23話 次も会うつもりなんだ?
撮影場所を離れてから電車へ乗り、自分の部屋へ戻った。
時刻はまだ午後五時を過ぎたばかりだ。
メモリーカードから映像を移し、撮影順に並べていく。機材の撤収前にも確認しているが、持ち帰って大きな画面で見るまでは安心できない。
『撮影した素材に、記録上の問題はありません』
『じゃあ、今日は本当に確認だけで済みそうだね』
『徳山理央との予定を考慮していますか?』
『予定になるかは、まだ分からないだろ』
画面には、街中を歩く理央の姿が映っている。
撮影中にも感じていたが、映像にすると強さが増していた。立っているだけで目を引き、視線を僅かに動かしただけでも画面の印象が変わる。
本人が自信を持っているのも分かる。
最後に撮影した場面まで確認し、ファイルを閉じたところで、スマートフォンが震えた。
《七時。店はここ》
続いて、店の位置情報が送られてくる。
撮影場所からも僕の部屋からも、それほど遠くない。僕が素材を確認している時間まで考えて選んだのかもしれない。
《僕の都合は確認しないんですね》
《予定空けたでしょ?》
《理央さんに空けさせられました》
《なら問題ないね》
そういうことなので、シャワーを浴びて服を着替えた。
指定された店は、駅から少し離れた場所にあるイタリア料理店だった。
高級店というほどではないが、大学生が何も考えずに入る価格でもない。予約した名前を伝えると、窓際の二人席へ案内された。
理央はまだ来ていない。
『遅刻しないと言ってたよね』
『予約時刻まで三分あります』
『仕事以外では遅れてもいいと思ってる可能性は?』
『本人へ確認してください』
『来て早々に機嫌を悪くされたくない』
『では、確認しないことを推奨します』
店の入口へ視線を向けたところで、理央が入ってきた。
撮影のときとは髪型も服装も違う。
肩に掛かる髪を下ろし、身体の線が出る黒いワンピースを着ていた。仕事を終えてから一度着替えたのだろう。
「待った?」
「一分くらいです」
「そこは今来たところって言うものじゃない?」
「本当に今来たところなら言います」
「和希君って、女の子に好かれようと思ったことある?」
「ありますよ」
「成功した?」
「それなりに」
理央は疑うように僕を見ながら、向かいの席へ座った。
店員からメニューを受け取り、料理を選ぶ。
理央はグラスワインを頼んだが、僕は水にした。
「飲まないの?」
「十八なので」
「ああ、そうだった。見た目だけだと忘れる」
「褒めてますか?」
「老けてるって意味かもしれないよ」
「理央さんは写真より若く見えますね」
「それは褒めてないでしょう」
僕が答えずにいると、理央は片眉を上げた。
「黙るのは肯定だよ」
「褒めたつもりだったんですけどね」
「じゃあ言い方を覚えて出直して」
注文を終えると、理央はグラスへ口をつけながら僕を見た。
「それで、今日の映像は?」
「問題なく撮れてました。初稿は予定どおり出せます」
「私、どうだった?」
「仕事の確認ですか?」
「感想を聞いてるの」
「使いたい映像が多くて、選ぶのに困りそうです」
「そう」
理央は満足そうにグラスを置いた。
「私じゃなきゃ駄目だった?」
「ほかの人では撮っていないので、比較はできません」
「その答え、逃げてない?」
「理央さんに頼んだのは正解だったと思ってます」
「ま、今日は許してあげる」
運ばれてきた料理を食べながら、撮影した場面について話した。
理央は自分がどう映っているかを気にするが、綺麗に見えることだけを求めているわけではなかった。
商品の邪魔をしていないか。会社が求める客層に届くのか。自分のフォロワーが見たとき、普段の仕事と比べて安く見えないか。
質問は細かく、返事に納得できなければ何度でも聞いてくる。
「理央さんは、自分の仕事が好きなんですね」
「好きじゃなきゃ、知らない人の指示で何度も同じ道を歩かないよ」
「嫌そうな顔はしてましたけど」
