↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
頭の中の最強AI ──金も女も、そして世界も手に入れる──  作者: 橙色
東京大学一年生編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/45

28話 周辺の雨雲と風です





 大学の授業が再開すると、僕の一日は以前より細かく分かれるようになった。


 午前は授業を受け、空いた時間に教習所へ通う。広告の絵コンテと撮影計画を作り、夜は、四社のうち低温輸送を扱う南央物流の株価と、ジンが新しく見つけた投資候補を確認する。


 その間にも、玲奈や直人と昼食を取り、栗原先輩から届くメッセージへ返事をする。


 忙しくはある。


 ただ受験勉強の頃と違い、すべて自分で選んだ予定だ。


『今日の技能教習は何時から?』


『午後四時十分です。三限終了後に大学を出れば、移動時間を含めて二十三分の余裕があります』


『その前に栗原先輩と話せる?』


『昼休みの残り時間が十四分あります。サークル棟との往復を考慮すると、会話に使えるのは六分程度です』


『短いな。メッセージで済ませよう』


 冬広告の撮影準備は、前回より早く進んでいた。


 予算が増え、撮影場所も二か所になったことで、必要な人手も増えている。


 栗原先輩から送られてきたスタッフ表には、一人分だけ空欄が残っていた。


『玲奈に声をかけても問題ない?』


『必要な作業を事前に説明すれば、対応可能と判断します』


『映像の撮影経験はあるからね』


 玲奈へメッセージを送る。


《今度の広告撮影、補助スタッフが一人足りないんだけど、やってみる? 日当も出るよ》


《いくら?》


《一日一万二千円。二日間》


《やる》


 返事が早い。


《仕事内容を聞かなくていいの?》


《佐村君が紹介するなら、変な仕事じゃないでしょ》


《撮影機材の運搬、記録、出演者の立ち位置の確認。朝は早いよ》


《大丈夫。誰の広告?》


 依頼してきた会社と、徳山理央が出演することを伝える。


 しばらく返事が途切れた。


《あの徳山理央?》


《たぶん、玲奈が考えてる徳山理央》


《今フォロワー二十万人くらいいるモデルだよね》


《よく知ってるね》


《佐村君よりは女の子に詳しいから》


 その比較は僕に不利すぎる気がする。


 撮影前の顔合わせで、玲奈と理央は初めて会った。


 理央は事務所の担当者と一緒に現れ、会議室へ入ると僕の隣にいた玲奈へ視線を向けた。


「生沢玲奈です。今回は撮影の補助で参加します」


「徳山理央です。よろしくお願いします」


 玲奈も普段より少し硬い表情で挨拶を返したが、憧れている芸能人へ会ったような反応ではなかった。


 知名度のあるモデルを前にしても、必要以上に浮つかない。その点では、玲奈を呼んで正解だった。


「佐村君とは、同じ大学なんですか?」


 理央が尋ねる。


「はい。同じクラスで、映像制作のサークルも一緒です」


「いつも和希君がお世話になってます」


「理央さんは僕の母親かなんかですか?」


「監督が失礼なことを言わないよう、見張っておいてください」


「徳山さんにも失礼なこと言っちゃってるんですね」


「玲奈、そこで納得しないでくれる?」


 二人が顔を見合わせ、同時に笑った。


 撮影日が近づくにつれ、天気予報が変わり始めた。


 当初は二日間とも晴れる予報だったが、前日の時点で、初日の午後に雨が降る可能性が出ている。


『雨は避けられない?』


『撮影地から西へ離れた地域で、局地的な雨雲が発生しています。現在の進行方向と風速を維持した場合、午後一時前後に撮影地へ到達します』


『一般の天気予報は?』


『午後の降水確率は三十パーセント。短時間の小雨とされています』


『実際には?』


『午後十二時五十分から一時二十分の間に降り始め、二時間以上続く可能性が高いと判断します』


 予定では、午前中に室内、午後から屋外を撮ることになっていた。


 このまま進めれば、外へ出る頃に雨が降る。


 雨天用の予備日は設けているが、撮影場所とスタッフをもう一度押さえれば、費用も増える。何より、理央の予定を簡単に動かせるとは限らない。


 栗原先輩へ連絡し、撮影順を入れ替えたいと伝えた。


《明日は午前に屋外を撮ります。室内を午後へ移したいです》


《天気予報だと、夕方まで大丈夫そうだけど》


《午後一時までには降ると思います》


《何を見たんだ?》


《周辺の雨雲と風です》


《先方には俺から確認する。場所を入れ替えられるなら、その順番でいこう》


 社長と撮影場所の管理者からも了承を得て、その日のうちに全員へ変更後の予定を共有した。


