が顔を見合わせた。


「鍋田さんのイメージもあります。あまり状態の悪い肌に見せるのは……」


「悪くは見せません。自分だけが気づく程度の不満を持っている顔です」


「それが映像で伝わりますか?」


「伝えられる人だと思ってます」


 担当者はすぐに答えなかった。


 撮影監督の男性が、外した絵コンテを手元へ引き寄せる。


「顔の寄りから始めるなら、肌もかなり見える。どこまで見せるか、事務所との調整が必要になるぞ」


「修整の範囲も先に決めたいです」


「化粧品広告だ。肌の修整をなくすのは無理だろう」


「なくすつもりはありません。光や撮影で拾った余計なものは整えます。ただ肌を作り変えてしまったら、この美容液を使う意味まで薄くなります」


 撮影監督は僕ではなく、化粧品会社の担当者を見た。


「監督の案で寄るなら、修整を抑えたほうが質感は残せます。どこまで許可を取れるかは別ですが」


「鍋田さんと事務所には、こちらから説明します」


 プロデューサーが答える。


 僕一人の意見なら、十九歳の新人が理想を言っているだけに聞こえたかもしれない。撮影監督が技術的に可能だと認めたことで、机の向こうにいる二人の表情が変わった。


 人を増やすために一千万円を使うのではない。

 僕が思いついたものを、撮れる形に整える人間が揃っている。


「最初に鏡を見る場面は分かりました。その後は、今の企画どおり美容液を使って、最後に笑顔でしょうか」


「最後も、同じように鏡を見てもらいます」


「同じ場面を二回使うんですか?」


「立つ位置も、画角も揃えます。光も大きく変えません」


 撮影監督が僕を見る。


「普通は、最後を明るくするところだな」


「照明で気分が変わったように見せたくありません」


「変化が小さすぎると、見ている側には伝わらないぞ」


「表情を変えるのではなく、鏡を見る理由を変えてもらいます」


 僕は二枚の白紙を並べた。


「最初は欠点を探すため。最後は、その日の自分を確かめるため。同じ顔を見ても、本人の見方が変わっている」


 美術担当の女性が、企画書に描かれた白い部屋を指で示す。


「部屋も同じ状態ですか? 後半だけ花や小物を増やすことも出来ますけど」


「同じにしたいです。ただ、この部屋は白すぎます」


「化粧品の清潔感を出すためだと思います」


「生活している人の部屋に見えません。何もない白い部屋で肌を気にしていたら、悩みというより検査に見えませんか?」


 美術担当の女性が笑いを堪え、代理店の担当者は自分の企画書を見下ろした。


「もう少し言い方はありませんか?」


「綺麗だとは思います。でも、今回欲しい綺麗さとは違います」


「どう違うんです?」


「鍋田さんが住んでいそうな部屋ではなく、この商品を買う人が、自分も住んでいそうだと思える部屋にしたいです」


 答えると、美術担当の女性が白紙を一枚取った。


「では、家具は手の届く価格帯に落とします。その中で、鏡と美容液の容器だけ質感を上げるのはどうですか?」


「お願いします。美容液を特別に見せながら、置いてあることは不自然にしたくないです」


「注文が細かいですね、監督」


「一千万円の予算がありますから」


「全部を美術に使えるわけじゃありませんよ」


「必要な分は取ってください。僕は金額を聞いて驚く役をやります」


 会議室に笑いが起きる。


 僕が最初の案を否定し、代わりの案を押しつけるだけでは、一千万円を使う意味がない。


 撮影監督には光と画角を詰めてもらい、美術には生活の形を作ってもらう。僕の仕事は、全員が同じ映像へ向かうよう、中心を決めることだった。


 企画会議は二時間近く続いた。


 美容液を使う場面は短くする。


 容器を手に取る指先と、肌へ馴染ませる動きだけを見せる。効果を台詞で説明せず、必要な情報は最後の商品画面へまとめる。


 その代わり、鏡を見る二つの表情へ時間を使う。


 最初の企画書は、残っているページのほうが少なくなった。


「随分変わりましたね」


 化粧品会社の女性担当者が、新しく並べられた絵コンテを見る。


「気に入りませんか?」


「いえ。最初より、何を見せたいのか分かりやすくなりました。ただ、鍋田さんが納得してくださるかどうか」


「午後に本人へ説明します」


「嫌だと言われたら?」


「理由を聞いて、必要なら変えます。本人に聞く前から、断られる前提で作るのは失礼でしょう」


 プロデューサーが小さく笑った。


「徳山さんと言い合いながら広告を作ったという話は、本当のようですね」


「言い合ってません。意見を確認しただけです」


「徳山さんから聞いた印象とは違いますね」


「何て言ってたんですか?」


「生意気だけど、撮られたくなる監督だったそうです」


「それ褒められてます?」


「徳山さんにしては、かなり」


 理央が僕のいないところでも、生意気という言葉をつけている姿は簡単に想像できた。


 休憩へ入ると、美術担当の女性から声をかけられた。


「佐村さん、本当に大学一年生なんですよね?」


「さっき確認されました」