「和希君の言い方が気に入らなかっただけ」
「僕が優しく頼んだら、もっと上手くできました?」
「変わらない。仕事だから」
「なら、僕の言い方も関係ないですね」
「気分は違うでしょう」
「映像には、その気分も残りますよ」
「本当に腹立つ」
そう言いながら、理央は笑っていた。
食事を終える頃には、グラスワインも空になっていた。
理央は二杯目を頼まなかった。
会計は理央が払おうとしたが、僕も自分の分を出した。
「私が誘ったんだから、払うつもりだったのに」
「誘われたから来ましたけど、奢られる理由はないので」
「年下は大人しく奢られておけばいいの」
「次は奢ってください」
「次も会うつもりなんだ?」
「ないんですか?」
理央は答えず、自分の分だけを支払った。
店を出る。
夜になっても昼間の熱が道路に残り、冷房の効いた店内から出た途端、湿った空気が肌にまとわりついた。
理央がスマートフォンで車を呼ぶ。
到着予定時刻を確認してから、こちらへ顔を向けた。
「この後は?」
「部屋へ戻って、今日の映像を見ます」
「さっき確認したんじゃないの?」
「記録に問題がないことだけです。使う場面はこれから選びます」
「今から?」
「まだ寝るには早いですからね」
「……そう」
理央はスマートフォンへ目を戻した。
しばらくして、道路の向こうに迎車が停まる。
「駅まで送りますよ」
「必要ない。私、一人で帰れるから」
「分かりました」
「本当に素直ね」
理央はそれだけ言い、車へ向かった。
後部座席へ乗り込む直前に一度振り返り、僕を見る。手を振ってみると、特に何も言わず車内へ消えた。
車が走り去るのを待ち、駅へ向かった。
撮影から数日後、申請していたパスポートを受け取った。
紺色の表紙を開き、中に印刷された自分の顔と名前を確認する。
これまでも身分を証明するものは持っていた。
だが、この一冊があれば日本の外へ行けると思うと、学生証や健康保険証とは少し違って見えた。
『記載内容に問題は?』
『ありません。旅券番号と有効期限を記録しました』
『なくしたら?』
『紛失した場所と状況に応じ、必要な手続きを案内します』
『なくす前から聞くことじゃなかったな』
『事前に確認することにも意味はあります』
翌日、日菜と駅前で待ち合わせた。
旅行用の鞄を見に行くと話したところ、自分も買い物をしたいから一緒に行くと言われた。
「本当に一人で行くの?」
売り場に並んだ鞄を見ながら、日菜が尋ねる。
「今のところはね」
「フランスだっけ?」
「飛行機でニースまで行って、そこからモナコにも行く」
「モナコって、何があるの?」
「カジノ」
日菜の手が止まった。
「カジノに行くために海外へ行くの?」
「それだけじゃないよ。ニースも見たいし、モナコの街にも興味がある」
「一番の目的は?」
「今のところ、カジノかな」
「やっぱりそうじゃん」
呆れた声を出しながら、日菜は僕が手にしていた鞄の中を覗き込んだ。
「どれくらい持っていくの?」
「カジノで使うのは十万円まで」
「十万?」
「旅行代と、帰るための金は別にしてあるよ」
「そういう問題なのかな」
「日菜も何か賭けてほしい?」
「和希が勝つほう」
「僕が負けたら?」
「お土産を倍にする」
「負けたうえに出費まで増えるの?」
「勝つと思ってるから大丈夫」
根拠のない信頼だった。
「欲しいものを決めておいて。高すぎなければ買ってくるよ」
「行ってから探して」
「何を?」
「和希がわたしのことを考えて決めたもの」
「難しい注文だな」
「適当に選んだら分かるからね」
日菜の好みは僕も知っている。
何を選ぶかは、現地へ行ってから考えればいい。
機内へ持ち込める大きさの鞄を選び、その後は日菜の買い物に付き合った。
昼食を食べ、夕方まで店を回る。
「次に海外へ行くときは、わたしも誘って」
「行き先によるよ」
「じゃあ、誘いたくなる場所へ行って」
「日菜が決めるんじゃないの?」
「誘うのは和希だから」
