第44話 初日からもう遅刻寸前
【号外・通学大パニック!】初登校の朝、電車がまさかの運転見合わせ! 駅は大混乱!!
――遅刻まであと20分! 駅には絶望する生徒が続出! そんな中、中瀬が選んだ最終手段は……年代物の自転車!? 茜とつむぎを乗せ、三人の前代未聞の初登校が始まる!!――
「何考えてるの、中瀬くん。そこから降りて!」
茜は、落ち着いて言った。
内容に、まったく似合わない落ち着きだった。
中瀬は、車の中にいた。
学校へ行く準備は、できていた。
つむぎが、深く息を吸った。
少し、がっかりした顔で。
『昔の知能まで、今の二人に戻ってきたのかな……』
真剣に、考えていた。
でも。
茜が、その考察を切った。
「違うよ、つむぎちゃん。中瀬くんは、普通にバカなの」
半分閉じた目。
冷たかった。
中瀬は、両手を上げて車を降りた。
「もう降ります」
圧力を、感じていた。
「ヨチ!電車で行こう!!」
つむぎが、先へ進んだ。
嬉しそうに。
ぴょん。
ぴょん。
中瀬が、首を傾げた。
電車に乗ることが、どうしてそんなに嬉しいのか。
茜は、気づいた。
小声で、教える。
「昨日ね、学校への行き方を、すっごく調べてたの」
「……」
「それで、電車に乗るのが手順の一つだって知ってるの」
「ああ……」
中瀬にも、分かってきた。
「ヨチ!電車、乗りに行こう!!」
茜が、つむぎの後を追った。
同じくらい、嬉しそうに。
中瀬が、深呼吸した。
そして。
二人の後へ。
駅。
七時五十分。
「……いい時間です」
中瀬は、本当に満足そうだった。
ただの時刻が、そんなに嬉しかった。
茜は、電光掲示板の路線を見ていた。
つむぎは、茜の肩の上。
「つむぎちゃん、何か見つけたら教えて」
「はい!!」
軍隊の命令を、受けたみたいだった。
「仕事に行く時は、だいたい三番ホームだったんだけど……そこか見てみよう」
「了解です、隊長!」
つむぎが、兵士のポーズを取った。
「行こう!!」
茜は、つむぎを肩に乗せたまま。
中瀬の後を、走った。
ホームへ着いた。
「たぶん、ここですね」
「絶対違う!!私たちと同じ制服の人、一人もいない!!」
「調査によると、七時五十七分が学生で一番混雑する時間です」
つむぎが、言った。
いつの間にか、眼鏡をかけていた。
勉強が得意そうな顔で。
中瀬が、深く息を吸った。
つむぎの分析には、納得した。
その時。
「中瀬くん、見て!」
茜が、指さした。
一人の学生が、別の方向へ歩いていた。
「ん?」
「同じ制服!!」
つむぎも、その男子を指さした。
「ヨチ!ついて行こう!!」
「ちょ、ちょっと待っ――」
中瀬が、止めようとした。
遅すぎた。
もう、二人は遠くにいた。
「茜さん、知らない人について行くのって、いいこと?」
つむぎが、聞いた。
純粋な疑問だった。
茜の肩の上で、揺れながら。
「そう考えちゃダメ」
「……?」
「本人も知らないうちに、私たちを助けてくれた、すっごく親切な人だと思うの」
「ああ、なるほど。優しい人」
「でしょ……!」
二人が、走った。
そして。
「着いた!!」
七番ホーム。
「うん。ここで合ってそう」
つむぎが、言った。
同じ制服の人が、たくさんいた。
ものすごく。
たくさん。
中瀬が、二人へ向かって歩いてきた。
周りの女子たちは、見逃さなかった。
「えっ、新しい男子!?」
「うわ、ラッキー」
中瀬が、茜のそばへ来た。
肩に、触れる。
「望月さん」
「ん?」
「もう、知らない人を追いかけないでください」
真剣だった。
怖かった。
叱っている教師みたいだった。
「覚えておいてください」
「……はい」
茜は、しょんぼりした。
つむぎが、肩から降りた。
そして。
周りを、見た。
友達になれるかもしれない人が。
こんなに、たくさん。
嬉しさが顔に出ないように、頑張っていた。
八時五分。
全員、待っていた。
電車が、遅れていた。
中瀬が、時計を見る。
『まだ、間に合う』
さらに、数分。
『まだ、間に合う』
ようやく、何かが動いた。
電光掲示板。
表示が、変わる。
『運転見合わせ』
沈黙。
全員で、一秒。
情報を、処理した。
五十人ほどの学生が。
掲示板を、見ていた。
『…………』
そして。
混乱。
スマホが、同時にポケットから出た。
「お母さん!?」
「遅刻する!!」
「バスに走れ!!」
「自転車、家なんだけど!!」
一人は、もう階段を駆け上がっていた。
別の一人は、電話をかけていた。
あるグループは、全員で走り始めた。
一人が、走り始めたから。
ほかの全員は。
その一人が、どこへ行くのかも知らなかった。
そして、その真ん中に。
中瀬。
『…………』
この男は。
まさに、こういうことを避けるために。
四十分も早く、家を出ていた。
「ぎゃあああ!!学校始まるまで、あと二十分!!」
「間に合わない!!」
「死ぬ!!」
「ああ、俺の日に限って……」
「よし!運命が、学校に行くなって言ってる!!」
学生たちの声が、駅中に響いていた。
中瀬が、深呼吸した。
茜の手を、取った。
つむぎの手を、取った。
そして。
二人を連れて、家へ向かって走った。
「ああ……こういう混乱の中でも考えられる男の人、好き……」
茜が、言っていた。
中瀬の手を、握って。
すっかり、恋する顔で。
一方。
つむぎは、連れていかれていた。
足を、地面につけることもなく。
「ぶるるるるる」
話せなかった。
速度に、苦しめられていた。
駅の入口には、学生があふれていた。
走っている。
焦っている。
絶望している。
「家へ戻って、自転車を取りましょう」
「はぁーーい……」
「ぶるるるるる」
中瀬の家。
古い、自転車。
「何これ――!?」
「今の雰囲気に、合うでしょう」
中瀬が、もう乗りながら言った。
「ボロボロってこと!?」
茜も、乗りながら意見を出した。
「違います。昔っぽいということです」
中瀬が、つむぎを前のかごへ座らせた。
「これ、中瀬くんが学生の時に使ってた自転車!?」
「驚きました?」
「……すご」
茜には、分からなかった。
心配すべきなのか。
中瀬の自転車に乗れて、喜ぶべきなのか。
そして。
三人は、走り出した。
急いで。
学生たちと、同じ歩道を。
必死に自転車をこぐ人。
命がかかっているみたいに、走る人。
タクシーに乗る、お金持ち。
スケートボードの人。
めちゃくちゃだった。
「……少なくとも、迷子にはならないね」
茜が、少し皮肉を込めて言った。
「うん。今は、どっちへ行けばいいか分かる」
つむぎも、言った。
そうして、三人は進んだ。
昔の、古い自転車に乗って。
まだ始まったばかりの。
火曜日の混乱の中を。
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