 撮影当日の空には、薄い雲が広がっていた。


 朝の時点では雨の気配もなく、天気予報も午後まで曇りのままだ。


 集合場所へ来た玲奈は、肩から大きな鞄を提げていた。


「それ、何が入ってるの?」


「必要かもしれないもの。タオル、絆創膏、裁縫道具、充電器、飲み物、携帯食」


「初めての遠足?」


「撮影で必要になるかもしれないって、佐村君から送られてきた資料に書いてあったんだけど」


「全部持ってきたんだ」


「いらなかった?」


「いや。助かるよ」


 玲奈へ渡した資料には、想定される問題と、その対処に必要な物をまとめていた。


 すべて持ってくるとは思わなかったが、真面目に準備した人間へ、余計だったとは言えない。


 理央は集合時刻の十分前に到着した。


 薄手の服の上からコートを羽織り、最初の撮影場所へ移動する。


「和希君」


「仕事中です」


「まだ何も言ってないけど」


「理央さんが仕事以外の話をしそうだったので」


「今日は終わった後、空いてる?」


「やっぱり仕事以外じゃないですか」


「答えは?」


「編集用の素材確認があります」


「終わったら?」


「何時になるか分かりません」


「連絡して」


 近くで聞いていた玲奈が、僕と理央を交互に見た。


「何?」


「別に。監督、撮影始まりますよ」


「玲奈まで監督って呼ばなくていいから」


 屋外では、理央が街中を歩く場面を撮影した。


 前回と同じように、歩く速度や視線を細かく変えていく。


 今回は一人で過ごす休日がテーマだ。


 誰かを探しているようには見せず、目的地へ急いでもいない。店の窓に映った自分を見るともなく眺め、風が吹けばコートの前を押さえる。


 動きすぎれば服より演技が目立つ。


 何もしなければ、ただ歩いているだけになる。


「次は、奥の店を見ながら歩いてください」


「何の店?」


「入ろうか迷ってる店です」


「欲しいものがあるの?」


「特にありません。何となく気になって見てる感じで」


「難しくない?」


「理央さんならできますよ」


「今さら褒めても遅いから」


「できないなら別の動きにします」


「やる」


 理央が開始位置へ戻る。


 同じ道を歩き、店の前を通り過ぎる直前に僅かに速度を落とす。視線を残しながら先へ進み、一度だけ振り返った。


『今のは?』


『歩行速度、視線、コートの見え方に大きな問題はありません』


「OKです。次へ移りましょう」


「一回でいいの?」


「よかったので」


「そこはちゃんと褒めるんだ」


「仕事ですから」


 理央は満足そうに撮影位置から離れた。


 午前十一時を過ぎる頃には、雲が少しずつ濃くなっていた。


『雨雲は?』


『予測より早く接近しています。撮影地への到達は午後零時四十六分前後です』


『屋外の残りは?』


『現在の進行速度を維持すれば、撤収を含めて三十七分です』


「次の場面、準備ができた人から始めます。休憩は屋外を撮り終えてからにしましょう」


 予定していた休憩を後ろへ移し、撮影を続ける。


 スタッフから不満は出なかった。


 玲奈も頼んだ機材を先に運び、理央の立ち位置へ印をつけていく。


 最後の場面を撮り終えたのは、午後零時二十三分。


 映像を一度だけ確認し、撤収を始める。


 機材を車へ積み終え、全員が室内の撮影場所へ入った直後、窓へ小さな雨粒が当たった。


 数分後には、向かいの建物が霞むほど強くなる。


 窓の外を見た広報担当者が、驚いたように僕へ振り返った。


「本当に降りましたね」


「少し早かったみたいです」


 雨が降る未来を知っていたわけではない。


 公開されている情報から、ほかの人より早く予測できただけだ。


 昼食を挟み、午後は室内の撮影へ移った。


 借りた部屋の窓際へ椅子を置き、理央には本を読んでもらう。


 カメラは、道を挟んだ向かいの建物に設置している。


 窓ガラスを流れる雨が、予定になかった背景を作っていた。


『雨を残したほうがいい?』


『冬商品の映像としては、室内との温度差を強調できます。窓面へ反射する光量を下げれば、理央の顔も明瞭に記録できます』


 照明の位置を少し変える。


 理央には、カメラを意識せず、本を読んだままでいるよう伝えた。


「本当に読むだけ?」


「はい。面白くない本ですけど」


「演技しなくていいの?」


「退屈になったら、そのまま窓の外を見てください」


「いつ?」


「理央さんが飽きたときです」


「指示が雑」


「飽きたふりをしてほしくないので」


 撮影を始める。


 理央はしばらく本を読み、ページを一枚捲った。