日菜はそう言って、次の店へ入っていった。
僕も少し遅れて後を追った。
広告の初稿は、約束した一週間後に提出した。
映像の中心には理央がいる。
ただ歩き、ジャケットを羽織るだけの動きが、編集によって一つの短い物語になる。
誰かとの待ち合わせへ向かい、相手を見つけ、僅かに歩調を速める。表情が変わったところで商品名を出し、最後は理央の横顔とジャケットの輪郭を残して終える。
会社から求められた修正は、商品名を少し長く表示することと、映像全体の色を公式サイトへ合わせることだった。
どちらも流れを壊す内容ではない。
修正したものを提出すると、翌日には承認された。
理央にも、事務所を通して完成版が共有される。
その日の夜、本人からメッセージが来た。
《見た》
《どうでした?》
《いいと思う》
《随分控えめですね》
《私が出てるから、いいのは当たり前でしょう》
《聞いた僕が悪かったです》
《でも、最後の顔は好き》
映像の中で、理央が待ち合わせ相手を見つけた場面だ。
《誰を想像したんですか?》
《映像に必要ないんじゃなかった?》
《今は仕事じゃないので》
そこから返事は来なかった。
代わりに、しばらくして理央の公開アカウントへ広告映像が投稿された。
仕事の告知と、短い紹介文。
投稿されてから数分で反応が増え、会社の公式アカウントから公開したものより速く拡散されていく。
広告の配信が始まって一週間後、会社から公開後の反応が共有された。
映像を最後まで見た人の割合も、そこから商品ページへ移った人の数も、会社が事前に想定していた数字を上回っている。
実際の販売にも、はっきりと変化が出ていた。
『成功って言っていい?』
『現在得られている情報を基準にすれば、広告として良好な結果です』
『理央の影響も大きい?』
『はい。徳山理央のアカウントから映像を視聴した利用者は、ほかの経路より商品ページへ移動する割合が高くなっています』
『なら、理央じゃなきゃ駄目だったって言ってもよさそうだね』
『ほかの出演者を起用した結果は存在しないため、比較はできません』
『それ、僕が最初に言った答えだよ』
『事実として適切です』
数日後、社長から栗原さんへ連絡が入った。
秋冬商品の広告も、同じ制作チームに依頼したいらしい。
それに加え、現在の広告で反応がよかった層へ向け、既存の素材から短い映像を何本か追加してほしいという。
最初の打ち合わせで仕事の範囲を分けていたため、追加分には別の予算がついた。
僕が受け取る報酬は三万円。
『受けて問題ない?』
『既存の素材のみで制作でき、納期にも余裕があります。現在の予定へ大きな影響はありません』
『三万円なら悪くないね』
『はい。現在の和希が受けられる映像制作の中では、作業時間に対する報酬も高い部類です』
『なら、受けよう』
追加する映像には、理央の歩く場面だけでなく、商品の細部や、ジャケットを羽織ったときに変わる輪郭も使った。
一つ目の広告より短いぶん、最初の数秒で何を見せるかが重要になる。
いくつか作った中から会社側が使うものを選び、大きな修正もなく納品できた。
最初の仕事と追加分を合わせ、僕が受け取った報酬は十一万円になった。
大学へ入る前なら、一か月分のアルバイト代としても大きく感じたはずの金額だ。
今は、十一万円という金額だけでなく、次の仕事につながったことのほうが嬉しい。
会社は、冬商品の広告も僕たちへ依頼するつもりでいる。
理央をもう一度起用するかは、まだ決まっていない。
《次も理央が出るんですか?》
仕事の話が届いた日の夜、本人へ送ってみた。
《まだ聞いてない》
《出たいですか?》
《和希君が撮るなら》
《それ以外の条件は?》
《服が可愛くて、安く見えなくて、私をちゃんと綺麗に撮ること》
《条件が多いですね》
《全部普通でしょ》
《最後は僕の仕事です》
《だから頼んでる》
依頼する相手を決めるのは会社だ。