「分かってますけど、会議の後だと余計に信じられなくて。授業を受けながら、いつ映像を勉強してるんですか?」


「時間があるとき、ですかね」


「それで半年も経たずに、ここまでできるんですね」


 正直に、頭の中にいるAIが必要な知識を教えてくれると答えるわけにはいかない。


「覚えるのは速いほうなんですよ」


「本人が言うんですね」


「遅いふりをしても、誰も得しないでしょう」


 女性は少し驚いた後、楽しそうに笑った。


「監督が自信なさそうにしているよりは、安心できます」


「撮影が終わるまでは、そのまま安心していてください」


「終わった後は?」


「完成した映像を見て決めてもらいます」


 鍋田千尋との打ち合わせは、午後から別に設けられていた。


 昼食を挟み、午前中に決まった内容を反映した資料を揃える。


 予定時刻の少し前になると、会議室の外から複数の足音が聞こえた。


 扉が開き、先にマネージャーらしい女性が入ってくる。


 その後ろから現れた顔は、僕でも知っていた。


 鍋田千尋、二十四歳。


 高校生の頃からドラマへ出演し、ここ数年は主演作が続いている。映画、雑誌、複数の大手企業の広告。普段テレビをほとんど見ない僕でも、名前と顔が一致する程度には有名だった。


 画面で見るより、背は高くない。


 淡い色のニットに細身のパンツを合わせ、肩まである黒髪を緩くまとめている。


 派手な服装ではないのに、会議室へ入った瞬間、そこにいる人間の視線が自然と集まった。


「鍋田千尋です。本日はよろしくお願いいたします」


 柔らかな声で、一人ずつ顔を見ながら頭を下げる。


 理央のように、最初から相手を試す強さはない。


 かといって、周囲へ合わせて笑っているだけにも見えなかった。短い挨拶の間にも、誰が何を担当する人間なのかを確かめている。


 プロデューサーが僕を紹介した。


「今回、監督を務める佐村和希さんです」


 千尋の視線が僕へ向く。


 一拍置いて、隣にいるマネージャーへ僅かに顔を向けた。


「監督の方は、後からいらっしゃるのかと思っていました」


「僕が監督です」


「失礼しました。お若く見えたので」


「十九歳です」


 少し驚いた表情で、千尋が僕の顔を見直す。


「学生さんですか?」


「東京大学の一年です」


「十九歳の東大生で、広告監督なんですね」


「情報だけ並べると、ちょっと変ですね」


「ちょっとでしょうか?」


 穏やかな口調で返され、周囲から小さな笑いが起きた。


 千尋も僅かに口元を緩めたが、僕から視線は外さない。


「以前のアパレル広告も、佐村さんが撮られたんですよね?」


「はい」


「拝見しました。徳山さんがとても自然に見えました」


「彼女の演技に助けられました」


「では今回、私にも自然に歩かせたり、笑わせたりするのでしょうか」


「今回はほとんど歩きません。笑ってほしいとも言わないつもりです」


「化粧品の広告なのに?」


「鍋田さんの笑顔を見せるための映像ではないので」


 千尋の眉が、僅かに上がった。


「それは、私が出演する意味はあるんですか?」


 声は柔らかい。


 責めているようにも聞こえない。


 だが曖昧な言葉で逃げれば、その場で監督として見限られる。そんな目だ。


『千尋が確認したいのはなんだろうね』


『和希が自身の起用理由を理解しているかどうかだと推定します』


 だったら答えは決まっている。


「笑わなくても分かるからです」


 千尋の目を見て答えた。


「同じ鏡を二度見てもらいます。最初と最後で表情を大きく変えるつもりはありません。何を考えて鏡を見ているのかだけを変えてもらう。台詞も説明も使わず、その違いを伝えられる人が必要です」


「私ならできると?」


「できないと思っていたら、別の企画を考えています」


「随分と信用してくださっているんですね。今日が初対面なのに」


「出演作は調べましたから」


「どの作品を?」


「映像で確認できたものは、ほとんどです」


 もちろんジンにも協力してもらっているが。


 千尋が初めて返事に詰まった。


「ほとんど……ですか?」


「はい」


「いつからこの仕事の準備を?」


「正式な依頼を受けてからです」


「一週間ほどですよね」


「そのくらいですかね」


 千尋は僕を見つめた後、ゆっくりとプロデューサーへ顔を向けた。


「東京大学の方は、皆さんこうなのでしょうか」


「人によりますよ。東大生が全員同じなら、僕が監督である必要もなくなりますから」


「なるほど。ご自身は特別だと」


「映像を見て、選んだのはそちらでしょう?」


 千尋は数秒黙り、それから小さく笑った。


「確かに、そうでした」


 机の上の企画書へ手を伸ばす。


「では、監督。私がどう鏡を見ればいいのか、最初から説明していただけますか?」


 監督という呼び方には、まだ僅かに試す響きが残っている。


 そのくらいのほうが面白い。


 撮影が終わる頃には、年齢を確かめる必要も、東大生と呼ぶ必要もなくしてやろうと思った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。