 次のページへ進む途中で手が止まり、窓の外へ顔を向ける。


 雨を眺めたまま頬杖をつき、数秒後に本へ戻った。


『今の表情は?』


『事前に撮影した映像には見られない変化です』


「終わりです」


 理央が窓越しにこちらを見る。


 離れた建物からでも、何か言いたそうな顔をしているのが分かった。


 初日の撮影を終えた後、玲奈と二人で機材を確認した。


「玲奈、明日も来られそう?」


「大丈夫。思ってたより疲れたけど」


「初日だからね。何か困ったことはあった?」


「仕事は大丈夫。それより、徳山さんと仲いいんだね」


「仕事は二回目だよ」


「それだけ?」


「何が聞きたいの?」


「別に。佐村君が撮影中にあれだけ言っても、徳山さんが全然怒らないから」


「必要なことしか言ってないよ」


「ふーん」


 玲奈も、それ以上は言わずにケーブルをケースへ戻した。


 玲奈と別れた後も、その日の素材を一通り確認した。


 作業を終えた時点で、時刻は午後九時を過ぎている。


《終わりました》


 理央へ送ると、すぐに既読がついた。


《遅い》


《何時になるか分からないって言ったでしょ》


《明日も早いから、今日は寝る》


《ごめんね。おやすみ》


《次はもっと早く終わらせて》


 こちらの仕事が遅いように言われるのは納得できなかったが、明日の撮影もあるので言い返さなかった。


 二日目の撮影も、大きな問題はなく終わった。


 終了後、玲奈には二日分の日当として二万四千円が支払われた。


 封筒の中を確認し、少し嬉しそうに笑う。


「普通のバイトよりいいかも」


「頻繁にある仕事じゃないけどね」


「また人が足りなかったら呼んで」


「ちゃんと働いてくれるなら」


「昨日も今日も働いたでしょ」


「だから、次も頼むかもしれない」


「最初からそう言えばいいのに」


 撮影素材の整理を始めた頃、南央物流が月次の輸送実績を公表した。


 低温輸送の取扱量は、前年同月を大きく上回っている。


 株価は発表当日から上がり始め、数日後には一株千三百九十円へ届いた。


『売る?』


『現在の価格には、来月以降の成長も一部織り込まれています。短期的な期待利益は低下しました』


『なら売ろう』


 二百株すべてを売却する。


 税金と手数料を差し引いた利益は、四万三千円ほど。


 先に売却した二社の分と合わせれば、帰国後に確定した利益は十六万一千円になる。


 確定した利益だけを足しても、投資へ戻した百万円は、一か月も経たず百十六万円を超えた。


 冬広告の報酬十四万円は、まだ含まれていない。


 教習所では、第一段階の技能教習を終えた。


 修了検定では一度もエンストせず、坂道発進やS字、クランクも問題なく終える。


 仮免許の学科試験にも合格し、仮運転免許証を受け取った。


『これで公道を走れる?』


『条件を満たす指導者が同乗し、車両へ仮免許練習標識を表示すれば可能です』


『一人では?』


『無免許運転になります』


『分かってるよ。確認しただけ』


 次からは、教習所の外へ出る。


 スポーツカーを買う予定はまだないが、免許を取るまでの距離は半分ほどになった。


 広告の初稿を会社へ提出すると、その日のうちに栗原先輩から電話が来た。


「先方の反応、かなりいいぞ。修正も商品のロゴを出す時間だけだ」


「なら、予定より早く納品できますね」


「それと、前回の広告を見た別の会社から、誰が作ったのか問い合わせが来てるらしい」


「どんな会社ですか?」


「化粧品会社。今回の依頼主より規模は大きい」


「仕事の依頼ですか?」


「まだそこまでは決まってない。ただ、担当者へ佐村の名前と過去の映像を見せてもいいかって聞かれた」


「構いません。サークルで制作したことも伝えてください」


「分かった。話が進んだら連絡する」


 電話を切る。


 六十万円の広告は、まだ納品も終わっていない。


 その映像が公開される前に、以前作った一本が、次の仕事を連れてきていた。


 自分の部屋へ戻り、編集の修正を終えたところで、日菜からメッセージが届いた。


《十月二十日、空けておいて》


《一日?》


《できれば》


《僕の誕生日だから?》


《分かってるなら聞かないで》


《何するの?》


《当日まで秘密》


《予定は空けとく》


 すぐに既読がつく。


《絶対だからね》


『十月二十日の予定を終日空けますか?』


『うん』


『登録しました』


 日菜が何をするつもりなのかは分からない。


 ただ、十九歳になる日の予定は決まった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。