それでも、理央がまた僕に撮られたいと思っていることは分かった。
《会社が理央を選んだら、前より綺麗に撮りますよ》
《前ので充分綺麗だったけど》
《なら、もっとですね》
返信が届くまで、少しだけ間が空いた。
《やっぱり次も出たい》
仕事が決まる前から、出演者の希望だけは決まっているようだった。
広告の編集と並行しながら、投資も続けていた。
八月に入った時点で、口座にあった資金は十八万円ほど。
その後、条件のよい取引が何度か重なった。
予測どおりに情報が公開されたものもあれば、想定より早く価格が上がったため、予定を変えて売却したものもある。
すべてが同じように利益になったわけではない。
小さな損失で手放した取引もあった。
それでも八月末には、投資へ使える資金が三十五万円を超えていた。
『一か月で、ほとんど倍になったね』
『複数の好条件が短期間に重なった結果です』
『来月も同じように増やせる?』
『現時点では、同程度の利益を期待できる候補はありません』
『少しくらい期待させてくれてもいいのに』
『期待によって投資先の条件は改善しません』
今月は、運もよかったのだろう。
予測していた情報が公開され、その内容も想定範囲の上側に寄った。どれか一つが外れていれば、三十五万円には届いていない。
映像制作で受け取った十一万円と合わせれば、僕が自由に使える金は四十六万円ほどになる。
そのうち二万円は、税金や今後の制作経費に備えて残す。
旅行へ使える金と、帰国後に残す金を合わせて四十四万円。
そのうち十九万円が航空券と宿泊費、現地での移動と食事。五万円は緊急時の予備。カジノで使ってよいのは十万円まで。残る十万円は、日本へ帰った後のために手をつけない。
『全部使うわけじゃないよ』
『旅行後の資金として、最低でも十万円を残すことを推奨します』
『分かってる。帰国した直後に、また最初から投資を始めるのは嫌だからね』
生活費は両親から受け取っている仕送りがあるため、帰国直後に困るわけではない。それでも、自分で増やした資金を旅行だけで使い切るつもりはなかった。
九月上旬に出発し、五泊する。
往復の航空券は、ジンが価格を追い続けていた中から、乗り継ぎ時間と到着時刻を含めて最も条件のいいものを選んだ。
宿泊先はモナコではなく、ニース。
鉄道を使えばモナコまで移動でき、同じ程度の部屋でも宿泊費を抑えられる。
ニースにもカジノがあり、モナコへ向かう途中にも別の店がある。
観光した後、条件が合えば立ち寄る。
最初から一つのカジノで大きく勝つ必要はない。
『カジノで使う十万円は、最初からすべてユーロへ換える?』
『両替は可能ですが、最初から全額をチップへ換えることは推奨しません』
『最初はいくら?』
『五万円相当を上限としてください。残りは、その後の状況を確認して判断します』
『五万円で足りる?』
『最低賭け金の低いテーブルであれば利用できます。勝つために十万円すべてを使用する必要はありません』
『負けたら?』
『残りを使って取り戻そうとする判断は推奨しません』
『まだ負けてないのに厳しいね』
『事前に条件を決める必要があります』
ブラックジャックは、ルールごとの基本戦略を覚えた。配られたカードとディーラーの表向きのカードによって、引くか、止めるか、賭け金を増やすかを決める。判断そのものはジンへ聞けるが、毎回返答を待って不自然な間を作るより、自分でも覚えたほうがいい。
場へ出たカードを記憶し、残りの偏りを追うことも試した。ジンが数えてくれるのだから必要ない。最初はそう思っていたが、自分でも追えるようになると、示される判断の意味が分かるようになった。
ポーカーは、ジンを相手に何度か打った。手札と場のカードから、相手が持っている組み合わせを絞る。数字だけなら計算できるが、実際の相手は数字どおりに動かない。誤った判断を繰り返す相手のほうが、長い目で見れば与えてくれるものが多い——そう聞かされて、少し気が楽になった。
ルーレットは、二つとは違った。
数字そのものに規則はない。過去に赤が続いたからといって、次に黒が出やすくなるわけでもない。
ただし、実際のホイールとボールは物理法則に従って動いている。
『ホイールの速度と、ボールの初速と、投げ入れる位置。それだけで落ちる場所が分かる?』
『一つの番号までは決められません。落ちやすい範囲を絞れる可能性があるだけです』
『どのカジノでもできる?』
『いいえ。ホイールの状態、ディーラーの投球精度、賭けを締め切る時点によって変化します。電子的に結果が決まるものや、自動化されたホイールでは利用できません』
『使えない店だったら、観光だけして出るのか』
『条件が悪い場合は適切です』
『それができたら格好いいけど、少しくらい遊びたくなると思う』
『娯楽として失ってもよい金額を別に設定してください』
『十万円の中から一万円』
『適切です』
残る九万円は、ジンが有利と判断できる場面がなければ使わない。
正しく打てば必ず勝てるわけではない。勝つ可能性を少しずつ高くし、負ける場面では失う金を小さくする。一回の勝敗より、繰り返した後に金が残っていればいい。
ニースとその周辺には、数日で回れる範囲に複数のカジノがある。
一つの店で条件が悪ければ、別の店を見る。
同じ店でも、ホイールやディーラーが変われば、ジンの予測精度も変わる。
旅行の予定には、美術館や旧市街、海岸、モナコの王宮や港も入れた。
カジノへ行くためだけにフランスまで飛ぶわけではない。
ただ、観光だけで五日間を終えるつもりもなかった。
出発前日。
机の上にパスポートと航空券の控えを置き、鞄の中身を最後まで確認した。
大学の授業が再開するまで、まだ二週間以上ある。
旅行の日程と宿泊先は家族へ伝えた。海外で利用できる通信手段も用意し、保険にも入っている。
日菜と玲奈にも、五日ほど日本を離れることは話していた。
《着いたら連絡して》
日菜から届いたメッセージへ返信する。
《空港から送るよ》
《お土産忘れないでね》
《日菜のことを考えて選ぶんでしょ?》
《覚えてた》
《自分で言ったんじゃん》
《忘れたふりされるかと思った》
《そこまで意地悪じゃないよ》
《少しは意地悪って自覚あるんだ》
日菜との会話を終えると、玲奈からもメッセージが届いた。
《フランス行くの明日だよね?》
《朝の飛行機》
《一人で平気?》
《玲奈まで母さんみたいなこと言うんだ》
《佐村君なら大丈夫だとは思ってる。でも海外は初めてでしょ》
《何かあったら連絡するよ》
《わたしに?》
《玲奈が解決できそうなことならね》
《そこは嘘でも最初に連絡するって言ってよ》
《お土産いる?》
《あ、無視した。欲しい》
《何がいい?》
《佐村君が選んで》
結局、二人とも同じ注文だった。
僕が選んだものが欲しい。
品物そのものより、選ぶときに自分のことを考えてほしいという意味なのだろう。
同じものを二つ買えば簡単だが、それでは二人とも納得しない気がする。
『明日、何時に起きればいい?』
『午前五時四十分です。朝食と最終確認を含め、午前六時五十分に部屋を出ることを推奨します』
『空港までの遅延は?』
『現時点では、利用する路線に遅延へつながる兆候はありません』
『飛行機は?』
『予定どおり運航される可能性が高いと判断します』
『カジノでは勝てる?』
『勝つ可能性を高めることはできます』
『そこだけは、最後まで断言してくれないんだね』
『カードの内容と、ルーレットの結果は公開されていません』
センター試験なら、問題を見た時点でジンは答えを知っていた。
カジノでは、まだ配られていないカードを知ることはできない。回り始める前のボールが、どこへ落ちるかも分からない。向かいに座る相手が、何を考えているかも確定できない。
僕はパスポートを鞄へ入れ、照明を消した。
十万円を持って、勝てるかどうか分からない場所へ行く。
こんなに楽しみな無駄遣いは、初めてだった。




